5-6
「わーい! お二人が揃って来てくれたので今日はサイコーです!」
前菜のサラダを持ったまま器用に両手を上げて万歳の体勢になるルミア。
それを見る二人は半分呆れたような表情で見守っていた。
「ルミア、やたらテンション高いと思ったらそういうことね」
「ルミアさん、わたしは休んでくださいと言ったはずですが」
「え? さっき10分休憩しましたよ?」
それは仕事中の休憩に過ぎなくて休養にはなってないですよ、と言いたくても言えないソフィアだった。
そして学院へ寄った後に追加の運送をこなしてきたミリナも疲労でツッコむ気力はなくなっていた。
「ミリナさんはお疲れですね。どうします? 話でも聞きましょうか?」
「ルミアはいつから私のお姉さんになったのかな」
「しがない料理人だからこそ答えられることだってあるのですよ、ふふん」
サラダをテーブルに置いた後で腰に手を当ててえへんと胸を張るルミア。
その姿にちょっとだけ元気が出たミリナは何気なく尋ねてみることにした。
「じゃあルミア先生に質問ね。数日後に何かすごく嫌なことが待ってて避けられそうにない時、それまでの数日間どうやって過ごす?」
「変な質問ですねえ」
「変な質問だね」
ルミアもソフィアも揃って首を傾げる。
とはいえあまり細かく話すと面倒になりそうだったから避けただけだ。真意はもちろん例の件である。
「うーん、わたしなら出来る限りの対策を練って待ちますね。例えばレストランの売り上げが落ちそうな時期が迫っているとするじゃないですか。そこで黙って諦めるよりお客さんの数を増やしたり、客単価を上げるような施策を練ります。経営者として損害を少なくするための努力は必須ですから」
その答えにミリナの動きがふと止まる。
フォークを持つ手が空中で静止して、ぽかんと口を開けたままルミアを見ていた。
「ミリナさん? どうしたんですか、動きが止まってますよ?」
そうか、そんな当たり前のことも私は考えられずにいたのか。
危険があるなら出来るだけの備えをすればいい。手伝ってくれる人がいれば頼ればいい。
「ルミア、ありがとう。参考になった」
「え? 今のなんか参考になってました……?」
「ミリナが参考になったというのであればそういうことです、ルミアさん」
よし、そうとなれば早く行動しなければ。
そしてそのためには目の前の夕飯をさっさと食べ終わらなければ。
「ルミア、早く主菜持ってきて。私今お腹空いてるから」
「えっ、あっ、はい。わ、わかりました……」
急に動き出したミリナにルミアが慄く。言葉も詰まる。
そしてそれを外から見ていたソフィアもだいぶ困惑していた。
「ソフィア、帰ったら話があるから時間ちょうだい」
「う、うん。わかった」
ソフィアから見ると明らかに何かをひらめいて急いでいる様子。
もしかしてわたしも急いで食べないといけないの……?と慌てるしかなかった。
―――
結局先に夕飯を食べ終えたミリナがお代だけ払ってすぐさま自宅に戻り、それを追うように食事を済ませたソフィアが10分ほど遅れて帰宅する。
ソフィアが戻った時は1階の仕事場にまだ残っていたミリナは、何かを終えると2階に上がってきてソフィアと話をする態勢になった。
場所はリビング、テーブル越しに向かい合う。
すっかり暗くなった部屋に明かりを付けて、だけど会話のない沈黙が二人の間にしばし流れて。
それから先に口を開いたのはミリナの方だった。
「ソフィア、今から私が考えた仮説の話をする。ソフィアの母親と今回の暴発の件について」
「うん……あっ、でもその前に1個だけわたしからいいかな」
「わたしが昔の家にいたころ― 森の中の家だったけど、時々外から大きな音が聞こえてきて怖くなかったことがあった。そういう時はいつも母の姿が見えなくて、物音が収まる頃に戻ってきてた気がする。だから、あれはもしかして魔物が暴れてたんじゃないかって」
