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ソフィアへの取り調べ― もといミリナの質問攻めは場所を移してコロルドの個人研究室で行われた。

この学院に勤める教員達は皆一様に専用の研究室を持っており、教員としての仕事の傍らで各々が専門分野の研究を続けている。


来客用のソファに座らされたソフィアとその向かいに腰掛けたミリナ。

それを少し離れた位置の自席からコロルドが見守るという構図で話が進んでいった。


「ではここまでの話をまとめますね。違うところがあったら言ってください」

「は、はい……」


そういえば出会った時にもこんな風に話をした覚えがあるなあ、と振り返りながら思案するミリナ。


「ソフィアさんの魔法は母親から教わったもので、練習はずっと家の中でしていたと」

「はい」

「家族以外の人に魔法を見せるのは初めてで、魔法の話をするのも初めて」

「そ、そうです」

「自分の魔法技術がどれくらいのレベルなのかはわからない……ってこれは最初から仰ってましたね」

「は、はい」


信じられない、とミリナは思う。

なぜなら先程ソフィアが見せた浮動魔法は一般的な魔法使いにはなし得ない程の範囲と精度で行われていたから。

正直なところ、彼女の力量は自分と同等、あるいはそれ以上だと判断するしかなかった。


その判断と、そこから生じる動揺は後ろで見守るコロルドにとっても同じだった。


「コロルド先生、どう思われますか?」

「ふむ……私もまだ信じ難い節がありますが、彼女の実力は本物のようです。正直、魔法科にお迎えしたいぐらいですよ」

「ええ、私も同感です。ただ、ソフィアさんに魔法を教えた母親というのが謎で」

「これほどの実力に育て上げることのできる魔法使いであれば、我々が知らないはずはありません。故に危ないと言いますか、無暗に触れてはならないという印象を受けます」

「そうですよね」


自分を置いて話が進んでいくのを微妙な表情で見守るソフィア。

実は自分の魔法技術はミリナに匹敵するという事実を未だに噛み砕けないままだし、何やら物々しい話し合いになってしまっているのが申し訳ないやら怖いやらで色々な感情が混ざってしまい戸惑いを隠し切れない。


「え、えっと……わたし、魔法は使わないほうが、いいんでしょうか」

「そうですね、ソフィアさんには申し訳ないんですが。これほどの実力を持った人が突然出てくると国が混乱しかねないので、私とコロルド先生以外には黙っておいてもらえればと思います」

「ミリナ君に同意ですね。私もこの件は伏せておくので、何か続報があれば教えてもらえますか。……ああ、魔法科としては受け入れる準備があることは伝えておきます」

「ご配慮ありがとうございます。私も無理のない範囲で探ってみます」

「あっ、えっと、お二人とも、ありがとうございます……」


なんかすごい話になっちゃった……と小声で呟くソフィア。

その後技術測定の続きをして、魔力量がミリナよりも多いことが判明したり、魔力制御でも高度な技術を持っていることが数値で実証されるなどの追加の事件を起こし、結局二人が学院を出たのは日が暮れ始める時刻だった。


