2話
「はい、それでは能力者について説明しますね」
私の名前は新山ゆみえ。異能学園に来てからまだ二年目の新米教師で、今年から初めてクラスを受け持つことになった。現在は異能基礎の授業を行っている。
「皆様の知っての通り、異能に目覚める条件は『強い思いを持っている』『思いのこもったアクセサリーを所有している』の二点です。この条件を果たすことにより人は目覚め、その後の生活に異能が関わってきます。それでは早速、まずは基礎知識から……」
私は説明と共にチョークを黒板に滑らせる。……この世界に異能と言う存在が認知されてから早15年。当時と今では違う。15年前とは違い、今のこの社会では、異能者の存在が当たり前のものとして認識されている。当時は異能者に対して否定的だった人々も、今では大多数がそれを認めており、中には異能を使ってアイドルや俳優などを生業にしている者すらいる。
それは、異能管理学園をはじめとした異能者育成機構のおかげ。機構が適切な教育を行うことにより、異能が正しく管理されている。異能の正しい運用法を精神の未熟な子供たちに教育するとともに、存在している能力者を把握してその情報を一般に公開している。
機構により脅威の薄まった異能者への偏見も、薄れてきている。……以前のような、異能者に対する恐怖や軽蔑は当時ほどではないんだ。
「……ということで、今は昔と違って、異能者への偏見はありません。ですが、異能は危険な力です。誤って使用してしまい、周囲の人々を傷つけてしまうことのないように……」
そう締めくくり、私は一度チョークを置く。……うん、みんなしっかり聞いてくれているね。よしよし、ちゃんと教師できてる。一年目の時は、失敗してばかりで大変だったなぁ。生徒達からの信頼も低くて、話を聞いてくれない子達も結構いたなぁ。
私は以前を懐かしみつつ、授業を進めていく。
「では、続きまして能力の種類について説明しますね」
私はそう言って、黒板に能力の種類を書き始める。
「まずは、守るための力。何かを守りたいという願いを抱いた人が目覚める力です。『正義』や『秩序』と言ったものが有名ですね」
そう言いながら、私はチョークで『正義』『秩序』と文字を綴る。
「……それでは、質問です。このタイプの能力者のもっとも有名な特徴は何でしょうか?」
質問すると同時に、今日の日付を確認する。……今日は4月25日のようだ。
「今日は4月25日ですね。……それでは、出席番号4番 重谷愛海さん、お答えください」
私は一人の女子生徒を、指名した。その生徒は、少し迷った様子を見せたあと、鬱々とした表情で答えた
「…………守りたいという願いを持つ能力者は、守るべき対象が危機的状況にある時に覚醒することが多いです」
「はい、その通りです。よく答えられましたね」
彼女の回答は、模範的な回答だった。……うん、答えてくれたのはよい事だ。……でも。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
教室中が静まり返る。彼女が答えた瞬間、教室の空気が一気に変になった。
……ああ、やってしまった。やらかしてしまった。
重谷愛海。双子の姉である彼女には、大好きな男の子がいた。剣崎剣。……この学校の、生徒である男の子だ。愛海ちゃんに、ものすごく好かれていた男の子である。
剣君は、学園でも何人かの女の子に好かれていた男の子。守りたいという願いを持つことで有名だ。そんな彼に、愛海ちゃんは熱烈片思いをしていた。
……がしかし、現在剣くんは謎の失踪中。アミちゃんはそのショックで、メンタルを病んでしまい現在は憂鬱に過ごしている。
私はそんな彼女に対し、守りたいという願いを持つ能力者に関する質問をしてしまった。……これは、まずい。非常にまずい。
教室中の空気が一気に冷え込む。……まずいことになったなぁ……。
……ダメよ、新山ゆみえ。こんなことでくじけていたら異能学園の教師なんて務まらないわ。揺さぶられてはダメ。何事もなかったかのように、授業を進めましょう。私はこの空気に流されないように、少し強張った声で再び説明を始める。
「……とにかく、守りの能力者は守りたい思いを力に変えます。その際、思いを具体的な形として具現化することが多いです」
傷ついた女の子を守るように、敵に向かってファイティングポーズをする男の子のイラストを黒板に書き込む。
「そこで質問です。守りたい思いのイメージとして、具現化された実例が最も多い物は何でしょうか? ……前指したのは4番ですので、次は5番の方ですね。重谷依美さん、お願いします」
一人の女子生徒を指名する。彼女は少し迷った様子を見せたあと、どんよりとした表情で答えた。
「…………剣ですね」
「はい、その通りです。よく答え……あっ、ああ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
……ああ、やってしまった。またやらかしてしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
教室中が静まり返る。教室の空気が再びおかしくなった。
重谷依美。アミちゃんの双子の妹で、アミちゃんと同じく剣崎剣大好きっ娘。こちらは姉よりも剣くんへの依存度が高すぎるタイプであり、アミちゃんと同じくメンタルがやられていた。
エミちゃんは剣くんという依存する対象を失い、現在は放心状態である。
「……」
……まずい。非常にまずいことになった。教室中の雰囲気が更に重くなっている。だが、このままで終わらせるわけにはいかないわ。私はどうにか気を取り直して、授業を続けようとする。
「とにかく、守るための力に関してはそんなものです。続いては攻めるための力についてです」
闘志にあふれた男のイラストを黒板に書き込む。
