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「……リ……さ……」

「…………」

「ミリナさんっ!」

「ふぇっ!?…………あっ、すいません……!」


いつの間にが自分の前に回り込んでいたソフィアが心配そうにこちらを見つめていた。

考え事に集中していて、彼女の呼びかけに気が付かなかったらしい。


「ミリナさん、大丈夫、ですか? 声掛けても、お返事がなかったので……」

「すいません。ちょっと考え事をしてしまって……気にしないでください」

「そう、ですか……わかりました」


ぼんやりしながら歩いていたので改めて周りを見渡す。

幸い休日によく通る道をそのままなぞっていただけだったので、今いる場所に問題はなかった。


人が徐々に多くなってきて、最初の目的地にしていた商業地域まではあと少しだ。


「ソフィアさん、あの……手とか繋いでおきましょうか?」

「へっ……!? あっ、えっと、ど、どういった理由で」

「あっ……あのですね! もうすぐ一番混んでる地域なのではぐれたら危ないなあと思いまして!」


さっきボケっとしたまま歩いていた自分が言っても説得力がないと後から気付くが今更撤回もできない。

どうして突飛にこんなことを言ってしまったのだろうと考えても頭が回らない。


「そっ、そうですね……じゃあ、ミリナさんがよければ……」

「え、ええ! 私から提案したので全く問題ありません!」


こうなったらいっそ自分から……!と思い切ったミリナの左手がソフィアの右手を握り締めた。


「あっ……ミリナさんの手、あたたかいですね」

「……!」


そう言ってにっこりと微笑んだソフィア。

その反応がとても自然で、可愛くて、思わず目を奪われてしまう。


「……ミリナさん、どうしましたか?足が止まってますけど……」

「いっ、いえ。人と手を繋ぐのが久々で緊張してしまって、あはは……」

「ミリナさんでも、緊張することってあるんですね。意外です」


運よくソフィアの方から話を進めてくれたおかげで沈黙せずに済んだ。

自分からこんなことを言い出してしまったのは一旦忘れて、気を取り直しながら歩き出せば目的地はもうすぐだった。


少しずつ人波が大きくなっていくにつれて、やはり緊張してきたのかソフィアの手の握り締める強さが増していく。

彼女の柔らかい手のひらの感触を感じているとこちらまでドキドキしてしまう。

その高鳴りで今度こそ会話が途切れてしまいそうになった時、目の前が急に開けて景色が広がった。


「わぁっ……!ミリナさん、ここですか?」


そこはとても大きな広場で、建物で遮られることのなくなった澄み渡る青空が広々とその姿を見せる。

溢れんばかりの人々が奏でる賑やかな休日の喧騒の中、馬車に乗せられたたくさんの貨物が行き交う。


「ええ、ここが王都最大の商業地域 フォルテノンです」


フォルシア王国の名前の一部を取って命名されたこの地域は、あらゆる物と人が交差する、商業国家を象徴する場所であった。

広場を取り囲むように数多の出店が軒を連ね、そこから更に奥へと放射線状に道がいくつも伸びていて、その先では様々な業種が競い合うように店を構えている。

更にその放射線の終点を点で繋ぐように外側にも円形の大通りが作られて地域全体が丸く繋がっていた。


そんなフォルテノンは世界でも屈指の商業地域として栄えている。

世界の広さをこれでもかと実感するような場所に足を踏み入れ、ソフィアのテンションが急上昇していくのは当然の帰結だった。


「ミリナさんっ、今日はここを見て回っていいんですか!」

「そうですよ。ソフィアさんの気が済むまでお付き合いします」

「はい! じゃああっちの食べ物が売ってる方から行きたいです!」


すっかりはしゃぎ出したソフィアがミリナの手を引いて今にも駆け出しそうだ。

無邪気に喜ぶその姿にミリナはさっきと同じ胸の高鳴りを覚えながら、結局彼女の手に引かれるままにフォルテノンを奥へと進んでいく。


最初はひたすらテンション高く小走りになっていたソフィアだったが、少しするうちに落ち着いて辺りを見渡すようになってきた。


「フォルテノンは結構道幅が広いんですね。商業地域の道路は狭いイメージがあったんですが」


また仕事モードに入ったようだ。声色の変化もはっきりしているから数回目だけど簡単に見抜けるようになってきた。


「確かに地方に行くとそういう区域も見掛けます。ただフォルテノンは国家の中心的存在ということもあって、国が動いて整備を進めてきた場所で、馬車や荷物を運ぶ人の交通の便を考えて道幅はかなり大きく作られています」

「なるほど。では店頭の幅が広いのも荷受けを楽にするためという解釈で合ってますか?」

「そうです。馬車ごと店先に付けるという目的で広めに取られてます。そもそもここの土地は国が管理して売買しているので、整備の段階で建物の幅は調整されていたんですよ」

「そこまで手掛けてるんですか! 確かにその方が業種の把握もしやすいですし、店舗に関する税金の管理も楽ですね」

「……やっぱりソフィアさんは鋭いですね。まさにその通りで、ついでに違法な業者が蔓延るリスクを低減するという目的もあります。店舗の密集地帯に隙間なんてあったらそこに居つかれる可能性は高いですからね」

