7話
気付いたときには、体が動いていた。
少女と所長の間に入り、彼女を守るように両手を大きく広げる。
僕は、彼女を救いたいと思った。……彼女に、実験台になんてならない真っ当な道を歩いて欲しい。
僕の行動に対して所長は、少し驚いた様子を見せる。そして……彼はニヤリと笑った後、穏やかな声で話しかけてきた。
「ほう、面白い。彼女の意思に反してこの関係性に異を唱えるか。……たいした行動力じゃ」
彼は感心した様子で、僕の方を見つめる。
「君のような行動に出る人間が、この世界にはどれほどおるのじゃろうか? まるで、剣君のようじゃのぅ。」
彼は、更に続ける。
「……じゃが、先ほど聞いた君の願いと今の状況に関連性が見えぬの」
彼は、僕の疑問を見透かしたかのようにそう言った。
……僕の願いとこの状況の関連性なんて、僕にも分からない。でも、彼女をどうしても守りたいと思ってしまったんだ。
「……おっとすまんの。話が脱線してしまったようじゃな」
所長はポンと手を叩き、軽く謝罪をした。そして……彼は僕に対して、言葉を投げかける。
……まるで、子供に言い聞かせるかのように。
「さて、どうするかの? この子の状況を改善させるために、キミはどのような手段を取る?」
「……」
僕は、所長の問いに対して沈黙する。
……常識的に考えれば警察に連絡して、この子を保護してもらうべきだ。
しかし、異能力研究所の所長を相手にその手段は使えない。
もし本当に少女が「代償」を背負い自分の居場所を失っていた場合、どうあがいても彼女の身元を特定することが出来ない。
そして、研究所は非常に重要な施設であり、一般職員達ですら社会的地位が高い。所長の権力の前には、警察も簡単には動けないだろう。
代償によって居場所を失った少女を救うため尽力していると所長が主張すれば、この世界の警察はそれを信じるしか無いのだ。
僕自身が行動を起こさなければ、彼女は救われない。
……なら、今の僕に出来ることは。
「所長。聞きたいことが2つある」
「ふむ、なんじゃ?」
僕の問いに対して、彼は興味深そうな目でこちらを見つめてくる。
「……この子の代償って、どうにかなるものなの?」
僕は、ストレートにそう質問した。僕の発言に対して所長は少し考える様子を見せるが、すぐに口を開いた。
「残念ながら、今の段階では解決策は見つかっとらん」
「そっか……」
彼の返答に、僕は落胆する。……しかし、彼は言葉を続けた。
「じゃが、今のワシの研究が上手くいけば、代償を緩和する手段を見つけることが出来るかもしれない」
「ほんと!?」
彼の言葉に対して、僕は身を乗り出して反応する。……それは、本当に嬉しい言葉だった。
でも、その為には少女は実験台として所長に尽くさないといけない。
……それじゃ駄目だ。
「ねぇ、所長。代償を緩和する手段を見つけるための実験は、彼女を使わないと出来ないの?」
僕は、所長にそう質問する。
すると彼は少し考えた後、口を開いた。
「基本的には、この子を使わないと実験が出来ないのぅ」
「どうして?」
「うむ。現状、変化している人間の性質を把握しきれていない。それ故に、代償によって変わってしまった彼女を調べる必要があるのじゃ」
彼はそう答える。
「姿が変質してしまい、環境まで大きく変わってしまった状態の人間がおれば彼女の代わりになるかもしれんのじゃが、そんな人間など探しても見つからんじゃろ」
彼は、そう言って肩をすくめた。……確かにそうだ。
この世界は広いが、この少女のように姿と環境が一気に変わってしまった人間なんてそうそういないだろう。
「というわけで、この子を使わないとワシは実験が出来んのぅ。……何、心配せんでもええ。人体に有害な実験をさせるつもりは無い。安全な薬や機器を用いて、彼女の変異をより深く調べるだけじゃ」
所長は、ニヤリと笑いながらそう答える。……確かに、原作でも彼は人体を配慮した実験を意識していたため危険は少ないだろう。
しかし、それでも僕は納得できなかった。……彼女は本当に良いのだろうか? 薬や機械で体を調べたりするのは危険ではないかもしれない。
でも、彼女の心には深い傷が残るだろう。
そんなのは駄目だ。彼女が傷つくような事はさせたくない!
「だからって、こんな小さな女の子に、そんなことをさせるなんて間違ってるよ!」
僕は所長に向かってそう叫んだ。
「ふむ……ワシにとってはキミも充分小さい女の子じゃが」
「……」
彼の言葉に、何も返すことが出来ない。確かに今はその通りで……あっ!
姿と環境が変わってしまった人間なら、ここにいるじゃん!
「なら、僕が彼女の代わりになるよ!」
「ほう……君が?」
僕の言葉に所長は興味深そうな反応を見せる。僕は彼に言葉を続けた。
「うん! だから、僕が実験台になればいい」
僕はそう言って彼を説得しようとする。しかし、所長は首を横に振るだけだった。
「駄目じゃのぅ。先ほども言ったとおり、実験台は彼女が最適じゃ。変質した人間のサンプルとして、唯一無二の存在じゃからな」
「……そうとも限らないかもよ?」
僕はそう言って、微笑んだ。
「む? どういう意味じゃ?」
「……僕は転生者。実はこの世界とは違う世界からやってきた人間。だから、僕の事をを調べれば何か分かるかも」
僕は、彼にそう告げた。……自分が転生者であることはあまり話さないようにしていたが、この際仕方がない。
「転生者だと? ふむ、面白いことを言う。そのような存在など、いるはずが……いや、もし彼女がそうだとしたら例の件の仮説の根拠に……」
所長はブツブツと独り言を呟き始めた。……よく分からないが、僕に興味を持ったようだ。
やがて、所長の雰囲気が変わり始める。……まるで、実験を次の段階に進めるかのように。
所長はキラリと片眼鏡を輝かせ、口を開いた。
「いいだろう。少女への実験はやめじゃ。……その代わりに君への実験を始めよう」
……彼の興味は、完全に僕に移っていったようだ。