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それからというものソフィアの勉強と訓練の日々が始まった。
プリドールでのアルバイトは時間を短くしてもらい、引き続き看板メニューとして売り出そうしているプリンの製造に注力することに。
空いた時間でこれまでの魔法知識についての勉強をやり直し、実戦に備えた魔法制御の訓練は平日も少しずつ進めている。
水曜日はアリルの事務所を訪ねて筆記試験の対策。
とはいえこれまで勉強してきたことが身についていれば問題なく合格点を取れる見込みだったので、アリルも教えるのには苦労していないようだ。
王都からアリルの元まで歩いて移動すると30分は掛かるのだが、それも気分転換になってソフィアには好ましかった。
週末はミリナの付き添いで屋外での実戦練習。
平日は家の地下室にある空きスペース(実はミリナがこっそり魔法の練習に使っていることを今更知った)でやっているのだが、
やはり屋外は感覚が違って気が引き締まるし、この国きっての魔法使いが先生というのも一層ソフィアに緊張感をもたらした。
ただ的に対して魔法を放つのと、実際に動く標的に対して放つのでは全く違う。
ましてや向こうもこちらに対して敵対行動を取ってくるので攻撃・防御・回避の全てをフル活用して挑まなくては勝ち目がない。
初めはそこに手こずりながらも持ち前の才能と吸収の速さで徐々に対応していき、ミリナからしてもその成長速度には目を見張るものがあった。
ソフィアはそんな日々に充実感を抱いていて、免許取得という大きな目標があることもそのやる気に拍車をかけている。
ただ、少しだけ気になっていることがある。
ミリナが最近どこかよそよそしいのだ。
仕事をしたり魔法を教えている時のミリナはそうでもないのだが、家で過ごしている時やプリドールで夕飯を食べている時になんだか今までと違うものを感じていた。
それを一言で表現すると”よそよそしい”になるのだけれど、ソフィアにはその背景が今一つ掴めていなかった。
そして今日の夕飯を摂っている時だってそうだ。
「ミリナ、どうしたの? なんだかわたしの顔を見てじっとしてたけど……」
「えっ……あっ、いや、なんでもない。美味しそうに食べるな、って」
「ミリナも食事中は頬が緩んでる気がするけどね、わたしもそうなのかも」
「そっ、そうだね。自分でも気付かないことってあるよね、うん」
何故かこちらをじっと見てくることが多い。よく考えたら昨日も一昨日もそうだった。
まるでミリナを凝視する時のルミアのようだなとも思った。
そんなにこっちを見ていて何か楽しいことでもあるのかと疑問に思う。というかミリナがそんな風にぼーっとしていることが珍しい。
そしてやたらと言葉に詰まることが増えた。
ソフィアから話しかけると咄嗟に口ごもったり、緊張しているのか噛んだりする場面をよく見た。
そういえば話の途中で不意に視線を逸らされたりすることもあったような。
(ミリナ、なにかあったのかな……?)
