3-12
ミリナとソフィアが丸一日のデートを楽しんだ翌日。
昨日とは全く違う緊張感を纏った二人が向かい合っていた。
「じゃあソフィア、始めようか」
「うん」
場所はアリルの事務所の横の空き地。すなわち国家防衛免許の試験に向けた練習場。
今日の目的は実技試験の演習― それも本番を想定したレベルでの耐久戦。
ソフィアとの特訓が始まってから約1か月、元々才能も技術もある上にミリナの手ほどきを受けたソフィアはますますその実力を伸ばしていた。
それを評価したミリナがこうして模擬戦を提案したというわけだ。
そして今日は二人の隣にアリルもまた並び立っていた。
ソフィアにはこの国トップクラスの魔法使い2人を同時に相手してもらうことになる。
「というわけでアリル、今日は協力よろしく」
「ええ。…………それより貴女たち、切り替えが早いわね」
「ん? 何のこと?」
「切り替えですか……? わたしはさっきからウォーミングアップしてたので切り替えは済んでますけど」
「……はあ、まあいいわ」
ソフィアが準備運動をしている間に、アリルはミリナから昨日のデートの話を長々と聞かされている。ミリナ本人に自覚はなかったが俗に言う惚気話である。
ゆえにこのシチュエーションというか、二人の切り替えの早さに多少引いている。
昨日あれだけイチャついておいて翌日いきなりこの殺意のぶつけ合い(一部誇張表現あり)に臨もうとしているのに至って平然なのは何故だろう。そう思うアリルだった。
しかし二人の鋭い目つきや放たれるオーラを認めればアリルも自然と身が引き締まる。
特にソフィアが発する凛と張り詰めた空気は、魔法使いとしての先輩であるはずのアリルにすら威圧感を与えるほどだった。
ミリナとの実践練習で鍛えられたことがよくわかる。
「じゃあ今日の説明ね。本番と同じく30分間、私たち二人の総攻撃を受け続けてもらう。
本番は周りに取り囲むように試験官が5人立って、入れ替わり立ち替わり接近戦を仕掛けてくる。入れ替わりのインターバルには遠距離からの攻撃も激しくなるから気を付けて。
今日はそれを擬似的に再現するために、私たち二人は常時接近戦、その背後から援護射撃を続けるっていう構成を取るよ」
「魔物との戦闘が大体そんな感じなのよ。敵対勢力を見つけ次第取り囲む傾向があるから」
「昨日も説明した通りソフィアからの攻撃行動は一切禁止。ただ、こちらの体力や継戦能力を削ってくるような防衛の仕方ならOKだから上手く使ってね」
それに頷くソフィア。
戦士の目とまでは言わないが、一人前の魔法使いとしての風格は十分纏っていた。
それを合図にするようにソフィアの正面にはミリナ、背後にはアリルが立つ。
ミリナの周りには次元魔法の裂け目が現れ、混沌とした魔力が渦巻く気配が数メートル先からでも感じられる。
一方アリルの周囲には様々な色の球体のようなものが浮かび上がっている。
それを初めて目にしたソフィアだったが、いつか魔法書で勉強したことのある球状魔力層― マジックレイヤーだとすぐに気付いた。
高密度に魔力を凝縮した球体からは自由自在な形で魔法を撃ち出すことができる。
それが何十個も浮いているのだから恐怖を通り越して壮観ですらある。
そしてそれに見惚れている暇もなく、ミリナの初撃が音もなく撃ち込まれた。
薄い光の帯を纏った魔法の矢を反射的に打ち落とすソフィアの防衛行動と共にアリルも動き出す。
正面からミリナの魔剣が唸りながら振り下ろされる。
そして背後からはアリルの魔槍が的確にソフィアの居場所を狙って突き出された。
指向性を持たせた防御魔法で魔剣を受け流し、背後の魔槍にはその先端を突き返すような反射指向の魔力防壁を。
同時に展開された二種類の魔法は悠々と第二撃を流して見せた。
しかしこれはまだ序の口に過ぎない。
流されたミリナの魔剣は逆方向への斬り返しを狙い、弾かれたアリルの魔槍は別方向から隙を狙って再度撃ち出される。
その度にソフィアは両者への最適な対処を反射的に判断し、瞬発的な魔力指向の調整で流し続ける。
やがて混戦を繰り広げるうちに三人が一直線に並んでいた初めの形は崩れ、180度あらゆる方向から一流の魔法使いの手が忍び寄る。
正面から二人分の圧力を受ければ絶妙なタイミングで回避して体勢を崩そうと試み、上空と足元から同時に狙われれば360度だろうがブレずに防御魔法を展開する。
今までも見てきたミリナの魔剣が強引な魔力行使で物理法則を歪めながら上下左右から打ち付けられ、卓越した魔法操作で長さや魔力密度を自在に変化させてくるアリルの魔槍がペースを乱すように打ち込まれ、やがて事前に用意された次元魔法とマジックレイヤーから多種多様な飛び道具が二人の隙間を縫ってソフィアへと発射される。
