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8話

「いいだろう。少女への実験はやめじゃ。……その代わりに君への実験を始めよう」


……彼の興味は、完全に僕に移っていったようだ。


「……ここじゃ少々狭いのぅ。実験室に移動しようか」


 所長はそう言いながら、部屋の奥へと進んでいく。僕と少女もそれについて行った。


 やがて、とある一室に到着すると、所長がその扉を開ける。中に入ってみると、そこは広い空間だった。


 何一つ物が置かれていない。ただ、広い空間がそこに広がっていた。


「ここはのぅ、ワシが能力を用いた実験を行う際に使う場所じゃ」


 所長はそう説明しながら、部屋の中心で僕と向かいあう。 


「……さて、それじゃいくとするかの」


 彼はそう言うと、片眼鏡に手をかけ、ニヤリと笑った。


 その瞬間、彼の目元に幾何学模様のような光が浮かび上がる。


 この感覚……能力か!


 ……所長の目から、霧状の何かが放たれた。突然の事に僕は避ける事が出来ず、その何かを全身に浴びてしまった。


「うう、これは一体……」


 頭がぼーっとする。


「安心せい、命に別状は無いわい」


 所長の声が聞こえるが……何だかドキドキする。


「さて、キミの力を見せてもらおうかの」


 所長はそう言って、僕に向けて指差した。その瞬間、僕の心臓がドクンと跳ね上がる。……まるで彼に心を鷲掴みにされたかのような感覚だ。


「キミがワシを倒す事が出来たら、実験完了じゃ。彼女を救いたければ戦うがよい」


 所長はニヤリと笑い、そう宣言した。


 つまり、彼を倒せば、実験を終わらせることが出来るということか。……でも、なぜかそれが名残惜しいと感じた。


 おかしい。一体どうしてしまったんだ?


「うーむ、攻めてこないのか。……では、こちらからいくぞ」


 所長はそう呟き、こちら……ではなく、少女の方へと視線を向け、能力を発動した。


 その瞬間、またもや霧状の何かが所長の目から放たれた。   


 まずい、彼女が! 僕は慌てて彼女の方を向く。


 ……幸い、先ほどよりも霧状物質のスピードは遅かった。僕は能力を発動して彼女の元まで駆けつけ、代わりに霧状の何かを全身に浴びる。


「ほう、少女を守る為に能力を使うか。……良い心がけじゃ」


 所長の声が聞こえるが……なんだか、頭がボーッとしてうまく考えられない。


 先ほどよりも体が熱くなっていく。動悸も激しくなっていき、まるで自分が自分じゃなくなったかのような感覚だ。


 所長ともっと一緒に居たい。彼のことを考えると、頭が熱くなっていく。


 所長の能力によって発生した霧状物質を吸うたびに、所長への思いが強くなっていく。……だけど。


「真壁さん!」


 少女の声が聞こえ、僕の意識はハッと元に戻った。


「ご、ごめん。僕は大丈夫だよ」


 ……そうだ、今は少女を救わなくちゃ! 恋している余裕なんて無い。僕は、所長に勝つんだ!


 きっと、この恋も惚れ薬によるものだ。所長の能力は、自由自在に薬を発射する事なのかも知れない。


 ……それなら。


「はっ、はああああっ!」


 能力の出力を最大まで上げる。……体を変化させれば、薬の効果に抗えるはず!


