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2-6

「おっ、二人とも来たな」

「……リーリアさんにロリコン疑惑が浮上してますよ」

「違うからな? ファンタジーな世界観の店だからそれに合わせただけだぞ?」

「そういうことにしておいてあげます」


ミリナは流石に肝が据わっているのかリーリア相手に軽口を叩ける程度の余裕はあったが、

ソフィアに関しては完全にミリナの後ろに隠れてしまっている。

後ろから両肩に置かれた手になんだか嬉しさを覚えてしまうのはソフィアに頼られているからだろうか。


「ほら、ソフィア。準備始めるからそろそろ出てきて」

「うぅ……恥ずかしい……」

「あー、すまん……そこまで苦手だとは思ってなかったわ」


背後を振り返ってみるとまだ顔を赤らめて俯いたままのソフィアがいて、

その姿がミリナの中で沸々と再燃していた庇護欲を更に加速させる結果になる。


「あーもうソフィア、私がいるからそんなに怯えないで大丈夫だって」

「うん……そ、そうだよね……」

「あっ、そうだ。ルミアが言ってたこと思い出してほしいんだけど」

「ルミアさん……?」


この状況を打破する方法を思い付いたミリナ。

それを早速ソフィアに試してみることにする。


今のままだと仕事にならないという理由もあるが、それ以上に恥じらっているソフィアの姿をあまり他人に見せたくないという気持ちもあった。

この気持ちがなんなのかはよくわからないが、多分保護者としての感情なんだろうと思うことにした。


「プリンを買ってくれたお客さんの調査、頼まれてたでしょ。

 私が居住地とか購入理由とか聞き出すから、ソフィアは年齢層や性別の分布をまとめてほしいの。レジ打ちの合間にメモとか取ってもらっていいから」

「……そ、そうだね。ちなみに聞き出した内容と年齢性別はセットにして記録した方がいいかな」

「うん、そうしてもらえると助かる。具体的な購入者像を描けた方がルミアも戦略を練りやすいと思うし、私たちの来週の屋台販売の参考にもなるでしょ」

「わかった。じゃあ後から二人が見やすいようにまとめる作業までやっておく」


ソフィアは一旦仕事モードに入ると急に冷静さを取り戻す(取り戻すというか冷静になる)ので、一度事務的な話を振ってやればこの通り通常営業だ。

話を終えた途端レジ台に陣取ってメモを取る準備を始めたので成果は上々である。


「うむ、彼女は適応が早いんだな」

「仕事になると急に冷静になるんですよ、彼女は」


遠目に見守っていたリーリアがミリナに耳打ちしてくる。

少し驚いている彼女の様子にミリナはなんだか誇らしい気持ちになった。


そういうわけで首尾上々にソフィアのメンタルコントロールを成功させたミリナは開店準備を始める。

今日店頭に並んでいるケーキの説明を受けて概要を覚え、次に注文されたケーキの箱詰めを練習、最低限ここまで出来ればOKだ。

箱詰めしたケーキはソフィアに手渡し、後はそちら側で会計を済ませてもらえれば一連の流れは終了。


そうこうしているうちに開店時間を迎えると、ミリナが入口のドアを開け放って朝から訪れていた一番乗りの客を迎え入れる。

先頭に並んでいたのは30代に見える女性だった。服装を見るに遠出してきている様子ではないので、フィリス港一帯の地域に住んでいる地元の客だろうか。


「今日は可愛い給仕さんがいらっしゃるのね。……あら、こっちのプリンは」

「新商品です! 懇意にしている王都のレストランから特別に仕入れた生クリーム入りの珍しい商品なんですよ。もしよろしければいかがですか?」

「それなら頂こうかしら。じゃあ夫と娘の分も合わせて3つで……あとメロンのショートケーキと季節のフルーツタルトを1つずつ」

「はい、ありがとうございます!それではご準備しますね」


最初のお客さんから買ってくれた。これは良い滑り出しだな。

そう思いつつケーキを詰めながら横目でソフィアの方を窺うと、手元のメモに今の客の情報をしっかり記録しているようだった。

すっかり通常営業に入ったソフィアに頼もしさを覚えつつ、次々と注文を捌いていく。


休日ということで普段よりは人が多いようで、たくさん並べておいたプリンも順調に数が減っていく。

開店から2時間経った辺りで、もう少し減ったら冷蔵庫から在庫を出してくるべきかと思うほどだ。


とはいえ二人が目指しているのはこのプリン目当てのリピーターが付くこと。今日は初見の客が多いようで2回目の客というのは中々遭遇できずにいた。

ケーキといえば嗜好品に属する食品なので高頻度で買いに来る客などそうそういない。ましてやこのプリンは今週販売を始めたばかりなのでリピーターに期待するのは流石に早かったか。

