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2-3

「私、そういう店に心当たりある」というミリナの一言にソフィアとルミアが食いつき、そこからはあっという間に話がまとまった。


ミリナが念写魔法で撮影していたステラガーデンの外観や店舗内、扱っているケーキの写真を眺めるだけでも二人のお眼鏡に適ったようで、

ついでにミリナが店主との付き合いも語り始めたのだから二言なく承諾も出た。


「ミリナさん、よくこんなお店知ってましたね! わたしの想定にぴったりですよ」

「一応国中飛び回る仕事をしてるからね」

「ミリナの話を聞いていても信頼に足る事業者かと思います。ルミアさん、早速生産計画を練ってください。わたしはミリナと運搬の詳細を詰めるので計画が出来たら見せてもらえますか?」

「任せてください、ソフィア師匠!」

「別に今まで通りで結構ですが」

「キャー! クールなソフィアさんにしびれるぅ!」


何故か無駄にテンション高くキャッキャとはしゃぎながら店舗奥の事務室へと駆け出していったルミアを見送る。

残されたミリナとソフィアは厨房近くの席に座ってひと息。


「ソフィア、やっぱり頭が回り始めると凄いんだね。私、全然付いていけなかった」

「そう言ってもらえると嬉しい。でもルミアさんも切り返しが上手かった、ちゃんと基礎が頭に入ってないとああいう返しは出てこないから」

「ルミアもなんだかんだ頭いいんだよなあ……私あんまり役に立ってないかも」

「そんなことない、この計画はミリナのスカイレイクがないと実現しないから。……そうそう、フィリス港の方面へ行くのは毎週水曜日の朝で合ってる?」

「うん。大体9時に着いて10時頃に魚の引き取りだから、その間にステラガーデンへ寄れば問題ないと思う」

「わかった。じゃあ水曜の朝8時にプリドールで商品の引き渡し、その日の夜に戻ってきたら商品代金の精算、これでいい?」

「了解」


てきぱきと話をまとめていくソフィア。

ミリナにはその様子がなんだか頼もしい。そして今の自分ならこの人に心を許せるな、とも思う。


「そういえばさ……昨日はありがとう」

「昨日……えっと、それは夕方のこと?」

「うん。私の気持ち、ちゃんと受け止めてくれるって言ってもらえて嬉しかった。出会ってからまだ1週間しか経ってない人とこんなに親しくなるなんて想像もできなかったけど……ソフィアが相手だと、なんか納得する自分がいる」

