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姉妹視点後編

 私達の人生に、『愛』は不可欠だった。


 お洒落な言い回しなんかじゃない。文字通り愛がなければ生きていけなかった。


 息苦しかった。知らない人たちと狭い空間に押し込められ、愛のない時間を過ごしていくことが。やがて私達は体調を崩し、その空間にいることが出来なくなっていった。……幼稚園に入園したころから、私達の体は徐々に弱っていったのだ。


 その時の事を思い出すだけで、胸が張り裂けそうになる。……『愛』のない空間に、長い間閉じ込められていた。私達が生きていくのにはあまりにも過酷な環境だった。


 『幼稚園』は、私にとって異常な場所だった。大人たちはどうして大切な子供たちを『愛』のない空間に閉じ込めておくことが出来るのだろうか? 当時の私はそんなことをずっと考えていた。


 今思えば私達が異常で、大人たちが普通だったのだが、幼かった私はずっと理不尽さを感じていた。


 結局、私たちは幼稚園や小学校に行かず、ずっとお母さんにくっつきながら幼年期を過ごすことになった。お母さんのもとにいるときは、凄くよかった。お母さんと一緒にいると、お母さんに愛されているという事を強く感じられて、安心できた。


 お母さんと一緒に居る時だけは、私達は本当に幸せだった。私が知っている誰よりもお母さんが私たちを愛してくれたから。優しくて温かくて……傍に居るだけで、逆にこちらから愛したくなってしまった。


 そう、私たちには愛が必要。愛を感じれなくなってしまったとたんに、私たちの体は異常をきたす。


 実験によって変質したご先祖様の歪んだ愛が、代を重ねるにつれて体にまで影響を与えるようになった。


 私たちの場合、常に愛を感じることが必要な体になってしまっていた。


 だから私たちは『愛』のある環境をとても大事にし、お母さんはずっとそばで私たちを愛してくれていた。私たちは、それが幸せだった。


 だけど、お母さんは不幸せそうだった。ごめんなさいねと、私たちに謝ってばかりだった。何でだろうとは思っていたが、愛を感じることが出来たので、私たちは特に気にしてはいなかった。


 きっとお母さんも幸せを感じていたのだと信じていたから。愛のある生活に喜びを感じているとばかり思っていた。だから、私たちは幸せだった。


 しかし、私たちが中学生になる年齢の頃。突如としてその幸せな関係が崩れてしまった。


 お母さんが、中学校に通うよう私たちにお願いしてきたのだ。


 正直断りたかった。でも、当時の私たちは自分たちがお母さんの負担になっている事に気付いていた。だから、私たちはそのお願いを聞くことにした。


 中学での生活は地獄だった。


 不幸せの日々……。私たちはいつも愛に飢えていた。でも、中学生になったらお母さん以外から『愛』を感じられる事が出来るようになると聞かされていたし、そう自分に言い聞かせていたのでしばらくの間は耐えることが出来た。


 しかし、いつになっても私たちを愛してくれる存在は現れなかったし愛しようと思う存在も現れなかった。むしろ、『愛』を感じられなくて体がどんどん弱っていった。やがて中学校を中退し、家で療養するようになっていった。


 今度は私たちがお母さんに謝るようになり、ずっと一緒にいた。お母さんとずっと一緒に居られて幸せだったけれど、もし、私たちが学校で愛を見つけることが出来ていたのならお母さんに迷惑をかけずにすんだかもしれないと思うと、凄く辛かった。


