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「わっ! すごく綺麗!」

「本当だね。街を一望するっていうのはこのことか」


大きく開けたバルコニーから見えるのは青空と荘厳な建築による時計塔。

眼下に広がるのは石造りのロマンチックな街並みとそこを行き交う人々。


今二人がいるのはフォルシア王国北方の観光都市・ミーシュアの中心に位置する高級ホテル、そのスイートルームだ。

大陸内の他国からも観光客が訪れる人気の都市でもあるミーシュアは年中人が集まっているのだが、そんな土地を新婚旅行の行き先に選んだのはミリナだった。


「ミリナ、今日と明日はこの街を好きなだけ見て回っていいんだよね」

「うん。ソフィアの気が済むまで」


ソフィアは昔から家の中でひたすら暮らし続け、その中で知識を得る手段は書籍しかなかった。

逆に言えば書籍の形であれば様々な情報に触れることができた。

それならば実際に学んだことを実感できるような場所が良いと思い、こうして文化的な施設が集中するこの国一の観光都市を選んだわけだ。


「じゃあまずは国立の美術館と博物館があるから今日はそこを回って、明日は時計塔の中を見学したり私設の美術館に行ったり街を歩いて回ったりする」

「一瞬でこの2日間の計画が決まったね。じゃあ私も好きなように行動するよ」


ミリナの潤沢な稼ぎに物を言わせて予約したスイートルームを一通り見渡してから荷物を置き、早速出掛ける準備に入る二人だったが、小さめのショルダーバックに持ち替えたソフィアがそこで一瞬止まる。


「……ミリナは、それでいいんだよね? 新婚旅行なのに別行動でも」

「私は別にそれでいいと思うけど。ご飯とかホテルが一緒ならそれで満足だし」

「そっか。じゃあお言葉に甘えて行きたいところ行ってくるよ」


新婚旅行をわくわくして計画していたミリナだったけれど、結局のところソフィアと一緒に過ごす時間はそんなに長くなくても構わなくて、移動や宿泊のような旅の醍醐味みたいな部分を一緒に楽しめればそれでいいかなと思っていた。あと食事も。

それだけあれば二人で過ごす嬉しい気持ちは感じられるし、なにより一人でいる時間も同じくらい好きという自分の気持ちにも沿っていてなんだか自然なことに思えた。


そんなわけで食事とホテルだけは一緒で、観光に関しては完全別行動の新婚旅行が始まった。

なんだか不思議な気がしなくもないけど―


「それもまあ、私たちらしいってことで」

「うん、そうだね」


そんなわけで頷き合った二人は気ままなミーシュア観光に出るのだった。







―――





ソフィアの興味関心は多岐に渡る。

今こうして歩いているミーシュアという街に関わることだけでも、文学、歴史、地理、建築、経済、政治、美術、その他エトセトラ。挙げ出したらキリがない。


文章という形だけで知ったこと、本の中だけで見た事象、人づてで聞いただけの事柄。

そういったものを歩いているだけで実際に感じることができて、そういうふうに五感で感じるということは刺激的だと思う。


ミーシュアの街は古くから魔物の被害を受けにくかった地域で、それゆえに昔の建物がそのまま残っていたり、貴重な史料や物品が失われずに現存したりしている。

ソフィアにとってはそれが何よりも魅力的で、その足が自然に流れるように国立の美術館の中へと吸い込まれていったのは自然なことだった。


「うわあ……すごいところだな……」


広大な展示室と大小さまざまなコレクションの数々に圧倒されて、すっかりこの館の魅力に取りつかれたソフィアは時間を掛けて一つずつゆっくり見て回っていく。


その途中でふと気付いたことがある。

ミリナは勉強や鑑賞と言った知的活動の事柄になると一人でいることを好む傾向がある。

物事を自分の頭の中で咀嚼して、深く考えて、そこから何かを導き出す。


よく思えば自分も同じなんじゃないかと思う。

今だってミリナを誘って一緒に来てもよかったのに、少し前の自分はそれを選ばなかった。


やっぱりわたしたちは似た者同士なのかもしれない。

だけど、だからこそお互いを尊重して、依存しすぎないような良い関係が作れるんじゃないかと思う。

ミリナと出会ったのは偶然だけど、偶然にしてはよく出来すぎていると思えてふっと笑ってしまう。


そこまで考えて、ここが展示室の中だったことを思い出して口を押さえた。

ずっと同じところで立ち止まってたら良くないと歩を進める。


そういえばここの出口にはミュージアムショップがあったはずだ。せっかくだしミリナが喜びそうなものを買っていこうか。

日々の暮らしに役立つようなものを好むだろうから、筆記具とかノートとかがいいかな。それともたまには部屋に飾るような小物でも喜んでくれるかな。

できればここの展示品が使われてるような商品だったら記念にもなってもっといいかも。


―そんなことを考えていたら少しだけ展示品の鑑賞が疎かになっていたのは失敗だったなと反省しつつ、それでもまあいいかと思えたソフィアだった。





―――



ミリナは何も考えずに過ごすということが苦手だ。

ぼーっとしていると何かを考えてしまうし、そこから連想して良いことも悪いことも浮かんでくる。

世間でよく言われている「何もしないをする」なんて夢のまた夢である。


そんなミリナにとって散歩とは無心になれる貴重な時間の使い方のひとつだ。

道が分かりやすければなおよい。地図を見る手間が省けるから。


こうしてミーシュアの街をあてもなく歩いていると少しだけだが無心に近付く。

過ぎていく街並みの風景、沿道に植えられている木々や花々、すれ違う人たちの気配。

そういうものをぼんやりと感じながらミリナの逃避行は静かに続く。


ソフィアとは気が合うし、一緒にいて楽しいのだけど、どうしたって一人でいる時間は捨てられない。

今頃は目当てだった美術館でゆっくり過ごしているのだろうかと適当に考える。


新婚旅行なのに一人でぼけーっと歩いているなんてルミア辺りに話したら笑われそうだけど。

でもソフィアもきっと同じ気持ちでいるんだろうなと思うと、この人と恋人になることを選んでよかったなと思えてくる。


そこまで考えたところで三叉路に行き当たったので仕方なく意識を明確にすれば、案内板に従って街を一周するルートを正しく選ぶ。

観光都市だけあって散策するためのルートが設定されていて、看板や矢印のように道順を示してくれるものも多数設置されている。

なんとなく歩いていたいミリナにとってはおあつらえ向きの街だ。


せっかくこうして街中をふらついているわけだし、ソフィアに何かお土産でも買って帰ろうかと考える。

ソフィアは勉強熱心だし筆記具とかノートとかがいいかな。でもそれだと旅に来た感じはしないし、机の上に置ける小物の方がよさそう?

とりあえず歩いていって目に留まった雑貨屋にでも入ってみるか。


そんなことを頭の片隅に入れてから、ミリナが時計台近くの土産屋へ吸い込まれていったのは数分後のことだった。



更に言えば、夕方ホテルに帰ってきた二人はお互いに同じようなガラス細工の小物を買ってきたことがわかって笑い合ったのだった。

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