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私は小さい頃から魔法が好きでした。


魔法という存在を知ったのは3歳の時、初めて魔法を使ったのは5歳の時、自分が人より優れた魔法使いであることに気付いたのは7歳の時です。

もう10年前ですか……いや、別に魔法が嫌いなわけではないですよ、あの頃から変わらず好きなままなのでそこは間違えないでください。


初めて使ったのは浮遊魔法です。ソフィアさんと同じですね。

憧れた魔法を自分も使えた時の喜びはひとしおでした。この世界の物理法則を打ち破って空想をも現実にする、そんな力を自分も手に入れたのだから。


魔法は楽しいもの。それが私の心に生まれた一番大事な気持ちです。

その気持ちは幼かった私を魔法の勉強に向かわせるには十分なものでした。だって楽しいんですよ、他の遊びなんて目にも入りません。


親から買ってもらった魔法の入門書を読み切って自分のものにして、親にねだればすぐに次の本を買ってくれました。

それを読んで実践して、また新しい本を買ってもらってを繰り返して、私の幼少期の2年間なんてあっという間に過ぎていきました。

その間に覚えた魔法は数えきれません。これは後から知ったんですが、一般的な人が生涯を掛けても到達できないような領域まで手を伸ばしていたみたいです。


でも辛くはありませんでした、だって楽しいから。

この世界の不可能を可能にする瞬間の胸の高鳴り、魔法で少しだけ世界が変わるわくわくした気持ち、自分の手から溢れる魔力光の眩さと美しさ、なにもかもが私の心を捉えて離しませんでした。



問題はその少し後― 学校で魔法の授業が始まった辺りです。授業の中で生徒は皆魔法使いの先生から手ほどきを受けることになります。

ソフィアさんは学校に行ったことがないので知らないと思いますが、魔法の授業はみんな必ず通るものなんですよ。


私は周りの子よりも遥かに魔法が上手く使えたし、上級生のお兄さんお姉さんも使えないような難しい魔法を使いこなしていました。

それは魔法使いの先生が驚くほどで、すぐに私のことは町で噂になりました。天才的な魔法の素質を持った少女がいると。


学校の同級生も、先生たちも、町の人たちも私に声を掛けてきます。


「こんなに魔法が使えるなんてすごい!」

「君なら将来は立派な魔法使いになれるはずだ」

「あなたみたいな凄い子がいるとこの町の誇りになるわね」


私を褒めてくれる言葉があらゆる人から投げ掛けられます。

でも私は少しも嬉しいと思えなかったんです。どうしてでしょうか。


その疑問は両親からの言葉ではっきりしました。

ある日の夕食のテーブルで、母と父は私に向かってこう言ったんです。


「ミリナはこんなに魔法が得意だから将来は役人にもなれるんじゃないかしら」

「そうだな。そのためならいくらでも魔法の本を買って来るぞ」


そこで私は気付いたんです。みんな魔法のことをただの道具としか考えていないんだ、って。

魔法を楽しいと思う気持ちは誰にも理解されなかった。


これまでの気持ちを全て否定されたような気がして、当時の私は失望しました。


それが嫌で嫌で仕方なくて、私は死に物狂いで勉強して飛び級で学校を卒業して、故郷の町を出ました。

目的はフォルシア王国の王立学院、その魔法科に入るため。

ここに入学するような人たちならきっと魔法が好きに違いない。そうしたら私の気持ちも誰かに理解してもらえるはずだ、と。


結果は……言わなくてもわかりますよね。

残念ながら私の望むようにはなりませんでした。


さっき指摘してもらった通り、魔法科を卒業すると出世への道が大きく開けるんですよ。

だからそこに集まってくる人間もそれが目当ての輩ばかりでした。魔法を道具としか見ていない、そんなのばかり。


魔法を使うことは望んだ結果を得るための過程でしかないの?

魔法は地位や名声を得るための道具でしかないの?

魔法が好きな私は……おかしいの?


