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1-3

すっかり日も暮れて街灯の柔らかな光が夜の街を包む頃、王都の外れにある一軒の家に大きな影が降りてくる。

穏やかな静寂を乱すことなく、音を立てずにゆっくりと降下してきたそれは建物の屋上にすっと着陸した。


銀色のスカイレイク― ミリナの空を掛ける相棒は今日の仕事を終えて静かにその動きを止めた。

やがて操縦席に一つだけ備えられた扉が開くと、羽のようにふんわりとした動きで地上に降り立ったミリナ。

自分の髪と同じ銀色の装甲を一撫ですると満足げに微笑み、その場でぐーっと大きく背伸び。


「今日も疲れたあ……やっぱり結構遅い時間になるよね」


でもたくさん配達できたし楽しかったな、と呟きながらもう一度うーっと唸って身体を伸ばす。

今日の依頼を全てこなして自宅に戻ってきたミリナにとって、夜の心地良い空気を吸い込むこの時間は充実感に満ちていた。


スカイレイクの発着場を兼ねた屋上を後にすると、階段を下りて2階へ、それも通過して更に階下へ。

慣れ親しんだ我が家は遅い時間に帰って来た家主を嫌な顔一つせず迎えてくれる。その安心感と仕事を終えた充実感で満ち足りたミリナは跳ねるような足取りで階段を駆け下りる。


居住スペースにしている2階と仕事場兼配達受付にしている1階もすっと通り抜けて玄関から外に出る。

人通りも減った石畳の通りに一歩踏み出してどこかへ出掛ける― かと思えば、ミリナは自宅の隣の建物へすっと吸い込まれていった。


"レストラン プリドール"という看板の掛けられた建物はレンガ造りのシックな雰囲気を纏っていて、入り辛くはないが良い意味で客を選ぶような程良いカジュアルさを演出していた。

その扉を慣れた手つきで押し開くと、カランカランと小さく鐘が鳴って来客を知らせる。


「あっ、ミリナさん! おかえりなさい!」


その音に反応して店の奥から出てきたのは、ミリナよりも少し背の低い茶髪の少女。

このレストランの看板娘にして友人でもある彼女はルミア=フリーストと言った。


「ただいま。今晩もまだ大丈夫かな」

「はいっ、さあどうぞ座ってください!」


ほとんど人もいなくなった閉店間際の店内に手早くミリナを案内すると、待ち構えていたかのようにお水とお手拭きを持ってくる。

その心配りへの感謝を声にする間もなく小走りで店の奥へと駆けて行った彼女の背を見送りながら水を一口。

ほんのりとレモンの風味が効いた冷水はミリナの喉をすーっと通過して、丸一日の労働で疲れた身体に染みていくようだった。


上階まで吹き抜けになった木目の天井をぼんやりと眺めながら椅子の背にもたれる。

自分以外の客は食事を終えて帰る寸前となった店内、それを独り占めしているような気分になって、ふっと自然に身体の力を抜いてくつろぐ体勢になる。


ミリナがこの店に通い始めてから早1年。

オーナー夫婦の娘であり、立派なシェフの一人でもあるルミアとは随分親しくなり、こうして仕事で帰りの遅いミリナのために店を開けて待っていてくれるようになった。

閉店間際にもかかわらずこうして歓待してくれるのは、休日を含めてほぼ毎日のように通っているからなのかもしれない。


ぼんやりと意識を解放しながら待っていると、想像よりも早くルミアが料理を運んでくる。

まだ店に入ってから5分くらいしか経っていないはずなのだけど。


「お待たせしました! ミリナさん専用 プリドール特製まかない飯です!」

「ありがとう。というか私従業員じゃないけどまかないって言えるのかな……」

「ミリナさんは常連かつ宣伝担当みたいなものですからね、さあたんとお召し上がりください!」


今晩のメニューはクリームシチューにサラダとパンが付いたディナーセットだった。


「今日もミリナさんのスカイレイク目当てに近くまで来たっていうお客さんがいましたよ。出払ってて残念がってました」

「いや、私7日中6日は出払ってるからそうそう見れないんだけどなあ……どこでそんな情報が」

「不思議ですね、でもうちはお客さんが増えるので万事オッケーです! というわけで宣伝担当さん、シチューが冷める前にお食べくださいな」


いつの間にかテーブルの向かいに座っていたルミアが促してくるので早速頂くことにする。

手元にはちゃっかり自分用の水のコップまで用意されている。


出来立てのような湯気を立てる熱々のシチューにスプーンをくぐらせればトロリとした感触に思わず喉が鳴り、横に添えられたサラダはベーコンとペッパーがまぶされて刺激的かつ色鮮やかにミリナの食欲をそそる。

