3-4
まっさらな空き地で向かい合ったミリナとソフィア。
「ソフィア、防御魔法は当然使えるよね」
「うん。実際に何かを防いだことはあんまりないけど……」
「じゃあ今から私が殴りに行くから、ソフィアはそれをひたすら防いで」
ミリナの利き手である右手に光の粒が集まっていき、一本の剣を形作る。
その髪と同じ銀色に光を放つその剣は魔力によって構成された魔剣だった。
「えっ、待ってミリナ! いきなりそんなの!」
「最初は簡単に防げるように軽くして、そこから徐々に重くしていく。寸止めで怪我はさせないから安心して」
「安心ってそんな簡単に…………っ!」
至って平坦な声色で語り掛けながら確実にこちらへ歩みを寄せてくるミリナ。
歩いたままの体勢から小さな構えでスムーズに振り下ろされた第一撃を咄嗟に防御魔法で受け止める。
久々の行使でも問題なく展開された光の粒子による盾は、キンッと甲高い音を立ててミリナの魔剣を弾き返した。
「へえ、これくらいなら余裕なんだ。まさか弾き返されるとは思ってなかったよ」
「ミリナっ……全然軽くなかったけどっ……」
「え、ソフィアくらいの魔法使いなら軽めの部類でしょ。じゃあ次は続けていくよ」
「っ……!」
その言葉を言い終える前に次の一撃が飛んできて、間髪入れずに逆サイドからもう一撃。
左右に揺さぶろうとするミリナの剣術に体勢を崩されぬよう防御魔法の展開を続ける。固さは十分あるようなので問題なく、魔力の流れが乱される気配はない。
続けざまに正面から一突き、足元から掬い上げるように刃がせり上がって来たかと思えば今度は自分の身長より高い位置から振り下ろされる。
重力の流れのままに上から襲ってきたその一撃は今までよりもいくぶんか重く、少しだけ後ずさって衝撃を緩和する。
その隙を見計らったかのように細かい斬撃を何十と続けて放つミリナの猛攻を耐え忍びながら、今度は少しでも押し返そうと無意識に前のめりで構える。
「ミリ、ナっ……今の出力は何割くらいっ……?」
「まだ3割だけど。まさかもうギブアップ?」
「3割は嘘でしょっ……くっ……!」
ソフィアとしては7割近くの出力で防御魔法の展開を続けているのだが、ミリナはまだ3割だという。何かの冗談ではないだろうか。
細かい斬撃に対して防御層を薄めにして対応していたが、一瞬だけ間が空いて連撃が止まったかと思えば突然重量のある振り抜きが飛んできて咄嗟に魔力を集中させる。
対策の薄くなったところを的確に突いた斬撃に背筋を冷や汗が流れた。
しかしその汗を乾かす暇もなくミリナの攻撃は続く。
フェイントを掛けてタイミングをずらした踏み込みからの斬撃、意識から外れかけた頃に時折混ぜられる突きでの一点集中、微妙に角度や立ち位置を変えて異なる方向から放たれる斬り返し、多種多様な剣戟でソフィアの魔力とその防御魔法を少しずつ消耗させていく。
もう何発受けたかもわからず、何分経ったかの感覚すら無くなった頃、ようやくミリナの手が止まる。
「やっぱり余裕じゃんソフィア。良い防御魔法だったよ」
「はあ、はあ……ミリナ……もういい?」
「まだよくないけどその前にミリナ先生の講評ね。魔力の指向性の持たせ方が一流だったよ。私の斬撃の方向に対して受け流すように防御魔法の指向性・魔力の流れを適宜調節してる」
そうだ。ミリナの言う通り魔力に方向性を持たせて負担が少しでも軽くなるように制御していた。
それを斬りながら適正に評価できるミリナの方がよっぽどすごいと思うが口には出さない。
「そして時には剣を押し返すように、反発性を持たせる前方向への魔力指向の持たせ方もマスターできてる。防御から攻撃に転じるための技術もあるとなれば中々だよ」
ちょっと私も焦ったけどね……と言いつつミリナはまだ手を緩める気はないらしい。
魔剣に込められる魔力の量がグンと増えたように感じたソフィアは次の一手に身構える。
「じゃあ次は私の動きを増やすから。360度どこから斬られても文句は言わないでね」
「いや、やっぱり斬るつもりっ……!」
次の瞬間、ミリナの身体がふわりと宙に浮いたかと思えば、ジャンプするような軌道でソフィアに向かって魔剣を振り下ろす。
「ぐっ……!」
「……っ」
そのまま魔剣の刃で防御魔法を押し切ろうと力を込めてくる、対抗するソフィア。
そしてソフィアが魔力の集中に意識を切り替えた途端に離れる刃。
「えっ」
次の瞬間、飛行魔法の低空軌道でソフィアの頭上を通り越したミリナが背後からもう一撃振り下ろしていた。
咄嗟に背中側にも防御を展開して受け止めるが前方に気を取られていたせいで魔力が十分に集まらない。防御層が削られる。
