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2-2

平日真っ只中な水曜日、ミリナはこの国の南端に位置するフィリス港へやって来ていた。


ソフィアにも以前教えた通り、週1回この港で水揚げされた魚介類をフォルテノンへ運送するために通っている。

かれこれ1年弱続いている仕事なので回数にすれば40回以上訪れたことになる。スカイレイクの着陸地から港への移動も慣れたものだ。


今日もいつも通り9時から荷物の引き渡しがあるのだが、ミリナはいつも少し早めに来ている。

というのもフィリス港を訪れた時は決まって足を運ぶ店があるからだ。


港とそこに連なる街の中心部から少し外れた辺り、港へ向かう途中に位置するのが行きつけのケーキ屋・ステラガーデンだ。


海風の匂いを受けつつも、綺麗に育てられた花と緑に囲まれて自然を感じることができるこのスポットはミリナのお気に入りだった。

建物の屋上には緑が植えられていて、遠目からだとツリーハウスのようにも見える。


そんなファンタジーの物語のような外観を眺めながら入口の扉に手を掛ければ、カランと鈴の音が鳴って来客があることをキッチンに告げる。

ドライフラワーや観葉植物が至る所に配置された店内を眺めて一息ついていると奥からコックコートを纏った長身の女性が現れた。


「おっ、ミリナじゃないか。今週もお出ましだな」

「こんにちはリーリアさん、いつものミリナさんですよー」


冗談交じりで気さくに挨拶を交わしたのはこの店のシェフであるリーリア。

赤髪で両耳にピアスが入っていたりと外見だけでは「腕っぷしの強そうなねーちゃん」に思われがちだが、実のところは手先が器用なスイーツ大好きお姉さんだ。


そんなリーリアが自信満々で披露するショーケースを覗き込めば色とりどりのケーキがちょこんと綺麗に並んでディスプレイされている。

今日はどれを食べようかと悩みながら最近のオススメや季節物の商品を尋ねたりしてみる。


「そういえばリーリアさんと雑談するのも恒例になってきましたね」

「ミリナはいつも水曜の朝一なんていう客のいなさそうな時間帯に来るからな、そりゃ暇潰しには最適さ」

「その暇があったら翌日の仕込みとかしないんですか?」

「それも大事だが息抜きはもっと大事だからな」

「なるほど」


そんな風に軽く言葉を交わしながら熟慮に熟慮を重ねたミリナが選んだのはメロンのショートケーキ。

注文すれば手早くショーケースから取り出したリーリアが花柄のお皿に載せて用意してくれる。


「はいよ、お待ち」

「ありがとうございます。では今日もテラス席をお借りしますね」


受け取ったミリナは店内から繋がるウッドテラスに設置された屋外席へ。

程良い日射しと海辺の澄んだ空気の中で頂くケーキは毎週のちょっとした楽しみだ。


今日も至福の時間を始めようか― というところでなんとリーリアもケーキを持参して向かいの席に座り出した。

このシチュエーションは初めてだ。


「……それは職務放棄ではなく息抜きという解釈でよろしいですか?」

「ああ。息抜きだ、間違ってもサボりじゃない」


今お客さん来たらどうするんですか……と呟いたミリナの言葉は聞こえなかったようだ。潮風に消されたものと思っておく。

そういえばルミアにも似たような節が見受けられるし、優秀な料理人は皆こうなのかと恐れ始めるミリナだった。


さて今度こそ食べ始めるか― といったところで不意にミリナがケーキに伸ばしかけた手を引っ込める。


「あっ、そうだ。ちょうどよかったです。リーリアさんに見てほしいものがあって」

「ん? アタシにか?」

「ええ。プロの意見を伺いたい、という感じなんですが」


愛用のショルダーバッグから小さな瓶を取り出す。

冷却魔法を掛けておいたおかげで中身はしっかりと冷えたままだ。


「それはプリンか? ミリナがこういうのを持ってくるなんて珍しいな」

「はい。実は懇意にしているレストランが試作したものなんですが、その道のプロから感想が欲しいということで預かってきたんです。もしよかったら試食していただけますか?」