 思いを強めるたびに、全身に猫の毛が広がっていく。猫耳と尻尾のアクセサリーが体と結合し、体の一部となった。


 ……よし、これで! 僕は所長に向かって駆け出す。彼は僕の変化を見て、少し驚いた様子を見せた。


 ……だが、すぐにニヤリと笑う。そして彼は僕に向けて手を向け、能力を発動した。


 しかし、僕はその霧状物質を華麗に避けていく。


 体が軽い! まるで本物の猫になったようだ。身体能力が、かなり向上している。 これならいける! 僕は所長の懐まで潜り込み、首元に爪を当てた。


 爪は鋭利な刃物のように伸びている。能力によって、僕の意思とともに爪が鋭くなったのだ。少しでも動けば、所長は僕の爪で首を斬られる。


「ふむ、なかなかやるのぅ」


 所長は感心した様子で両手を上げた。この状況に動じることもなく、落ち着いた様子だ。


「ワシの負けじゃ。おかげで変質した者と能力の関係についての仮説を実証する事が出来た。感謝するぞ。実験は完了じゃ」


 所長はそう言って、僕に向けて軽く頭を下げた。とりあえず、実験は完了のようだ。


 ……でも、変質した者と能力の関係って何だろうか? 気になったので、所長に質問しようとしたその時。


「んっ……!」


 少女が声を漏らした。……何事かと思い、僕は彼女の方へと向き直る。


「真壁さん!」


彼女はそう言って、僕の元へ駆けつけきた。


「……ありがとう」


 彼女はそう言って、僕を見つめる。……そして、申し訳無さそうな表情で口を開いた。


「ごめんなさい。ボクのせいでこんなことになってしまって……」


 彼女の言葉に、僕は首を横に振った。


「いや、いいんだよ。僕が勝手にやった事だから」


 僕の言葉に少女は嬉しそうに微笑んだ。……でも、すぐにその表情が曇る。


「……でも、守らなければいけないはずの僕が、真壁さんを危険にさらしてしまって、止めることも出来なくて……」


 彼女は、瞳に大粒の涙をたたえながら、そう呟いた。


 僕は優しく彼女の手をつかみ、言葉を返す。


「ううん。君は悪くないよ……僕が勝手にやったことだから」


 彼女は僕の手を握りしめながら、静かに泣き続けた。……僕はただ黙って彼女の背中をさすり続ける。


 しばらくして落ち着いたのか、彼女は僕から離れた。そして、涙を拭いながら口を開こうとした。しかし、所長が先に話し出す。


「ふむ、落ち着いたようで何よりじゃ。……それじゃ、そろそろ本題に入るとするかのぅ」


 彼はそう言って、片眼鏡をクイッと動かした。


「先ほども言ったとおり、実験は完了した。約束通り、彼女への実験を辞める事にする」


 所長の言葉に、僕は安堵する。……良かった。少女を救うことが出来たんだ。


 これで、彼女は普通の女の子として生きていける。


 僕が胸を撫で下ろしていると、所長が僕達に向けて言葉を続けた。


「今回の実験で、少女の代償の一部『認知の歪み』を緩和する手段を見つける為の目処が立った。まだまだ実行に至るまでに時間はかかるが、希望が見えてきたわい」


 所長は、嬉しそうにそう語った。


 代償の一部、認知の歪みを緩和する手段。……それが実現すれば、きっと彼女は普通の生活を送れるはずだ。皆に自分のことを分かって貰い、元の家庭に戻れるはずだ。


 ふと彼女の方を見ると、彼女もまた僕のことをジッと見ていた。……目に大粒の涙をたたえながら。


「……もう、実験はしなくても良いの?『認知』の問題も、どうにかなるの?」


 彼女は震えた声で、そう呟いた。そして、少女は俯いて涙を流す。


 ……やっぱり、本当は実験なんてされたくなかったんだ。僕は彼女に近づき、優しく彼女を抱きしめた。


 彼女が泣き止むまで、僕はずっと彼女のそばで寄り添い続けた。


 ……数分後、ようやく彼女は泣き止んだ。そして、所長へと向き直る。


「……どうして、このタイミングで実験が成功したの? 今までだって、何度も試していたはずのに」


 彼女は所長に向かって、そう問いかけた。


 ……そう、今まで何度も実験を行っていたはずだ。それなのに、なぜ今日になって急に成功したのか。


「ああ、その事についてじゃがな……」


 所長は、僕の方を見る。


 ……何だろう? 僕は首を傾げる。そんな僕をみながら、所長は口を開いた。


 彼は片眼鏡をクイッと動かしながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。まるで何か面白いものを見つけたかのような表情だ。


 ……そして、彼は口を開く。


「守りたいと思う願いの力じゃよ」


 彼はそう言って、ニヤリと笑った。


 ……ここで、守りの願いが出てくるの? 一体誰がそんな願いを? 


 僕は訳が分からず、困惑する。


 所長は僕の方を向いて言っていた。けれど、僕の願いはその願いじゃない。……所長が言っているのは一体何の事だろう?


 僕は恐る恐る所長の方へと向き直る。彼は僕の方を見ながら口を開いた。


「キミは『守りたい』と強く願ったじゃろう? そして、それに伴う強い力を手にした。 ……変質した者が守りの願いの力を使う、それが今回の実験に必要だった要素だったのじゃ」


 所長は、僕の目を見つめながら話を続ける。


「少女にも願いの力を使わせようと試行錯誤してみたのじゃが、これがなかなか上手くいかなくてな。守りの願いの力は再現が難しくて困るのぅ」


 彼はそう言って、肩をすくめてみせる。


 ……守りの願い。それは、他者を助けたいという気持ちの事だ。その気持ちが強まると、守りの能力者に目覚めることがある。


 主人公の剣君はまさに守りの能力者の典型的な例である。


 確固たる信念の元、他者を守りたいという思いによって能力を発議する彼らはみんな格好いい。


 だけど、僕の場合は……


 信念なんてそんな格好いいものは無い。ただ、その場に流されて能力を使ってきただけだ。


 もし本当に僕が守りの願いの力をもつのなら、この世界に来た地点でこれから起こり得る不幸の種を取り払っていなければおかしい。……それこそ、ビターエンドの可能性を少しでも警戒して、なんとしてでも剣君が能力の代償を背負わずに済むように手を回していたはずだ。


 僕は、無理矢理にでも理由を見つけては安心しているのだ。不幸は起こらないから大丈夫。自分は何もしなくても良いんだよと自分を納得させている。


 だから、そんな考え方の僕に守りの願いの力なんて関係ないはず。僕にはそれは大きすぎる。


 そう、僕には……


「真壁さん!」


 急に大きな声で呼ばれ、僕はハッとする。いつの間にか俯いていたようだ。顔を上げると、少女が心配そうな目で僕を見ていた。

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