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3-15

試験会場の校舎を出たところでアリルとは別れ、ミリナとソフィアは二人きりになる。

長丁場を終えたばかりのソフィアだったが過度に疲労している様子もない。


陽は徐々に傾き始めていて、もうしばらくすれば夕暮れのオレンジが空を染めるであろう時間帯。

怒涛の展開の余韻でしばらく言葉がなくて黙ったままの二人だったが、学院の門を出たところで不意にミリナが口を開いた。

正面を向いて歩いていたソフィアは、その言葉の直前に緊張を抑えるようにミリナが大きく深呼吸していたことには気付いていなかった。


「あのさ、ソフィア。今から少し行きたい場所があるんだけど、いいかな」

「……う、うん。いいよ?」

「あ、ありがとう。じゃあしばらく私に付いてきてくれると嬉しい」


ほっと安心したように表情が緩むミリナ。

その様子に少しだけ普段との違いを感じながらも、素直に後ろを付いていくソフィア。


学院の位置している丘の上からゆっくりと下っていき、麓まで来れば人気の少ない細い道へ入っていく。

暮れかけの陽がうっすらと二人の影を作り出してなんだか切ない気持ちにさせる。


前を行くミリナの表情が見えないままのソフィアはその背中を眺めながら、この街に来て間もない頃のことを思い出していた。

ミリナと一緒に王都を歩いた休日の帰り道に今と同じ場所を歩いた覚えがある。


だとすれば今から向かう場所の予想もつくから、何か大事なことが起こりそうな予感がして両手をぎゅっと強く握る。

あの日、王都を一望する小さな展望台でミリナは自らの過去を語り、そしてソフィアはそんなミリナの心を受け止めた。

それを境にして二人の距離は大きく縮まり、その延長線上に今がある。


建物に遮られて遠くの景色が見えないままの道をしばらく歩き続けて、その中でソフィアの心も少しずつ準備ができていた。

きっとこの後ミリナはなにか大事な話をするはず。そしてそれを自分はちゃんと受け止めようと思う。


(わたしも、ミリナにしたい話があるけど……もしかして)


もしかして、まさか、同じことを考えていたりして。

だとしたら嬉しい。そう思う。


期待と少しの不安が入り混じったままのソフィアの心中は、青空から茜色に変わっていく空模様と同じようだった。


そして突然視界が開けるとあの時と同じように夕暮れに染まった王都の街並みが眼下に広がる。


「ミリナ、この場所好きなんだね」

「えっと、まあ、うん。気に入ってる」


先にベンチに座ったミリナがその横の座面をぽんぽんと叩けば、ソフィアも横に並んで座る。

正面を向いたままの二人。そのままでミリナが喋り出す。


「その、私、ソフィアに言いたいことがあって。……えっと、その、悪いことじゃないから安心してほしいんだけど」


普段のハキハキした口ぶりとは違って、やはりどこか口ごもるミリナ。

だけど、だからこそとても大事なことを伝えようとしているのだとわかる。


「でも、どうやったら上手く言えるかわからなくて。私、やっぱり人との付き合いは苦手だから、どういうふうにしたらいいか悩んじゃって。だから、そのままだけど……その……」


夕陽のせいではなく、ミリナの頬が赤く染まっていく。


「私……ソフィアのことが好き。友達じゃなくて、恋愛の意味で」


恥ずかしくてまだソフィアの顔をまっすぐ見ることが出来ない。

だけど、一度それを口にしたミリナの言葉は止まらない。


「初めは好きだっていう気持ちもわからなくて、でも、ソフィアと過ごしてるうちに、一緒にいてくれることが心地良かったり、楽しいって思えるようになって。ソフィアも嬉しそうにしてくれるから、それが私も嬉しくて、それで、ソフィアのこと好きになってた」


「ソフィアと一緒にご飯を食べてる時も、出かけたりする時も、全部が満ち足りてて。ソフィアがいない時もソフィアのこと考えたり、真面目に勉強したり仕事してる時のソフィアを見てたら心がむずむずしたり、私に向かって笑いかけてくれる時のソフィアの笑顔にドキドキして、それが好きなんだって気付いたら止まれなくなって」


「きっと、私、初めからソフィアのことが好きだったんだと思う。ソフィアと一緒に暮らそうと思ったのも、たぶんその時からソフィアに好意を抱いていたからで……自分でも気付かないうちに自分の特別な人になってた」


少しだけ声が震えるけど、自分の気持ちをちゃんと言葉にする。

ソフィアは何も言わず黙って聞いてくれている。


「だから……ソフィア、私の恋人になってくださいっ……」


そこで初めてソフィアの顔を見て、そうしたらソフィアは嬉しそうに微笑んでいて。


「じゃあ……返事の前にわたしからも言わせて。わたしがミリナにずっと思ってたこと」


「初めて会った時から綺麗な人だなって思ってた。話をして、一緒に過ごして、優しくていい人だなって思った。もっと一緒に過ごしたら不器用なところもあったり、時々面白いところもあったり、知らないところがたくさんあってそこにも惹かれてた」


「それにミリナはわたしの周りで一番きらきらしてる。魔法を使っているときも、何かを頑張っているときも、誰かと一緒にいるときもミリナが一番きらきらして見えた。ミリナと一緒にいたら、きっとわたしも嬉しかったり、楽しかったり、安心したり、いろんなことができると思ってる」


ソフィアも照れ臭そうに微笑みながら言葉を紡ぐ。


「だから、わたしからの返事は」


ソフィアがミリナの両手を取る。

緊張と喜びと色々な感情がない交ぜになって震えている手をぎゅっと包むように握る。


「はい。わたしもミリナに恋人になってほしいです」


出会ってから今までで一番の笑顔を見せたソフィアに、ミリナも笑顔で応える。

胸の中が燃えるように熱い。


「ソフィア……嬉しい。私の人生の中で、一番嬉しい」

「それを聞けてわたしも嬉しい。……わたしとミリナはお互いの一番の理解者で、大事なパートナーで、恋人だね」

「うん……ソフィア、ありがとう」


人嫌いだったミリナが、本当に信頼しているソフィアにしか見せない一番素直な笑顔を浮かべている。


そうして二人で見つめ合って、それからふと目を閉じたミリナが顔を寄せてきた。

ソフィアも同じようにミリナに近付いていって―


二人の唇が重なった。


音を立てないままの唇同士で温かい温度が伝わり、心まで一つになって溶けていくような幸福感。

心地よくて、嬉しくて、ミリナの手がソフィアの手をそっと握り返す。


ずっと伝えたかった言葉を互いに伝え合って、互いを受け止めて身を寄せ合う。


どこまでも人間を嫌っていた少女と外の世界を知らなかった少女。

二人が初めて見つけた心から信じられるその人と想いを強く通い合わせるように唇を重ね合わせる。


誰もいない街の片隅で夕陽だけが見守る中、二人はいつまでもキスし続けた。

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