3-13
その日、フォルシア王国防衛省は騒然としていた。
年に一人、二人現れるかもわからない国家防衛免許の試験に申込者が現れたのだ。
それも推薦者はこの国きっての魔法使いと名高いミリナ=リエステラ。
彼女の実力と知名度は公官庁の中でも尋常ではなく、スカイレイクの操縦者でありながら自営業に走ったという珍しさも相まって名前を口にすれば誰かが反応することは自然な程だ。
そんな彼女が推薦する魔法使い、しかも申込に添えられた推薦書に「私よりも優秀な魔法使いです」とすら書かれていたのだから、それはもう騒然も騒然である。
国家の防衛戦力は一人でも多い方が良いに決まっている。国がこのチャンスと秀でた人材を見逃すわけはなかった。
そういった事情と、事前に根回しをしてくれた国立学院魔法科のサポートもあり、ソフィアの試験予定はあっという間にセッティングされた。
元より懸念していた出自不明という点もミリナや魔法科が後援に回ることで問題なく乗り越えられそうだった。
ミリナとアリルとの壮絶な模擬戦を繰り広げた一週間後の土曜日、試験会場となる魔法科の建物ではミリナとアリルが待機していた。
「はあ、待ち時間が暇すぎる」
「あんたは呑気ね……ソフィアさんが筆記試験受けてる最中じゃない、気にならないのかしら」
「ソフィアなら大丈夫だよ。アリルもそのために指導してくれたんでしょ?」
午前中の筆記試験の間、推薦人の控室で二人は暇を持て余していた。
アリルにも来てもらった理由は「推薦人にスカイレイク関係者の魔法使いが二人もいればアピールになるだろう」という意図的なものも含まれていたが、それはともかく久し振りに母校を訪ねて懐かしみながら辺りを見渡すアリルに対し、ミリナはもう何の愛着もないですくらいの態度で半分寝かけていた。
「まあ心配して胃を痛めるだけ無駄という意味では一理あるわね」
「そうそう。アリルも適当に本とか読んでていいよ」
「何よその上から目線。来てくれって頼んできたのはあんたでしょ」
「はい、お菓子あげるから許して」
「…………仕方ないわね」
ミリナは自宅から持ってきた時間魔法の本を読みふける。
ソフィアと出会う少し前に読み始めたはずだが全く終わりが見えない。それもソフィアとの時間が充実していたことの証明と言えるのかもしれない。
アリルはアリルで魔法科での講義用の資料を作ったりしていたが、元々がお人好しなのかソフィアのことが気になって手が進まないようだった。
保護者代わりのミリナよりも気にしているというシチュエーションが少し可笑しかった。
試験が始まってから1時間半、会場から出てきたソフィアが二人の元へやって来るなりニコッと笑ってみせた。
「アリルさん、指導ありがとうございました。手応えばっちりです」
「それは良かったわ。午後の実技試験も楽しみにしてるわね」
「はい、頑張ります」
その様子にアリルもほっと一息つく。
そして横からしゃしゃり出てくるミリナ。
「ね? だからソフィアは余裕って言ったでしょ?」
「あんたは何もしてないでしょ、黙りなさい」
「ミリナ、わたしを指導してくれたのはアリルさんであってミリナが誇るところは一つもないよ」
「ソフィア……今日は冷たいっ……」
ルミアかな?と思うほどの大げさな身振りで泣き真似を始めるミリナ。
それを見て呆れるアリルと苦笑いのソフィアだったが、こんな状況でも動じないミリナの様子が逆に安心感も与えてくれるようだった。
そんなミリナの通常営業は軽食休憩を挟んでいる間も続いていて、ソフィアは今自分が試験を受けに来たことも危うく忘れるくらい。
アリルはそんなミリナに突っ込みを入れることが多くて、魔法科に通っていた頃の二人はこんな感じだったのかと想像して笑ってしまいそうになる。
