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「というわけでソフィアから今日の報告をしてもらうね、よろしく」
「ソフィアさん、お願いします!」
「はい、簡単ですがまとめますね」
プリドールのいつもの席で、夕飯のオムライスを食べ終えた二人とそこに加わったルミアが向かい合っていた。
早速今日の調査報告である。
「プリンの売れ行きは順調で、先日納入した分は1週間を待たずに完売しそうです。次回の納品は初回より少し多めになると先方から連絡がありました」
「うんうん、それはいいですね。わたしも提案した甲斐があります!」
「今日は販売初週ということもあって大半が初見での購入でした。リピーターはいるにはいましたがごく少数ですね。ここはしばらく様子見かと思います」
「そこは私も同意かな。ただ店側の販促プランがしっかり準備されてて、ルミアが言ってたついで買いの流れも確かに作れてる」
「はい」
ソフィアが主に報告を進め、そこにミリナが補足を加えていく。
その情報を見極めるのは次期オーナーにして経済科専攻たるルミアの役目だ。
「それで肝心の購入者層ですね。大半が20代から40代の女性客で、カップルや家族連れも一定数いました。やはりケーキ店という特性上女性客が多くなるのは妥当と思われます」
「ステラガーデンは結構ファンシーな見た目をしてるから入りづらいっていう男性客もいるだろうね、そこはリーリアさんの方針次第だから私たちが口を出すところではないかな」
「購入者は大体がフィリス港一帯の地域に住んでいる地元客のようでした。普段からステラガーデンを利用している層に受けたみたいですね」
「なるほど、お二人のレポートが的確なので対策も立てやすくて助かります。となると次に打つ手は2つです」
ルミアがすらすらと言葉を続けていく。流石プリドールの有望な跡取りである。自称ではなく他称でもいいだろう。
「まず1点目は今受けている常連客へのリピート狙いです。そのためにはこのプリンを看板商品にまで育てる必要がありますね。ミリナさん、ステラガーデンの評判のいい商品はなにかありますか?」
「ん、そうだね。ケーキ全般の扱いだけど実は一番人気は季節のフルーツタルトだと思う。シーズンごとに使う果物が変わってくるから色々な味が楽しめて評判がいいんだよね」
「それです。そのタルトと並んで人気商品と言える立ち位置を目指しましょう。まずは確実に在庫を確保して毎週定期供給すること、そしてリピーターを飽きさせないための施策を練ることですね。ここは少しわたしに考えさせてください。どこかでステラガーデンにも行って挨拶しつつ打ち合わせもしたいところです」
「リーリアさんなら歓迎してくれると思うよ。あの人可愛い女の子には優しいから」
「へっ……か、かわいい?」
「ん? ルミアは可愛いでしょ。あっ、可愛いというよりは元気か」
「ふぇっ……ミリナさん、急にどうしてそんなことっ……」
「えっ、なんか私間違ったこと言った? なんでソフィアはそんな目で見てくるの?」
「ミリナ、そういうのを女たらしって言うんだよ」
「ええ……そんなつもりはないよ、事実じゃん」
こういうことを言ったらたらし扱いされるのかと勉強したミリナだった。
人間関係への疎さはこういった部分でも出てきていた。
話が逸れたので軌道修正せねばと話を振り直す。ルミアはまだ照れている。
「じゃあリピーターへの策はルミアに任せるよ。それで2点目ね」
「あっ……はい、2点目ですね。こほんっ……わたしたちがフィリス港近辺への委託を狙った理由は交易客の潜在需要があるからです。ただ、今の状態だと地元客しか来てないみたいなので、そこを広げていく施策を考えましょう」
「そうですね。ルミアさんの言う通り外部客へのアプローチは全く出来ていないように思えます。口コミの狙い目はまさにその層なので」
「うんうん。その辺は私も考えてみるよ。仕事してると交易従事者の人と話す機会もあるからね」
「なんにせよ今は王都内での販売拡大もありますしね。一旦作戦を練るに留めて、ある程度地盤が固まってきたところでステラガーデンでの販売拡大も狙っていきましょう」
打てば響く。ルミアとの話し合いはこういうところがあるから建設的だし、ミリナも自然とやる気が出てくるというものだ。
そんなわけで調査報告会はあっさりとお開きを迎えた。
「んー、今日も疲れました。でもミリナさん成分を補給できたのでちょっと元気出たかも」
「何その成分。違法じゃない?」
