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5-5

「コロルド先生、突然にもかかわらずお時間を頂きありがとうございます」

「いえ、ミリナ君が急に話をしたがるということは相応の内容だと思っていますから。なんといっても我が校始まって以来の秀才でもありますし」

「そう言っていただけるとありがたいですね」


フィウネの防衛状況を知った上でミリナが急いで連絡を取ったのは国立学院の魔法科、そこで最もお世話になったコロルドだった。

今脳内に立てている仮説が本当にありうるものなのか、それを知るためにはこの場所とこの人選が最適だと考えた。


学生はすっかり帰宅ムードで校内に残る人もまばらな放課後に、ましてや魔法科主任の個人研究室の周りが騒がしくなる理由などなく、静謐でいて厳かな空気が室内を支配していた。

窓から差し込んだ夕陽が二人分の真っ黒な影を作っている。


「今日先生にお伺いしたいのは、とある魔法技術に関することです」

「ええ」

「魔物を使役する魔法― それを過去に使った人間がいたかどうかです」


その一言にコロルドの眉間は見事なまでに反応してみせた。

在学中にも見たことがないほど表情を険しくしたその様子に、ミリナはこの問いが正解であることを悟る。

そしてその姿に怯えることもなく、むしろ睨み返してくるように瞳を強く見開いたミリナを見てコロルドも覚悟を決めたようだった。


「……この内容は他言無用です。ミリナ君がこの国でも指折りの魔法使いであり、十分な人格者であることを信用して語りますので」

「はい、わかりました」


握った両手からじわりと汗が滲む。


「実際に魔物を使役したという事実はありません。が、それを実現の一歩手前まで持っていった魔法使いの記録があります」


やはりいたのか。それを現実のものにしようと試みた魔法使いが。

そんなものが国の直下にある学院で明るみに出れば、そのままでいられるはずはない。


「魔法科でも一部の職員だけが触れられる記録にだけ残っている事実です。いわゆる禁書のようなものですね」


コロルド先生を相手に選んだのは正解だった。

他の教員だったらこの事実を知らなかった可能性が高い。


「ただ、その人物が当校に在籍していたのは200年以上前です。その頃に国家からの命令で該当の人物は学院から追放されました。その後は王国郊外の地方部で暮らし、150年前には死亡したとの記録が残っています」


人類の外敵である魔物をコントロールする技術。

そんなものが確立されてしまえば悪用では済まない。軍事目的で使用すれば他国一つ滅亡まで追い込むことも現実味を帯びた話になる。


「更にその魔法使いがもう一つ学院を追放された理由があります。人や物の転移魔法の実用化を試みていたことです」


転移魔法― それはとても便利で夢のある話に聞こえるかもしれない。

しかし冷静に考えれば黙って見過ごせるような内容ではない。


牢獄に捕らえた囚人が脱走したら?

盗賊が国家の金庫の中へ入り込めたら?

魔法使いが自由に他人の家へ侵入できたら?


犯罪の温床になることは避けられないゆえに全世界的に禁じられた魔法の一つである。

それを現実のものにしようと動いてしまえば国家が見逃すわけもない。


勿論フォルシア王国の魔法省もそのような技術が出てこないか目を光らせている。

優秀な魔法使いを国家防衛免許の資格者や役人にすることで目の届く範囲に置くのにはそういう理由もある。表向きには公表されないが。


「……ミリナ君はその人物のことを怪しんでいるのですね」

「ええ。突飛な言い分ですが、死亡したというのも嘘じゃないかと思っています」

「話は掴めましたよ。先日の襲撃事件の連続発生の原因がここにあると疑っているわけですか」


フィウネで話を聞いたミリナは、やはり魔法使いが魔物を使役して襲撃させたという説が固いと思っていて、それがありうるかどうかを魔法科で確認しに来たわけだが―


「仰る通りです。―前回こちらを訪れた時に私の助手を連れてきましたよね?」

「ええ、勿論覚えていますよ。そして彼女に魔法を教えた母親というのが不可解だったという件も」

「流石です。私の推測は彼女の母親というのが、200年前に学院を追放された魔法使いだった―ということです」


ソフィアの母親、自分にも負けず劣らずの高度な魔法技術を教え込むことのできた非凡な魔法使い。


「簡単に同意は出来ませんが、正直その人物以外に彼女の母親候補と思える存在に心当たりがないのですよ。そういう意味では疑うのも正解かもしれませんね」

「ちなみに、先生からすると魔法による延命技術は可能かと思いますか? 私は可能だと思いますけど」

「ほう、ではミリナ君の理論を聞かせてもらいましょうか」


人間の命に限りはある。

病気や怪我で伏すこともあれば、心身の機能が衰弱して自然死すること― つまり老衰という場合もある。


前者を避けることが出来れば、後者の対策を打つことで寿命の延長を実現できるかもしれない。

そして魔法技術を限界まで極めてしまえば、それも夢物語ではない。


「身体を魔力の結晶に置き換えることで擬似的な不老不死を実現できると思います。筋肉や骨に結晶を埋め込み、心臓も魔力の結晶に作り替えればいけます。後は周囲の大気や生物から魔力を必要なだけ吸い上げれば永久機関になるはずです」


魔力の吸い上げならミリナもできる。それを100年以上掛けて追求すればより強力な技術になりうるだろう。

それを聞いたコロルドは表情を崩さず、それでいて無意識のうちに声のボリュームを抑えて語る。


「魔法の教師としてあまり言いたくはありませんが、ミリナ君の言うような方法で擬似的な延命は可能でしょう。少なくともこの世界ではどの国家も認めるはずはありませんが」

「でしょうね。ただ、その人物が今もなお生き永らえていて、この国を狙っている可能性は否定できません」

「それで、ミリナ君はどうするのです? 推論に過ぎない今の話では魔法省も国も動きませんよ」

「そこは私が勝手になんとかします。先生は今の話なんて忘れて、全てなかったことにしていただければ」


なんとかするってどうするんだよ。

自分で言いながら疑問にも思ったりしたが、その時が来れば人は動く。


ともかくミリナの中の仮説は一点を除いて完成した。

後はそれが現実になってしまった時にどう対応するかだ。


「ではミリナ君の言うようにしますよ。……くれぐれも、気を付けてください」

「ええ、ありがとうございます」


夕陽もすっかり傾いて暗くなった部屋を後にする。


この話をどうやってソフィアに伝えようかと考えているうちに、背筋にぞわりと寒気が走ったような気がした。

その日が近いことをミリナはうっすらと予感していた。

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