「わたしも、助けてくれたのがミリナでよかった。きっとわたしたち、運命的なものがあるのかも」

「ソフィアはサラっと恥ずかしいこと言うね」


そう言って二人で笑い合う。

誰もいない夜の店内に控えめな、だけど嬉しそうな笑い声が響いた。


「初めて外の世界に出て、怖いって思うこともあったけど今は楽しいなって思う。それも全部ミリナのおかげ」

「それは私も。ソフィアが来てからなんだか毎日が楽しいっていうか……別に今までが楽しくなかったわけじゃないけど、なんだか充実感が違うなって」

「その話、詳しく聞かせて」

「おっ、早速ソフィア師匠のカウンセリングが始まるのかな」

「そんな大層なものじゃないけど……師匠でもないし」


ソフィアの仕事モードは解除される気配を見せない。

出会った時の怯えるようにおどおどしていたソフィアと比べたら別人のようだ。


「運送屋を始めてから1年経って、この仕事は好きなんだけどなんか物足りないというか……充実感が昔ほどないというか……」

「うんうん」

「それがソフィアが来てから解消された感じがして、なんでだろうなって」

「わかった。私が思うに今までのミリナの暮らしにはわくわくが足りてなかったんだ」

「わくわく?」


満足げに頷くソフィア。


「わたしの好きなエッセイの中にこんな表現があってね。『わくわくしていないと心が死ぬ』」

「心が?」

「たぶん今のミリナの暮らしは経済的にも精神的にも安定してきてる。有名な欲求5段階説でいうところの安全の欲求が満たされている段階」

「あっ、なんかそれ読んだことある。ピラミッド型のやつ」

「そうそれ。その次が社会的欲求っていって、人や社会から受け入れられたいって欲求。わたしなりに噛み砕くと人や社会との関わりでわくわくしたい欲求」


心理学かなにかの本で読んだことがある。

昔の有名な学者が説いた人間の欲求を表す図式だ。ソフィアはこういった分野にも興味があるのか。


「たぶん今の仕事は楽しいけど慣れてきてしまって、わくわくすることが減ってるんだと思う。仕事を始めたばかりの頃と比べて、今はどう?」

「確かに結構ルーティンっぽくなってきて、配達数件程度ではあんまり動じないようになってきたかも」


仕事を始めたばかりの頃は緊張していたというのもあるけど、ひとつひとつの配達がものすごく貴重なように思えて、新鮮さをもって取り組めていたような気がする。

それに比べると今はあの頃ほどの驚きや動揺はないし、悪い意味で慣れてきてしまっているのだろう。


「そういうふうに心の中のわくわくする気持ちが減っていくと、社会的欲求が満たされなくなるっていうのがわたしの仮説。

 でもそこにわたしが来て、一緒に暮らし始めたり、どこかへ出かけたり、色々な刺激があったから充実感もあったんだ」


ふと思い返す。初めて出会ってスカイレイクに乗せた時のこと、そのままプリドールへ行ったこと、仕事を教えた時のこと、王都を一緒に見て回った時のこと。

確かに今までと違う出来事で、だけどそれに触れるのが面白かったりドキドキしたり。


「なるほど、言われてみればそうだ……」

「うん。だからこれからも色々なわくわくすることを考えていけば充実した生活を送れると思う」

「……ソフィア、やっぱり凄いね。自分じゃわからなかったことに気付かせてくれて」

「ううん、ミリナがちゃんと自分の心と向き合ってるからそう思えるんだよ。わたしはちょっと手助けしただけ」

「ありがとう、ソフィア。わくわくできることがないか自分で考えてみる」


人生には刺激が必要。どこかで読んだような気がする謳い文句を思い出した。

まだまだ勉強も人生経験も足りないな、と思った。


そうやってソフィアと雑談をしていると、ほんの十分足らずで厨房の奥からバタバタと足音が聞こえてくる。

手に書類を抱えたルミアが小走りでこちらで戻ってくるところだった。


「ソフィアさーん!生産計画ができました!」

「早っ! もうできたの!?」

「ルミアさん、ずいぶん早いですね」

「ふふん。将来有望なプリドールの跡取りを舐めないでください、この程度朝飯前です!」

「もう夕飯後ですけど」

「キャー! 冷静にツッコミを入れてくるソフィアさんもカッコいい!」


無駄にいい声でハイトーンの黄色い悲鳴を上げるルミア。

何故かさっきからそんな状態が続いていて流石に気になったのか、ミリナは大分怪訝そうな表情をしていた。


「ルミアはそんなに仕事モードのソフィアが好きなの? 随分テンション高いけど」

「仕事モード……ってなんですか?」「仕事モード?」


二人揃って首を傾げられて、そういえばこの話をまだしていなかったことに気付く。


「ほら、ソフィアが急にハキハキ喋るようになるでしょ? 私はそれを勝手に仕事モードって呼んでたんだけど」

「わたしからすると覚醒、って感じがしますけどね。で、ソフィアさん的にはどうです? 仕事モードなんですか?」

「うーん……むしろこっちが通常営業かも」

「えっ、そうなの?」


あっけからんと言い放つ。


「初めて外の世界に出たので人との関わり方がわからなくて緊張してたんですけど、慣れた相手だったら大丈夫みたいです。

 母と話す時もずっとこんな感じでしたよ」

「へー、わたしはソフィアさんのこと小動物だと思ってたんですけど、実は意外と虎だったりするんですねー」

「ふふっ、何その例え。でも分からなくもない」


朝食のトーストをリスのように小さくちぎって頬張っていたソフィアの様子を思い出す。

もしかしたら明日の朝には大口を開けてかぶりつくようになっているのだろうか。注意して見てみよう。(今朝は寝ぼけていたので何も覚えていない。)


そうやってわいわいと書類を見て話し合っているうちに、ルミアの両親も店内へ顔を出す。

ルミアが勢いよく二人の方へ走っていって、今練った作戦を楽しそうに説明していた。


「私が考えなくても結構楽しいことになりそう」

「ダメだよミリナ。ちゃんと自分でも考えて」

「ソフィアは手厳しいなあ……うん、でもそうだね。私自身がわくわくできること、見つけていかないと。あと……」


自分がわくわくできることが大事。

だけど今のミリナはそれだけではない。


「ソフィアも一緒にわくわくできたらいいなって」

「……うん。わたしもミリナと一緒なら、もっと楽しいと思う」

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いです。 ソフィアさん、出来る女な感じがあって素敵だし。 ミリナとソフィア。二人の距離が縮まっていく様子が良かったし、今後の生活や二人の関係性がどう変化していくのか、楽しみです。 ルミ…
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