5-2
翌日の昼過ぎ、ソフィアの自室には全部で3人が集まっていた。
部屋の主であるソフィアは未だ熱が下がらず、寝間着のままベッドで眠っている。
うなされるように苦しそうな声を上げ、時々目を覚ましては枕元の水を飲んでまた眠る。
その横で椅子にもたれて、疲労を隠せない表情のままソフィアを見守るのがミリナ。
少し体力が回復したら果物を切ってソフィアが食べるかもしれないと用意し、力尽きたらまた椅子に座ってぼんやりと力を抜いて過ごす。
そしてそんな二人を立ったまま見守るのがアリルだった。
突如ミリナからの救護依頼を受けてこうして王都までやってきたのがつい10分ほど前。
人を家に呼ぶことなんて一度もなかったミリナが動揺した様子で助けを求めてきたのだから、慌ててここまでやって来て、すっかり脱力したミリナから事の顛末を聞いたわけだが―
「ミリナ、端的に言うわね」
「うん」
仰々しく腕を組んで、でも目は真剣なアリルが口を開く。
「ソフィアさんは魔力の暴発であと数日は動けないでしょうね。ミリナは単純に魔力切れよ、数日安静にしてなさい」
「うん……そうだよね」
目を伏せたミリナ。そこから発せられる言葉の端々にも力を感じない。
そんな様子を見かねたアリルが大きくため息をつく。
「あーもうわかってるわよ。あんたが知りたいのはそんなことじゃないわよね」
中々顔を上げないのか、あるいは上げる気力もなくなってしまったのか、ミリナの瞳は眼下で眠るソフィアを捉えていた。
「魔力の暴発― これは異常事態よ。本来起こりえることではない」
人の体内には魔力が蓄えられていて、その量は人によって大きく異なる。
量が多ければ魔法を扱うのに向いているし、少なければどれだけ技術があっても魔法を使うには向いていない。
その中でも魔力の保有量が多い人間に起こる可能性があるのが魔力の暴発だ。
体内に保有できる魔力の量が限界を超え、容れ物が割れてしまうように中の魔力が無造作に溢れ出す。
その暴発は魔力の持ち主本人の身体にも影響を及ぼし、数日に渡って体調を崩すことは避けられない。
しかし基本的にこんな暴発は起こり得ない。
何故なら魔力の高保有者は皆一様に魔法に関する訓練を受けており、暴発を防ぐための方法を知っているから。
ミリナもアリルも、暴発を防ぐために人知れず適切な魔力使用を実践している。
ミリナはスカイレイクの操縦がそれにあたるし、アリルは自らの魔法研究の一環で魔力の多く使用している。
「じゃあ何故ソフィアさんは暴発を防ぐための措置を取っていなかったか」
「……正直、私もよくわからない」
「でしょうね。それがわかっていればあたしを呼びつけたりしないでしょうし」
ミリナの心に暗い影を落としている疑問がそれだった。
私が気に掛けていなかったのがダメだったのだろうか―?
ただ、一つだけ確かに言えることがあって―
「その暴発、あんたが防いでなかったら半径2キロは吹き飛んでたわよ。人も建物も全て残らず、ね」
ソフィアの訓練を近くで見てきたアリルの見立てでもソフィアの保有する魔力量は尋常でないほど多い。
それが制御されることもなく暴発してしまったら、と予想すればそう言わざるを得なかった。
「王都の中心部まで灰に帰していたでしょうね。死んでも償えない話よ、本当に運が良かったとしか言いようがないわ」
ミリナがあの時ソフィアの部屋の前を通り掛かっていなかったら―
防御魔法を展開するのがあと数秒遅れていたら―
魔力切れで体力を大きく削られているミリナでもその恐怖に身震いする。
そしてその中心にいるのがソフィアだった。
だけど、ソフィアは自分の意思でそんなことを起こすのだろうか。
少なくともミリナにはそうは思えなくて、縋るようにアリルの方を見やる。
「あたしの個人的な見解で申し訳ないけど、ソフィアさんが魔力の管理を怠るような性格には思えない。
だから、そもそも魔力の暴発という現象を知らなかったのではないか。そう思うわ」
「でも…………」
ミリナはそう言いかけるけど言葉に詰まる。
よく思い返せばソフィアの魔法は独学だ。学校に通っていたわけではなく、本から自分で身に着けた知識で彼女の魔法は構成されている。
魔力量の多寡なんていうのは自分で判断できるものではなく、誰かが客観的に見たり機械で測ったりしてわかるもの。そのいずれの要素もソフィアにはなかった。
「……ミリナ、あんた何をそんなに悩んでるわけ?」
「いや、それはソフィアがこんなことになったわけだし、ひどい惨事を引き起こす手前だったし……」
「じゃああんたは何をすれば元気になるのよ。休養は別として― 原因がわかればスッキリする?」
「そう、だね」
「あるじゃない、原因」
「…………え?」
「あんたそれも忘れたの? 馬鹿じゃない?」
二度目のため息は明確にミリナに銃口を合わせたものだった。
「ソフィアさんに魔法を教えたのは母親なんでしょ? そいつが怪しいに決まってるじゃない」
「…………あ」
「これ以上はあたしの知るところじゃないから。後どうするかはあんたに任せるわ」
ソフィアに魔法の大きな才能があることがわかっていたのに、魔力の暴発について教えてなかった人間がいるとすれば― というのがアリルの見解だった。
それを忘却していたミリナがぽかんと口を開いている。
そんなミリナを放っておいて部屋を出ていこうとするアリルが扉に手を掛けて、ふとこちらへ振り返る。
「ともかく数日は休養第一で過ごすことね。間違っても仕事なんてしないこと」
「……わかった」
「じゃ、あたしは帰るから。何かあったら適当に連絡でもしなさい」
そう告げて去っていったアリルの背中を眺めてミリナは思う。
ソフィアに命の危険を恐れさせなかった正体不明の母親、やはり彼女のことを掴まなければならないと思い直す。
それを知らないままで過ごすこともできるけれど、ソフィアの身の安全を考えた時に何もわからないというのは危ないと直感的に思った。
ソフィアはもう見つからなくてもいいと言っていたが、ここまで重大な出来事に発展してしまったのなら話は別だ。
魔力切れで身体に力が入らないままぼんやりする思考で考える。
そんなのだから考えはまとまらないけど、なんだか嫌な予感がして、このまま元通りの平穏な生活へ戻ることはできなさそうな気がして。
結局その日の夜になってようやく起き上がることのできたソフィアを安静にして寝かせ、自分自身も運送の仕事をキャンセルして家から出ずに静かに過ごすことを決めた。
暫しの休日は二人にとって休養であり、それでいて今までにない別種の不安を燻らせる期間となった。
そしてそれゆえに、その間に計3回もの魔物の侵攻が王国内で発生したことを知ったのはしばらく先のことだった。