わくわくすることに意識を持っていかれ過ぎたのかな、と少し反省するミリナ。


開店から3時間経ち、そろそろ一度休憩を取ろうかと思い始めたお昼時。

意外なところから待ち望んでいたリピーターがやって来た。


「はい、いらっしゃいませ!」

「あ、あの……おねーさん、このプリン、くださいっ!」


注文の主はショーケースよりも背の低い女の子だった。母親に付き添われている彼女は6歳くらいだろうか。

開店一番乗りの客と同じ、この地域に住んでいる家族連れの母と娘といったところだろう。


「はい、いくつになさいますか?」

「え、えっと……みっつ! みっつおねがいします!」

「わかりました。他のご注文はよろしいですか?」

「ええ、これだけで大丈夫です」


最後の言葉の主は女の子の後ろで見守っていた母親だった。

柔和そうな笑みを浮かべた婦人ははにかみながらそう付け加えてきた。


「先日こちらの商品を買ったんですけど、娘がいたく気に入りまして……また買いに来たんです」

「本当ですか、とても嬉しいです! パティシエにも伝えておきますね」

「ええ、これからも楽しみにしています」


期待してはいたけれど、本当にこうしてリピートしてくれる人がいると思うと嬉しい。

ソフィアの方をチラッと見てみれば口元に笑みを浮かべているのを隠し切れていなかった。


その後も数人ではあったが確実にリピーターはいて、この短い期間でも買いに来てくれる人がいることがわかって安心すると同時に、この先への期待も膨らんでいくミリナだった。


それからお昼の休憩を挟んで働くこと8時間、すっかり日が傾いて夜を迎えようとする空の下でステラガーデンはCLOSEの看板を掲げ、今日の営業を無事に終えた。

開店から閉店まで二人が捌いた客の数は優に200人を超え、その中でプリンを買っていく客も半数ほどいたのでデータは十分に集まった。ソフィアの手元のメモを見ると小さめの用紙にぎっしりと文字が敷き詰められている。


「お疲れミリナ、日曜は混むから助かったよ」

「いえいえ、こちらとしても貴重な経験をさせてもらってありがとうございました。やっぱり直接お客さんの声を聞くとわかることもありますね」

「だろ? ショーケースの前ってのは客の思考が一番ブレて、一番わかりやすい所だからな。……それにしても今日はよく売れたな。次の水曜まで在庫持たないぞこれ」

「売れ残るよりは良いんじゃないですか? 次回多めに発注もらえたら対応しますよ」

「そうしてもらえるとありがたいな。あと、ソフィア君は大丈夫なのか?」


流石に一日中スカイレイクで国中を飛び回っているだけあってミリナの体力はまだまだ余裕だったが―


「あっ、ソフィアが力尽きてる……! 大丈夫? ちょっと控え室行こうか」

「うん……疲れた……」


ソフィアの方は慣れない長時間の接客で疲労していたのだろう。ぐったりと椅子に座り込んでいる。

とりあえず休ませた方がよさそうなのでミリナが肩を貸して店舗奥の控え室へ戻る。


「リーリアさん、控え室ちょっとお借りしますね。給料はその後で―」

「おうよ。どうせ明日の仕込みでしばらく店にいるから好きに使ってくれ」


まだまだ働いているサポートのスタッフさんの横を申し訳ないと思いつつ通り抜けてその奥へ。

控室に置いてあるベンチにソフィアを座らせると、ミリナもその横に腰掛けて支えてやる。


「ソフィア、結構疲れてるよね。気付けなくてごめん」

「ううん。ミリナも大変そうだったから……あっ、でもちょっと肩貸して……」

「えっ、肩って…………っ!」


ソフィアがこちらに身体を預けてきた。

ミリナより少し背の低いソフィアの頭が肩にもたれてきて、綺麗な横顔がすぐ隣にやって来る。


「ソ、ソフィア……?」

「ちょっと休ませて…………すぅ……」

「あっ……ソフィア、寝ちゃったの……?」


目を閉じてすぅすぅと寝息を立てるソフィア。それを目の前から覗き込むような体勢のミリナ。

普段はしっかりしているけど、まだあどけなさの残る年相応の寝顔を見せるソフィアに、不意に胸の鼓動が高鳴っていくのを感じる。


自分が初めて心を許した相手、いつでも真面目で頼りになるパートナー、そして自分とは違う小さくて可愛らしい女の子。

そんなことが頭の中を駆け巡ってミリナの思考が止まる。ソフィアの寝顔をただただ見つめることしかできない。


(なっ、なんで……私、こんなにドキドキして……)


自分の心臓の脈打つ音が頭の中に響いて、でもそれもわからなくなるくらいソフィアの寝顔に見惚れて、気付けば何十分も過ぎていて。

ソフィアが目を覚ましてもなお、ミリナの思考はしばらく止まったままだった。


それから着替え終わった二人はリーリアから給料を受け取り、店を後にしてスカイレイクへと戻る。

ちなみに今日のメイド服は何故かプレゼントとしてもらった。またアルバイトする気になったら一緒に持ってきてくれとのこと。

ミリナの次元魔法で実質容量無限になっているショルダーバックに仕舞ってから帰路に就く。


「ソフィア、今日はどうだった?」

「疲れたけど楽しかったよ。自分が作った商品を買ってくれるお客さんがいるっていうのを実際に見ると、なんだかこう、嬉しいね」

「それは私も思った。自分で運んだ商品がちゃんと売れてるんだなって思うとやる気が出るよね。来週も頑張ろうかなって」


仮眠を取って落ち着いたのかソフィアの表情は溌溂としていて、今日一日の充実感を物語っているようだった。

かくいうミリナも普段と違う経験ができて楽しかったし、学ぶことも色々とあった。


「あと、ソフィアが言ってたわくわくすることって大事だなって凄く思った。今日一日だけで日頃のモチベーションも増したし」

「それならよかった。わたしも今日のミリナ、普段より楽しそうに見えたよ」


二人で微笑み合って、他愛もないことを喋りながらスカイレイクへ戻る。

今日の夕飯は普段よりも美味しくなりそうな気がした。

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