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3-8

国家防衛免許取得に向けた勉強と訓練が始まってから早2週間。

毎週水曜日は筆記試験の対策というソフィアはアリルの事務所を訪れていた。


スカイレイク整備待ちのラウンジに小さな黒板を持ってきて、そこで講義をするというスタイルで進んでいる。

実際に魔法科でも臨時講師をしているというアリルの教え方は、学校に行ったことのないソフィアでも上手いなと思うくらいだった。


基本はソフィアが独学で習得してきた魔法の知識を土台として進めるが、実践の上で頭に入れておくべき知識にはある程度の偏りがある。

そんな内容を振り返りながらソフィアの知識が危うい場所に集中して講義を進めていく。


物事には何事にも結果と要因がある。

実際にどう魔法が出力されるか、それがどんな結果をもたらすか。その裏にはどんな技術があって、根底にはどんな考えがあるのか。それを根元まで掘り返して話を進める。

元々勉強が好きで、知識を得ることが好きなソフィアの興味関心はこの方法で存分に引き出せる。その結果として得られる知識や能力はとても深いものになるわけだ。


そしてそれだけでなく、フォルシア王国の法や歴史といったものも学ぶ必要がある。

この法律はどうして制定されたのか、この出来事の背景にはどんな事象があったのか、そういった点にも深く触れる。


そんなわけでアリルの講義は必然的に濃厚な時間になるため、時々休憩を挟まないと二人とも気力が持たなかったりする。

休憩は1時間ごとに10分。ラウンジに用意されている飲み物を片手に雑談をするのが恒例になっていた。


「ソフィアさん、この機会に是非聞いておきたいことがあるのだけど……」

「はい、なんでしょうか……?」


毎回決まってカフェオレを持ってくるアリルに視線を向けると、講義外の時間にもかかわらずやたら真剣な目つきをしていた。


「ソフィアさんってミリナと付き合ってるのかしら」

「ぶっ…………いや、別に、付き合ってはいないです、けど」

「……あらそう。まあ確かにミリナは鈍感だから付き合う所まで行かないわよねえ」


突然の質問に思わず飲み物を吹き出しそうになるソフィア。


「えっと、アリルさん、どうして突然そんなことを」

「ああ、ごめんなさいね。ミリナがあんな態度を取るものだから意外に思ってしまって」

「あんな態度、ですか?」

「ええ。悪い意味じゃないわよ? ミリナのソフィアさんへの接し方は他では見たことのない雰囲気だから、最初ここに来てくれた時は驚いたのよ」


どういうことだろう。

確かにミリナは人間関係が苦手だし、自分の前でしか見せないような態度もあるには違いないと思うけど、アリルですら驚くというのは意外だ。


「なんというか自然体なのに優しいのよね……ミリナってあたしへの態度が割とツンケンしてるというか、良い意味で投げやりでしょう? だからそれが素のミリナだと思っていたのだけど……」