危機を察知して削り切られるまでの数秒の間にソフィアは横へズレて斬撃の軌道から外れる。
しかし息をつく暇はない。振り下ろして着地する前に強引な魔力行使で軌道修正した魔剣が斜め下から振り上げられる。
そんな無理な軌道の癖に圧力だけは十分な一撃― その力を受け流すように上方へ捌けば、再度背後に回り込んだミリナが突きを一発入れてくる。
先程のように防御層の破壊を狙った読みの動きだったが、ソフィアは前回のピンチから瞬時に学んで対処。突きの先端に魔力を集中させてそれすら弾き返してみせる。
「……!?」
一瞬動揺するように目を見開いたミリナの様子を視界の端に捕らえながら、体勢を戻しつつ次の動きに備える。
それからも飛行魔法を加えた縦横無尽なミリナの攻撃に耐え忍ぶこと数分か十分以上か、流石にそろそろ終わるだろうと思い始めた(願い始めたとも言う)ソフィアに、まだ余裕のありそうなミリナから驚愕の言葉が告げられる。
「魔力感知に関しては一級品だね。私のやろうとしてること、大体見抜かれてる感じかあ……じゃあソフィア、ちょっとズルするけど耐えてね」
「ズル……? って危ないっ……!」
「周りから火の玉飛ばしながら斬り掛かるからね。火傷しないように気を付けて」
「ねえ、本当に怪我させるつもりでやってないよね…………っ!」
ミリナとソフィアの周りを取り囲むように出現した次元魔法の裂け目。そこから不意に放たれた火の玉がソフィアのすぐ横を掠めていく。
今度はこれを避けながら耐えろと言うのか。
そんな文句を言う暇も与えられずミリナは接近してくる。その刃がこちらに届くと同時に発射された火の玉が横からソフィアを狙う。
目の前の斬撃には魔力の指向性を持たせた防御魔法、横からの炎には水属性を付与した防御魔法、それぞれ異なる種類の魔法を展開する。
360度全方向に対する意識を求められる状況でソフィアはなんとか凌ぎ続ける。
いつ終わるかもわからず、攻撃することもできない現状でソフィアにできるのは一瞬たりとも弛まぬ意識で神経を研ぎ澄ませて全ての攻撃を受け流すことだけだった。
魔力量が膨大にあるソフィアとはいえ、ほぼ初めての実戦で魔力以外の様々な要素― 気力や体力、集中力はどんどん削られていく。
結局ミリナの猛攻が終わりを告げたのはソフィアの体力が尽きかける少し前のことだった。
その場にへたり込んだソフィアに声を掛けるミリナは余裕綽々だった。
「ソフィア、お疲れさま。結構頑張ったね」
「ミ、リナ……少し、休ませて……」
「うん。じゃあ一回ラウンジに戻ろうか。立てる? 無理ならお姫様抱っこで運ぶけど」
「いや、いい……」
息も絶え絶えのソフィアに対して、まだまだ動けそうなミリナの背中が対照的だった。
あの調子ではまだウォーミングアップにしかなっていなさそうだ。
ラウンジに戻ってテーブルに突っ伏したところにジュースを持ってきてくれるくらいの気遣いを見せており、一応尋ねてみたところ「いい準備運動だったね」と返された。
ウォーミングアップにすらなっていなかった。
それから体力が回復するまでしばらく休み、そうしているうちにアリルが戻ってきたので3人で席に着く。
まだボーっとする頭の中で、そういえばこのラウンジはスカイレイクの整備を待ってる人のために用意されていたのか……と気付いた。今更ではあるが。
「ミリナ、あんたソフィアさん相手に30分も斬り掛かってたわけ?」
「うん。でもソフィアは耐え切ったし」
「え……30分……?」
「ええ。貴女たちが出ていってから丸々30分経ってるわね。長くて大変だったでしょう、ジュースまだあるから飲んでね」
「わたし、そんなにやってたの……」
「そうだよ? だから中々やるなあって思ったんだけど」
平然とした表情でミリナがそう言ってくるから驚いてしまった。
まさかそんなに長い時間やっていたなんて。どおりでこんなにも疲れているわけだ。
「ミリナ、ちゃんと説明して……あといたわって……」
「はい、よく頑張りました」
向かいの席に座ったミリナが腰を上げて乗り出し、ソフィアの頭を撫でる。
一瞬ふっと顔を上げて驚くソフィアだったが、そのまま撫でられ続けると安心したように二度寝の体勢に入った。
「ミリナ、なんであたしは新婚カップルのイチャついてる場面を見せられないといけないのかしら」
「え? イチャついてはいないよ? 労わってるだけだって」
「あたしにはそうは見えないわね……」
それから結局ソフィアが顔を上げるまでのあいだ、ミリナとアリルの間でカップルか否か論争が繰り広げられた。




