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「え、ソフィアさん国家防衛免許を取るんですか!?」
「取るというか、取ろうと準備してる段階ですね」
「私は取れると思うけどね」
二人とも今週の仕事を終えた金曜日の夜、いつも通りプリドールで夕飯を摂りながらルミアと雑談していた時のことだ。
何気なく近況の話をしていて免許の話題を出したらルミアが異様に驚いた次第だ。
「あれ、すごく難しい免許ですよね? 学校で先生が話してるの聞いたことがあります。魔法科でも毎年一人か二人しか挑戦しないって」
「そうだね。そして大抵実技試験で落ちるよ。どっちかっていうと卒業後も魔法の鍛錬を続けた人が受ける場合が多い」
それは初めて聞いたんだけど! とソフィアが表情で訴える。
ミリナもアリルも在学中に受かったというから、てっきり他の人もそうなんだろうと思っていたのに。
「それを聞くと、やっぱり不安になるな……」
「ソフィアは大丈夫だよ。だって下手したら私より実力あるからね、あとは慣れ」
「へー、ソフィアさんってやっぱりすごい魔法使いなんですねえ」
自分ではあまりそうは思えない。
もちろんこの国の一般的な魔法使いのレベルを知らないというのはあるが、目の前でミリナという大きな壁を体感すると自信なんてそう簡単には持てないと思う。
だけどアリルからの応援の言葉を受けた今のソフィアはそれでも頑張ってみようと思う。
「ミリナに、追いつけるように頑張ります」
「既に追い越されてる気がしなくもないよ」
「ソフィアさん、すごい人なのに向上心を持ち続けてるのはすごいことです! やっぱりソフィアさんはすごいです!」
「ルミア、さっきからすごいしか言ってないけど」
「えへへ……わたしは語彙力ないんで……」
ほんのり頬を染めて照れてみせるルミア。
そんな表情で言うことじゃないよねとツッコミたくなったミリナだったが、突如次のアクションを起こしたルミアに口から出かけた言葉は引っ込んだ。
「でも、経済科のわたしから一言あります! 生産性を高めるには休養が大事です!」
「突然の提言だね。確かに明日と明後日は休みだけど」
「物理的な休養― 身体を休めることはもちろん大事です。でもそれと同じくらい心のリフレッシュも必要なんです!」
ガタッと音を立てて勢いよく椅子から立ち上がったルミア。
大げさに動いてるように見えたが、それも彼女なりの場を明るくするための気遣いなのかもしれない。
「お二人とも試験の準備で大変なんですよね? そんな時こそ気分を変えてみるとその後の効率が上がったりします。
なのでこの週末は気分転換できることをやってみるのはどうでしょうか!」
「気分転換? じゃあ最近放置してた時間魔法の勉強の続きを……」
「ストーップ! ミリナさんは一旦魔法から離れてください!」
「ミリナ、一般の人たちは魔法の勉強を気分転換とは言わないよ」
「ええ……私の趣味があ……」
ミリナの思考は魔法が関わってくるとことごとく一般的なそれから逸脱してしまう。
本当に残念そうな表情をしていてソフィアもルミアも申し訳なくなる気持ちが多少あったが、この機会にもうちょっと世俗的な感性にも歩み寄ってほしかった。
少なくともソフィアは勉強をリフレッシュだとは思っていない。
リフレッシュといえば十分に休養を取ったり、栄養のある食事を摂ったりという基本的な生活習慣に関わってくるものもあるが、やはり外出して色々な所を訪ねたりしてみる場合が多いだろう。
そういえばミリナとソフィアはそのうち一緒に出掛けようという約束もしていた。
「ミリナ、じゃあわたしは一緒に外出したい。景色の綺麗なところに行ってみたい」
「そっか……じゃあフィリス港の方に行く? ステラガーデンに行った時は全然観光できなかったしね」
そうだ。海の近くならば景色も綺麗だし、集まってくる物も多いから見て回るのも楽しそうだ。
ミリナにとっても通い慣れている場所なのでソフィアを案内するには都合が良かった。
そういうわけであっという間に話はまとまったのだが、その中で唸っているのが一人。
