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2-9

楽しい自炊をしてから一晩、ミリナとソフィア、それにルミアはプリドールの入口に集まっていた。


「それじゃあミリナさん、ソフィアさん、よろしくお願いしますね」

「了解、しっかり宣伝してくるよ」

「はい、売り切ってこれるようにがんばります」


時刻は朝8時。昨日のうちに仕込んでおいた屋台販売用のプリンは少し多めに見積もって300個。

保冷魔法を掛けた入れ物に梱包されたそれらをミリナは次元魔法のショルダーバックに収納する。


そして三人の隣にはプリドールの倉庫に長年仕舞われていた屋台が鎮座していた。

茶色の木組みで素朴な雰囲気を醸し出しているそれを今朝がたミリナが取り出してきて、風魔法と水魔法を組み合わせてあっという間に新品同様にまで掃除してみせたのだ。


「そういえばこの屋台重くないですか、ミリナさん。引っ張っていくの結構大変だと思うんですけど……」

「ん? 引っ張らないよ、屋台はこうやって……」


突如ミリナの隣の空間に穴が出現し、屋台は光になってそこに吸い込まれていった。

あまりの唐突っぷりにルミアは目をまん丸くした後、何故か怯え始める。

ソフィアも少しだけ驚いたようだった。


「次元魔法ってちゃんと使うとこんな大きなものも取り込めるんだ、すごいなあ」

「ミリナさん……なんかこれ怖いですよぉっ……」

「怖くない怖くない。次元魔法は行使者が任意に選んだものしか出し入れできないからね、間違ってもルミアを閉じ込めたりとかはしないよ」

「でもやろうと思えばできるんだよね、次元監禁」

「できるね」

「ひぃっ……!」

「だからしないってば。落ち着いてルミア」

「は、はい……でも、普段魔法を使わない人から見るとやっぱり驚きますよ」


朝からリアクションに元気のあるルミアを揶揄いながら最終準備だ。

大量に刷ってきたチラシはソフィアが持って移動、会計用の小銭なんかはミリナがこれまた次元魔法のショルダーバックに仕舞っている。間違ってもスリに合う心配はない。

商品と屋台は既に確認した通りミリナが全てチェック済み。接客はこの間ステラガーデンでアルバイトした時のこともあるし問題ないだろう。


屋台の営業可能時間は朝9時から夕方5時までと法律で決まっているので、早速9時から販売を始めて、首尾よく売切れればそこで撤収という算段だ。

何の勝算もなく300個も製造するようなミリナではない。ちゃんと策も練っている。


「それじゃあ行ってくるね。何かあったら通信魔法で連絡するから」

「はーい! お二人とも行ってらっしゃい!」

「行ってきます、ルミアさん」


昇り掛けの太陽から少しずつ光が降り注いできて、王都の朝は賑やかになる前の心地良い静けさを保っている。


二人が歩くのは初めて王都を案内した日と同じルート……ではなく、ここからフォルテノンまで最短距離を突っ切るルートだ。

周縁部から街の中心にあるフォルテノンまで行くのは決して短い距離とは言えないのだが、やはりそこは商業都市。

北門や南門以外からでも核たるフォルテノンに向かうための道は要所要所に作られていて、プリドールからでも早歩きすれば20分で着くほどだ。


とはいえ折角朝の空気が心地良いのでゆっくり散策を楽しむことにして、30分強で到着するように狙いを付ける。

ソフィアは前回と違う道を歩いているのが楽しいらしく、やはり街の景色に興味津々だった。


「そういえば家とかお店とかの建物もなんとなく雰囲気が似てるよね、やっぱり統一されてるの?」

「うーん、そこまでは特に整備されているわけじゃないんだけど、王都内の建設業者ってこういう石造りの設計が得意なんだよね。

 ほら、王都を出てから東の方に鉱山があるでしょ。そこで採れる岩石がけっこう丈夫で、それに特化した業者がこの辺りには多いわけ」

「つまり王都内で建物を建てようとすると自然と石造りが選択肢に入ってくると」

「そういうこと。もちろん色とか形とかは注文できるけど、最終的にはどれも似通ってくるパターンが多いね」

「うん。あと確かに自分が建てようとしたら、王都のこの石造りの建物に憧れる気持ちになりそう」

「そうそう。私の家も頼んで建ててもらったんだけど、やっぱり周りに合わせて近いテイストになったんだよね」


フォルテノンに近付くほど店の数も増えていって、人通りも多くなっていく。

王都の外からも多くの人々が訪れる休日の朝とあっては、どこの人たちも気合が入るのだろう。


そうやって少しずつ変わっていく景色を楽しみながら歩いていれば、あっという間に中央広場までやって来る。

既に外部からの商人や交易客が屋台の準備を始めていて、出店スペースのうち半分くらいは既に埋まっていた。


