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「ソフィア、早速だけど相談いいかな」
「うん。なに?」
ステラガーデンでのプリン販売計画が動き出してから1週間半。経過は上々だ。
ミリナは早速初回納品を終えており、リーリアからの反応待ち。
ソフィアとルミアは既にプリドールでの販売を始めており、まだまだ売れ行きは芳しくないが少しずつ確実に売れ始めてはいる。
「今度の日曜日、一緒にステラガーデンに行かない?」
「へっ、わたしと?」
「うん。昨日最初の納品をしてきたから、売れ行きのチェックをしに行きたいと思ってて。それでソフィアも一緒にどうかなって」
プリドールで夕飯を食べ終えて、そのままテーブルで空になった皿を目の前にしたまま会話を続ける。
ルミアは忙しいらしく厨房から出てこない。
「それならうん、行ってみたい。でもわたしが付いていって大丈夫かな……向こうはわたしのこと知らないんだよね」
「リーリアさんなら心配ないと思うよ? あの人可愛い女の子には優しいから」
「それは全然大丈夫じゃない気がする……っていうか、えっ、可愛い……?」
「うん、ソフィアは可愛いでしょ」
さも当たり前のことを言う風にミリナが返してくるものだから、ソフィアは咄嗟に反応できなくて、少し間を置いてから顔を赤くした。
「そ、そうかな。でも、ミリナにそう言ってもらえると嬉しい」
「ソフィアは私のこと散々可愛いって連呼してたし、私が同じことしてもいい気がするんだけどな」
「いつ言ったっけ……あっ、ダンデさんのレストランに行った時か」
「あの時はソフィアが余裕綽々で私のこと揶揄ってきたから驚いたなあ、ソフィアは控えめな子だと思ってたんだけどなあ」
むくっと頬を膨らませて反撃してくるミリナにあわあわと慌てるソフィア。
どうやらあの時のことを大分根に持っているらしい。
「あー、ごめんねミリナ。あの時は照れてるのが可愛かったからつい……」
「でも今はソフィアも照れてるからチャラにしてあげる。ソフィアも可愛い」
「う、うん……ありがとう」
ここにルミアがいたらまず間違いなく嫉妬されているであろう甘い会話を繰り広げる。
「って、私たち一体何で争ってるんだろうね。なんだか可笑しくなってきた」
「先に始めたのはミリナでしょ」
「あはは、そういえばそうだった。で、なんでこんな話になったんだっけ……ああ、リーリアさんの件か」
気を取り直して本題に戻る。
二人でステラガーデンに行く話をしていたのだ。
「ソフィア、なんだかんだ仕事で厨房にこもったり、うちの事務所で作業したりで外出が少ないでしょ。
だから気分転換と現場調査を兼ねて一緒に行きたいなって」
「確かに最近ちょっと篭り気味かも」
「そうそう。あとはそうだね、ソフィアが教えてくれたわくわくすることの一環でもあったり」
この前からミリナは色々と考えていた。
自分の暮らしを充実させるためにわくわくできることはないか。それを検討した結果の一つが今回の提案というわけだ。
他にも考えているアイディアはいくつかあるのだけど、それは一旦心の中に留めておく。
そうして二人で予定を詰めて数分過ぎたところで、ようやく作業を終えたであろうルミアが小走りでこちらへやってきた。
「ふー、やっと皿洗いが終わったと思ったらお二人ともまたイチャついてるじゃないですか!わたしも混ぜてください!」
「ルミアさん、割り込み厳禁ですよ」
「そうだよルミア? 私とソフィアの関係に追い付くには100年早いね」
「なっ、なんですかその息の合ったコンビネーション罵倒は! というか100年後にはわたし死んでますから!」
「罵倒はしてないけど。冗談だから怒らないで」
「そうですよ。ミリナは優しいのでルミアさんのことも許してあげてるんです」
「キャー! 上から目線のソフィアさんもカッコ…………よくない! よくないです! お二人とも今日は辛辣です!」
満面の笑みで駆けてきたかと思えば、困惑した表情でツッコミに回り、挙句涙目で訴え始めるルミア。
夜9時を過ぎてもこの元気っぷり、流石だ。
「ミリナさんもソフィアさんもイチャつきすぎですよ……」
「別にイチャついてはいないよ。それよりルミア、連絡しておきたいことがあるんだけど」
「はい! なんでしょう!」
「ルミアさんの立ち直りは早いですね」
話があると言われた途端に前のめりで聞く体勢に入るルミア。
ここまで来ると何かサーカスの曲芸師にでもなれるんじゃないかと思ってしまう。
「3日後の日曜日、私とソフィアでステラガーデンに行ってくるよ。販売状況の聞き取りをしてくるから、戻ってきたら情報共有するね」
「了解です。……ってお二人で一緒に!?それはつまりわたしを差し置いてデートってことですか!? わたしの店どころか外でもイチャつくってことですね!?くそぉっ……!!
