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さも当然というように出されたカフェオレに口を付けるミリナを見て、真似するようにカップを手に取るソフィア。
すっかり外行きで猫かぶりになってしまったが、その緊張を解かすように雑談を始めるミリナだった。
「えっとね、ソフィア。アリルは魔法科の友達でもあるんだけど、今は仕事でお世話になってるんだよ」
「スカイレイクの整備、それがあたしの仕事よ」
「整備……ですか?」
「ええ。スカイレイクの動力は魔法だけど、スカイレイク本体は機械だから定期的に整備しないと少しずつ老朽化で弱っていくのよ」
「特に私のスカイレイクは魔力増幅機構や制御補助の特殊な仕掛けもあるから、しっかり見てもらわないとベストコンディションは維持できないんだよね」
「そう、なんですか。でも、スカイレイクを整備するのってすごく難しいことじゃないですか……?」
当然の疑問だ。この国のありとあらゆる技術― 特に魔法と工業の力を結集して作られたのがスカイレイク。
それを両方の側面から紐解いてメンテナンスするのは決して簡単なことではない。
「それはミリナから答えてもらえると助かるわね」
「了解。アリルは私と同じように飛び級で魔法科に入学して、首席次点で卒業したんだよ」
「……これを自分で言うのは正直恥ずかしいから」
「まあ首席は私だけど?」
「あんたはよくドヤ顔で自慢できるわね」
「……えっと、つまりアリルさんはミリナと同じくらいのすごい魔法使いってこと、ですか?」
「そうなるわね、一応」
そこからの話をまとめるとこうだった。
予てより魔法技術と工学に精通していたアリルは在学中にスカイレイクの扱いを学び、その建造や整備にも携わった。
後に魔法科を卒業すると同時に独立してスカイレイクの整備業を始める。そしてミリナのスカイレイクも彼女のお世話になっている。
「私も2ヶ月に一度はスカイレイクの整備で来てるんだけどね。ソフィアがうちに来てからは初めてかな」
「あたしは死ぬほど驚いたわよ。あの人嫌い極まってたミリナが女の子と同居を始めたなんて言うから」
「そこには色々あってね。今は同居して良かったって思ってる」
「それは見てても分かるわ。新婚カップルみたいな熱々の雰囲気だもの」
「……し、しんこん、かっぷる」
「別にカップルではないけど? でも仲良いっていう自信はある」
「ソフィアさん、顔赤くしてるわよ」
空になったカフェオレのカップに顔を埋めるようにして表情を隠すソフィア。
大事なパートナーの可愛らしい赤面シーンを見られてしまったのはいただけない、という雰囲気で顔を顰めるミリナ。
眉を下げたまま腕を組んで数秒、ふとその雰囲気を変えたミリナがニヤニヤと笑いながら口を開いた。
「あ、そうだ。ソフィアに面白いこと教えてあげる」
「……う、うん。何?」
「この国でスカイレイクを操縦できる人は一桁って話をしたでしょ? なのに実際の機数は7機しかない。8人目や9人目がいたら何故その人のスカイレイクがないんだろうね」
「えっ……わからない、けど」
「ちょっと待ちなさいミリナ」
何故か慌て出すアリル。さっきまで澄ましていた表情も崩れ出す。
向かいの席にいるミリナを止めようと身を乗り出すが届かない。
「正解はここにいる8人目のアリルが……」
「待ちなさいって言ってるでしょ!」
「高所恐怖症でスカイレイクに乗れないからだよ」
「言うなって言ったでしょ!!」
立ち上がると同時に叫んだアリル。
最初は深窓の令嬢みたいだと思ったけれど、意外と俗人っぽいところもあって親しみが増すソフィアだった。
一方、恥ずかしい秘密を暴露されたアリルはこめかみに青筋を浮かべていた。
手元にある飲みかけのカップを取って一言。
「ミリナ、あんたの顔面にカフェオレぶっ掛けるわよ」
「ごめんって。いや待って本当に投げる動作に入らないでごめんなさいすいません申し訳ありませんでした」
「…………はあ。まあソフィアさんならいいけど」
「助かった、ソフィアありがとう」
「ええ……わたしは何も……」
「精々ソフィアさんに感謝しておくといいわ」
ふてくされるように席に着いたアリルは頬を膨らませて遺憾の意を表明していた。
