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昼食を済ませ、フォルテノンも一通り見終わったところで二人はいよいよミリナの母校へ向かうことになった。

フォルシア王国最大の国立学院は、王都の中心から少し北東に寄った小高い丘の上に位置している。


街の中心を公的機関や王宮などではなく商業地域に譲っているという点からも交易国家としての力の入れ具合が窺えるというものだ。

そういうわけでフォルテノンから15分程歩き、丘の麓までやって来た二人は揃ってその外観を見上げていた。

中央に聳え立つ時計台を筆頭に大小無数の建物が連なる様子と、そのいずれもが統一感のあるゴシック調で整えられているから壮観である。


「うわあ、大きい校舎……! 流石フォルシア王国の誇る王立学院ですね……」

「ええ。私の通っていた魔法科だけではなく、経済科・工業科・法学科など全部で10個のコースが設けられています。ちなみにルミアは経済科の生徒ですよ」

「えっ、ルミアさんもここに通ってるんですか? みなさんすごいなあ……」


ちなみにソフィアの仕事モードはまだ続いたままで、このままだと学院の値踏みすら始めてしまいそうな様子だ。

それはそれで聴いてみたい気もするが。


早速来客用の玄関に向かうと卒業生用の証明書を見せればすぐに許可が下りたので、ソフィアと一緒に校舎の中へ入る。

魔法科の建物は学院正門から近い時計台のすぐ隣に位置していて、それに気付いたソフィアの仕事モードがここぞとばかりに発揮される。


「魔法科ってやっぱり優遇されてるんですか? 建物も他より大きいし、こんな良い立地にありますし」

「卒業生から言うのもなんですけど優遇されてる感はありますね。魔法は国家の発展や防衛軍備にも欠かせない分野ですし、下手すると商業分野と同じくらい重視されてる気がします。ちなみに入学倍率も高くて結構人気です」

「やっぱりみんな魔法には憧れるんですね。ここに通えたらそれだけでステータスになりそうなものですし……」

「あはは……ソフィアさんは直球ですね。実際魔法科を卒業すれば王宮方面や役人への道も開きやすいです。どちらかといえば個人経営に走った私が異端ですね」


あまりここの職員には聞かれたくないような内容を小声で話しながら校舎内を進んでいく。

数年間通っていたとはいえ1年もブランクが空くと目的地への道順を忘れてしまいそうだったが、記憶を辿りながらなんとか間違えずに進んでいく。


座学の教室は広々としていて思わず駆け出したくなってしまう空間だったし、魔法の実習に使うスペースや魔法薬の調合実験室なども多数用意されていて、その豪勢さは他の学校を知らないソフィアでも自然と感じる程だった。

そんなソフィアはそもそも初めて訪れる学校という空間に好奇心を抑え切れない様子で、仕事モードも一向に解除される気配はない。

日曜なので生徒の姿がないこともソフィアの人見知りする性格としては都合が良かった。


「着きましたよ、今日はここで魔法技術の測定をしましょう」

「わぁっ……! なんかすごそうな機器がいっぱいあります」


ミリナがソフィアを連れてきたのは魔法科校舎の最上階に位置する実戦スペース。

ありとあらゆる魔法技術を測定する設備が備えられたこの場所は生徒にはお馴染みの場所であり、自らの実力を測るため月に何度も足を運ぶことさえある。


では早速試してみましょう、とミリナが喋ったそのタイミングで不意に後ろから声を掛けられた。


「おや、ミリナ君じゃないですか」

「わっ…………コロルド先生、お久しぶりです」

「あっ、えっ、と、あぅ……」


見事に一瞬で仕事モードが解除されたソフィアを気にしつつ、ミリナは突然の遭遇に驚きながら対応する。

少し曲がった腰を杖で支えながら柔和な笑みを浮かべる高齢の男性。


「こちらこそ。今日はご友人と一緒なのですね」

「ええ……ああ、ソフィアさん。こちらは魔法科主任のコロルド先生、私が在学中にとてもお世話になった方ですよ」

「あっ、は、はじめまして……」

「初めまして。そちらはソフィアさんと仰るのですね」


魔法科の主任ということは魔法のプロフェッショナルに違いないのでソフィアが大分委縮してしまうのは仕方ないところだったが、それでも人当たりの良さそうな彼の振舞いにソフィアの緊張はそこまで大きくならなかったらしい。


