3話
聖地巡礼。好きなアニメや漫画の推しキャラが住んでいる場所に行って、その空気を堪能する行為のことをこのように呼ぶ。
作品の舞台となった実在する町や施設を訪れ、観光名所を巡るのが一般的である。アニメや漫画の聖地巡礼をすることで、作品に対してより一層愛着が湧くため、オタ活の一種として親しまれる。
「はぁ、はあ。…………生、異能管理学園っっっっっ!」
周りに人がいないことを確認して、思いっきり叫ぶ。時刻は夕方、異能管理学園の転校前面談の帰り道である。この辺りは人通りも少ない寂れた通り道だ。
実在している、異能管理学園……! 最高だった、本当にこの世界に転生できてよかったよ……! 興奮しながら僕は目的地までの帰路を歩む。脳内には今日の事が次々と蘇る。
まず、最初に見た物といえば異能管理学園の看板だ。イベントスチルで何度も見た看板を生で見れたのだ、感動もひとしお。
異能管理学園は中世ヨーロッパ風の学校。校舎が塔型で、天井が高くて窓が大きい。また、外壁や内装がレンガ造りで、お洒落かつ風情がある。
外から見ても分かるように、塔型の校舎と、左右に二棟の校舎が対称的に配置されていて、不思議な雰囲気を醸し出している。
実際に中に入ってみると、校舎や中庭には均等に芝生が敷き詰められていて、鮮やかな緑色が目を引く。その奥に見える塔は巨大な図書館になっていて、年季を感じる。……実際は創立から20年も経っていないけれど。
ちょっと非現実的だけど、とても魅力的で心躍る学園だと思った。ゲームで見た通りの綺麗な景色だった。
さらに!
なんと、原作に出てくるキャラと出会うことが出来た。新山ゆみえ先生。原作登場時と変わらず、若くて可愛らしい姿をしていた。素晴らしいことに、彼女は僕に対し面談と言う名のファンサを行ってくれたのだ。最高である。若い姿の彼女が先生をしているってことは、今は原作と近い時間帯なのかな?
彼女はちょっぴりドジな、清楚で天然な先生である。今日の面談時でも天然さが発揮されており、僕の名前をうっかり間違えそうになっていたが、そこがまた可愛らしかった。
……そんな彼女ではあるが、能力者になった背景とその思いには深いものがあり、それが彼女と言う人間に深みを与えている。普段の天然さとのギャップにやられてしまう。
はぁ……この世界は最高だよ、と天を仰ぐ。今までの展開を思い出すだけで、感嘆の念を覚えてしまう。推しキャラに会えた喜びでルンルンになりながら歩くこと数分、目的地である場所に到着した。
「ここが、原点の場所……」
その場所に到着した瞬間、胸が騒ぎ始めた。
心が踊る。心臓の鼓動が早くなる。
この場所は、原点。物語が始まった、あの場所。
それは──── 僕は目を瞑り、自分の鼓動を感じる。そして、この神聖な空気を全身で感じとる。……あぁ、これが聖地か。
重厚な気配。何かががざわめく音が聞こえてくるような気がする。それはまるで僕に何かを訴えているようで──── ───僕は目をそっと開ける。するとそこには、僕にとって神聖かつ美しい光景が広がっていた。
薄暗く、狭い通路はどことなく怪しげ。女性や子供が1人で訪れるのは、あまり好ましくないだろう。……そう、ここは路地裏にある、薄暗い道。路地裏の道である。
その奥はうっすらとした光に包まれていて、とても幻想的だ。
そう────聖地巡礼第2弾! 始まりの路地裏だ。
ここ、始まりの路地裏は原作内で最初のイベントの舞台となる場所。僕は前世でゲームをしていた時から、この場所のファンだった。
何故なら────ここは物語の始まりの場所だから!
主人公の剣君がこの場所でヒロイン(照美ちゃん)を救い、願いを明らかにする。2人は運命的な出会いを果すのだ、この場所で。
僕はこの最初のイベントシーンをスキップしたことがない。それほどまでに印象的だったし、何よりドラマティックな場面が大好きなので、感動した。
僕はしばらくの間、路地裏の光景を目に焼き付けた。脳裏に焼き付けるように。
そして、脳内で物語を再現する。主人公とヒロインが、この場所で運命的な出会いを果たした場面を。
「たすけてっ!」
そう、こんな感じで助けを呼ぶ声が路地裏に響く。その声を聞いた我らが主人公剣君。彼は声の主を助けるため、路地裏の奥深くに足を踏み入れるのだ。
僕も、剣君になりきって声の聞こえた場所に向かう。原作と同じように路地裏の最奥に足を踏み入れ、現場を確認する。
「けへへへへ。お嬢ちゃん、こんなところに一人で不用心だぜ?」
「は、はなして!」
そこには、怯える女の子の姿と、彼女を脅す屈強な男の姿があった。
……うん、そうそう、こんな感じ。こんな感じで剣君は襲われている照美ちゃんを見つけ、助けるのだ。そして、怯える照美ちゃんに優しく手を差し伸べようとする。
……だが、それは男によって邪魔される。
屈強な男であった。殺気を身にまとっている。
そして、その男が叫ぶのだ。
「……誰だっ! 即刻ここから立ち去れ!」
「たっ、たすけてっ!」
そう! こんな感じで! ───って、ん? 僕は違和感に気づいて妄想を中断する。
……あれ、ちょっとまって? これ、ガチで女の子が屈強な男に襲われてない? しかも、たすけてって……。
妄想が現実になったことに驚愕するが、女の子の助けを呼ぶ声に現実に引き戻される。……この状況は、まずい。