そして、この二人が乗り越えてきた壁を自分もまた越えていこうとしていることを実感する。
覚悟が決まり、徐々にその表情が引き締まっていくのをアリルもミリナも何も言わずに見守っていた。
いよいよ実技試験の時間がやって来る。
魔法科の演習場には試験官の魔法使い5人、そしてその中心に立ったソフィア。
ミリナとアリルはガラス張りになった客席からその様子を見守る。
そういえば自分もここで試験やったな、と思い返して少しだけノスタルジーに浸るミリナ。
しかし会場の張り詰めた空気はガラスを隔てた空間にも伝わってくる。その空気を感じて、自然体に振舞っていたミリナのスイッチが切り替わり、試験場を鋭く見つめて分析を始める。
今日の試験官は魔剣持ちが二人、魔槍持ちが一人、そして魔杖持ちが残りの二人。
前者3人が主に近接戦、後者二人が後衛の援護に回るというのが定石だろう。これは想定の範囲内。
ここからでも感じ取れる魔力量は、防衛免許を持つには少し至らないかギリギリ届くかの判定線上といったところか。
それを考えてもソフィアの相手として不足はない。
そこまでを見極めたところで試験開始の鐘が鳴れば、試験官のうち二人が覇気を纏いながら前方に駆け出して初撃。
ソフィアは慣れた手付きの防御魔法で確実に受け流す。その反応からしてミリナやアリルが相手をした時ほどの威力があるわけではなく、十分受け切れる程度のものに思えた。
後衛からの飛び道具のペースもそこまで速くはなく、近接戦の片手間で相手をしても間に合う。
ミリナとしてはソフィアの魔力指向の制御力からすれば試験官の体勢を崩すくらいは出来るだろうと踏んでいたが、相手もそこまでヤワではない。
国家の防衛という大きな責務を担えるかどうかを見極めるための試験である。半端な実力の持ち主が出てくるはずがなかった。
やがて開始から数分過ぎれば徐々に試験官たちの出力も上がっていく。
近接戦のメンバーは入れ替わり立ち代わりで魔剣と魔槍が知らぬ間にすり替わりながらソフィアの隙を狙ってくる。
上下左右の揺さぶりや上空からの奇襲といったものも加わるが想定内。受け流すこと自体は問題ない。
しかし模擬戦とは異なる部分もあった。
5人の相手全員が自分の思考で動く人間という点だ。
模擬戦では後衛を半自動的に魔法で制御していたが、今回は人間なので隙を狙う精度とその即時性は比べ物にならない。
援護射撃の精度と火力が徐々に上がっていけばソフィアの体力と魔力は確実に速いスピードで削られていく。
両側から同時に魔剣の斬撃を受け止めればノックバックを狙った前方への押し出しで対処するが、それを背後から狙う火炎魔法の飛来には別種の魔法を展開する必要がある。
同時に展開する魔法は三種類、そのどれもを的確に制御しながら出力も落としてはならない。
一方の魔剣を前方へ弾き返し、もう一方をわずかな回避行動だけで受け流し、火炎魔法は相殺する。
そんな職人芸にも近いことを一回だけではなく、時間が続く限りひたすら繰り返す。
そして模擬戦とは違う要素として、魔法使いがソフィアよりも年上で体格差が大きいという点も挙げられる。
ミリナとアリルは超一級の魔法使いとはいえ背格好自体はそこまで高くなく、その力不足を魔法で補うような戦い方をしてきた。
しかし試験官は男女問わずソフィアに比べて背丈も大きく、その高さや腕力から繰り出される斬撃はこれまでよりも重いものだった。
それだけで魔力の消耗は激しくなる。魔力に指向性を持たせるための労力も大きい。
ソフィアの様子を見守るミリナも疲労の色が普段より濃いことを感じていた。
戦闘開始から10分。
大半の魔法使いが脱落しかねない一つの山場を越えたところでソフィアが次の一手を打つ。
その一手は試験官である魔法使いたちを大きく揺さぶるものになることを、ミリナだけは知っていた。




