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2-8

屋台販売を翌日に控えた土曜の夕方、ミリナとソフィアは珍しく揃ってキッチンに立っていた。

身に纏っているのはステラガーデンでアルバイトした時にもらった水色と白のメイド服。


「じゃあ、料理の練習しよっか」

「ええと……別に私は自炊できなくてもいいんだけど。あとなんで着替える必要が」

「自炊はできるに越したことはないよ。メイド服はわたしが見てみたかったから」

「そう、なの?」

「だってミリナ可愛いし。せっかくだから家で独り占めしたかったんだよね」

「っ……! そ、そんなっ……ソフィアの方が、似合ってるし、可愛いっ……」

「そんなに恥ずかしがられると、わたしまで恥ずかしくなるんだけどな」


アルバイトした時は接客する緊張があったのであまり詳しく覚えていなかったのだが、

改めてソフィアのメイド服姿を目にしてみると本当に可愛い。


ミリナは以前からソフィアのことを小動物のようと評していたわけだが、どちらかといえば幼い子供向けに作られたように思える衣装とその容姿や雰囲気がマッチしていて、本当におとぎ話に出てくる少女のようだった。

接客の時とは違って緊張していないこともあり、自然体の笑みを浮かべているところもミリナのハートを射抜いた。


「運送の仕事が少ないこういう時でもないと自炊の練習なんてできないからね。日曜日はなんだかんだ買い物とかやること多いし」

「まあ……それはそうか。うん、じゃあやってみるよ」


ソフィアの言う通り今日は運送の仕事が少なく、午前中だけで全て終わってしまったので午後が空きになったのだ。

というわけでソフィアが市場へ行って食料の買い出しを済ませ、こうして珍しく自炊を試みている。


「で、今日は何を作るの?」

「オムライス。初心者でも簡単に作れるから、ミリナでも大丈夫だと思うよ」

「う、うん。それじゃあソフィア先生、お願いします」

「別に先生ではないけど……」


早速ソフィアの指示に従って調理器具の準備を始める。

子供の頃から一切自炊に関わってこなかったミリナにはそれだけでも大分手間取ってしまう内容だったが、ソフィアの指示が的確なので迷わずに済んだ。


早速市場で買ってきた玉ねぎと鶏肉を包丁で切っていく。

包丁の使い方からまず指導する必要があったものの、それなりに器用なミリナはあっという間に覚えていった。

勿論初心者ながらに手付きの怪しい部分はあるけど、怪我をしそうなほどではなかったのでソフィアも安心して見守る。


「うっ……涙出てきた」

「ソフィア、どうしたの?」

「いや、その、玉ねぎで涙が出てきて……ミリナは大丈夫そうだね」

「ん? ああ、今は全身に防御魔法を掛けてるからかな」

「えっ、全然発動してるように見えなかったんだけど……」

「これでも一応この国のトップクラスの魔法使いだよ? それくらい出来るって。ソフィアも目の辺りだけでも魔法展開するといいよ。薄く膜を張って目元を覆うような感じで」

「えっと……あっ、できた。これなら大丈夫かも」

「……ソフィアの魔法制御も十分凄いよ、今私に言われたとおりにパッと出来る人なんてそうそういないからね」


一般層には使えない魔法で作業効率を上げていく二人。

自炊はできなくていいと言いつつ、結局のところ真剣に取り組んでいるのは真面目なミリナならではだった。


「これが出来たなら次はケチャップライスだね。ご飯はわたしが炊いておいたからもう出来てるよ」

「えっと、これ? この鍋の中でできてるやつ?」

「そうそう。薄い魔法の層を展開して水分とか温度とかを調節しながら炊くとこういう風になるよ。また今度ミリナもやってみよう」

「うん。……へえ、魔法を料理に使うとこうなるんだ」


先に炒めておいたたまねぎと鶏肉にご飯を加えて更に炒める。火加減の調節はソフィアの指示さえあれば問題なかった。

炎魔法の制御など天才魔法使いには寝ぼけながらでも余裕だ。


程良く焦げ色が付いてきたらケチャップを加えて混ぜながら炒める。

炒め終わったら一度ボウルに移して置いておく。

それが出来たら次は卵だ。冷蔵庫に入れておいた卵を取り出しながら、不意に一瞬ソフィアの動きが止まる。


「……ミリナ、まさか卵も割れないなんて言わないよね」

「まさか。流石にそれくらいは大丈夫だよ、ほら」


ソフィアから受け取った卵を自然な流れで割れば、卵液をボウルの中へ流し込む。


「ああ、よかった……これもできないって言われたらどうしようかと思った」

「ソフィアの中で私の評価はどうなってるのかな」

