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Day2

「そうやね、相川さんよく話すから。いろいろ教えてくれようとするところはありがたいんやけど、自分で切らないとずっと続くよね。芽衣ちゃん、相手が話し終わるまで聞き続けるけど、優しさでも何でもないからね」


さっきの話を八巻さんにしたところ、バッサリ切られた。


「ちょうど相川さんの隣の席になったことだし、話し切る訓練って思ってちょっとずつやっていってみたらいいんじゃないかな?他の人からも話しかけられた時も芽衣ちゃんうまいこと相づちうつから、みんな話したくなっちゃうんよ。聞き上手やからね。自分でコントロールできるように訓練訓練。ね?」


八巻さんはレッツチャレ―ンジ、と軽いファイティングポーズを取った。

やってみます、と返事をしてみたができるだろうか。

 八巻さんは、私の悩み事や自分では不明瞭にとらえきれていないことに対して、よくアドバイスをくれる。でも優しさではない、はずしりと来た。本当に、その通りだから。


「いつまで話してるんかなぁ、とは思ってたんだよね。芽衣ちゃんに聞きたいことあったんだけど、何回見ても相川さんに捕まってるから」


八巻さんは白シャツを気にすることなく、トマトパスタを器用に巻いて口に運んでいく。私だったらシャツにソースが飛ぶのを気にして、注文できない。


「そうなんですか、ごめんなさい」

「全然、ちょっと聞きたいくらいやし。昼終わったら、聞きに行くね」

「はい……」


それに引き換え私はクルクルと、何回巻いてもパスタがうまくまとまらなくなってきた。

八巻さんにさえずっと話してるって思われているんだから、ほかの人からしたらもっとサボっていると思われているだろう。

相川さんは社歴も長いベテランで、社内でのポジションも確立しているからいいけど、私なんて入社してようやく2年がたったくらいの、しかも即戦力なんて言えないくらいだから――。


「芽衣ちゃん、さっきの会議で息切れ上司の言ってたやつなんだけど」

「あ~」


さっきの会議では、松村さんが出した議題に荒れた。

松村さんチーム所属の八巻さんは、家で夫さんに話をするときに、社員それぞれの特徴を取ったあだ名で話しているらしい。松村さんは事あるごとに忙しいと言いながら盛大な息を吐く。私も通路から盛大な息遣いが聞こえると思ったら、松村さんだったことが何回もあった。松村さんの隣の席の八巻さんからしたら一日に何回も聞こえてうっとおしいことだろう。

うっかり前に私と話しているときに松村さんをあだ名で言ってしまい、それ以降たまに名前を度忘れした時にあだ名が出てくるようになった。毎日のように隣の席にいる人の名前を忘れるのは、驚きだったが。

私は自分のあだ名が気になるが、ある種こわくて聞けない。


「そっちのチーム、大丈夫?月初は忙しいよね。いくらなんでもこの時期に出張かぶるのは、ずらせないか話してみるよ。お客さんに言われるがままスケジュール組んでると思うんだよね。まぁ、剛力さんから松村さんにスケジュール確認はいったけど、松村さんがいつも通り確認もせずに適当に返事したんだと思うんよ」

「スケジュール管理とかは松村さんがされるんですね~」

「まぁ、実務担当者でもあるからね」


相川さんが怒っていたのはこれが原因だ。新しい期を迎え、今期のやり方をお客様に提案するかという議論の中で、松村さんチームと私がいるチームでやる業務なのになんと来月松村さんのチームは出張でほとんど加われないと会議で発表があったのだ。


「相川さんとかめっちゃ怒ってるよねー。なんだかんだ言ってもあの人責任感強いから、いつも時間とか関係なく人一倍やってくれるし」


そこもあとで話聞きに行ってみるねと話す八巻さんは、相川さんをどう見ているんだろう。私のように庇護の対象、としているんだろうか。

でもフォローを入れてくれるのは、ありがたい。

八巻さんは本当に素敵な人だ。社会人としてもう20年以上の経歴で仕事ができるのはもちろんのこと、人としても誰に対してもフラットに接し、社内からもお客さんからも愛されている。自然に人が集まってきていて、人から好かれる人ってこういう人なんだなぁ、を目の前にしている感じだ。話を聞きたいし、話をしたくなる人。

なので私も、ちょっとした相談事でも話しやすい。


「あの、それなんですけど──」

「ん?」

「案1と案2のその前の話なんですけど……。あの業務って工程上このステップを踏まないと私たちができないところって限られてるじゃないですか。そこの部分だけ月初に一気にやる形式やめて、月末にお客さんから資料を早めにもらってやることってできないんでしょうか。お客さんにお願いしないといけないとこではあるんですけど。あと、任意で各自手が空いた時にやることになってるから、工程ごとに担当決めるとか……相川さんの不満って、結局ここなんじゃないかと思うんです。手が空いた時にってなってるけど、やらへん人もいるやんっていう……」


話しながらクルクルとフォークを回したら、大福並みになってしまった。

まき直しだなぁとフォークからパスタをはがしていると、視線を感じた。顔を上げるとじっと八巻さんが私を見ていた。


「なんでそれ、会議で言わなかったの?めっちゃいいやん」


一瞬、差し出がましすぎたかと思ってヒヤッとした。

まさかのお褒めの言葉で、ほっとした。


「見当違いのこと言ってるかもしれないし、私がそんなこと言っていいのかもわからなくて……」

「え?いいんだよ、会議ってみんなで話し合う場所だよ」


八巻さんは当然のように言った。

そりゃ、八巻さんだったらわかるかもしれないけど、私にはわからない。この発言を会議でしていいのか、見当違いのことを言ってラリーが続くような会議の空気が悪くならないのか。悪くなるくらいなら、自分が悪く思われるなら言いたくない。

いいって言ってくれた八巻さんの言葉を否定したいわけじゃない。けど、今回はたまたま合ってただけかもしれない。まだチームで一番社歴の浅い私なんかがさっきの意見を言うと、誰かの意見を否定することにもなりかねない。わかってないのに何言ってんのって思われたくない。


「言いにくかったらしばらく私から言ってみてもいいし。慣れたら芽衣ちゃんから発言してもらえたらっ、てやばい。あと十分で昼休み終わる。急いで食べよ」


腕時計はもう、12時50分を指していた。

昼休みに入ってからもしばらく仕事していることもあるから、休憩明けに少し戻るのが遅くなっても誰も何も言わない。けど八巻さんはこういうところを気にする。


「うん……」


八巻さんは、いつも私の面倒を見てくれる。

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