あっ、それはさておき販売状況調査の際は年代層と性別の分布、おおよその居住地や口コミの提供元を把握してもらえると参考になります、お願いしますね」
「ルミアさん、感情と理屈がごっちゃになって大混乱してますよ」
「むしろそんなにキレ散らかした後で理性的な話ができるのが凄いと思う……」
「えへへ、ミリナさんに褒められました!」
「「ええ……」」
見事なまでの感情ジェットコースターを乗りこなしたルミアに二人とも多少引いていた。
「わたしの特技は適応の早さですからね。経営者たるもの、あらゆる状況に対応できてこそ一人前です」
「まあルミアは未来のオーナーだもんね。そういうものか」
「……ところでルミアさん、わたしから相談があるんですけど」
「はい。なんでしょう?」
珍しくソフィアからルミアに相談事があるらしい。
すっかり調子を取り戻したルミアが席に着くと、しれっと自分用の飲み物を置いてからソフィアに向き合った。
「王都内での販売の話です。売り始めてから1週間経ったのでそろそろ今の状況を把握しておきたくて……売れ行き、どんな感じですか?」
確かにこれはミリナも聞いておきたい話だった。
なのでちゃんとミリナも同席している場面で話を持ち掛けてくれたのだろう。ソフィアの気遣いが嬉しかった。
「はい。この数日は1日50個くらいですね。主にランチで来店してくれる常連のお客さんが興味を持って注文してくれるという流れです。ディナーでも少しずつ出始めてますよ」
「確かにわたしが作ってる個数もそれくらいですよね。じゃあほぼ在庫なしの状態を継続できてますね」
「ええ。ただ口コミで広げていくにはまだまだ難しいのが現状です。何か次の手を打った方がいいかなと」
隣で相槌を打ちながらミリナも考える。
確かにこのプリンは一度食べてもらえればリピートしたくなる魅力があると思うが、常連の人たちがそう簡単に口コミで広めてくれるわけではない。
それで楽に人気が出るのであれば大儲けしている店は他にいくらでもあるはずだ。
店の名前を覚えてもらおうにも、王都の外周部に位置しているこの店が大きく前に出てアピールするのは容易ではない。
かといって店ごと移転するわけにもいかない。
(店を動かせないなら……いや、むしろ動かせればいけるのか?)
その時、ミリナの脳を新たなアイディアが駆け抜けた。
「ソフィア、ルミア、私に案がある」
「ミリナ?」
「ミリナさんがやる気です! これはステラガーデンを紹介してくれた時と同じ目です!」
ふっと息を吐いてから口にする。
新しいわくわくの気配。
「フォルテノンに屋台を出そう。そこでプリンを売ればいいんだ」
その言葉にソフィアもふと思い出す。
一緒にフォルテノンに行った時、中央広場に踏み入れると円形の土地を取り囲むかのように所狭しと屋台が並んでいた。
そういえばミリナに頼んでそこでおやつも買ってもらったっけ。
「一緒に行った時もたくさん屋台並んでたね」
「わたしも見たことありますよ。でもあれって外部からの交易客が臨時で店を構えるための場所でしたよね」
「大体はそうなんだけど、一部王都内の事業者でも出店できるスペースがあるよ。あんまり知られてない話だけどね」
その言葉にルミアが目を丸くする。初めて知ったであろうその知識に衝撃を受けているらしい。
ミリナはちょっとだけ先輩風を吹かしてドヤ顔になる。
「ミリナさんはやっぱりすごいですね……! どこでそんなこと知ったんですか?」
「スカイレイク関連で役所と雑談してた時だよ。たまたま都市整備関連の担当者と話すことがあってね」
「ミリナさん、ほんとに役人にも顔が利くんですね」
「わたしもびっくりした。そんな人とも話をするんだ」
「スカイレイクは色々と繊細な扱いを受けてるから、話を通さないといけない部署も多くて……まあそれはいいや」
少しげんなりした表情のミリナ。
人付き合いが苦手な彼女にはあまり楽ではない対応なのだろう。
それでも気を取り直すように頭の中でパッと計画を練ってみる。
「例えば再来週の日曜とか? プリンを持って行って、売る時に店のチラシと一緒にすれば知名度が上がるかも」
「いいですね! 役所への申請とかはミリナさんに手伝ってもらっていいですか?」
「もちろん。……ソフィアも手伝ってくれる?」
「うん。お会計とかも多分できるから。保冷はミリナの魔法があれば大丈夫だし」
「やったー! これでまた一歩人気獲得に近付きますよ、ミリナさん、ソフィアさん、ありがとうございます!」
新しいわくわくの気配は現実になりそうだ。
三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったもので、ソフィアやルミアと一緒にいると新しいアイディアがぽんぽんと浮かんでくる。
これなら当分わくわくの供給には苦労し無さそうだなと思うミリナだった。
「じゃあ前日のうちにたくさん製造しておいて。私とソフィアで売ってくるよ」
「はい、お願いします!……って、あれ……? もしかして……お二人で一緒に!?それはつまりわたしを差し置いてデートってことですか!? わたしの店どころか外でもイチャつくってことですね!?」
「ルミアさん、さっきと同じこと言ってますよ」
「ルミア、そんなに私たちのデートが羨ましいの? でも日曜の書き入れ時にシェフが厨房を離れるのはまずいでしょ」
「ううっ……その通りです……わたしが店を離れるわけにはいかないので、お二人に任せることになりますっ……」
その場で泣き真似を始めるルミア。
まだまだ元気は有り余っているようなのでミリナもソフィアも放っておくことにした。