「そこで質問です。攻めの願いを持つ能力者の特徴を答えてください。 ……今日は25日ですので、次は25番の方ですね。藤宮 照美さん、お願い…………あ゛あ゛っっ!」
出席番号25番の藤宮照美(照美ちゃん)を指名しようとしたが、寸前のところで思いとどまる。
……しまった、いけないわ。私はまたやらかしてしまうところだった。
照美ちゃんもまた剣君大好きっ娘であり、彼の失踪によって意気消沈してしまっている。それに、彼女は攻めの願いを持つ能力者によって酷い目にあわされそうになったところを剣君に救われたという過去を持つ。
……そんな彼女に攻めの能力者を説明させてしまうところだった。寸前のところで気づくことが出来て本当に助かった。
「26番の松谷さん、お願いします」
私は、出席番号26番の松谷さんを指名し直す。彼女はとてもオシャレ好きで、仲間思いな子。
……危なかったわ。どうにか、最悪の事態は防げたみたい。
思わずガッツポーズをしてしまう。そんな私を、照美ちゃんはやれやれといった様子で見ていた。
教室中の雰囲気も、少し柔らかくなったような気がする。無事に授業を終えることができそうでほっとする私だった。
その後は、特にミスをすることなく授業を終え、帰りのクラスルームの時間を迎えた。よかった、本当によかったわ。……あっ、でも大切なことを言うのを忘れていた。
「近日、このクラスに転校生がやってきます。みなさん仲良くしてあげてくださいね」
私はそう言って、教室を後にした。……真壁望ちゃん。ちっちゃくてかわいらしい女の子。私は今日の昼頃に、彼女と転入前の面談を行った。その時の彼女の様子がとても印象に残っている。
私を見て大喜びしたり、校内を見ては大はしゃぎしたりしていてとても愛らしかったな。
そんな彼女が、もうじきこのクラスの一員となる。
私は望ちゃんとのこれからの学校生活を楽しみに思いながら、教室を後にする。
「まったく、あのド天然教師ったら」
私の名前は藤宮照美。不思議な能力を持ち、異能学園に通っている以外はどこにでもいる普通の女の子。最近大切な人を失い意気消沈中。今は同じ傷を分かち合える、重谷姉妹と一緒に帰宅中である。
「もう、ひどいよね! あんなのってないよ!」
双子の姉、アミちゃんはふくれっ面をしている。……その気持ち、凄く分かる。
「ま、まあまあアミちゃん。元気だして……」
妹のエミちゃんがなだめに入る。……相変わらずな二人を見て少し安心してしまう私だった。
「……ねえ照美ちゃん」
そんな私に向かって、エミちゃんが話しかけてきた。ささやかな笑顔を浮かべながら、楽しそうに私に話しかけてくれる。
「きれいな月だね」
空を見上げながら、彼女はそう言った。雲一つない夕焼け空から差し込む月光が、やさしく私たちを照らしている。
「……あの後、照美ちゃんが直してくれたんだよね。あの時の戦いで壊れちゃった月を」
エミちゃんが続ける。……そう、あの時の戦い。強大な力を持つ敵と戦った時の光景が頭によぎる。月を破壊するほどの力を持つ相手に対して手も足も出なかった私たち。
……もし、私の力が通用していたのなら、剣君を失わずにすんだのだろうか? あの時の後悔が、私の胸の中で大きく広がっていく。
月が壊れていたままだったら、きっと私は壊れた月を見るたびに、あの時の戦いを思い出していただろう。それが嫌だったから、私は能力を使って月が破壊されたという事実そのものを消し去り月を元通りにした。そうすることで、あの悲しみを忘れることが出来ると思ったから。
……でも、月が治っていたところで、悲しみを癒すことなんて出来なかった。
少しの沈黙が、私たち三人の間に流れる。私達はそれを振り払うかのように、大きな声で叫んだ。彼を失った悲しみを、少しでも忘れられるように。
出来るだけ明るく振舞おうと心がけていた。でも、やっぱりだめだった。私はこらえきれず、涙を流してしまう。
「うぐっ……」
アミちゃん達も、私につられて涙を流し始める。しばらくの間、私たち三人は涙を流し続けた。
「「……剣君、剣君っ!」」
月の光を浴びながら、私たちは大声で叫んだ。……そう、私達は絶対に忘れない。剣君を失った悲しみを。彼への思いを胸に秘め、これからも私達の日常は続いていく。
「久しぶりに、叫んじゃった」
アミちゃんが、涙をぬぐいながら言う。
「そうだね。私達長い間、声を出せてなかったよね」
エミちゃんも、目の涙をぬぐう。……そんな時だった。
「……あっ、女の子だ」
涙を拭っていたエミちゃんが、人気のない住宅街を一人で歩いている女の子に気付く。……この時間に一人で出歩くにはいささか幼なすぎる女の子だった。
私たちは声をかけようとしたが、その前に彼女はどこかへ行ってしまった。
「……小さい女の子、といえば。私達、今日転校生らしい子が歩いているのを見たよ。面談でもしていたのかな?」
エミちゃんが、思い出したように言う。……転校生? どんな子だろう?
「とっても小さな女の子だったよね。ちっちゃくて、かわいかったけれど」
アミちゃんが続ける。……ちっちゃくて、かわいい子?
その言葉を聞いて、私は不安な気持ちになってしまった。
「小さい女の子、って、どのくらいの大きさ?」
私が尋ねる。すると、アミちゃんは不思議そうな顔をしながら答えた。
「えっと、私達姉妹よりも一回り小さかったかな? まあ、さすがにさっきの女の子よりは大きかったけれど」
彼女の言葉を聞いて、私は冷や汗が出始める。重谷姉妹だって、結構背が低い方なのに。それより一回り小さい女の子って……
幼いうちから、異能が身につくほどの願いを内に秘めている子。そんな子が、平穏な暮らしをしていたとは考えづらい。何かきっと、つらいことがあったはず。そんな子が、私たちのクラスにやってくるという。……どんな子だろう? 私はそんなことを考えながら、重谷姉妹と共に帰路に就くのだった。