3-14
試験官の一人、アルカ=ルイーズは先程から違和感を覚えていた。
国家防衛免許の実技試験に召集された彼女は試験場で今回の受験者と相対している。
自身も免許持ちであり、こと魔剣の練度においてはこの国でも相当な腕前を持っているという自覚があった。
しかし、何かが違う。
もっと言えば自分が意図しているほどの威力で対峙できていない、そんな気がした。
今回の受験者は名の知れた魔法使い・ミリナ=リエステラの推薦者ということで正直かなり身構えていた。
その相手が自分より遥かに背の低い少女だったとしてもその緊張感は抜かない。
しかし実際に戦っていると思ったほどの耐久力がないようで、30分続けていれば終盤で魔力が尽きるだろうというのが冷静な分析の結果だった。
これは相手を舐めているわけではなく、あくまでも自分の中で出来るだけ公正にジャッジを下した結論である。
ただ、それにしては違和感があった。
魔力の消耗は進んでいるはずなのに、防御魔法の密度や固さは落ちていない。いや、正確には落ちつつあったのだがそれを取り戻しつつある。
まるで途中から魔力を回復させているかのような。
その疑念が確信に変わったのは鍔迫り合いの最中。
高い位置から振り下ろした重い剣に、魔力の密度まで上げた快心の一撃を防御魔法に叩きつけている。そのはずだった。
なのに防御魔法は崩れない。それどころか叩き付けたはずの魔剣の密度が徐々に落ちてきている感覚。
それに慌ててもう一度魔力を注ぎながら、そこで彼女は気付いた。
魔力を吸われていると。
魔剣に自身の持つ魔力を注げど注げど最初の頃まで回復しない。
そして注ぐ度に相対する防御魔法はその密度を増していき、一方的に押し返される。
そんな現象をかつて免許持ちの仲間から聞いたことがあった。
相手の放った魔法から魔力を吸い上げ、自身の魔力に変換する魔法使いがいると。
その魔法使いは試験でも遠慮なく魔力の吸い上げをやってのけ、試験官全員を機能停止に追い込んだとも。
その名前を思い出した瞬間、彼女の背筋を冷たい汗が伝う。
天才的な所業を繰り広げた魔法使いの名はミリナ=リエステラ。
そして、今目の前にいるのはそんな悪魔的な天才から指導を受けたであろう少女。
次の一手はどうすればよいのか。
それを導き出すまでに彼女の思考はいくぶんかの時間を要したのは必然だった。
「うん、魔力の吸い上げは上手くいってるみたいだね」
「あんた……それソフィアさんにも教えたわけ……?」
試験開始から15分、ソフィアの吸い上げが順調に進んでいるのを眺めたミリナは満足げに頷く。
そしてその隣ではアリルが青褪めた表情で震えていた。
「当然でしょ。なんたって私が教えられる最高クラスの魔法技術だからね」
「それであんたは試験で無双したのよね……うわ、試験官が全員魔力切れでぶっ倒れてる光景思い出しちゃったじゃない、あれはただの悪夢よ……」
「ふふふ、お褒めの言葉を預かり光栄です」
「褒めてないわよ……」
ソフィアが魔法使いとして、そして国家の防衛を担う者として一人前になるためにミリナが教えた技術。
その最たるものが魔力の吸い上げだった。
そもそも魔力は生物の体内に存在している時点では何の性質も持たない無に近い存在である。無色透明と言ってもいい。
それを生物を通じて世界に放つ際に性質を持たされ、それが魔法となって出力される。
ゆえに性質を持った魔法は無性質の魔力とは相容れず、再び生物の体内で魔力となることはない。それが基本だ。
しかし例外はある。
魔法の持つ性質を消滅させ、無色透明な魔力に戻すことが出来たら話は別だ。
非常に複雑で難解なステップを踏み、高度な技術でそんな芸当を可能にしたのがミリナ=リエステラという魔法使いである。
彼女がこの国きっての魔法使いと呼ばれる理由もそこにある。
そしてミリナはその技術をソフィアに教え込んだ。
実践の中で何度も繰り返し試行させ、元からソフィアが持っていた技術と知識と経験でそれを実戦レベルまで育て切ったのである。
それは魔物相手にはもちろん、人間相手でも問題なく活用できる。
ソフィアが吸い上げを始めたタイミングから徐々に形勢は逆転していく。
試験官の攻撃頻度はそこまで落ちてはいないが、一発一発の威力減衰は遠目にもわかるものがあった。
辛うじて後衛の魔杖部隊はそこまでの被害を受けていないが、近接戦の魔剣使い・魔槍使いに関しては目に見えて消耗している。
「私の手に掛かれば直接攻撃を受け止めなくても勝手に周りの魔力を吸い上げたりできるけど……ソフィアはそこまではまだ無理かな」
「いや、そもそも吸い上げなんてしてる時点で十分化け物よ」
「年頃の乙女を化け物扱いは感心しないなあ」
「敬意と畏怖の念を込めての形容よ」
「えへへ」
「あんたが『えへへ』って笑うと気持ち悪いわね。黙ってちょうだい」
軽口を叩いている間にも試験は進んでいく。
魔力の吸い上げで戦闘能力を少しずつ削られていく試験官の動きはやがて少しずつ緩慢になり、そこまで来ればソフィアへの魔力感知で十分対応できる範囲だ。
そこから残りの後半戦はあっという間で、その幕切れもあっけなかった。
最終盤でいよいよ魔剣使いと魔槍使いの動きが鈍り、もはや後方の援護射撃しか飛んでこないような空白の時間さえ生まれ、悠々と受け切るソフィアに休憩時間すら与えてしまう始末。
終了の鐘が鳴り響く頃には肩で息をする試験官たちと中央で涼しげな表情のまま佇むソフィアだけが残された。
立ち会っていた防衛省の職員も、様子を見に来た魔法科の教員達も、その圧倒的な決着に言葉を失くしていた。
試験が終わってソフィアの元へやって来たミリナとアリルだけが平然としている。
「ソフィア、お疲れさま。試験はどうだった?」
「最初はちょっと不安だったけど……後半はうまくいったよ。ミリナのおかげ」
「それなら良かった。まだ体力あるなら私と一騎打ちでもする?……って、いたっ」
「あんたはいい加減にしなさい」
アリルの鉄拳制裁(頭を軽く叩かれる)を喰らったミリナはすごすごと引き下がる。
その様子を試験官たちは唖然と眺めていた。
そんな空気を気にする様子もなく試験場を去ってからは、そのまま最後の面接試験へ。
とは言ってもミリナの推薦と先程の結末からして試験官にも異論はなかったようで、特段問題が起きることもなく話は進み、ソフィアの国家防衛免許試験はあまりにもあっさりと終わりを迎えた。
それなりに厳しく質問されるだろうと思っていたソフィアは、そのあっけなさに逆に驚いたらしく面接終了後もしばらく固まっていた。実技試験の時とは真逆だった。
完全にフリーズしたソフィアを付き添いのミリナが再起動させれば、今後の対応や免許取得者の心構えなどについて簡単に説明を受け、一連の流れは全て終わり。
このようにしてソフィアの試験はつつがなく終了したのだった。