結局私は学院でも他人との関わりを避け続けて、友達なんて真っ当にできないまま卒業して、今こうやって生きています。


私の心の底には他人への不信感が根付いているんです。人嫌い、と言ってもいいです。

魔法を好きになればなるほど、魔法を楽しいと思えば思うほど心に棲み付いた嫌悪は大きくなります。


幼稚で浅はかだなって自分でも思いますよ。


でも私は魔法が好き。魔法を楽しいと思う気持ちは絶対に捨てられない。

だから矛盾したままでもこうやって生きていくしかないんです。滑稽ですね。

外に出てニコニコと笑顔を浮かべて取り繕ってる私は所詮偽物、本当の私はこんなどうしようもない人間なんです。




そこまで喋り終えたミリナは自嘲するように小さく笑って、それからソフィアの瞳をもう一度捉えた。


「どうですか、失望しましたか? ソフィアさんの前で保護者ぶってた私も全部外面ですよ。自分だったらこんな奴関わりたくないですけど」


そう言い放ってから鼻で笑って、どこか遠くを見るような虚ろな瞳のまま項垂れて、完全に口を閉ざしてしまう。

二人の間に重い沈黙が流れる。夕日が沈みかけて、辺りは暗く夜を迎えるようとしていた。


ソフィアもまた言葉を失くしていた。

あれほどキラキラして見えたミリナが、今は深く沈んで誰よりも暗い憎悪の色を放っている。

その事実がソフィアの心を揺るがす。頭が真っ白になってしまいそうなほど。


だけどソフィアはまだ諦めきれなかった。

知らなかった世界を教えてくれて、自分にこんなにも優しくしてくれて、そして何よりも魔法を愛するミリナがどうしてこんな思いをしなければならないのか。


だから考える。ミリナはどうすれば振り向いてくれるのか。

それを言葉にして、心からの思いを込めて伝えなくては。


やがて何分にも何十分にも思える時間が過ぎ、ミリナがその場から去ろうとしかけた時。


「ミリナさんっ!」

「……っ」

「わたしの思ってることも、聞いてくれますか」

「……ええ」


ベンチから立ち上がりかけたミリナがもう一度腰を下ろす。

その瞳はまだソフィアの方を見てはくれない。


「わたしは、ミリナさんと同じくらい魔法が好きかどうか、自信はありません。

 わたしが魔法を勉強してきたのは魔法が好きだという気持ちもありますけど、そこに本当に他意がなかったのかは、自分でもわかりません」


もしかしたら母に褒めてほしいという欲求があったかもしれない。

魔法を使って自分の暮らしを楽にしたいという打算があったかもしれない。


本当のことはわからない。でも、魔法を好きだと思う気持ちは確かにあって。


「私ならミリナさんの気持ちを、ちょっとでも受け取れるかもしれません」

「……こんな面倒臭い人間の相手ですよ。嫌になるかもしれませんよ」

「面倒臭くなんかないです。嫌になったら……じゃあ、わたしの気持ちも受け取ってください」


昔読んだ心理学の本。そこに書かれていたことを思い出す。


「人には共感、というものがあります。嬉しいことにも、悲しいことにも共感はあります」


勉強してきたことがこんな形で役に立つとは思わなかった。

そう自分でも驚きながら言葉を続ける。


「人はマイナスの気持ち― 悲しいこと、苦しいこと、辛いことを心に抱えていきます。それは心の中に積もっていって、いつかその人を壊してしまいます。

 でもそれを溶かす方法があります。それが共感です」

「心の中に抱えた嫌なものを誰かに話す、誰かに聞いてもらう、誰かに慰めてもらう。それだけで苦しみは少しずつ癒えていきます」

「相手はたくさんいなくてもいい、一人だっていいんです。その一人さえいればまた立ち上がれます。苦しくても前に進めます」


ソフィアにその相手はいなかった。

母も、父も、狭い世界の住人はソフィアの悩みを聞いてくれることはなかった。


ミリナに共感してくれる人も誰一人としていなかった。

幼かったミリナの心の内は閉ざされたまま、ずっと一人で抱え込んできた。


「わたしも本当は心の中でマイナスの魔物を飼っていたんだと思います。外の世界への恐怖、一人で部屋にこもる時の不安、努力が報われない辛さ、そういうものがあったんです」