「はい、実は私のところで新しくお手伝いとして彼女を雇うことにしまして、街の案内がてら来てみたところです」

「そうなのですか。人付き合いが苦手なミリナ君にしては珍しいですね」

「痛いところを突かれましたね……まあ、でも在学中よりは改善していると思っていただければ」

「ええ、そうですねえ。……ところで今から測定をするのですかね? でしたらお手伝いしますよ」

「本当ですか。ではぜひお願いします!」


魔法のプロに監督してもらえるのでミリナとしてはありがたい話だが、対するソフィアはミリナ以外の人がいる前で実戦に臨むということで緊張が戻ってきてしまったようだ。

てきぱきと準備を始めた魔法使い二人の背中を眺めながら「あわあわ」という擬音が付きそうなくらい両手をせわしなく動かしている。

そこから数分も経たないうちに準備が完了し、いよいよ緊張がピークに達したソフィアは後に引けなくなってミリナに指定された位置についた。


「え、えっと……ここで、何をすれば、いいんでしょうか……」


後ろを振り返りながら尋ねるソフィア。カチンコチンに身体が固まっているのを見て少しだけ苦笑するミリナ。

コロルドは微笑ましいというように二人の様子を見守っていた。


「ええとですね。最初は魔力量の測定から入るのが定石なんですが、緊張してる中いきなりというのも忍びないので軽くウォーミングアップです。今ソフィアさんの前に大小様々な物体が置かれていると思いますが、これを浮遊魔法で持ち上げてください」


椅子やテーブルといった小さめのものから、本棚や木材の塊といった大きめのものまで雑多に積まれており、魔法科の生徒も準備運動的によく使っている代物だ。

ちなみにミリナは入学当初にこれらを一気に全て持ち上げて周りを驚かせるという事件を起こしたのだが、それはまた別の話。


「は、はい……し、失敗しても、笑わないでくださいっ……」

「大丈夫です。私もコロルド先生もそんなことはしないですよ」

「うっ、は、はいっ……じゃあ、いきます」


やはり緊張の抜けなくて固まりそうな腕をゆっくり動かして前方へ向ける。

指先から少しずつ溢れ出した魔力光が広がっていき、やがてソフィアの全身を包み込んで周囲すら目映く照らし始める。

その光が散らばった数多の物体を掌握していき、そして―



その場にある全ての物体が一斉に宙へ浮かび上がった。



「えっ……嘘……!?」

「っ…………!」


ミリナの目が大きく見開かれる。

その後ろではコロルドが鋭く息を吸い込む音がした。


「あっ……あの、これで、どうですか……?」


ソフィアが恐る恐るといったように振り返る。

しかしその目に映ったのは大きく口を開けたまま静止し、何も返事をしてこないミリナの姿だった。


「ミリナ、さん? もしかして、まだダメ、でしょうか……?じゃあ、こうしますっ……!」


もしかしたら出来が悪くてミリナさんに呆れられてしまったのかもしれない。じゃあもっと頑張らないと。

ソフィアの瞳はそう言いたげだった。


魔力光が更にその勢いを強めたかと思えば、持ち上げたままの対象達に再び注がれる。

そして今度は物体達が円を描くように整列して空中をぐるぐると回り出した。


「……は? なに、これ……」

「……ミリナ君、これは一体」


ソフィア相手の敬語も忘れたミリナが呆然と呟く。

まるで大道芸人がジャグリングをするかのように、ソフィアの魔法で本棚が、テーブルが、実験機器すらも宙を自在に動き回る。


「……あの、ミリナ、さん……まだ、ダメですか……?」

「…………っ! ソ、ソフィアさん! もう大丈夫です! 下ろしていいですよ!」

「そ、そうですかっ……じゃあ、よいしょっと」


その掛け声に合わせて浮いていた物体達がゆっくりと降下する。

音を立てないように静かに元の位置へ戻されたのを見届けたミリナは、ぎこちない足取りで一歩一歩ソフィアへ近付く。


「あの、ソフィアさん」

「は、はいっ……なん、でしょう……?」

「……詳しく話を聞かせてください」

「ふぇっ……!? ミ、ミリナさんっ……?」


いつになく真剣な表情で問うてくるミリナと、その後ろで眉間を険しくするコロルドの姿にソフィアは怯えていた。

無論、その驚くべき高度な魔法技術が理由であることを本人はまだ知らなかった。

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