今日のプリドール出張店に用意されたスペースは北側の一角。

隣には金属製のアクセサリーを扱う屋台が、反対側には何やら雑誌のようなものを並べている屋台がそれぞれ準備を始めていた。

ミリナも早速負けじと今朝洗ったばかりの屋台を次元魔法で取り出す。


「よっと」

「キャッ!?」

「あっ……すいません、驚かせてしまいましたか」


その出現と同時に声を上げたのは隣で雑誌を販売する屋台の店員だった。

運悪く(?)ミリナの方を向いていたものだから、突然空間が裂けて屋台の巨体が現れる姿に驚いたのだろう。


「い、いえ、ごめんなさいね。お気になさらないで、ちょっと驚いたものだから……」

「こちらこそすいません。そちらもどうかお気になさらず」


早速屋台の上で準備を始める。


ソフィアはお会計用の小道具や持ち帰り用の袋を設置し、ソフィアから見て手前のカウンター部にはお釣り用の小銭を配置。

ミリナはといえばプリンを入れておいた保冷魔法付きの箱を屋台の端にどんと置き、客から見える側の側面を材質変化の魔法でガラス張りに変えてやる。その横にはプリドールのチラシも置いておく。

そして適当に用意してきた花飾りなんかを屋台の骨組みに取り付ければ、それだけで大分見栄えは良くなる。


「ミリナ、いい感じだね」

「うん、急ごしらえの屋台としては十分じゃないかな。そもそも今日売る商品はプリンだけだし、そんなに凝る必要はないんだよね」

「じゃあわたしは始まるまで休憩してるね」

「了解」


懐中時計を確認すればまだ8時50分。10分も余裕があるので暇を持て余し、どうしようかなと考えを巡らせかけたその時。

不意に隣から掛けられる声があった。


「あの……少しいいかしら」

「あっ、はい。どうぞ」


先程驚かせてしまった隣の屋台の店員だった。

何やら興味ありげな様子を隠し切れないままの彼女は、見た目20代後半くらいのスレンダーな美人だった。


「こちらの屋台では何を売るのかしら。気になってしまって……ごめんなさいね」

「いえいえ! 大丈夫ですよ、我々はプリドールというレストランの手伝いの者でして、新発売のプリンを宣伝に来たんです。……あっ、もしよければおひとついかがですか。お隣のよしみでどうぞ」

「あら、そんなの恐縮だわ……! でしたら、うちの雑誌も一冊差し上げますの」


彼女が急いで取ってきた雑誌は「フォルテシモ」という題が付けられた30ページ程のカラー印刷で、

ペラペラと捲ってみれば王都のトピックを中心に、国内各都市の生活に役立つ情報が綴られているようだった。


「これ、素敵な雑誌ですね。色んな街の方と一緒に作っておられるんですか?」

「そうなの。各都市に友人がいるから、毎月執筆してもらって遠隔印刷機で私が受け取って、一冊の雑誌にしているわ」

「凄いです! 読んでると私も旅行したくなってきます」

「あら、とっても嬉しいわ。……あっ、そうだ、これを受け取って」


そう言って彼女が差し出してきたのは名刺。

綺麗な印字で雑誌フォルテシモ 編集長 クレール=アモーレと書かれていた。


「これ、私の名刺ですの。もし何か興味がありましたらいつでも連絡してもらって構いませんわ」

「ありがとうございます! 私はミリナ=リエステラといいます。えっと、連絡先は……このチラシで」

「プリドール……王都内のレストランなのね。時間が出来たら行ってみるわ、ありがとう」

「はい、クレールさんもたくさん売れるといいですね。お互い頑張りましょう」

「ええ、そうね」


そうやってお隣との会話を楽しんでいるうちに時刻は9時少し前。

ソフィアの元に戻ったミリナは早速開店前の最終チェックに移る。


「おかえり、ミリナ。お隣の方は?」

「雑誌の編集長さんなんだって。名刺ももらっちゃった」

「へえ、わたしも手が空いたらお店見に行ってみようかな」


情報共有しつつチェックを済ませて、いよいよ開店だ。

9時を告げる鐘が鳴り響くと、一斉にフォルテノンの店々が開き、それに合わせて人々も動き始める。


この中心広場にも徐々に人が増え出して、屋台を見て回る人の流れが自然と生まれていく。

数分経ってプリドール出張店の前に足を止める最初の人影があれば、早速ミリナの仕事開始だ。


「いらっしゃいませ! 王都のカジュアルレストラン・プリドールから新商品の出張販売です!

どうぞご覧になっていってください!」


ガラス張りのショーケースに目を止める様子を見れば滑り出しは上々だ。

渾身の新商品300個を売り切るための大作戦がいよいよ始まる。

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