2-12
フォルテノンでの屋台販売を終えた翌日の月曜日、ミリナは朝から運搬の仕事に出ていた。
昨晩ソフィアが急いで仕上げた運送ルートは相変わらずのハイクオリティで、今日も18時までには帰れそうな見込みだった。
そういえば自分でルートを練っていた頃はこんなに早く帰れなかったなと思い返し、改めてソフィアの存在の大きさを感じる。
自分がソフィアやルミアとの関わりで大きく変わり始めたことを自覚して数日。
だからといって一人の時間の重要性が下がるわけではなく、むしろ誰かとの時間があるからこそ一人でいることの贅沢さを噛みしめられるようになったと思う。
ずっと一人の時間を過ごしていると、自分の世界に没頭できることの貴重さが逆にわかっていなかったんだなと思い至り、また一つ自分の成長を感じる。
そんなわけで貴重な一人時間、もといスカイレイクの気ままな空の旅を楽しむミリナだったが、運搬の途中で正午を過ぎたのでそろそろ昼食を摂ろうかと考え出した。
ミリナが移動中に外食を摂るのは大体の場合、一定以上の大きさを持つ都市の市街地ということになる。そういう都市の場合はスカイレイクの発着場がしっかりと整備されていて寄りやすいからだ。
ソフィアと出会った時の一件で訪れた都市は発着場がなくて街の外れに着陸したように、発着場が整備されていない都市なんてのはいくらでもある。
都市の規模が小さくなればなるほど未整備の確率は高く、小さな農村になれば整備率は0パーセントに近い。余程の例外でない限りだが。
(余程の例外というのは国の軍備上の都合になるので、規模ではなく立地による影響が主だ。)
そんなわけで今日はこれまでにも何回か訪れている西方の都市の一つ、ローレルクで休憩を取ることにした。
王都ほどではないが西方の交易の拠点になっている都市なので市街地の発展は著しく、昼食を摂れそうなレストランなら山ほどある。
早速街の周縁部にある発着場へ降り立てば担当の役人が出迎えてくれる。昼食以外にも配達先としての訪問も含めれば来訪回数は既に2桁に達しており、発着場の担当者ともすっかり顔見知りだ。
年配の男性と若い女性の二人が交互に担当しているようだったが、今日は後者のようで気さくに話しかけてきてくれた。
「あら、いつもの運送屋の人ね。ご苦労様」
「そちらもお仕事ご苦労様です。今日は天気がいいから仕事もしやすいですね」
「そうなのよ、雨が降ってると敷地内の移動が面倒でねえ。あなたも荷物が濡れて大変でしょう?」
「ええ、ちょっと手間取りますね」
こういう雑談にスムーズに対応できるようになったのも成長の一つだ。
昔は愛想笑いだけでスッと身を引くことが多かった気がする。
「あっ、そういえば……この辺りで美味しいレストランってあります? 今から昼食を摂るつもりなんですが……」
「ああ、それなら時計塔の近くにあるル=ミレールっていうレストランがお勧めよ。今日はテラス席なんかも居心地良さそうね」
「テラス席もあるんですか! それはいいですね、早速行ってみます」
「ええ、気を付けてね」
「はい、ありがとうございました!」
これはいい話を聞いた。多分自分一人では見つけられなかったレストランだろう。
なにせ今まではとりあえず目に入った小綺麗そうな店で済ませてしまっていたのだから。
散歩を兼ねて日射しが眩しい石畳の道を歩いていけば、ちょうどお昼時を過ぎたタイミングで店に着く。
期待通り空いていたテラス席の一角に落ち着けば、手早く注文を済ませて水を飲む。
午後の仕事が始まったようで威勢よく通りを行き交う人々を眺めながらひと息つけば、時計塔の鐘の音をBGMになんとなくぼんやり過ごす。
人との関わり、一人の時間、どちらも上手く楽しめているなと感じて満足げなミリナだった。
そして十分ほど過ぎて注文したパスタランチが運ばれてくれば、程良い空腹をスパイスに早速一口。
(うん、美味しい。景色もいいしこの店はまた来たいな)
折角なので食べかけだがランチの写真を撮っておく。