「もうこんな時間かあ……街の案内って言ってたのに回り切れませんでした」

「いえっ……続きは今度で、大丈夫です。色々なことを知れて、わたしはよかったなって思います」

「そう言ってもらえて安心しました。でも結構疲れたと思うので、あと一箇所だけ寄って帰りましょうか」


丘を下りながら二人で並んで歩く。

ただでさえ慣れない街と場所で長時間過ごしたせいか、ソフィアの表情からは疲労の色が滲んでいる。

そんな彼女に申し訳ないと思いつつも、ミリナには今日のうちにもう一つ見ておきたい場所があった。


「ソフィアさんとも、話してみたいことがありますし」

「えっと……は、はい」




夕暮れが迫る街の空にはうっすらとオレンジ色が出始めていて、なんだか切ないような寂しいような気持ちにさせる色合いだった。

それを眺めるソフィアの胸中にも一抹の不安が募る。


この一週間の充実した生活のせいで忘れかけていたが、自分は元居た場所がわからない迷い子のようなものだ。

今はミリナに保護してもらっているから大丈夫だけれど、この先どうなるかの保証は全くない。

それに今日は魔法の話で雲行きが怪しくなってしまった。自分の母親は一体何者なのだろう。


小さな一滴だったはずの不安は広がっていき、その心に大きな影を落としていた。

その不安を知ってか知らずか、ミリナは言葉数少ないまま一歩前を歩き続けていて、その背中だけでは何を考えているのかは読み取れそうにない。


ソフィアはそんなミリナに声を掛けることも出来なくて、ただ黙って後ろを付いていく。

学院を出て丘の麓まで下りれば今度は人通りの少なそうな裏道へ入った。


そこでようやく振り向いたミリナは、どこか真剣そうで、けれどどこか怖がっているような表情をしていた。


「ソフィアさんは、どうして魔法を勉強したんですか」

「……えっ、と……どうして、ですか」


その表情が建物の暗い陰に覆われて少しだけ見えにくくなる。


「深い意味は……ないですよ。ただ単純に知りたいだけです。ソフィアさんがそこまで魔法の道を究め続けて、私を上回るほどの技術を持つまでに至った理由を」


どうしてこんなことを訊いてくるのか、ソフィアには解かりかねたので言葉通りに受け取ることにした。

さっきから漂っている重苦しい空気に怖気づきながらも口を開く。


「少し、長くなるので、歩きながらでいいですか」

「ええ、そうしましょう」


自分のことを喋るのはあまり得意ではないけど、少しずつ言葉にしようと試みる。

ミリナは前を向いたままその話を聞く。




魔法を勉強しようと思った最初のきっかけは、母に憧れたからです。

不思議な力でわたしの暮らしを彩ってくれたその姿を見て、自分も使ってみたいと思いました。

……小さい頃のことなので、あまり詳しくは覚えていません。


それから母に教えてもらうようになって、初めて魔法を使えた時、すごく不思議な気持ちになったんです。

楽しい、嬉しい、昂る、幸せ、気持ち良い、心地良い……どんな感情でも言い表せない気持ちで胸がいっぱいになって。


今でもそれを言葉にできないんですけど、ひとつだけ形容するとしたら「心が満ちる」って言うんでしょうか。

プラスの気持ちになったことは確かです。


その気持ちをもっと味わいたかったというのが、魔法を勉強した理由だと思います。


たくさんの魔法を学んで、実践して、別にそれでわたしの暮らしが変わったわけではないです。

でも心が満ち足りました。勉強する度に新しい技術が増えていって、それまでに学んできたことと繋がって、魔法を使うことがどんどん好きになったんです。


魔法を学ぶことも、魔法を使うことも、わたしの生活の一部になって、そこにあるのが当たり前で。

食事や睡眠と同じようなものになりました。




「……これで、答えになってますか……?」

「ええ。それじゃあ、私から質問です」


振り返らずに前を向いたままのミリナが問いを投げてくる。

その声色は平坦で感情が読み取れなくて、ソフィアはその背中に神経を集中させる。


「勉強していて、辛くはなかったんですか? 誰に認められるわけでもなく、ずっと一人で」

「えっと、確かに、褒めてくれる人はいませんでした。母も、そんなに褒めたりしなくて。でも、わたしは勉強するのが好きなので、つらくはなかったです」

「そうですか。じゃあ、魔法を外で使ってみたいとは思わなかったんですか」

「少しだけ、思ってました。でも、わたしは外に出られなくても満足でした。家の中でも、魔法はたくさん使えます」


どう答えるのが正しいのかもわからないまま、ただひたすら正直に言葉を紡ぐ。

ミリナが何を知りたいのか、何を求めているのか、ソフィアのわずかな人間関係とその経験からは導き出せそうもない。


「そう、ですか。わかりました。変なことを聞いてすいません」

「え、っと……は、はい」


それからしばらくの間、ミリナは口を開かなかった。

その後ろ姿からはやはり何の感情も読み取れなくて、ソフィアの心には不安が募っていく。

何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。


そうやって考えているうちに足は進んでいき、数十分歩いたところで事ここに至って街の中心からは外れた場所に来ていることに気付く。

まだこの街の方向感覚を掴み切れてはいないが、少なくとも帰り道と違う方向に向かっていることはわかった。

周りも建物ばかりで景色が見えないし、まさかこの辺りに捨てられるのかと悪い想像まで出てきてしまって―


というところで突如視界が開けた。


ソフィアの眼下に王都の市街地が大きく広がって、夕日の茜色が照らすその美しさに思わず息を呑む。

数多並び立つ建物の屋根も、街を行き交う人々の姿も、全てが絵になりそうな光景だった。


「わぁっ……! すごく綺麗、ですっ!」

「良かったです。ちょっと遠いんですが、綺麗な展望台なので」


そう言うとミリナが近くのベンチに腰を掛けたので、ソフィアもつられるように隣に座る。

小さな花壇が整備されて季節の花々が植えられているこの場所は、どうやら近隣の人々しか知らない穴場のようだった。


「ソフィアさん。少しお話したいことがあるんですが、いいでしょうか」

「……はい」


ミリナの瞳がまっすぐにソフィアを捉える。

とても真剣な眼差し。


だけどソフィアは気付いていた。その瞳にどこか澱んだ色が混じっていることに。

憎悪と自嘲と恐怖が入り混じったような仄暗い気配。これまでに見たことがない、そして恐らく人には見せないであろう、そんな表情をしていた。


「私、ソフィアさんが来てくれて良かったって思ってるんです。家族と離れてしまったソフィアさんの気持ちも考えないまま、身勝手に」

「そんなこと、ないです。わたしも、ミリナさんと一緒にいて、楽しいなって思います……」

「ソフィアさんは優しいですね。……でも、本物の私はソフィアさんが思うほど良い人間じゃないです。今から、その話をします」


ミリナの視線が逸れる。

少しの沈黙の後にもう一度ソフィアを射抜いた瞳は、先程よりも暗く澱んだ虚ろな色をしていた。


「これを聞いて、私に失望したらそれでも構いません。その時は私なんか忘れてください」

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