「んんー、目の前でデートの約束をされるのは見せつけられてるみたいです」
「いや、気分転換を提案したのはルミアでしょ。でも良い機会だからソフィアと出掛けてみるよ」
「ルミアさん、アシストありがとうございます」
「うわああん……目の前で甘々カップルがイチャついてるぅ……」
ルミアの愚痴に出てきたカップルという言葉に一瞬反応して動揺するように目を逸らしたミリナとソフィア。
お互いにその動揺に気付かれないように平静を装っていた。
「わたしは土日も厨房から出られないのに……なんでだあ……」
「ルミアさん、たまにはお休み取れないんですか?」
「ううぅ……両親に相談してみます」
「もしどこかで予定が空いたら一緒に出掛けようか。スカイレイク乗ったことないでしょ? せっかくだから乗せてあげるよ」
その言葉にルミアの顔がぱぁっと輝いて瞳を大きく開いた。
「ミリナさんのスカイレイクっ!? えっ、乗っていいんですか!?」
「いいよ。ただ座席がないから床に座ることになるけど」
「それくらいどんとこいです! 乗りたいっ、ミリナさんの操縦でお出かけ!」
急にやる気を取り戻したかのようにはしゃぎだすルミア。
微笑ましくその様子を見守るミリナに対して、ソフィアは至って冷静だった。
「ルミアさん、テンション高いですね。わたしはもう何回も乗りましたよ」
「ソフィアさんは何しれっとマウント取ってくるようになったんですか。最初の頃とは大違いです」
「それだけルミアさんとの距離が縮まったってことです」
「このカップル、二人とも口は達者なんだなあ……」
ルミアが嘆くように顔を上に向けたその刹那、ミリナとソフィアの表情には緊張が走った。
今日2回目のカップル扱いに今度こそ動揺が抑え切れなかった。
(ルミア、まさかソフィアに私の気持ちを気付かせようとしてわざと言ってるの……!?)
(ルミアさん、もしかしてミリナの気を引くために……でも、まだ早いですよ……!)
ミリナは顔を強張らせてその表情のまま固まった。
ソフィアは顔が赤くなるのを感じながら目を泳がせている。
まだルミアは天を仰いだまま止まっている。
機械のようにカクカクと音を立てそうな動きでゆっくりと首を動かして隣にいるその人の顔を見る。
(……!)
(っ……!)
目が合って、その瞬間ビクッと全身が震えて慌てて視線を逸らした。
(ソフィア、顔赤かった……もしかして、意識してくれてるのかな……)
(ミリナ、すごく緊張してた……まさかわたしと同じ気持ちとか、かな……)
色々な考えが頭の中をぐるぐる駆け巡って何も言えなくなる。
結局二人ともルミアが元の姿勢に戻るまで黙りこくったままだった。
「あー……って、あれ。お二人ともどうしたんですか、固まってますよ」
「い、いや、何でもないよ」
「そ、そうです、なんとなくです」
「はあ、まあいいですけど。それよりミリナさん! お出かけはどこ行きましょうか!」
ルミアが意識していたのかいなかったのか、結局わからないまま話は流れたが、むしろ別の話に移ってくれたのは二人にとって好都合だった。
自分の気持ちがバレてしまいそうになる心配はこれ以上ない。
お出かけについて考える。
これからのフォルシア王国は比較的温暖な気候の時期を迎えるので、基本どこに行っても行楽気分は味わえる。
国中を飛び回って仕事をしているミリナにはある程度の候補を挙げることはできたが、ルミアも誘うとなれば話は別だ。
ミリナの好みは比較的落ち着いた場所で、美術館とか博物館とか史跡とか、そういった場所に足を運ぶのが好きだ。
ただ三人という大所帯(とミリナは思っている)で行くにはあまり向かない。
さて、どうしたものか。
「んー、ごめん。すぐにアイディアは浮かんでこないや。少し考えさせて」
「はい! わたしはミリナさんとソフィアさんがいればどこでも楽しめますから!」
「じゃあ色々考えておくよ。また連絡するね」
結局そこまで考えてお開きになる。
ただ、ミリナの脳内には連想ゲーム的に全く別の考えが浮かんでいた。
(ソフィアと恋人になれたら……新婚旅行とか、行ってみたいかも)