高密度な連続攻撃に回避行動を取る余裕はない。
何より実戦で回避行動を取ってしまえば、魔物による被害が一般人や街へと広がっていく可能性もあるので、初めから回避という選択肢はないのだが。
足元に向けて飛び込んできた炎の矢を減衰させて打ち落とし、飛行魔法で頭上を超えながら斬撃を繰り出してくるミリナの動きを読み切って対応し、わき腹を狙って突き出されたアリルの魔槍は魔力を集中させて先端をへし折らんばかりに弾き返す。
並の魔法使いであれば二、三度付いていくだけで精一杯であろう苛烈な攻撃を耐え続ける。
周囲に存在する魔力の気配と人間の動きを感じ取り、それに対して正解となる防衛行動を取り続ける。
至難の業だがそれをソフィアはこなしていた。勿論ソフィアの地の力と訓練の成果ではあるが、打ち込んでいるミリナもアリルも全く手は抜いていない。
30分間の試験を突破するため、ミリナがソフィアに施した訓練は大きく分けて二つあった。
一つは単純な体力や魔力の管理と言った継戦能力の強化、そしてもう一つが自らの負担を減らす方法だ。
負担を減らすためにはどうすればよいか。
その最も簡単な回答は「相手の攻撃頻度を落とすこと」である。
ではそれを実現するにはどうすればよいか。
ミリナが導き出した回答はノックバックだった。
相手の攻撃を弾き返したりすることで自分と相手の間に距離を作り出し、次の攻撃までのインターバルを少しでも伸ばす。
これは魔物相手に対しても同様で、魔物のリーチが短ければ短いほどそのインターバルは有効に作用する。
そのための技術を既に備えていたソフィアに対して、ミリナはそれを実践で応用できるように指導した。
防御魔法における魔力指向の調整で相手の姿勢を崩したりするのは勿論として、近接戦を仕掛けてくる相手― 特にアリルの魔槍のように前後方向への力が大きい相手に対しては非常に有効だ。
アリルもそれを理解していて、思うようなスピードで次の一手を繰り出せない状況を改善しようと様々な手を繰り出してくる。
魔槍の使い方はただ突き出すだけではない。薙ぎ払うことも、振り下ろすことだってできる。
そして魔槍は片手で持つことが出来る。そこでアリルは両手に一本ずつ魔槍を構えることで攻撃と攻撃の間のインターバルを少しでも短縮しようと試みてくる。
当然それも織り込み済みのソフィアは利き手と反対の手で繰り出された一手により力を込めて相対し、慣れない動作に隙を作りがちなアリルの体勢を崩すことで迎撃する。
ここまで来ればいよいよ戦闘も激化し、後衛の援護射撃を含めてソフィアへの圧力は一層増す。
最初は意識しながら対処していたはずの近接戦もここまで来れば反射的に動くほかない。
そこで活きてくるのがソフィアの魔法使いとしての長所である魔力感知のずば抜けた才能だ。
一流の魔法使いにはそれぞれ自身の長所と言えるものがある。
ミリナは扱う魔法の種類と分野の広さでは他の追随を許さない実力があるし、アリルは魔力操作の繊細さとその一度に扱える魔力量はこの国でも最高クラスだ。
そしてソフィアは魔力感知の正確さと認識のスピードがずば抜けている、とミリナは評している。
自身の周囲に存在する魔力とその性質を瞬時に把握する。
それができてしまえば次にどんな攻撃が来るのかも、どんな種類の魔法が飛んでくるのかも認識できてしまう。ある意味ミリナも羨むような才能だった。
そんな武器を頼りにソフィアは全ての攻撃を捌き続ける。
ミリナの魔剣は一層魔力の密度を増して襲い来る上に、アリルの魔槍は引き続き十分な破壊力で防御魔法の隙を狙ってくる。そして周囲からの援護射撃は三人の接近戦の間を縫うように撃ち込まれる。
もはや無意識の境地で防衛を続けていたソフィアに対して、迫ってくる二人の手数と圧力が急激に増して、そろそろ終わりの時間が近いことを感じる。
あと数分凌ぎ切れば勝ち。集中が途切れないように神経を研ぎ澄ませて防御魔法を維持し続ける。
そしていよいよソフィアの魔力も集中力も限界を感じ始めた頃、特級の一撃が襲い来る気配に背筋を寒気が走る。
大きく振りかぶったミリナの魔剣が振り下ろされる様と、これまで以上の高密度で編まれたアリルの魔槍が必殺を狙って突き出されるのを両眼で捉えれば、まるでスローモーションのようで。
それを全力の防御魔法で受け止める。
魔力指向は前方へ、剣と槍を弾き返すように全力を込める。
ミリナもアリルも歯を食いしばって力を込め続けていたが、ソフィアの総力を持って展開された防御魔法にいよいよ押し負け―
そこで終了の合図が鳴った。