おまけに自家製だというふかふかのパンまで付いてくるのだから我慢できるわけもない。


「うん、今日も美味しい。いつもありがとう、ルミア」

「どういたしまして! わたしもミリナさんに食べてもらうのが楽しみなんですよ、いつも美味しそうな顔してますから」

「えっ、私そんな顔してる……?」

「はい、とっても」


少し恥ずかしそうに俯いたミリナをにこにこと微笑ましく見守るルミア。

一瞬食事の手が止まったミリナだったが、ルミアと会話を続けながら少しずつ食べ進めていく。


「ミリナさん、今日はなにか珍しいこととかありました?」

「ううん、特にはなかった。でも改めて思ったのは……スカイレイクって結構目立つんだね」


そう言うと「またかあ……」みたいな呆れ半分の表情でルミアがこちらを見てくる。


「結構どころか凄い目立ちますよ! だってスカイレイクってほとんどは外交とか軍備のために使われてるから普通の町には行かないじゃないですか。

 それが突然自分の住んでるところにやってきたら誰だって気にします」

「うーん、わかってるつもりなんだけどね……」

「あと乗ってるミリナさんが美人なのでもっと目を引きます!」

「そんな元気よく恥ずかしいこと言わないで……」


照れ隠しにパンにかぶりついて顔を隠そうとするミリナ。

かぶりついた後でシチューに付けて食べる分がなくなりそうなことに気付いて後悔したのは内緒だ。


「そういえば気になったんですけど、今この国のスカイレイクって何機くらいあるんですか?」

「えっと、確か外交用が2機と軍備用が4機かな。あとは私のが1機」

「改めて聞くとミリナさんの凄さを感じます……7機しかないうちの1機なんて」

「そもそも操縦できる人が一桁しかいないけどね。それを考えたら一人一機で適正数だったり」

「へー……ミリナさんといると色々なことが知れて勉強になります」


ふむふむと頷きながらあれこれ聞いてくるルミアと会話のキャッチボールを続けていると、いつの間にか目の前の器はすっかり空になっていた。

ここに至って随分と話に没頭していたことに気付く。


どうしてもこの仕事をしていると移動時間が大半を占めるので、中々人と会話する機会がないし、依頼人や受取人との会話も基本事務的なものだ。

そんな生活の中でルミアの店を訪れる時間はミリナにとって貴重であり、日々の活力にもなっている。


「ふー……もう満腹、ご馳走さまでした」

「お粗末様でした。ではお会計です」

「まかない飯じゃなかったの……?」

「そこはもう少し元気にツッコんでほしかったですね!」

「ルミアは夜でも元気だね……」

「ミリナさんと話して楽しかったので元気です!」

「そ、そっか……」


まかないというのは冗談で普段からちゃんとお代を支払っているのだが、普通にこの店で提供するディナーの半額にしてもらっていて、ルミア曰く"ミリナさん特別価格"とのことだ。

実際のところ、その日の売れ残ってしまった料理や下ごしらえしたのに余ってしまった食材を使って作っているそうで、そういう理由もあってお安めになっている。

毎日忙しく国中を飛び回り、自炊する時間も取れないミリナにとってはありがたい話だった。


「今日もありがとう、ルミア。また明日も来るね」

「はい! 明日もお待ちしてます、ミリナさんっ!」


店の戸を開けて出ていくミリナを少し寂しそうに、けれどすぐに気を取り直して元気よく見送ってくれるルミア。

その笑顔にお腹だけでなく心も満たされて、小さく手を振りながら店を後にする。


天才魔法使いのなんてことない夜はこうして更けていく。

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