「確かにこの賑やかさの割に治安はよさそうです。建物の外観もある程度統一が図られていて観光資源としての意識も垣間見えます。ふむ……すごいところだなあ」


ミリナからすると初見でそこまで考察の及ぶソフィアの方が凄いのだが。


「ちなみに私たちが入ってきた入口部分ですが、王都の北門から一直線で繋がっています。同様に反対側の入口は南門から一本です」

「うわあ……すごいです、利便性を通り越してロマンがあります……!」


都市設計にロマンを感じ始める15歳、それはそれで何だかおかしくてふふっと笑ってしまう。

それに気付いたソフィアが「はて?」と小首をかしげるのでとりあえず微笑んでおいた。その仕草も可愛いなあと思う。


そこからソフィア(仕事モード)の都市考察に流されるままに1時間以上フォルテノンの中を歩き回り、いよいよ二人ともお腹が減ってきたのか居所が悪そうに虫が鳴く。

それを合図にしてミリナが昼食休憩を提案したので、二言なく承諾したソフィアと共に行きつけのレストランへ向かうことにした。


フォルテノンの放射線状の中間辺りに位置するその店は建物の2階に構えており、一見だと見逃してしまいそうな店構えをしていた。

1階の鮮魚店のインパクトに掻き消されて視界から消えそうな階段を登っていくと、10代が訪れるには少し気後れしてしまいそうな上品そうな深茶色のドアを開けて中へ踏み入れる。

ミリナがこんにちはー!と呼び掛ければ店の奥からシェフと思しき男性が出てくる。


「おっ、ミリナ嬢じゃないか! ウチに来るのは久々だな」

「お久しぶりです、ダンデさん。この辺りを散策してたらお腹が空いたので真っ先に来ちゃいました」


こんがりと日焼けした肌が印象的なシェフはダンデといって、この店を切り盛りするオーナーも兼ねている。

ミリナとは旧知の仲のようで気さくに話をしていた。


「嬉しいこと言ってくれるねえ……おや、そこのお嬢さんはツレの方か?」

「ええ、うちもお手伝いさんを雇うことにしたんですよ」

「そりゃあ良いことだ。お連れさんもゆっくりしてってくれな」

「はっ、はい。ありがとうございますっ……!」

「ははは。そんなに畏まられると驚いちまうな。そんじゃあ、ご注文お待ちしてるぜ」


そう言い残して厨房へ戻っていったダンデを見送り、慣れた様子で席に着いたミリナとそれを追うソフィア。

手早く注文を済ませてからソフィアは興味津々でミリナに尋ねる。


「ミリナさん、こちらのシェフさんとはお知り合いなんですね」

「ええ。私、週1回フィリス港から水揚げされたばかりの魚介類を運搬する仕事をしてて、それをフォルテノンの市場まで持ってきてるんですけど、この店は魚を買ってる店舗のうちのひとつです。ちなみにダンデさんはここの下の鮮魚店のオーナーでもあるんですよ」

「へえ……確かにフィリス港から比較的近いとはいえ陸路で運搬すると数日掛かりますよね」

「そうなんですよ。数日は魚介類の劣化には十分な時間ですし、物理的な温度管理って難しいんですよね。でもスカイレイクなら短時間で運べるし、冷却魔法を使えば保冷も完璧です」


基本的には毎週水曜日。

漁船が戻ってくる時間に合わせるため朝早くから家を出なければならないので少し大変ではあるが、定期的な仕事ゆえにミリナの収入源としてはありがたい話である。


「高いお金を払っても新鮮な魚が欲しい人ってたくさんいるんですね。でも、それを実現してこそ商業都市!って感じがします」

「まさにそれがフォルテノンの希少価値を高める一因になっています。そう考えるとこの街に貢献する私の仕事は捨てたものじゃないなあと思ったり……なんか照れますね」

「照れてるミリナさんも可愛いですよ」

「なっ……まさかソフィアさんに揶揄われる日が来るとは思いませんでした」


どうやら仕事モードに入ったソフィアは人を揶揄う余裕もあるらしい。

照れ隠しをするようにこの街の解説を続けていると、ダンデが自ら料理を持ってきてくれた。


「ほら、ご注文の鯛のムニエルだ。冷めない内に食べてくれよな」

「ありがとうございます、これは今週私が持ってきたやつですか?」

「ああ。……毎度ながらミリナ嬢は本当に凄いな、この鯛も全く劣化が見られなくて料理に出しても評判なんだ」

「ちゃんと運べていたようで安心です。来週も色々持ってくるので待っててくださいね」

「おうよ、それじゃあ混んできたから俺は戻るぜ」


そんな会話を楽しんでから早速ムニエルに手を付けると、柔らかく滑らかな食感と刺激的な香辛料の風味が口の中いっぱいに広がる。

ソフィアもご満悦のようでもぐもぐと嬉しそうに頬張っている。


こんなに美味しい魚をここで食べられるのはすごいことです、と前置きしてから一言。


「ミリナさん、やっぱりすごい人なんですね」

「て、照れますよ……人に褒められることってあまりないので」

「じゃあこれからはわたしが褒めるようにしますね、可愛いミリナさんをもっと見たいので」


言ってやっぱりにこにこと微笑むソフィア。

そうやって笑ってるソフィアさんの方が可愛いですよ、とは恥ずかしくて言えなかった。

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