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翌日、ミリナは朝早く家を出て王国最東部の都市・フィウネを訪れていた。
早起きが苦手なはずのミリナが5時に起きて6時に家を出た理由は色々とあり、まず一つは魔力切れで休んでいた期間の運送を出来る限り早く終わらせるということがあった。
幸いなことにこの期間の依頼主たちは数日程度の遅延なら仕方ないものと理解を示してくれたのでよかったが、早く届けるに越したことはない。
そしてもう一つの理由は先日からの魔物による襲撃未遂の調査だった。
このフィウネという都市は最初に襲撃を受けた場所で、街の外は交易路もない平野となっており、その更に先には魔物の生息地域が存在している。
そこから出てきたであろう魔物の襲撃を受けたというのが聞かされていた情報だった。
その防衛で実際に前線に立ったという役人とアポイントメントを取り付けたところ、仕事が始まる前の時間なら良いということで今こうしてフィウネの中心部までやって来たわけだ。
始業前の役所の応接室を借りたミリナは早速その人物から聞き取りを始める。
「今日は朝からお時間をいただいてありがとうございます」
「いえいえ、貴女のような名高い魔法使いの方に気を掛けていただけるだけ恐縮ですよ」
話を聞かせてくれる人物はフィウネの防衛部門の中心人物であり、ミリナと同じく魔法科を出ている優秀な魔法使いでもあった。
そういう風に持ち上げられるのはあまり好きではないが、まあ流れで受け取っておくことにする。
「今日お伺いしたいのは魔物襲撃当時の状況についてです。襲撃自体はこれまでにも対処されたことはあるかと思いますが、その際との違いなどあれば」
「そうですね、今回は比較的小規模な襲撃だったように思います。ですので免許持ちの方を呼ばずとも処理出来ました」
小規模、そこに違和感を覚えるミリナ。
今ミリナの頭の中で思い描いているストーリーは、ソフィアの魔力暴発による王都の混乱を見越して、それに乗じて周縁部から順に侵略していこうとするというものだった。
ソフィアの母親がもし本当にフォルシア王国に対する侵略を試みているなら小規模にする理由はない。より多くの魔物を唆して攻め入らせるはずだ。(それが出来るかどうかは知らないが)
「小規模、ですか。ともかく被害を防ぐことができたなら何よりです。……他に何かありますか?」
「後思い付くのは魔物の襲撃が全て一度に来たことですね。大抵魔物の襲撃は何波かに分かれて来るものと体得していたのですが、今回は一度きりで全部でしたね」
「一度きりですか。ではある意味隊列を組むような感じで来たと?」
「そうそう。まさに隊列という雰囲気です。複数種の魔物がタイミングを合わせて来てましたよ……ああ、そうだ。後は瞳の色が印象に残ってます」
「瞳の色?」
「ええ、皆一様に青っぽい色だったんですよ。まあ魔物なんて滅多に相対しませんから私の気のせいかもしれませんが」
気になる情報だった。
ミリナも魔物と遭遇した回数は決して多くないが、瞳の色に特徴なんてなかったように思う。
それが全て同じ色をしているということは……フィクションでありがちなのは何かの支配下に入った象徴とかだろうか。
だとするとミリナの仮説 ― ソフィアの母親が魔物を自在に使役できる技術を持っていて、都合よく魔物を王国へ襲撃させたという説も成り立つ。
まだまだ謎のままの部分が多いけれど、その可能性が見出せただけで話を聞いた甲斐はあった。
「なるほど、貴重な情報をありがとうございます。ちょっと魔法省の方ともこの件を話しているものでして……」
「そうなのですね、いやはや大事になりそうで怖いものですね」
「事実フィウネも襲撃を受けてしまいましたからね……もし何かありましたらお呼びください。この地域にも免許持ちの方がいるとは思いますが、手に負えない魔物が来る可能性も否定はできませんし」
「ええ、その時は是非」
その他にも色々と防衛の現状や魔物の撃退時の状況などを聞いたが、そちらでは特段目ぼしい情報というものはなく、時間も過ぎたので話はそこで切り上げになった。
やはり最初の話で感じた仮説通りの筋書きというのがしっくり来て、これは他の襲撃地をわざわざ訪れなくても変わらないだろう。
そういうわけで役所を出たミリナの中で次の方針が固まった。
それを運送スケジュールの中に組み込んで、早速その段取りを始める。
陽が昇ってきたフィウネの空がミリナの背中を照らしていた。
―――
「あら、ソフィアちゃん。無理はしないでちょうだいね」
「ありがとうございます。でも、もうちょっとさせてください」
プリドールでのアルバイトを再開したソフィアは早速初日から残って働いていた。
普段の就業時間のうちはソフィアの手でしか作れないプリンの製造に割かれたので、下準備やそれ以外の作業といったものは時間が無くて手を付けられずにいた。
そこで監督者であるルミアの母親 ― フィリアに少し残らせてくれと頼んだわけだ。
そういうわけで明日製造するプリンの下ごしらえとディナーの時間帯の下準備を進めていた。
数日間休んだだけでも再び働くというのは大変だなと思いつつも手は止めない。
そうやっているうちにディナー対応のスタッフが厨房に入り始め、そこからしばらく置いて聞き慣れた声が響く。
「ただいまー! ってあれ、ソフィアさんじゃないですか!」
「えっと、ルミアさん。おかえりなさい……?」
「ソフィアさんまだ残ってたんですか? 体調を崩した後は無理しちゃダメですよ。はーい、よい子はおうちに帰りましょうね」
「いや、わたしルミアさんより年上……」
「はっ、そうでした!」
学校から帰ってきたルミアが店に顔を出した。
時間的に終業してからまっすぐ家に帰って、そこから休むことなく厨房に来たのだろう。
いつ勉強しているのかと不思議に思うソフィアだった。
ルミアは体調不良から回復した(と言ってある)ソフィアがまだ働いていることを心配してくれたわけだが、ソフィアからすればまず自分の心配をしてほしかった。
そんな頭の中には当然気付かれるはずもなく、勢いよく話を続けていたソフィアが「そういえば」と口を開いた。
「わたし、ミリナさんを学校で見たんですよ」
「……ミリナを?」
「ええ、確か時計台の辺りでしたね。わたしが家に帰ろうとしてるところで、ミリナさんは逆に学校の方へ歩いてました。魔法科に用事でもあったんでしょうか?」
「わたしは特に聞いていませんけど、ミリナのことだから、何か考えているんだと思います」
真意まではわからないけど、きっと自分の母親の一件で魔法科にまで情報を求めて行ったのだろうと思う。
きっと自分の知り得ぬところまで調査を進めているのだろう。
そしてミリナのことだから、帰ってきたら話を聞かせてくれるはずだ。
ミリナは多分ものごとを抱え込みやすい性格だと思うけど、今ならちゃんと話してくれる気がする。
そう思えるのも恋人になったからだろうか。
「ルミアさん、わたしはもうすぐ帰りますね。それで、また今晩もミリナと一緒に来ます」
「はーい! お二人が来てくれるのを楽しみに待ってます!」
「でも、ルミアさんもちゃんと休んでくださいね」
「うっ……あんまり休んでないのバレてる……」
気まずそうに頭を掻いたルミアをよそに作業を仕上げるべく手元に意識を集める。
きっと重くなるであろう話を前にして、ひとときの休息のように仕事を楽しむソフィアだった。