「投げやりというか、軽口を叩ける気楽な関係、って感じがしました」

「そうそう、それよ。でもソフィアさんと接してる時は気楽で力が抜けてるのに、口調や雰囲気が優しい感じなのよね。ソフィアさんのことを信頼してるっていうか」


そうなのか。でも、ミリナとの関係が一歩進んだときのことを思い出すと頷けた。

ミリナが人に言えなかった自分の気持ちを伝えてくれて、それがきっかけで深い関係になることができた。たぶん自分相手には素でもいいと思ってくれているのだろう。


「多分ソフィアさんと一緒にいる時は安心してると思うのよね。人間関係で苦心してる人って、心を許せる過ごせる相手がいるとかなり安心できる節があるし」

「安心、ですか。わたしもミリナと一緒にいるときは安心しますけど」

「じゃあ貴女たち、相性が良いのね。そういう意味でも付き合ってないのが意外だわ……」


そこで気になる。

外から見た時のミリナの自分への態度はどんな風に見えるんだろう。


「アリルさんからして、ミリナはわたしのことが好きそうに見えますか?」

「そりゃあラブね。心から愛してるレベルよ。ただ厄介なことに、ミリナは鈍感すぎて自分の気持ちすら気付いてなさそうね」

「……そう、ですね。でも、わたしもちゃんと言えてないところはあります」


ソフィアにとって、ミリナへの好意をまっすぐに伝えることは簡単ではなかった。


第一に、ミリナの気持ちがよくわからないという不安がある。

アリルが言う通りミリナはだいぶ鈍感で、こちらからうっすらと取ってみたアピールの行動にも特に反応がない。

外から見て相思相愛だったとしても、自分では今一つ自信が持てなくて尻込みしてしまう。


そしてそれは、もし断られたらどうしようという別種の不安にも繋がる。

せっかく今まで良い関係を築いてくることができたのに、それを壊してしまうのは何よりも怖い。


第二に、今の自分がミリナに頼り切りで生きているという後ろめたさがある。

行く当てを失ったところを偶然拾ってもらい、こうして面倒を見てくれているお陰で今無事に生活できているからこそ、一人立ちできないままの自分ではミリナと肩を並べられるように思えない。


ミリナは運送屋の仕事を手伝っていることに感謝してくれるし、プリドールでのアルバイトだってミリナの目の届かない場所で頑張っている。

だけど、それが経済的にも精神的にも自立している証左かと問われれば肯定できない自分がいる。

どこまでいっても今のソフィアはミリナに様々な面で依存して生きているのだ。


好きだという気持ち自体はずいぶん前からくすぶっていて、言葉にしようと思えばすぐに出来るのに。

それを口に出して伝えるということは何よりも難しかった。


そういう気持ちを、あまり深くは触れ過ぎないようにアリルに伝えてみる。

自分より一つだけ年上であるに過ぎないはずのアリルだが、その話を聞く姿勢や雰囲気にはどこか達観したものがあって、ソフィアは落ち着いて喋ることができている。


気付けば講義の休憩時間は終わっていたけれど、アリルは黙って真剣に聞いてくれた。

それを聞き終えた第一声は意外にも軽いトーンをしていた。


「それなら免許を取った後に告白してみるのはどうかしら」

「この免許、ですか?」


疑問を投げかけるソフィア。

それに対する返答の声は一段低く。


「ええ。ミリナは貴女なら取れるだろうと言って提案してきたけど、この国の最難関と言っても過言ではない試験を突破する必要があるのよ?

 逆に言うと突破さえしてしまえば魔法使いとして一流、もっと言えば自立して一人で食べていけるだけの技量が十分にあるってこと」


「それに、誰にも依存せずに生きている人間なんてそうそういないと思うわ。どんなに自立しているように見えても必ずどこかで誰かの力を借りたり、誰かに頼ったりしている。

 貴女とミリナの関係もその中の一つで、依存していることを恥じる必要なんてそんなにないと思うわ」


まあ金持ちのヒモとかは別の話だけど、と付け足して笑う。


「ミリナも貴女がこの免許を取ることに対して相応の情熱を注いでいる。外での訓練の様子とかを遠目に見ていてもそう思うわ。

 あのミリナが特定の誰かのために心血を注ぐなんてあたしからすれば奇跡的よ」


「だからこそ、この免許を取ることは貴女の存在とその意思の強さをミリナに示すことにもなる。

 自分の気持ちを伝えるには良い機会じゃないかしら」


とても自然にスッと心の中に入ってくる言葉だった。

ミリナのことを何年間も近くで見てきたアリルだからこそ口にできる言葉でもあり、様々な人間関係を見たり経験したりしてきた人間だからこそ語れる言葉でもあった。

どんなに本を読んでも、どれだけ本で勉強しても、実際に生きている人間の言葉からじゃないと学べないことがあると思わされたソフィアだった。


「アリルさん、ありがとうございます。もし合格できたら、ミリナに伝えてみようと思います」

「ええ、その意気よ。……さて、そのためにも講義を再開しましょうか」

「はい、やりましょう」


空になった手元のカップを置いてもう一度黒板に向かう。

その後のアリルの指導にもソフィアの取り組みにも熱が入ったことは言うまでもない。

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