表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

Day1

(ほんまにこの人、よぉ喋るなぁ~)


今日もやからが元気だなぁ。

頭の片隅にそんなことがよぎった私の目の前では、相川さんがしゃべり続けている。


「……でな、もうずっとこのやり方でやっていくって暗黙の了解やねん。今回案2つ目出てきてたけど、あんなん見せかけやで。1つ目でいいって全員で決めたことにしたいんよ。やり方については、うちら何回も改善提案したけど、一向になんもしてくれへんし」

「えー、そうなんですかぁ」


概要だけでよかったけど、そうはいかないらしい。

相川さんは私との席の境目に置いているファイルの山に肘をつき、こちらに身体を向けて強く頷いた。

仕事しながらさらっと軽く聞きたいと思ったのが甘かった。語りたいことが山ほどあるようだ。


「そもそも報酬に見合ってないんよ、絶対。剛力さんのチームが契約してる仕事やのに、何で社内では分担制になってんねんって感じせぇへん?うちらの忙しい時期と丸被りやのにさぁ」

「そうですねぇ…」

(秘技、困り顔!!)


とりあえず同調していれば安泰だろうと、私は曖昧な笑みを浮かべた。

 この会社に入社して2年弱。私の所属しているチームは各々担当業務をしながらも、合間を見つけて別部署の顧客対応もヘルプで入っている。さっきの会議で、新しい人が入るまでもうしばらくの間ヘルプに入るようにと言われ、ヘルプであることを初めて知った。


「じゃあ月初は過去来忙しいんですね」


相川さんは社歴10年以上のベテラン。社内事情から他部署の業務まで幅広く把握している。

隣の席になって3週間、ぼんやりと気づいていたが相川さんは『話す』と『仕事をする』の両立はしないと確信した。話すときは手が止まるし、相手をしっかり見ながら話す。しかも結構()()に。無駄口をたたくことなく集中して仕事し、たまに話しかけられても気づかずにいる。

別に悪いことじゃない。けどそうされると、質問したこっちだけ書類に目をむけて話を聞くのは失礼な気がする。合わせるように、私は膝に手を置いて、相川さんの話をじっくり聞く体制を取った。悪く思われたくない気持ちが、私を動かす。


(もう何分話してんの?要点だけでええねんけど。これで残業とかなったら、ほんま勘弁やわ~)


あたしが入って来た時なんてなぁ、とさらに熱を上げた相川さんの話を、私は強く頷きながら聞く。


(そもそも質問したことと違うこと言ってるやん。もう何聞かれたんかわからへんくなって自分のしたい話してんやわ)


耳を塞いでも聞こえる声が、私の耳をうっすらと通り過ぎていく。


「もともとはITチームが契約取ってきて、そんときにこっちの分野の仕事もあったから剛力さんのチームに話行ったんやけどな。チームメンバーが一気に5人くらい辞めたときあったやん?」

「らしいですね」


剛力さんは社内でも少数しかいない、女性の管理職だ。担当業務のチームに加えて、業務的に関連あるからということで、私が所属するチームの統括もすることになったらしい。間接的にしか関わらないチームの統括もするなんて、能力が高いんだろう。


(ほんまに?)


ほんまにって、なにがほんまになんだろうか。

けれど考えてもしょうがない。スルーに限る。


「あれ、じゃあ芽衣ちゃんが入社する前かな。ほんまに1か月に1人辞める以上のペースで辞めていってん。あたし初めて見たわ、『退職します。明日からはもう来ません。有休消化でお願いします』って書いてある退職届っ!まぁわかるなって思ったけど」

「えー、じゃあその時期大変そうですね」

(めっちゃ楽しそうに話すやん)


さっきから横を通る人たちがちらちらとこっちを見ているのが視界に入る。

いっそのこと注意してくれれば終われるのに。でもこっちから質問した手前、じゃあそろそろ仕事に集中しましょう!なんて言えない。


「あっちチーム単独の仕事やのに、退職ラッシュがあったときにあたしらもさばくようになったっていうのもあって、今もさせられてんねん」

「そうだったんですねー」


ようやく聞きたいところまで話が進んだ。

だから人が入るまで、ヘルプお願いしますって言われてたんだ。


(ヘルプ長ない?そんなに人入らへんの?)

「めっちゃ腹立つ。こないだもあっちのチームの研修資料、全部うちらで印刷して、会議室の準備も整えてってしたやん。あれで時間取られたしさぁ。剛力さんは指示だけして出かけていったし」


相川さんは芋づる式に思い出した不満がヒートアップしてきたのか、ファイルを軽く殴るふりまで始めてしまった。これはしばらく話が止まらなさそうだ。

よほどの怒りがたまっているのだろう、色白の相川さんの頬が上気し始めた。

でもぷりぷり怒りながらも眼鏡を拭く様子が、アライグマが木の実を洗っている様が思い出されてかわいらしく見えてきてしまう。

相川さんはまだ話そうとしたが、内線が彼女を呼んだ。


「とにかくな、剛力さんは社内の女王様でほんま誰も逆らえへんから、注意やで」


通路にいる人にも聞こえないくらいの小さな声でそう言うと、相川さんは電話をとった。

さっきまでとは打って変わり、早速ですが今月の変更事項の詳細につきまして、と標準語で話しはじめた。


(あぁ~、やっと話終わったわ。長かったぁ。結局もうお昼やんけ。午前中は会議と、アライグマの話聞いとったら終わったようなもんやわ。もう諦めて続きは昼からや、昼から)


時計を見ると11時53分を指していた。今日はランチの約束があるから、12時ぴったりに会社を出たい。あと5分弱で机に広がる山積みの書類はさばききれないので、すぐできそうな会議の議事録作成に取り掛かった。


(結局やるんかいな)


呆れるやからの声が聞こえるも、またしても聞こえないフリをした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