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2-1

ミリナとソフィアの関係が一歩進んだ翌日。

いつも通り仕事を終えた二人は、ミリナの帰宅と同時にプリドールへやって来ていた。


「こんばんは、ルミア」

「ルミアさん、お邪魔します」

「はーい! お二人ともいらっしゃいませー! 今晩もいつものを準備済みです!」

「流石ルミアさん、です」


ルミアの配膳準備は相変わらず完璧に二人の来訪時間を予想していた。

今日に至っては既に両手に前菜のサラダを2つ抱えている。この子は一体何なのか。


席に着いて翌日のスケジュールを確認している数分間のうちに料理が運ばれてくるので、ゆっくりと予定を見る時間もないのだが、まあそれなら家に帰ってから再確認すればいい。

ともかく今日も一日仕事に励んだ二人には目の前に置かれた熱々のシーフードグラタンの方がよほど魅力的に見えた。


「はいどうぞ! 今日は少し冷えましたからね、これで暖まってください」

「ルミア、本当にちゃんと仕事してる……? 他のお客さんの調理サボってこれの準備とかしてないよね……?」

「まっ、まさかぁ……あはは……」

「なんか、してそうに、見えます」

「ち、違いますよっ!? 本当に加熱待ちとかで手が空いてるタイミングに少しずつ進めてるだけですよ!サボってはいません!」


逆ギレに近い謎の主張を繰り広げながらちゃっかり自分も席に着くルミア。

閉店間際で他の客が全くいなかったから良かったようなものの、万一聞かれてしまうとそれはそれで不味い話なのでミリナは胸を撫で下ろした。


「はあ、まあいいや……とりあえず食べよう、ソフィア」

「うん」

「…………あれっ? お二人ともそういえば敬語じゃなくなってますね」


普段との違いに鋭く目を付けたルミアが尋ねてくる。

なぜかよくわからないけど目を大きく開いて今にも身を乗り出しそうに構えている。


「そうだよ? 別にわざわざ敬語を使わなくてもいいかなって思って」

「なっ……わたしの時は敬語が抜けるまで半年くらい掛かったのに……!?」

「けっこう、長かったんですね。でも、ミリナはそういうの苦手だから、なんか頷けます」

「ソフィアさんも何しれっと呼び捨てしてるんです!? というかわたしにはやっぱり敬語なんですね!?」

「はい。そう、ですが」


何故だか悔しそうにテーブルの下で足をばたつかせるルミア。


「くっ、私の店で公然とイチャイチャしやがりましたね……」

「いやここルミアの店じゃなくてルミアのご両親の店でしょ。というか別にイチャついてはいないけど」

「そう、ですよ。名前を呼び合うのって、よくあることだって、母から教わりました」

「うぅ……ミリナさんと一番仲良いのはわたしだと思ってたのにぃ……」

「何そこで競ってるの……というか私にも一応友達はいるんだけど。あっ、ソフィアには今度紹介するね」


ミリナとの仲をソフィアに追い越されてしまったことに悔しがる。

ミリナは自覚していなかったが、そもそも閉店間際に料理を用意してくれている時点で相当な好意を向けられているのだ。繰り返すが人間関係には疎いのでミリナは気付いていない。


