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ミリナの運送屋は日曜日が休みだ。


ビジネスに関する配達依頼であればほとんどが平日になるので、土日を両方休みにしても売上には問題ないのだが、たまに個人依頼で休日を指定してくるお客さんもいるので土曜は営業している。

休日は1週間分の買い物を済ませたり、魔法の勉強に費やしたりするのが主だが、単純に体力回復という意味合いもある。


だが今日はいずれでもない。なんたって一日かけてソフィアにこの街を案内する予定なのだ。

ミリナはこの王都という街のことをそこそこ好いており、初めて訪れる人にあっと驚いてもらえたり気に入ってもらえそうな場所をいくつも紹介できるのだが、残念ながら交友関係が狭いのでその機会は滅多にない。


しかし、今回は初王都どころか外の世界に出るのが初めてというソフィアを案内できる。

自慢の街を一緒に歩けるまたとないチャンスに朝から浮足立っていたのか、わくわくしすぎて予定の起床時刻より2時間も早く起きてしまった。


アラームが鳴る前の時計を眺めながら早速一言。


「嘘……私のメンタル、子供すぎる……」


実年齢を2で割ったくらいの年齢感のような出来事に愕然とする。

遠足が楽しみで眠れない子供は卒業したが、プールが楽しみで早く起きてしまう子供はまだ卒業できていなかったらしい。ちなみに成人は18歳なので一応まだ子供ではある。


自分で自分に気まずくなってしまった微妙なテンションのまま取り敢えずベッドから出る。

何もすることがないので適当に髪を整えて、ひとまず着替えを済ませる。そこまでして結局手持ち無沙汰になった。


とはいえ朝から事務作業をする気にはならないし、かと言って起きたばかりの脳で昨晩読んでいた時間魔法の本の続きに手を付けるのは難しい。昼間読んでいても頭が追い付かなくなるので到底無理だ。

というわけで街の地図を広げながらぼんやりと今日のルートを考える。


この家が位置しているのは王都の外縁部なので、ぐるっと一周するような形で動きつつ、その途中で中心部に寄ってみるくらいの感じが良さそうだ。

ソフィアを連れていきたい場所をいくつか挙げながら、それらを全て制覇できるようなルートを考えてみる。

景色が綺麗な場所、賑やかな商業地区、魔力測定をしに行く学院。行きたいところは色々だ。


その中で「昼間にこの辺りを通ると混んでるかな」と考えていた時にふと思ったことがあった。


(ソフィアに悪い虫が付くのは嫌だなあ……)


王都、すなわちこの国で最も栄えている都市であり、そこに集まる人間の数も特別多い。

ましてや休日なので王都の外から訪れている層も一定数いるだろうから荒くれ者が混じってくるのは仕方ない。


そういう輩がソフィアに目を付けてしまうと面倒臭いなと思う。

彼女は控えめに形容しても美少女という言葉がよく似合うし、少し気弱なところも庇護欲を掻き立てる節がある。

そうならないように周りには気を付けないと、まで考えたところでミリナの思考が急停止する。


(……あれ、今、名前を呼び捨てで……)


びっくりした。人付き合いが苦手な自分が、出会ってまだ1週間の相手を無意識のうちに呼び捨てにするなんて。

数少ない友人達でさえ名前を呼び合う仲になるまで何か月も掛かったというのに。


何故だろうと考えてみる。

先程彼女に対して庇護欲という言葉を使ったが、それが無意識にイメージされて保護者の心境になっていたのかもしれない。

それなら悪い人間から守ってやろうという思考に至るのも理解できた。


自分がソフィアを守ってやるところを想像して、ミリナはなんだか嬉しい気持ちになった。

怖がっている彼女を抱き寄せて、手慣れた魔法で悪党どもを一掃して、それから大丈夫だよと声を掛けてみる。

そうしたらきっと彼女は安心したように身を預けてきて、花も羨むような可愛らしい笑顔を見せて―


(うーん、これは保護者……なのか?)


