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「ミリナさん、ソフィアさん、おめでとうございます!」
告白とファーストキスを終えて帰ってきた二人を出迎えたのは手にクラッカーを握ったルミアだった。
プリドールの店内は他に客の姿もなく、フロアの中央に用意された2人掛けのテーブルには花が飾られて美しくセッティングされている。
「ルミアさん、これは」
「ミリナさんに貸し切りのディナーコースを予約いただいたので準備しました!」
「えっと、ソフィア。これは私からのプレゼントというか、恋人になった記念に……って」
「ミリナ……!」
照れながら語ったミリナにソフィアが感極まって言葉を返す。
その様子にミリナもまた頬を緩ませた。
ミリナがルミアに恋の相談をしたあの日、その場で思い付いたのが告白した後のディナーだった。
今思い返すともし告白に失敗したら予約はどうするんだろうとか、そもそもソフィアがこういう場を喜ぶのかどうかわからなかったりするので、本当に勢いで決めてしまったんだなと思う。
だけど自分がそこまで熱くなったり、心が弾んだりすることができたのだと思うと、それも悪くない気がする。
今日は空気を読んで必要以上に関わってこないルミアが颯爽と厨房へ戻っていくのを見届けてから二人で席に着く。
そうやって向かい合えばソフィアが嬉しそうに微笑んでくるからミリナの心はすっかり晴れやかだ。
「あのさ、ミリナ。実はわたしからも言っておきたいことがあって」
「う、うん」
ソフィアが改めてそう切り出すから思わず身構えたミリナ。
でもどこか照れたような表情が続いているのできっと悪いことではないのだと思った。
「その、今日の試験に合格できたらミリナにプロポーズしようと思ってたんだ。
でもミリナから先に言われちゃったからタイミングを逃したんだけど」
「そう、なの?」
「うん。だから、わたしたち考えてたことは同じだったってこと。なんだかこういうの、いいよね」
ソフィアも今夜告白しようとしていたのか。
だとしたら本当に気が合うし、こうやって心が通じ合っているのはまさにパートナーという感じがする。
それにしても少し切り出すのが遅かったらソフィアに流れを取られてプロポーズされていたということか。
先を越されてしまうのはなんだか気に食わないというか、保護者みたいな立ち位置だったのに逆転されてしまうとちょっと悔しいというか、そういう気持ちもあるので結果的には自分から勇気を出して告白してよかったなと思う。
「恋人ってさ、若い人だとあんまり深く考えずに容姿とか外面の振舞いだけで惑わされちゃってよくない思いをすることだってあると思うけど、わたしは全然そんな心配はしてないよ。だってミリナのことを深く知って好きになったから」
「わ、私だって、ソフィアの優しいところとか、達観してるところとか、そういうところを知ってもっと好きになったし」
「うん。生涯一緒に過ごす人だから、お互いこうやって深く知り合ってから恋人になれたのはすごくよかったと思う。……あっ、ミリナの容姿ももちろん好きだよ。そこは間違えないで」
「ソ、ソフィアっ……」
二人して赤面する。向かい合うテーブル越しに甘い沈黙が流れる。
改めてお互いのことを恋人と認識するとそれだけで今までになかった気恥ずかしさが込み上げてきて、なんだか相手の目を真っ直ぐ見ることができない。
そういえば私って人付き合いが苦手だったよな、とミリナは思う。
小さい頃からずっと人との関わりを避け続けて、こんなふうに育ってしまった自分だから、今みたいな沈黙なんて耐えられるはずもないのに。
でも、ソフィアとならそれもいいかなと思ってしまう。何も言わなくても気持ちが通じている人がいるだけで、こんなにも心が軽くなるなんて知らなかった。
いつかソフィアが自分に諭してくれたように、辛いことは分け合って、嬉しいことは一緒に受け止めて、そういう関係にまた近付ければいいなと思う。
そうしてぐるぐると心の中を巡る思いと向き合っていれば、いつの間にかソフィアが微笑んでこちらを見つめていて。
「……ソフィア、私の顔に何か付いてる?」
「ううん。ミリナは可愛いなあと思ってただけ」
「か、かっ……!」
ああもう。やっぱりソフィアに主導権を握られてしまった。
でもソフィアがそう言ってくれると嬉しい。頬がまた熱くなる。
そうして照れ隠しに俯いていたら上の方から別の声が降ってきた。
「はい、前菜とスープをお持ちしましたよー って、ミリナさん何してるんです? またイチャついて勝手に自滅したんですか?」
「ルミアさん、ミリナのことはそっとしておいてください」
「……ソフィアさんの今の笑顔を見て完全に理解しましたよ。どうせ可愛いとか言って恥ずかしがらせたんですよね、あーもうこれだからイチャップルは……」
呆れたようにため息をつきながら料理を配膳するルミア。
鮮やかな色彩のマリネと冷製のコーンスープが滑らかに並べられていく。
「はあ……今日はお二人の記念日だから口出さないようにしてたのに……」
「すいませんね、うちのミリナがよわよわで」
にこにこと微笑みながらそんな台詞を言うものだから、ミリナを尻に敷いている雰囲気すら感じて少し慄いたルミアだった。
「ソフィアさんも結構言うようになりましたよね」
「ええ、配偶者ですから」
「……ソフィア、まだ籍は入れてない。役所に行くのは明日だよ」
「あ、ミリナが起きた」
顔を上げたミリナの頬からは赤みが引きかけていたが、その代わりに全身の力が抜けているようだった。
様々な角度からメンタルをソフィアに引っ掻き回された結果と言える。
そもそもこれまでの人間関係の欠落と人生経験の少なさによるものなので、ソフィアもルミアも特段容赦する様子はなかった。
「うー……今からソフィアと話そうとしてたこと忘れたんだけど」
「可愛いって言われただけで意識が飛ぶミリナの鍛錬不足だよ」
「はいはい、じゃあわたしは去りますからお二人でゆっくりイチャついてください」
「鍛錬どうこうじゃない気が……あと別にイチャついてるつもりはないって」
私が恋人になろうと思ったソフィアはこんな意地悪な子じゃなかったのに……と嘆くミリナだったが、振り回されている今も今でそんなに悪くないかもと思う。
そんなことを考えながらもう一度話の続きを思い出す。
「ええと……そう。ソフィアに相談したいことがあって」
「相談?」
「その、新婚旅行に行きたいなって」
そう切り出したミリナはさっきと同じように頬をほんのりと紅色に染めていた。
ソフィアにとっては今まで見たこともない乙女の表情に胸がドクンと高鳴る。
「せっかく恋人になったし……二人で遠出してお泊りとか、したいなって」
そういえばこの前フィリス港でデートした時もミリナはずっと嬉しそうだったな、と思い返す。
そして今の期待に満ちた瞳を見ていれば行きたくないなんて思うはずがない。
「うん、わたしも行きたい」
「本当……!? じゃあ私旅程考えるね! ソフィアはプリドールにお休み申請しておいて!」
「わかったよ、楽しみにしてる」
今にも「やったー!」と叫び出しそうなミリナの喜色満面の笑みにソフィアもつられて笑う。
ミリナは出会った頃から比べるとソフィアはずいぶん印象が変わったなと思っているけれど、ソフィアはソフィアで同じようにミリナも大きく変わったと感じる。
どこまでもよそ行きで人との距離を空けていたミリナが今はこうして自然体で嬉しそうに微笑んでいる。
それからのディナーコースが終始賑やかな会話で包まれたことは言うまでもなかった。