でもソフィアには特段心当たりがない。
悩み事を抱えている感じではないし、かといって自分を嫌いになったようにも見えない。
今日も謎を抱えたままのソフィアは、明日の運送ルート設定のために早めに家に帰った後、その場に残ったミリナとルミアがそういう話をしていることを知る由もなかった。
「あのさ、相談があるんだけど……いい?」
「はい、ミリナさんの話ならなんでも聞きます!」
「ルミアはいつでも元気だね」
「ミリナさんと話をするのが栄養補給ですからね!」
「あはは、そっか」
ミリナは悩んでいた。
ソフィアとの接し方、ソフィアにこの気持ちをどうやって伝えるべきか、何もわからない。
人間関係をほぼ放棄していた17年間の人生のツケを払っているというところか。
そういう意味ではこうして底抜け前向きに話を聞いてくれるルミアが救いだった。
恋をするなんて初めてで、それを誰かに話すのも恥ずかしくなるけれど、それではこの先何も進みようがないので意を決して口に出す。
「その……私さ。ソフィアのこと、好きみたいで」
「…………それは恋愛という意味で好きってことですか?」
「うん、そうみたい」
どんな顔をしてルミアの方を見ればいいのかわからない。
そうしてしばらく俯いていると、どこか呆れたような雰囲気のルミアが口を開いた。
「はあ……ミリナさんは鈍感すぎます。今までだってソフィアさんとイチャついてたじゃないですか」
「別にイチャついているつもりはなかったんだけど……」
「そういうところが鈍感なんです。ソフィアさんも好き好きオーラ出してましたよ?」
「そうなんだ……ごめん」
「別に謝ることはないですけど……それはソフィアさん本人に言ってください」
今までの行動を振り返る。
他人の振舞いをあまり知らなかったゆえに、自分ではそうと思わなかった振舞いでも周りから見れば近しい相手への行為に見えていたのかもしれない。
「で、相談はなんですか?」
「あっ、えっと……好きって気付いてからソフィアにどう接したらいいかわからなくて……」
「普通でいいと思いますよ。むしろ今から告白してもいいと思いますけど」
「こっ……告白!? で、でも、ソフィアが受け入れてくれるかどうか不安で……」
「わたしから見たらお二人は相思相愛です。早くお幸せになってください」
何とも辛辣な論評を下してくるルミア。
表情もそこはかとなく怒り気味というかそんな感じがする。
「ルミア、今日は辛口というか……ツンケンしてるというか……」
「えっ……それも気付いてないんですか……?」
「うん、ごめん。よくわからない」
額に手を当てて天を仰いだルミア。
今度こそ呆れ切って大きくため息をついた。ミリナがそれを見て慄く。
「ご、ごめん……何か気に障ることした……?」
「もういいです。ネタバレです。わたしもミリナさんのこと好きだったんですよ、今はもうソフィアさんがいるんで諦めましたけど」
「えっ……ルミアも……?」
「でもこんなに鈍感で臆病者だとは思いませんでした。もっと良い人を探すのでミリナさんは早くソフィアさんと結婚しちゃってください」
「えっと、じゃあ私のためにお店を開けて待っててくれたのも」
「好きだからに決まってるじゃないですか。まあ、今はソフィアさんやミリナさんと話をするのが楽しいっていう理由に変わってますけど」
また自分の鈍感さを自覚しまって恥ずかしくなるミリナ。
言われてみればそうだ。赤の他人や興味のない相手のために仕事を増やしたり仕事時間を伸ばしたりなんてしない。
ルミアがあんなに積極的に関わってこようとしたのも好意を持っていたからに違いなかった。
だけど、そんなルミアが背中を押してくれている。
自分とソフィアは両想いに違いないと言ってくれている、それだけで少し勇気が出る。
「ルミア、ごめん。それからありがとう。こんな私を好きって言ってくれて」
「……そう言われるとまた好きになっちゃいそうで困ります。でも、ミリナさんが誠実で優しい人なのはわたしが知ってます。自信をもってソフィアさんに告白してください」
「うん。それで、もう一個相談いいかな」
さっきよりも少しだけ前を向いたような明るい表情でそう尋ねるミリナ。
それを受け取るルミアもいくぶんかスッキリしたような雰囲気だった。
「ソフィアに喜んでもらえる告白がしたいなって。だから、何かいいアイディアがあったら教えてほしい」
「そうですね……多分ロマンチックなのが好きだと思いますよ。ソフィアさん、ロマンが云々ってよく言ってますよね」
「確かに。じゃあ二人の思い出の場所とかで告白したらいいのかな」
考えを巡らせる。思い出の場所と言ったらどこだろう。
これまでのソフィアとの歩みを振り返って探す。
「あっ……」
思い当たった。ソフィアとの距離が大きく縮まった場所。
「なんか思い付いたっぽいですね。それでいいと思いますよ」
「うん、なんか上手くいきそうな気がする。あと、ルミア。一個協力してほしいことがある」
「はいはい。ミリナさんの頼みなら聞いちゃいますよ」
ミリナの頭の中で告白までの道筋が出来上がる。
これならソフィアに喜んでもらえる。そう思った。
それから告白をするためには自分にももっと自信を持たないと。
そのための努力をしてみよう。
誰かのために何かを頑張ってみようと思う。
ミリナにとっては大きな変化だった。