「魔法と勉強にしか興味がない一点集中型天才魔法使い」

「あながち間違ってもないのが困るね……」


軽口を叩きながら調理を進める。

初心者には中々緊張を強いてくる卵の加熱はミリナには少し難しかったらしく、卵が思うようには固まってくれない。

出来上がった1個目の卵は卵焼きに近い固めの塊に仕上がってしまった。


「うーん、これだとオムライスと言うには厳しいものがあるなあ」

「だよね……卵、思ったよりずっと難しかった」

「そうだ、じゃあ次はわたしが手伝うよ。ミリナはわたしに任せて」

「うん、お願い。今のうちに卵液は用意しておく」


ミリナが手早く卵液の準備を済ませて指示を待っていると、不意にソフィアがミリナの両手を握ってきた。

ソフィアが身体を寄せてきているので肩が触れ合うし、顔がすぐ近くまで来ている。


「っ!? ソフィアっ……!?」

「わたしがミリナの手を動かすから、それで覚えて。火加減は口で指示する」

「……う、うん」


顔が熱くなるのが自分でもわかったが、ソフィアは調理に集中してこちらまでは見ていないようだった。

手を動かされるままにフライパンへ卵液を流し込み、ヘラで上手く調節しながら卵全体を加熱していく。


「まだ中火をキープして。中心が膨らんでるから、そっちに火が通るようにヘラで潰すように動かす」

「う、うん……」

「こんな感じでかき混ぜないように半熟状を目指すよ。もうちょっとかな、少しだけ火を弱めて」

「あっ、うん、今弱くした」


そういえばソフィアと手を触れ合わせるのはいつぶりだろうか。

一緒にフォルテノンを見に行った時に手を繋いだのが最後かもしれない。

あの時は初めてだったから緊張してあまり覚えてないけど、今日は二人きりだし、ソフィアの手の柔らかさや暖かさがよく感じられる気がして―


「はい、火を止めて」

「……あっ、はい、火を止めてっ……」

「大丈夫ミリナ? なんかぼーっとしてたけど」

「いや、うん、ちょっと緊張してた」


まさかソフィアと手を繋ぐのが嬉しくてドキドキしていた、とは言えなかった。

フライパンを見てみると上手く半熟になった卵が出来上がっていた。


ソフィアの手が離れることに名残惜しさを覚えつつ、お皿にケチャップライスを盛って、そこに今できた卵を流し込むように乗せる。

オムライスの完成だ。


「で、できた……」

「ミリナ、お疲れさま。初めての自炊だね」

「うん、思ったより楽しかったかも……」

「それはよかった。あっ、失敗した方の卵はわたしがもらうね」


てきぱきと食卓へ料理を運んでいくソフィアの背中を見送る。

どうしてこんなに楽しいと思ったんだろうと考えて、すぐに結論が出た。


(ソフィアが一緒だったから、かな)


そう思いながらミリナも配膳を手伝う。

ソフィアが来てくれたからミリナの生活は大きく変わった。毎日が今までとは違う充実感に満たされている。

この子を助けて本当に良かったな、と思う。


「あっ、そうだ。オムライスだけだと野菜が足りないから、今日はプリドールでサラダを買ってきたよ。それも一緒に並べるね」

「ありがとう、そうしてもらえると嬉しい」

「そういえばルミアさんは嘆いてたよ。今日はミリナさん来ないの……?って」

「あはは……ルミアは相変わらずだなあ」


そんなふうに会話しながら過ごすのも楽しい。

魔法とは違うベクトルで心が満たされていく感じがする。


そうして配膳を終えればいよいよ夕飯だ。初めて自分で作った料理を口に運ぶ。

不思議と外食する時とは違う高揚感があって、美味しいと思った。


「ミリナ、味はどうだった?」

「うん……美味しい」

「よかった。自分で作るとご飯って美味しいんだよね、これからも時々は練習しよっか」

「そうする。……あと、ソフィアが一緒に作ってくれたから、普段よりもっと美味しい気がする」

「そ、そっか。そう言ってもらえると、わたしも嬉しい」


そう言ってほんのりと頬を染めながら微笑んだソフィアが可愛くて、ミリナは目が離せなくなる。

こんな時間を過ごせるのなら仕事を少し減らしてもいいかもしれないと思った。


(私、変わってきたな)


これまで魔法と勉強にひたすら打ち込んできて、それを楽しいと思う気持ちがあった。

でも今はそれとは違う楽しさを知ってしまった。もちろん良い意味で。


どっちも大事にしていけたらいいなと思う。

そしてそう思わせてくれたのはソフィアのおかげだ。


それからオムライスの皿が空になるまで、ずっと自分が笑顔だったことにミリナは気付いていなかった。

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