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すっきり晴れ渡った日曜日の朝、ミリナとソフィアは珍しく二人揃って自宅屋上の発着場に来ていた。
さんさんと差す暖かな日差しが街を明るく照らし、スカイレイクの銀色の機体も光反射してきらめいている。
今日は二人でステラガーデンに視察に行く日だ。
ミリナはいつも通りの服装で、ソフィアは少しだけおめかしをしてスカイレイクに乗り込もうとしていた。
「そういえば……ソフィア、自分で乗れるよね。私が抱きかかえていかなくてもいいんだ」
「うん。まあここなら人目には付かないし、ちょっと飛行魔法を使うくらいなら大丈夫だよね」
「そうだね。じゃあ……はい、ドア開けたよ」
「ありがとう」
そう言うとソフィアは慣れた動作でスムーズに飛行魔法を発動し、スカイレイクのコックピットへと飛び乗った。
ふわりとした挙動で体勢を崩すことは一切なく、コックピットへの最短距離をしっかりなぞっている辺り、ソフィアの魔法制御はやはり目を見張るものがある。
ミリナもそれに続いて乗り込むと手早く操縦席に着いて後ろを振り返る。
普段一人で乗っているこの機体だが、今日はソフィアも乗るということで少しだけ付属物が増えていた。
「床に座らせちゃってごめん。片道30分だから我慢してもらえると助かる」
「いいよ、気にしないで。そのために毛布とクッション持ってきたんだし」
硬い床に座るのはあまり好まないというわけで自宅から持参した毛布を敷き、背中の壁側にはクッションを置いて腰も労わる形だ。
乗るのは2回目だというのにすっかり慣れ親しんだような素振りを見せているソフィアのことだから、30分の移動くらいなんともないだろうとミリナは思う。
「それじゃあ早速出発するね」
「はーい」
そこからフィリス港近くの発着場に着くまではあっという間だった。
ソフィアからスカイレイクの仕組みや操作原理に至るまで根掘り葉掘り聞かれ、操縦しながら都度答えていく。
どんな種類の魔法が必要なのか、どのような制御技術がいるのか、必要な魔力量は、などなど。
魔法は一見華やかな存在のように思えて、細かい基礎がしっかりと身についていないと応用は利かない。
そして一般的に人々が憧れるような綺麗な魔法とか派手な魔法なんかはほとんどが応用分野に属する。
応用の極致たるスカイレイクの操縦もまた固い基礎と高度な技術の両方を要するものだった。
それにもかかわらずソフィアはしっかりと話に付いてくるし、ミリナが当初疑問に思ってたような細かい技術の必要性なんかも的確に突いてくる。これなら正直ソフィアも操縦できるだろう、というのがミリナの見解だった。
ソフィアの持つ魔法技術をどうやって活かそうか、これもまた新しいわくわくの予感がするので胸にしまっておく。
そうこうしているうちに目的地へ着いた二人は、颯爽とスカイレイクから飛び降りてふわりと着地。
そこからは歩いてステラガーデンまで移動だ。
所要時間は約10分。その間にも初めて訪れる土地に興味津々のソフィアはきょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていた。
ミリナも改めてこの土地について思いを馳せると、海辺で風が気持ち良いし、建物が密集した王都と違って自然も多いし、なんだかんだ週1回この港を訪れていることが気分転換になっていることを感じた。
そして今日は一人ではなく一緒に歩くソフィアがいることもあって楽しい。
やがて視界に入ってきたステラガーデンを捉えると、ソフィアはわっと声を上げた。
「綺麗なお店……! 写真を見た時もそう思ったけど、実際に見ると本当にファンタジーの世界みたい」
「そうでしょ。リーリアさんがわざわざ園芸師を毎週呼んで整備してもらってるんだって」
色とりどりの花々で彩られたエントランスを抜けて店内へ。
今日は開店前にアポイントを取って来たためかお客さんはまだいなかった。
「こんにちはー、リーリアさーん!」
「おっ、ミリナよく来たな」
「こっ、こんにちは……」
それに反応したリーリアが顔を出すとソフィアが一瞬にして人見知りモードに入る。
その様子も微笑ましく思ってしまうミリナだった。
「4日振りですね、プリンの売れ行きはどうですか?」
「上々の滑り出しだぞ。ほれ、この通り」
リーリアが指差した先にはショーケースの一角を占拠するプリンの陳列と華やかな商品紹介のポップがあった。
プリンの断面図が描かれ、クリームが注入されていることをプッシュした内容は初めて見るものだった。
「うわ、これすごい。リーリアさんが作ったんですか?」
「おうよ。絵を描くのも得意なもんでね。昼休み中にちゃちゃっと仕上げてみた」
「ほんとリーリアさんは手先が器用ですよね……確かにここまで目立つと買いたくなります」
「だろ? そんなわけで新売り出し商品にしては良いペースだよ。多めに仕入れといて良かった。
……ところでそちらのお連れさんはミリナの手伝いをしてるっていう子かい?」
「そうでした、まだ紹介してませんでしたね」