一般に人々が使うカメラではなく、念写魔法を使っての一枚は結構綺麗に撮れるのでお気に入りだったりする。
あまりにも心地が良かったので乗り気になってデザートのガトーショコラまで頼んでしまい、財布と一緒に反省しながらも美味しく頂く。
(やっぱり私、一人の時間も好きだな)
食事を始めてから30分以上もゆったりと過ごし、心もお腹も十分満足して店を出るミリナ。
その後の配達が順調に進んだことは言うまでもない。
そしてここで撮った写真は帰宅後のソフィアに自慢することになる。
「でね、今日はこういうテラス席もある店で昼食を摂ってきた」
「わあ……綺麗に盛り付けされてて美味しそう。わたしも行ってみたいな、結構遠いところ?」
「ううん、スカイレイクで飛ばせば50分くらいかな。機会があったら観光も兼ねて行ってみよっか」
「そうだね、楽しみにしてる」
今晩はプリドール……ではなく自宅での夕食。
一昨日の自炊の流れの延長線上なのか、ソフィアが珍しく自分で夕飯を作るというのでそれに乗っかった次第だ。
ちなみにサラダだけはプリドールで買ってきたので、ルミアが例によって駄々をこねたのは想定通りだった。
「ソフィア、グラタンとかも作るんだね」
「お店で下ごしらえを手伝ってたら自然と身についてね。家で少しだけ練習はしてたんだけど」
「器用だなあ……私はできなさそう」
「ミリナもできるよ。また自炊の練習しようね、今度はわたしの補助がなくてもオムライス作れるように」
「うん。やる」
今日は玉ねぎと鶏肉をメイン材料にしたミートグラタン。
一昨日のオムライスを作った時の食材の余りでソフィアが考えた一品だ。
それをもぐもぐと食べながらミリナもまた自炊について考える。
思ったより楽しかったしまたやってみるか― そこまでを口に出したところで、ふと思い出して話を変える。
「あっ、そうだ。昨晩しようとしてた話なんだけど……今していい?」
「いいよ。ずっと気になってた」
改まるようにスプーンを置いて、膝の上で手を揃えたミリナ。
「あのね、私の運送屋なんだけど……土曜日も休みにすることにした」
「……いいの? ミリナの大事な収入源だよね?」
「そうだけど、平日だけでも十分稼げてるし……あと、その、なんていうか」
妙に口ごもるミリナ。何故か頬がうっすらと赤く染まりつつある。
「ソフィアと一緒に過ごす時間、増やしたくて」
「……!」
「料理したり、一緒に話したり、出掛けたりするの、楽しかったから……これからも、そういう時間が欲しいなって」
どう、かな……?と上目遣いで尋ねてくるミリナ。
こんなにいじらしい様子のミリナを見たのは初めてで、ソフィアも不意に顔が熱くなる。
「う、うん……わたしも、ミリナと一緒にいる時間が増えたら、すごく嬉しい」
「……! そっか……うん。そう思ってくれて私も嬉しい」
二人の間に甘い沈黙が流れる。とても心地よい沈黙。
やがて二人の視線がまっすぐぶつかれば、少し間を置いて一緒に笑い出す。
「ふふっ、ミリナがこんなに照れてるの初めて見た」
「ソ、ソフィアだって顔赤いじゃん…………まあでも、私たち気持ちは一緒だったってことで」
「うん。じゃあこれからはもっと一緒の時間、増やそうね」
「こちらこそ、よろしくね。ソフィア」
年相応のあどけない笑顔を浮かべるミリナ。
それに呼応するようにソフィアも笑顔を見せる。
「あっ、そうだ。せっかくだから今日は記念に一緒に寝る? 寝てる間も一緒に過ごせるけど」
「それはやだ。誰かと一緒だと安眠できない」
「ミリナ、ロマンがないよ」
「私はロマンより快適な睡眠の方が大事だから」
そうやって笑い合って、一緒に夕飯を食べて、それから寝る時間になってお互いの部屋へ別れていく。
一人で部屋に戻って魔法書に向き合っている時もミリナはずっと嬉しそうな笑みを浮かべていた。
それは今晩の勉強を終えて、ベッドに入った後も同じで。
人嫌いの少女がまた少し大切な人との関係を縮めた、そんな一夜だった。