楽しそうに軽口を叩いて彼女を揶揄っているミリナとは対照的だ。
そんな二人の距離の近さを感じてしまって少し嫉妬してしまうソフィアだったが、それ以上二人のこれまでの話を聞いてみたくなる気持ちもある。
せっかく緊張も解けてきたので話を振ってみることにした。
「あの、二人の出会いってどんな感じだったんですか」
「こいつが突っかかって来たんだけど」
「こいつ呼ばわりって……ミリナ、あんたのことはあんたって呼ぶわよ」
「どうぞご自由に」
とうとうお互い名前ですら呼ばなくなった。
「私は入学早々人と関わるのが嫌になって一人で過ごしてたんだけど……」
「お高く止まってるのが気に入らなかったから議論を吹っ掛けたのよ」
「こいつがね」
「あんたがすぐ乗ってくるから面白かったわよ」
「は?」
ミリナの話を思い出す。魔法を道具のように扱う人しかいなくて失望してしまったと。そのせいで真っ当に友達は出来なかったと。
「なんだっけ? 魔法制御における物理法則の過干渉についてだったかな」
「それで議論しているうちにお互いのことが気になりだした感じね」
「こいつ魔法オタクだなって」
「あんたの方がよっぽどオタクよ」
確かにいきなり議論を吹っ掛けられてそこから友達になるというのは真っ当ではなさそうだ。
でも、だからこそ魔法を愛するミリナの琴線に触れたのかもしれない。
「卒業してから魔法研究と講師業とスカイレイク整備業を全部兼業してる変人に言われたくないね」
「あたしが変人なら自営業に走ったあんたは変態よ」
「失敬な。人々の生活に貢献するこの仕事を舐めないでもらえる?」
「はあ? こっちは魔法科の臨時講師として次世代の人材育成に大きく寄与してるんだけど?」
「えっと、二人とも、落ち着いてください」
仲が良いのか悪いのか微妙に判断しかねる雰囲気で舌戦を交わす二人だったが、別に本気で相手を怒らせたいわけではなく、あくまで冗談の範疇に収まっているらしい。
少なくともソフィアからはそう見えた。
というかスカイレイク整備のほかに魔法の研究や臨時講師の仕事もしているのか。
それはすごいな、と思う。魔法科を卒業したばかりで講師ができるということは天才的にずば抜けた才能と技術を持っているという意味に他ならない。
「失礼したわね、ソフィアさん。変態が煽ってくるせいで口論になってしまったわ」
「ごめんソフィア、この変人が変なこと言い出して」
「はあ?」
「は?」
「だから、落ち着いてください」
二人の掛け合いが漫才が何かのように思えてしまって、しばらくこれを聞いているのも悪くないかなと一瞬考えたが、今日ここに来た目的を忘れそうになって思いとどまる。
「えっと、話を振ったわたしが言うのもなんなのですが……今日の話、そろそろ聞きたいです」
「あっ、そうだった。今日はソフィアの今後について相談に来たんだった、ごめん」
「そうね。そろそろ本題に入りましょうか」
数秒前までの軽い雰囲気はどこへやら。
途端に真剣な表情へ変わる二人の様子を見て、優秀な魔法使いの切り替えの早さと身に纏う重いオーラを肌で感じるソフィア。
「ソフィアさんのことはミリナ経由で詳しく聞いてるわ。コロルド先生の前で魔法を使った時の話も」
「そう、なんですか」
「ええ。あたしはまだ実際に見たわけではないけど、貴女も相応の実力のある魔法使いらしいわね」
「横からごめん。それは私が保証する。ソフィアの魔力量・魔法技術は私と同等かそれ以上」
「その才能をどう活かすかについての話……と聞いてるわ。あとはミリナ、よろしく」
話を引き取ったミリナが改めてソフィアの方を向いて続ける。
その表情はいつかソフィアを保護した時と同じくらい真剣で、同じくらい切実な色を見せていた。
「ソフィアの魔法は凄いよ、私が言うんだから絶対。だけど今の仕事だけでは十分に発揮されていないし、もっと活かす場所があってほしいと思ってる」
「そ、そうかな……でも、ミリナが言うんならそうなんだと思ってみる」
「そこで私から提案がある。それをアリルとも相談しようと思ってこの場を準備した」
ミリナの口から出るのは聞き慣れない言葉。
だけどソフィアの人生を変えるには十分大きなものだった。
「国家防衛免許、ソフィアにはこれを目指してほしいと思ってる」