魔法にも勉学にも秀でた天才であるところのミリナだが、人間関係にはどこまでも疎かった。

自分の心境がいまひとつ理解できなかったが、これ以上考えてもわかりそうになくてルート検討に戻る。


それから休みくらいは全部自分で朝ご飯の準備をしようとキッチンに向かう。

さっきまで自分の気持ちがわからなくて悩んでいたことすら忘れてトーストの用意をするミリナの姿はとても楽しそうで、徐々に差し始めた朝の光も相まってリビングには明るい空気が流れる。


ソフィアが起きてくるまでの間、ミリナはずっと浮足立ったままだった。





「では出発しましょうか」

「はい、よろしくお願いします。ミリナさん」


午前10時、身支度を整えた二人は家の前に集合していた。

朝から食事が用意されていたことにソフィアが驚いて一時停止するといった細かいアクシデントはあったが、概ね問題なく準備は進んだ。


ソフィアは先週の買い物で手に入れた小さめのショルダーポーチを肩に掛け、わくわくする気持ちを抑え切れないというようにミリナをしきりに見つめている。

その姿がやっぱり小動物のようで思わず頭を撫でたくなる衝動に駆られるミリナだった。


「今日は先に商業地区を見て、その後学院へ。それも終わったら街をぐるっと一周するルートで戻りたいと思います。何か他にリクエストはありますか?」

「いえ、大丈夫です。ミリナさんが案内してくれるだけで、その、嬉しいです」

「……! それは、よかったです。じゃ、じゃあ早速行きましょう」


自分の名前を呼びながら頬を赤くして照れてみせるソフィアの表情に何故だか胸が高鳴る。

少し動揺したせいで次の言葉を噛んでしまった。


こちらも顔が赤くなってしまいそうになるのを誤魔化すように歩き出せば、ソフィアが一歩後ろを付いてくる。

それを確かめて、まずは外周を歩きながら王都で一番大きい商業地区を目指していく。

先週ソフィアと買い物に行ったのは自宅から近くにある小さめの商店街のような区域で、そこでも目をきらきらさせていたソフィアの様子だと今日の目的地ではどれほどの反応を見せてくれるか楽しみだ。


そこまで考えているうちに顔の熱さも引いてきたミリナは保護者モードに戻りつつあった。


「この街って、一周すると何時間くらい掛かるんですか?」

「ゆっくり歩けば6時間くらいですかね。王都とは言いますがそこまで大きいわけではないですよ。政治や軍備・教育の機能が集中していて、更に商業地域も点在しているので居住区域は少なめです」

「そうなんですね。ということは、普段は王都の外に住んでいる人が日中だけ通っている例も多いんでしょうか」

「まさにその通りで、職場が王都内であっても居住地は外という人が全体の半分以上に及んでいます。学校に通う若者や商業を営む人たちにその傾向がよく見られますね、逆に役人だと王都内に居を構えている人が多いみたいで」

「なるほど。やっぱり交易が盛んな国の王都だけあって物流や商業の機能に多くが割かれているんですね」


そういえばソフィアの口調がはきはきしているな、と思って後ろを振り返ってみると目つきが仕事モード(仮称)になっていた。

社会や地理に対する知識の豊富さはこれまでの会話で十分知っていたが、実際に外に出て学んだことに触れてみると実感が湧いて楽しいのだろう。

かくいうミリナも座学で習った魔法を実践してみたり、知識だけで覚えていたこの国の色々な地域に足を運んで自分の目で見るのは面白いと思う。だからこそソフィアのそんな気持ちがよくわかるし、もっと楽しんでほしい。


「他に気になることはありますか? 私の知っている範囲ならいくらでもお答えしますよ」

「じゃあ、次は―」


そうやってソフィアの尽きそうにない問いに返しながら大通りを歩いていく。

改めてこうやって歩いてみても景観の美しさに目を引かれるし、周りを歩いている人が多いこともあって活気に満ちた街は魅力的に映る。

高い位置まで昇ってきた太陽の光が街全体をさんさんと照らして、その賑やかさと明るさを増幅させる。


だけど、今のミリナにとってはそれ以上にソフィアがきらきらして見えた。

初めての世界に瞳を輝かせながら自然体で楽しむソフィアの様子は、普段の落ち着いていて気弱なところもある彼女とは違っていて、そのギャップに脳がくらくらするような感覚に陥る。

上手く言葉にできないけど色々な感情と疑問と希望が入り混じるような、これまでの17年の人生で経験したことのない感覚だった。


それらをゆっくり時間を掛けて一個ずつ紐解いてみる。


ソフィアがこうやって楽しんでくれていることが嬉しい。一緒に暮らし始めたのも悪いことじゃなかったなと思う。

普段の気弱なソフィアからどうやって切り替わるのだろう。口調が変わるくらい勉強が好きなのなら魔法も学んでいたのだろうか。だったら話をしてみたい。

今のソフィアの笑った顔が可愛らしくてもっと見ていたい。でも落ち着いている時のソフィアも嫌いじゃない。


ソフィアがこうやって誰かに遠慮せずに楽しく過ごせるようになってほしい。

ソフィアが自然体で楽しくいられるような存在に― 私がなってみたい。


この気持ちが恋であるとミリナが自覚するのは、もっと先のことだった。

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