「あっ、えっと、はじめまして。ソフィアといいます。普段は、ミリナさんの事務作業をお手伝いしてますっ……!」
リーリアを前にしたせいなのかミリナを呼び捨てではなく敬称付きにしている。
やっぱり緊張しているのだろう。
「こちらこそ初めまして。アタシはここのオーナー兼パティシエをやってるリーリアだ。よろしく」
「はいっ、よろしくお願いしましゅ……しますっ……!」
「ソフィア、噛んだね」
「ああ、噛んだな」
「ううっ……」
見事なまでに顔を赤くして恥ずかしがるソフィア。
とりあえず少し経てば元に戻ると思うので一旦放っておくことにする。
「ところで今日は朝からありがとうございます、リーリアさん。お客さんの様子を見せてもらえるということで」
「ああ、二人には特等席から客の反応を楽しんでもらおうと思ってな」
「特等席? そんな良いポジションこの店にありましたっけ。私は買った後のお客さんにインタビューするくらいのつもりで来たんですけど」
「インタビュー? それじゃ甘いなミリナ。客の反応が一番わかりやすいのは何と言っても売ってるまさにその時だ。後から聞いたって遅い」
「えっ、じゃあどうするんですか……?」
「そんなの決まってるだろ。二人にもレジに立ってもらうんだよ」
「「えっ?」」
後ろで俯いてうじうじとしたまま隠れていたソフィアと声が重なる。
「いや、それは聞いてないんですけど」
「給料も出すからいいだろ? ほれ雇用契約書」
「いつの間にこんなの作ったんですか!? っていうか時給良いですね」
「だろ? 昼休み中にちゃちゃっと仕上げてみた」
「リーリアさんの昼休みは多芸すぎるんですよ……」
相変わらずハイスペックだ。
ルミアといい優秀な料理人はやはりこういうものなのかと恐れるミリナだった。そういえば前もこんな風に慄いた気がする。
「はあ……まあお客さんの反応を見るには最適と言えばその通りなんですよね」
「そういうわけでソフィア君もいいかな?」
「えっ、あっ、は、はいっ……ミリナが一緒なら、やりますっ……」
「だとよ、ミリナ」
「……はい、やりますよやればいいんでしょ」
「よし、そうと決まれば準備だ。奥のスタッフ用控室に行ってくれ、続きはもう一人のスタッフから聞いてな」
「了解でーす」
そういうわけで成り行きに任せてアルバイトすることになった二人。
まだ緊張が収まりそうにないソフィアを連れて店の奥へと向かうミリナだったが、「おっ、そうだ」とリーリアに声を掛けられて一瞬振り返る。
「可愛い女の子には優しいリーリアお姉さんからのプレゼントを受け取ってくれよな」
「なんか嫌な予感がするんですけど……」
リーリアの口元が微妙にニヤついているのが危ない気がする。
そしてその予感は、もう一人来ていた厨房サポート担当の女の子に案内された控室で見事に的中した。
レジに立つ二人の仕事着として用意されていたのは― メイド服だった。
「嘘でしょ……あの人、こんなのも準備してたの……」
「えっと、ミリナ……わたし、こういうの初めてだから、どうすればいいかわからない」
「私も初めてだよ。というか着方すらわからない……」
水色を基調にしたメイド服は白のエプロンとフリルがあしらわれていて、二人の年齢よりは少し下を対象にしたようなデザインだった。
スカートも短いというわけではないが、なんとか構造を探って着てみれば膝上までしか丈がなく、普段こういった服を着ない二人には慣れないものだった。
それでもなんとか外に出ても恥ずかしくない程度まで着こなして、ご丁寧に添えられていたカチューシャまで頭に付けてみる。
脚の露出が多くて心許ないと思う所を見計らうかのように置かれていたニーソックスまで穿けば、いよいよ後戻りできないところまで来てしまった。
「えっと……ソフィア……」
「こ、これで大丈夫かな……?」
着替え終わったお互いの姿を視界に入れる。
ソフィアの頬が仄かに赤く色付いていることにミリナは気付いていたが、自分も同じように顔を赤くしている事には気付けなかったらしい。そしてそれはソフィアもまた同じようで。
初めて目にするソフィアの姿はミリナの心臓を跳ねさせるくらいには可愛らしかった。
出会った頃に思っていたソフィアの小動物のような愛らしさがメイド服によく似合っていて、白のニーソックスに包まれた細い脚も庇護欲を掻き立てられるようだった。
そしてソフィアも初めて目にする普段着以外の姿をしたミリナに胸を高鳴らせていた。
可愛い衣装と凛々しい容姿が調和していて、それを着こなしたミリナが一層きらきらして見え、自分と色違いの黒のニーソックスが引き締まった印象を与えていた。
「ソ、ソフィア……その、似合ってるよ。可愛い」
「ミリナも似合ってるっ……可愛いしかっこいい、かも……」
二人でじっと見つめ合って時が過ぎていく。
こんなに可愛いソフィアを私が独り占めできたらいいのに。こんなにきらきらしたミリナはわたしだけが知っていたいのに。
相手には言わないけれど、二人とも頭の中でそんなことを考えていた。
結局、案内してくれたスタッフに声を掛けられるまで、二人は控室でお互いに見つめ合ったままだった。