「おう、いいぞ。毒さえ入ってなければだが」

「なんで好きなケーキ屋の店主に毒を盛らないといけないんですか……」

「なら安心した」

「はあ……」


リーリアのペースに巻き込まれて溜め息すら出てくる始末だったが、彼女の技術と舌が確かなものなのはこれまで味わってきたこの店の商品で十分知っている。

自分のショートケーキを食べることも忘れて見守るミリナ。


リーリアがプリンを大きく掬い取り、口へ運び、ゆっくりと咀嚼し、それから―


「……うおっ!? ミリナなんだこれは!? 美味いじゃないか!」

「本当ですか? それはよかったです、向こうのシェフにも伝えておきますね」

「中にホイップクリームってどうやったんだ? 流石のアタシでも想像が付かないんだが」

「サラっと自画自賛しますね。その辺りは企業秘密とのことで教えてもらえませんでした」

「そうか……カラメルだけならウチでも再現できそうなものだが、クリームは無理だな、うーん……」


想像以上に好評だったようでしめしめといった心境のミリナ。

リーリアは必死にクリームの処理を考えているようだが、残念ながらその解答には至らないだろう。

なんたって超高精度の耐熱魔法を使っているのだから。


ここまでの結果を踏まえて、いよいよ次が作戦の要だ。

あまり仰々しくならないような口調を意識してリーリアに尋ねる。


「あの、リーリアさんがもし良ければなんですが、この商品をステラガーデンで扱ってもらうことはできませんか?」

「うおっ!? マジでか!?」

「大マジです。せっかく作った商品だから色々な人に食べてほしいってシェフが言ってたんですよ、なので出来れば王都から離れた都市で扱ってもらえないかなーと思ってまして」

「確かにミリナのスカイレイクなら冷蔵輸送できるよな。よし! その話乗った!」

「ふふふ、ご協力感謝です」


まさかここまで上手く話が進むとは思っていなかったミリナ。

ノリノリでプリンを食べ進めるリーリアの様子を眺めながら、一昨日の晩のことを思い返していた。







ミリナとソフィアに向かって意気揚々と名乗りを上げたルミアは、開口一番こう言い放った。


「このプリンを王都の外でも販売しましょう!」


ミリナは理解するのに多少時間が掛かるようで考え事をする姿勢のまま静止していたが、それよりも早くソフィアが反応した。


「それはつまり、王都外に代理店を設けて委託販売するということですか?」

「そうです! このプリンを扱ってくれるお店を見つけて、ミリナさんに運んでもらうんです!」


そこまで話が進んでミリナもようやく合点がいった。


「なるほど。確かに私のスカイレイクなら短時間で冷蔵輸送できる」

「それだけじゃないですよ。これはわたしたち3人が全員得するウィンウィンの関係ってやつです!」


得意げにドヤ顔を披露したルミアが話を続ける。

さっきまでミリナとの仲を越されて悔しがっていたのはどこの誰だったか。


「お二人の話を伺っていると、このプリンは思ったよりも早いペースで製造できそうです。そこで店での需要以上に製造しておいて余剰分を定期的に外部店舗へ委託します。するとどうなるか、お二人ならもう分かりますね」