ソフィアの言葉は続く。その中でミリナの顔が少しずつ上を向いていくのをソフィアは見ていた。


「わたしの辛かったこと、ミリナさんに聞いてほしいです。そうしたら少しだけ前を向ける気がします。

 だから、ミリナさんの辛い気持ちもわたしに聞かせてください。そうしたら、わたしがミリナさんの助けになります。

 ミリナさんはこんなに魔法が好きなのに、魔法のせいで辛くなるなんてわたしは嫌です。

 わたしはミリナさんのおかげでこの世界が楽しいと思えているのに。ミリナさんが幸せでいられない世界なら、わたしが変えてみせます!!」


自分でもびっくりするくらい大きな声が出て、顔が熱くなって、それでもソフィアの心は揺るがない。

少し潤んだ瞳でミリナを見つめていると、ふと綺麗な顔がこちらを向いて、視線が合った。


「…………いいん、ですか」

「はい」

「こんな、どうしようもない私でも、いいんですか」

「はい。ミリナさんの気持ちは、わたしが受け止めます。ミリナさんの全部を受け止められる関係になりたいんです。友達でも、家族でもなくて……」


パートナー、でしょうか。


少し迷ってからその言葉を告げる。

ミリナの瞳からうっすらと涙が溢れ始めたのはその後だった。


「魔法を使って楽しいと思うことがあったら、わたしに聞かせてください。

 人と関わって嫌になったり、腹が立ったり、辛くなったりした時もわたしに話してください。

 一人で抱えきれないことがあったら、いいことも悪いことも、全部わたしにぶつけてください」

「……私、思うよりもずっと子供でわがままですよ。それでも、いいんですか……」

「わたしが言うのもなんですけど……ずっと大人のままの人間なんていませんよ。

 きっとみんなどこかで心の中に子供の自分がいて、それを見せられる相手がいるんです。

 ミリナさんが何も取り繕わずにそのままでいられるなら、わたしがその場所になります」


その言葉がミリナの心にすっと染みわたっていく。

心の柔らかい部分に染み込んでいくほどに、瞳から溢れ出るものは強くなっていく。


「私も、ソフィアさんが、そのままのソフィアさんでいてくれたらいいな……って、思ってました」

「じゃあミリナさんがわたしの居場所になってください。わたしもミリナさんの居場所になります」

「……!」


その言葉をきっかけにするように、ミリナはソフィアの体を抱き寄せて、その胸に顔を埋めた。

胸の中で涙ながらに言葉を紡ぐミリナを、ソフィアはただそっと抱き締める。


「……わっ、私に、こんな風に向き合ってくれる人、いなかった……こんなの、初めてでっ……」

「わたしはミリナさんの味方です。ミリナさんの嬉しいこと、悲しいこと、なんでも受け止めます」


自分が心の中で様々な苦しみを抱え込んできたことに、自分でも気付けなかった。

それを知っても、今のミリナは揺らがなかった。だって―


「な、なんて言ったらいいか、わからないっ……でも、でもっ……」


今のミリナにはソフィアがいるから。

ひとしきり涙を流し切ったミリナが顔を上げる。


「ありがとう、ソフィアっ……」


誰よりも魔法を愛するがゆえに、誰をも信じられなかったミリナが、初めて誰かを信じた瞬間だった。

そしてそれはソフィアが初めて見たミリナの心からの笑顔でもあった。


「うん、ミリナ」


月が登り始めた夜の街角で、街灯が照らす二人の居場所だけが明るく光る。

天才魔法使いと帰る場所を失った少女、こうして二人の関係は次への一歩を歩み出したのだった。

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