「合法ですー、ミリナさんと話をするだけで摂取できる魔法の栄養成分ですー」
「ルミアさん、やっぱりミリナのこと好きなんですね」
「ミリナさんは女神ですからね、おかげさまでプリドールは今日も元気に商売繁盛……ああ、今日も拝んでおかなきゃ」
「ちょっと待ってなんで私の方を向いて手合わせてるの。私別にそういう存在じゃないんだけど」
「へー、ミリナは女神なんですか……」
そこで何かを思い付いたかのように口元を綻ばせるソフィア。
いや、ニヤついたと言った方が正しいか。何かを企んでいる、そんな様子だ。
「ルミアさん、いいことを教えてあげます」
「んー、なんですか? ミリナさんの女神情報ですか?」
「その通りです。なんと今日わたしはミリナのメイド服姿を見てきました」
「へえー、メイド服…………って、え!? メイド服姿ぁっ!? それは一体どういうことですかソフィアさん!!!」
「ステラガーデンで調査のついでに接客のアルバイトをしたんですよ。そこで用意されてたのがメイド服で」
「ミっ、ミリナさんがメイド服を着て給仕ぃっ!!??」
「はい。わたしはそんなミリナを至近距離で見てきました。ケーキの入った箱を手渡してくれる時のミリナは女神さながらでしたよ」
「なっ…………なあああぁぁぁぁっっっ!!!???」
ルミアが絶叫した。プリドールの店内一帯に響き渡る強烈なハイトーンにミリナは思わず耳を塞ぐ。
ソフィアは平然としていた。
「ご両親に怒られますよ、ルミアさん」
「そんなこと構ってられるかってんです!! ミリナさんのっ、メイド服っ!!! 写真はっ!? 写真は撮ってないんですか!!??」
「撮ってませんよ。あれはわたしだけの特権です」
「くそぉぉぉっっ…………またソフィアさんはわたしを差し置いてミリナさんの知らない姿を……!!」
「ルミアは落ち着いたらどうかな。そもそも私たち同居してるから一緒に過ごしてる時間はルミアより圧倒的に長いんだけど」
「はっ、そうでした……そもそも前提からわたしは負けていました……」
「まだわたしと勝負しようとしているのなら諦めた方がいいですよ、ルミアさんに勝ち目はありません」
「ううっ……隣人ごときでは同棲カップルには敵わなかったぁ……」
「別にカップルではないけど」
ルミアがテーブルに突っ伏す。見事なまでの敗北宣言だった。
なお、しばらくすれば元に戻るだろうと思ったのでミリナもソフィアも放っておくことにした。いつもの流れだ。
「それはそうと、ルミアさんも一緒にステラガーデンに行く話は実現したいね」
「うん。まだしばらく先で良いとは思うけど、リーリアさんにも顔合わせはしておいてほしいし」
「じゃあ一旦王都内の販売に力を入れるとして、大体1か月後くらいに場をセットしておいて……」
「ルミアには日曜の午前だけ予定を空けてもらって、その間はロールドさんとフィリアさんに店はお願いしておく感じで」
「了解。あっ、そうだ。来週の屋台販売は準備できてる?」
「そこは大丈夫。一昨日役所に申請してきてその場で認可をもらったから後は屋台と商品の準備だけ」
ルミアを差し置いて話を進める。
一応落ち込んではいても話は聞いているらしく、絶妙に力の抜けた悲嘆溢れる声色で補足を加えてくる。
「あっ、そうです……屋台販売用にプリドールのチラシを作っておいたので、後で見てください……」
「ルミア、まだ脱力してる」
「あんなに元気なルミアさんが1分経っても回復しないなんて、珍しいですね」
「お二人はわたしをなんだと思ってるんですか……1分で立ち直れたら人生苦労しませんよ……」
「適応の天才だと思ってたけど、そんなもんなんだ」
「ルミアさんの長所だと思ってたのに案外すぐに効かなくなるんですね」
「し、辛辣……最近お二人とも辛辣すぎますよぉ……あうぅ……」
冷静に考えれば平日は学校に通いながら優秀な成績を維持しつつ、夜や休日は忙しくプリドールの厨房で働いているのだ。
この年齢にしては十分な努力と労働である。ミリナもソフィアもそれはわかっているので、こうやって労いの品を買っておいたわけだ。
「あー、ごめんってルミア。揶揄いすぎたよ」
「ルミアさん、ステラガーデンでタルト買ってきたので食べてください、ほら」
「あぅぅっ……ミリナさん、ソフィアさん、やっぱり好きですぅ……」
「ちょろいよ、ルミア」
目の前に差し出された件のフルーツタルトに涙を浮かべそうなほど瞳を潤ませたルミアがかぶりつく。
ミリナもソフィアもそんな様子をしばらく見守ることにした。