「ルミアは販売数が増えて儲けが多く出る、ソフィアは仕事の給料が増える、私は定期的な運送案件が入るので売上が伸びる」

「その通りです! 流石ミリナさん」

「なるほど。確かにそれは美味しい話ね」


うんうんと頷くミリナ。そしてミリナに褒められたルミアも嬉しそうだ。


中々良いテンポで話が進んでいくが、現実そんなに簡単に行かないのが世の常。

ここで口を開いたのは仕事モードフル稼働中のソフィア。


「ルミアさん、わたしからいくつか質問していいでしょうか」

「はい。なんでもどうぞ!」

「まず1つ目ですが、製造計画の見通しはちゃんと立っていますか? わたしは大丈夫ですが、原料が確保できないと作りようがありません」

「そこは大丈夫ですよ。うちの仕入先は結構大口で在庫持ってるので当面心配ないです」

「人員面ではどうですか? わたしがプリンに掛かりっきりになると今までやっていた業務に時間を割けなくなりますが」

「今から日中のアルバイトを新しく雇おうと思います。プリンの持ち帰り販売もするつもりなので、その応対も含めてソフィアさんの仕事を振れるようにします」

「製造設備は足りてますか? 蒸し焼きにするオーブンを常時占拠できるわけではないと思いますが」

「オーブンを使う調理は午後にならないと始まらないので、午前中に製造すれば問題ありません。何ならわたしは朝一仕込みでもいけますよ」


え、なにこれ。ガチ議論始まってるんだけど。


破格の頭脳持ちのソフィア(仕事モード)と経済科専攻のルミアで子細な打ち合わせが突如始まり、専門外のミリナは置いてきぼりにされる。

天才魔法使いが疎外感を覚える珍しい瞬間だった。


「2つ目です。プリンのような低単価の商品は数を出さないと利益に繋がりにくいですが、そこまでの大量生産は難しいと思います。価格設定は考えていますか?」

「多少売値を上げてでも粗利が取れるようにします。通常のプリンの4割~5割増しくらいでしょうか」

「なるほど。確かに王都ならそれでもいけると思います。王都は役人などの高給取りも多いですし、交易で訪れた外部客の需要も見込めます。……ですよね、ミリナ?」

「…………えっ、あっ、うん。そ、そう思う」


突然話を振られたミリナはすぐに対応できず口ごもった上、仕事モードに入ったソフィアの淡々とした口調と少し冷たい声色に軽く慄いてしまった。

天才魔法使いが恐怖を覚える珍しい瞬間だった。


「ですが外部への委託となると話は別です。スカイレイクでの運送費が上乗せされることを加味すると、単価は通常の2倍程度になると思います。それでも売れる見込みはあると思いますか?」

「そこはターゲット層を絞って対応します。王都と近い環境― つまり比較的富裕層が多く暮らしていて、交易活動も盛んな都市に狙いを定めましょう。良い物なら多少お金を出してでも買ってくれて、その口コミが広がりやすい場所なら可能性は上がります」

「なるほど。それならわたしも賛成です。では3つ目」


ルミアも冷静に対応しているのだが、今一瞬だけ「まだあるの!?」という動揺に瞳が揺れたのをミリナは見逃さなかった。

大丈夫、正直私もソフィアが怖いよ、と心の中で静かに応援しておく。


「肝心の委託先はどう探しますか? 特定の都市に狙いを定めるのは簡単ですが、この商品に対して適切な販売者を探すのは手間だと思いますよ。店舗の規模やコンセプト、更に運営者が誠実な取引を行ってくれるかどうかまで判断が必要です。売上はミリナが現金で回収してくれば与信的には問題ないですが、委託なら実際に販売されるまでの管理・監修も必要です」

「そこは実際に目的の街まで行って探索してみるのが早そうです。ただ、このプリンは比較的高価で見た目も小奇麗ですし、店舗の雰囲気なども含めて取り扱いに適した店はあまり多くないと思います。集客を考えるのであれば立地もそこそこ好条件であることが理想なので、そこまで考えれば大分絞れます」

「なるほど。あとは委託店舗側にどういうメリットを提示できるかですね。ただ単に横流しで売って儲けが出ておしまい、では長続きしないように思えます。この商品がどのような付加価値をもたらせるか、案はありますか?」

「一番理想的なのはプリン目当てで来たお客さんに他の商品も買ってもらうことですね。それを考えるとやはりスイーツ店がいいかな、と思います。同系統の商品で揃えていれば"ついで買い"を促せるはずです」

「わかりました。そこまで想定できるのであれば後は検討を重ねるだけですね。でしたら次の打ち合わせは……」


長い議論の中でソフィアがしばしの沈黙に入ったその時。

横で黙っていたミリナがおそるおそる口を開いた。


「あの……ソフィア、ルミア、私から提案があるんだけど……」

「うん、なに?」「はい、なんでしょうか?」


二人が一斉にミリナへ視線を向ける。

だいぶ白熱した議論を続けているためか二人とも目が据わっていて、こ、怖い……と怯えながら続きを口にしてみるのだった。


「私、そういう店に心当たりある」

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