「仕方ありません……ミリナさんの盟友の座はソフィアさんに譲りましょう……」

「え、っと、ありがとうございます……?」


食事する二人と謎のやり取りを繰り広げたルミア。

その背中をしょぼんと少し丸めながらすごすごと厨房へ戻っていった。


ソフィアはなんだか悪いことをしたような気持ちになって少し落ち込んだりしたが、それからすぐに戻ってきたルミアの姿にほっとした。

ふとそこで気付く。なにやら料理とは別のものを手に持っている。


「ところでお二人とも、そろそろデザートが欲しくなる頃合いじゃないですか?」

「まあ、確かにあると嬉しいけど」

「というわけで新作スイーツの試食版をお持ちしました! 悔しいですがお二人の仲が近付いた記念にどうぞ!」


それは一見すると普通のプリンだったが、早速スプーンを入れてみると中にこんがりと焼けたカラメルの層が挿入されていて、手触りでも食感でも楽しめる一品だった。

珍しく夢中になって食べ進めるミリナを見てご満悦のルミアだったが、ソフィアは何か気になることがあったようで―


「ルミア、これ美味しいね。お店で出しなよ」

「えへへ、私がここ1年で試作したスイーツの中でも自信作なんです! ……ってあれ、ソフィアさんはお気に召しませんでしたか……?」

「……いっ、いえ! 美味しかったです。ただ、少しアイディアが、ありまして」


ちょっと自信なさげにルミアを見上げるソフィア。


「改善のアイディアですか? それなら大歓迎です!ぜひ教えてください」

「……あの、ルミアさん。材料って、まだありますか」

「へっ……? あっ、はい、作りかけのものが厨房にありますけど……」

「少しわたしに貸してもらえませんか」

「ふぁいっ!? 急にどうしましたかソフィアさんっ!? なんか口調がハキハキしてますよ!?」


普段のソフィアからは想像できないほどキビキビした動きで席を立つ。

仕事モード(仮称、ミリナ的にはそろそろ名前を変えたい)に入った合図である。

それから迷うことなく一直線に厨房へ入っていく。


それに慄いて微妙に手が震えるルミアだった。


「ミリナさん……なんか、ソフィアさんの人格が変わりましたぁっ……」

「ああ、ちょっと気合が入るとああなるんだよね。申し訳ないけど私からもお願い、厨房貸してくれる?」

「え、ええ……大丈夫です。ソフィアさんも一応従業員なので」


至って落ち着いたミリナと怯えたままのルミアが後を追っていくと、ソフィアは作りかけのプリンの生地の前で神妙に腕を組んでいた。

その姿に更に慄いたのかルミアは半分腰が抜けそうになっている。


「ルミアさん、急にごめんなさい。一個だけわたしにも作らせてもらえますか?」

「はっ、はい……ソフィア師匠のお好きなようにぃっ……」

「なんで師匠なの。というかそんなにビビらなくても大丈夫だから」


まだビクビクしているルミアを差し置いてミリナが横に立つ。


「ミリナ、少しだけ魔法使っていい? そんなに大層なものじゃないから」

「ああ、ルミアしか見てないし構わないけど。でも……魔法使って何するの?」

「ルミアさんのアイディアを更にパワーアップさせる、っていうか」


そう言うとプリンの型に早速生地を流し込んでいく。

その途中で不意に手を止めると、先程のプリンにも入っていた板状のカラメルを手に取る。


切断魔法でプリンの型に合わせてさらっと切り取ると、今度は冷蔵庫の中を漁り始めた。

ミリナもルミアも不思議そうに視線で追いかける。


ソフィアが取り出してきたのはホイップクリーム。

それをカラメル板の中心に丸く乗せて、左右をプリンの生地で埋め、その上からカラメル板で蓋をする。

更にその上にプリン生地を流し込めば満足げに頷いてみせた。


「ソフィアさん、そのまま焼くつもりですか? ホイップクリームがどろどろに溶けて型崩れしちゃいますよ」

「ええ。まあ試しに見ていてください」


普段とは違う自信に満ちたソフィアの口調と回答にルミアもそれ以上言葉を続けることが出来ず、ただただその様子を見守る。

少し不安そうにミリナの方を見やったが、問題ないとでも言いたげな表情をしているから何も言えなかった。


確かにこのまま蒸し焼きにしたらルミアの言う通りホイップクリームが溶け、プリン生地と混ざり合って完成品の体を為さないだろう。

しかし、ミリナはソフィアが掛けた魔法に気付いていた。



待つこと30分。

ちなみにその間ルミアとソフィアは閉店後の片付けをしていた。ミリナは明日の予定を検討していたが10分で終わったので残りは暇を持て余した。


焼き上がったプリンを手際よくお皿に載せると、冷却魔法で一気に食べごろの温度まで冷やしてやる。

ソフィアから皿ごと手渡されたルミアがきょとんとしたまま受け取る。型は崩れていない。


「ルミアさん、食べてみてください」

「あ、はい……ではいただきます」


早速スプーンを突き刺して一口。

次の瞬間、ルミアが驚きと感激の声を上げた。


「――んっ!?…………ソフィアさん、これ美味しいですっ! しかもホイップクリーム溶けてないですよっ!? どうやったんですか!?」

「お気に召したようでよかったです。ミリナも一口食べてみて」

「うん、じゃあ私もいただこうかな」


ミリナも横からつつくようにスプーンをくぐらせる。

口に入れればプリンの滑らかな舌触りが真っ先にやってきて、その後カラメルのカリカリとした感触とほろ苦さ、そしてホイップクリームの柔らかな甘さが同時に口内を満たしていく。

三者が絶妙なバランスで共存する、今までに食べたことのない味と食感だった。


「……これ、美味しい。まさか耐熱魔法にこんな使い方があったなんて」

「耐熱魔法……それが秘密なんですか?」

「ええ。ホイップクリームの周囲にだけ耐熱魔法で層を作り出して熱を遮断しました。こうするとプリン部分はちゃんと焼き上がって、クリーム部分は元々の形状を保ったままにできます」


少しだけ行使したというソフィアの魔法がそれだった。

それにしても彼女は凄いとミリナは思う。

耐熱魔法をスイーツに転用するという発想も、そしてホイップクリームの周縁を正確に捉えて層を作り出す魔力の操作技術も。


「ソフィア、この耐熱魔法は一気に何個までなら展開できそう?」

「うーん、実際に試してみないとわからないけど100個くらいなら問題ないと思う」

「いや、100個も同時に展開すれば上出来だから……」

「なんだかよくわからないけどソフィアさんがすごいです! これからは師匠とお呼びしましょうか!」

「いえ、別に今まで通りで結構です」

「ちょっと冷たいソフィアさんもカッコいい……!」


何故だか仕事モードのソフィアに惚れ込みつつ、えへへ……これうちの店で出していいのかな……とぶつぶつ呟いていたソフィアだったが、ふと何かを思い立ったように顔を上げて二人の方を見た。

なにやら楽しそうなことを思い付いたように瞳をきらきらとさせている。


「ミリナさん、ソフィアさん、わたしにアイディアがあります!」


ルミアから出されたその案を聞いた後、三人の作戦会議は30分以上にわたって厨房で続いたのだった。

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