「…………そっか。話を聞く限りは私も同意するし、仮説とも合う」
より信憑性が増した仮説をソフィアに語る。
本人がどう思うかはわからないが、伝えないわけにはいかない。
「恐らくソフィアの母親は200年程前にフォルシア王国で名を上げた魔法使い。でも魔物を使役する魔法を開発しようとして処罰されたので辺境に移り住み、そこで魔法を使って延命しながら研究を続けていた」
スケールの大きい内容に一瞬付いていけないような困惑を見せたが、ミリナの真剣な表情を見れば冗談を言っているとは思えなかったようで。
「魔物の生息地域に家を構えて、使役技術を完成させたらフォルシア王国に復讐しようと襲撃の準備を続けていた」
「……じゃあ、わたしはどうして」
どうして育てられたのか。
その通りだ。ただ襲撃するだけなら人間の子供を作る必要なんてなかった。
「襲撃の前に王都の中枢機能を破壊しておく必要があった。防衛機能が十分に働いていれば、いくら大量の魔物を使役しようが成功率は下がる。だから魔力を暴発させるための爆弾役を王都に送り込もうとした」
「じゃあ、わたしがミリナに拾われたのは」
「わざと私を狙ったんだろうね。私たちが出会った時のこと、覚えてる?」
「うん、箱の中で―」
依頼人不在になった荷物の箱の中で閉じ込められていたのがソフィア。
ミリナはあの出来事を忘れたことなんてない。
「ソフィアの母親は魔法を使って他人に成りすましてソフィアが入った箱を荷物として依頼した。その後姿を消して、中身を開けざるを得ない状況にすれば高確率で私が拾う。拾わなくても王都付近の孤児院に預けられるから、そこで暴発が起きれば王都のある程度の範囲に損害を与えられる」
「……もしかして、その、ミリナに拾わせたのって……わたしの魔力が暴発したら」
「そうだね。王国指折りの魔法使いを事前に一人殺せるからちょうど良かったんだろうね」
自分で喋りながら悪寒が走り、得体の知れない恐怖を覚えるミリナ。
この仮説が全て正しいと決まったわけではないけれど、聞けば聞くほど納得してしまうソフィア。
確かに母は自分のことを大事に育ててくれた。でもそこに何らかの狂気を孕んでいたことは今振り返ると感じる。
外に出してくれない、魔法のことならどんなことでも教えてくれた、父は病気がちで床に臥せっていたこと。全てが伏線のように感じて全身が震える。
「そういえばミリナ……ひとつ思ったことがあるんだけど……」
「うん、なに?」
「わたしの父親のこと。身体が弱くてずっと臥せっていたことって、何か関係あるのかな」
「これは想像でしかないけど、その母親が魔法を使って延命する時に手術した外科医とかじゃないかな。そこで過剰に魔法に触れ過ぎて身体を壊したのか、あるいは本人も身体を魔法仕掛けにしている可能性もあるね」
異様な環境に説明が付いていくことに慄くと同時に、すっと腑に落ちてしまう自分もいた。
自分の今までの人生がどこまで危ういものだったのかを改めて感じさせられる。
「で、ここからが大事な話」
ミリナの瞳が冷たいままソフィアを射抜く。
「恐らくこの先数日間のうちに王都に魔物の襲撃が来る。転移魔法で大量の魔物を送り込んで、恐らく本人も同時に現れて王都を落とそうと仕掛けてくる」
「それって」
「だから、ソフィアには母親を止めることになるって覚悟してほしい」
「うん。わたしはミリナのこと信じるから」
その答えにミリナが一瞬だけ目を見開き、それでもすぐに元の冷たい眼差しに戻る。
「ソフィアもそこまで覚悟が決まってるのなら安心した。ただ、一つだけわからないことがある」
「うん」
「どうして魔力の暴発が起きた時に一気に攻めてこなかったのか。本命の襲撃まで時間を空ける理由がわからない」
「……確かに」
一つの疑問だけが未だにミリナを悩ませている。
その答えが明らかになるのは、2日後の夜に王都付近の森林地域で大量の魔物が発生した時だった。




