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5-3

ここ数日、フォルシア王国の防衛部門は騒めき立っていた。

なんといっても魔物による襲撃未遂が立て続けに3件も発生したのだから。


この世界には魔物が住まう地域、つまり人間が手を出せないでいる地域が一定数存在しているが、今回はそこから出てきたと思われる魔物による王国周縁部への襲撃事件。

海に面している王国南部はともかくとして、北部・東部・西部に関しては交易路程度なら整備されているが手付かずのままの魔物の居住地域が点在しているので、そこを破って人里へ出てくることに関しては想定の範囲だった。


ただ、今回問題になっているのはそれが3日も連続で発生したことだ。

単発で年に数回程度というのがここ数十年間の傾向で、それくらいであれば通常の防衛ルーティンの中で処理し切れるが、今回はそこから逸脱してしまっている。

各所に駐在している防衛戦力のおかげで全て事なきを得たが、これが続くと国家規模の緊急事態になりかねない。


当然ながら防衛に全力を挙げるべく各所は動き始めており、周縁部におけるパトロールは巡回数を増やし、特に拠点となる都市には警戒態勢が敷かれることになった。

そして国家防衛免許の持ち主たちには昼夜問わず緊急出動の可能性があることが伝えられており、その通達は漏れなくミリナとソフィアの元にも届いていた。


その通達文を眺めるミリナは憂鬱な表情をしていて、ベッドで起き上がって同じように文章に目を通すソフィアも眉を下げて黙りこくる。


ようやく起きて活動できる見込みがついたソフィアに対してまずミリナがしたことは、魔力の暴発とその顛末の説明だった。


当然ながら自分が害になってしまいかねなかった事態をソフィアが冷静に受け止め切れるはずもなく、ただただ落ち込んでいる。

そしてその責任をまたミリナも感じているようで、ソフィアが落ち込む姿に引きずられていた。


「ええと、ソフィア」

「……うん」

「落ち込んでる私が言うのもなんだけど、ソフィアは悪くないから。それは私がちゃんと知ってるから安心してほしいんだけど」

「……うん」


今のミリナにはそう言うしかなかったし、その言葉がソフィアには必要なのだと思う。

ただ、そうやって慰めているだけでは状況が好転するわけでもなくて。


「これからは対策すれば同じような危険は防げる。なんたってこの私が付いてるからね」

「……うん」

「ただ、解決しないといけないことがある。ソフィアの母親について」

「……うん」


ソフィアに高度な魔法技術を教えたにもかかわらず、魔力の暴発については教えることをしなかったであろうその人物。

今回の事件に元凶というものがあるとするならば彼女になるだろう。


まだ後遺症が完全に抜けきってはいないソフィアは喋ることもあまり乗り気ではなさそうだったが、ミリナに真剣な目で問われれば答えないわけにはいかない。

何より自分が好いていた親が自分の味方ではないかもしれないという疑念が心を鈍らせる。


「……確かに、わたしの母は魔法のことをたくさん教えてくれたけど、魔力の暴発なんていうリスクは一つも教えてくれなかった」

「あれだけ高度な技術を学ばせたのに、だよね」

「……そう。わたしの魔力量だって自分は知ってただろうに」


ソフィアは自分の力量を完全に知らないまま過ごしてきたが、教える側が分かっていないはずはない。

ここまでの話だけでもミリナの疑念ははっきりしたものに変わった。間違いなく彼女が原因だ。


では、なぜ魔力の暴発という事故が起きるまで放置することを是としたのか。


「本人に話を聞かないといけないね。……ソフィアは別に母親が見つからなくてもいいって言ってたけど、流石にこの状況では無視できない」

「そう、だよね。わたしもちゃんと話をしなきゃって思う」

「じゃあ決まりだ。ソフィアの母親を探そう。私は運送の仕事で国中から情報を集めてくるよ」


幸いミリナは日常的に国中を飛び回っているし、役人にもある程度顔が利く。

そして何よりも気になっているのが今手元にある通達文である。


魔物による襲撃未遂が3日連続で起きている。

しかもソフィアの魔力暴発が起きてその日から続けて、である。


これを何らかの偶然と思い込むにはだいぶ無理があるようにミリナは思う。

もっと踏み込んで言えば、ソフィアの母親がこの件に関わっているという可能性を考えている。


もし彼女がこちらの与り知らぬ理由でフォルシア王国に敵意を抱いているとしたら、の話だが。

もし彼女があまりにも強大な魔法使いで魔物をコントロールすることができるのなら、の話だが。


魔物を使役するという技術は今のフォルシア王国には存在しないし、恐らく他の国にもない。

独自で意思を持つものの制御権を奪うというのは無謀にも程がある。だけど、そんな想定をしてしまうくらいにはタイミングが良すぎる。


そしてソフィアの暴発を止められなかったら王都の大部分が被害を受け、国としての中心機能が麻痺する可能性が高い。

その状態で辺境の防衛は平常通り機能し続けるだろうか。いや、どこかに欠陥が出るだろう。その欠陥に付け入ることができればあるいは―


まあ実際に何を考えているかは本人に訊くしかあるまいが、警戒してあたったほうがよい。


「わたしも、昔の家にいたころとのこと、思い出してみる」

「そうしてもらえると嬉しい。そこに何かしらの手掛かりがあれば捜索も進むから」

「うん……ミリナ、ありがとう」


こんなにも危険を冒させてしまったのに、それでもまだ自分の手を取ってくれるミリナ。

その背中が頼もしくて、嬉しくて、ソフィアはその言葉を投げかけてみた。

でもミリナはきょとんとして何ともない風に返してきて。


「ん? 私は当然のことをしているまでだよ、だって恋人だもん」

「……そっか」

「そうだよ。その人の良い所も悪い所も、困っていることも悩んでいることも全部ひっくるめて一緒にいるのが恋人……というか配偶者?だと思ってるから」


わたしに悩みを打ち明けてきた時はあんなに気弱だったのに。

いつの間にこんな大人になったんだろう。それとも元々のミリナが大人びた子だったのかな。


こうして自分と年齢もさして違わない相手に頼りっきりになってしまうのは自分としては良くない気もするけれど、この件はミリナに甘えさせてもらうことにしよう。だって恋人だし。


「じゃあミリナ、よろしくね」

「うん、任せて。出来る限り頑張ってみるよ」


さっきまで部屋の中に漂っていた重苦しい空気はすっかり霧散していた。

カーテン越しの窓から太陽の光が明るく差し込んできて、ソフィアの心をすっと軽くする。


だけど、時には覚悟を決めなければならないこともあるかもしれない。

この先にどんな出来事が待っているかはわからないし、あまり想像したくない未来だって来るかもしれない。


好きな人の傍にいるために、好きな人と一緒に居続けるために、自分も出来る限りのことをしよう。

ミリナはわたしのためにあんなに強くなってくれた。じゃあわたしもそうならないと。


思い直してまたひとつ決心を固めるソフィアだった。

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