 その時の思いが原因だったのか、15歳になった頃、私たちは不思議な力を手に入れた。


 お母さんから貰った、『愛』のこもった宝石のアクセサリー。それに『思い』を込めるとそれが力となり、不思議な現象を引き起こすことが出来た。


 対象を重くする力。私たちは、それが使えるようになった。


 けれど、正直使い道が思い浮かばなかった。物を重くしたところで、私たちにやりたいことなんて何もなかった。


 でも、お母さんが教えてくれた。『愛』に対してこの力を使えばすべては上手くいくと。能力は機転を利かせれば様々な形で応用出来る事を。


 お母さんは、私たちが能力に目覚めたことについて何一つ驚いていなかった。そうなる運命を最初から知っていたかのようにすんなりと受け入れていた。


 ……能力者になったことで、異能管理学園へと入学することになった私たち。


 能力で、クラスメイトの『愛』を重くすればお母さん無しでもやっていけるかも知れない。そう考えて、前向きな気持ちで入学式に臨んでいた。


 ……剣崎剣君。そこで私たちは彼に出会った。彼と目があった瞬間、私たちは何かを感じた。きっと彼が私達の『運命の人』なのだと、直感的にそう思った。


 その直感は正しかった。彼は、強い『愛』を持っていた。


 彼は、心を閉ざしていた少女に、正面から向き合って仲間の大切さを伝えていた。キツい態度を取られても、めげることなく少女と向かい合って彼女を救っていた。


 その様子を見て、彼から強い『愛』を感じた。そして、彼なら私たちの『愛』に答えてくれる。そう確信した。


 勇気を出して、声をかけてみた。そうしたら、剣君が私たちを認知してくれるようになった。それが嬉しくて仕方なかった。


 その後、私たちは能力を使って剣君と色々あって……最終的に、剣君へ強い『愛』を持つようになっていった。


 充実した毎日だった。私達は剣君の事が好きになっていくとともに剣君からの強い『愛』を感じることが出来た。

 

 私たちは、今まで感じたことがないほどに幸せだった。


 ……しかし、その幸せは長くは続かなかった。


 ある戦いの後、剣君は姿を消した。最初、私たちはまだ剣君の事が好きで、彼が居なくなったことを認められなかった。しかし、日が経つにつれてそれが現実であると思い知らされていった。


 彼は忽然と姿を消して……連絡をすることも出来なかった。


 それでも私たちは諦めなかった。いつか再会出来る日を夢見て毎日待ち続けた。


 ……だけど、結局剣君は見つからなかった。


 大切な人を失って、私たちは絶望していた。寂しさと不安と後悔……様々な感情が心を支配して、心が壊れそうだった。そして何よりも剣君からの『愛』を感じることが出来無くなってしまったのが辛かった。


 ……それからは、毎日が地獄だった。


 どれだけ待っても、どれだけ望んでも、剣君が現れることはなかった。もう彼が戻ってくることはないとわかっていても、心のどこかで彼は戻ってきてくれると思っていた。それが叶わぬ願いだとしても、私たちは願うことをやめなかった。いつか剣君と再会できる日が来ると信じて疑わなかったから……。



 その願いが伝わったのかは分からない。たった今、剣君からの手紙(仮)が届いた。


 正直本当に剣君からの手紙かどうかは半信半疑だ。


 この手紙がもし本物なら……本当に剣君からの物なら、剣君はまだ私たちに愛を与えてくれるということになる。


 それが本当なら、私は嬉しい。だけど同時に不安でもあった。この手紙には何か裏があるんじゃないか?誰かが私たちをからかっているだけなんじゃないかと疑ってしまう。


「あははははは。剣君からの手紙だよ。剣君からの愛だよ」


 エミちゃんは狂ったかのように、剣君の手紙(仮)を見て笑っていた。


「エミちゃん、冷静になろうよ……」


 私はエミちゃんを落ち着かせようと声をかけるが、彼女の耳には届かない。


「冷静じゃいられないよ。だって、剣君が見つかったんだよ? 手紙を送ってきてくれた人が剣君なの。もし剣君じゃなかったとしても、明日から剣君になるから大丈夫。私たちは愛でつながっているんだよ」


 エミちゃんは、興奮したように話している。でも、彼女の言葉はどこかおかしくて……私を安心させてくれるようなものではなかった。


「エミちゃん……剣君は、一人しかいないんだよ?」


 私がそう言うと、彼女はうれしそうに涙を流しながら私に抱きついてきた。


「そうだよ……。でも、それすらももうどうでもいいの……。だって、明日から剣君に会えるんだから」


 相変わらず、狂った様子のエミちゃん……やっぱり、彼女は正気じゃない。


「とりあえず、中を見てみなくちゃね」


 そう言って、エミちゃんは手紙の封を開けて中に入っていた手紙を取り出した。そして、内容を確認する。



今までれんらく出来ずにごめんなさい

僕は今も生きています。

はなせば長くなるけれど、

まかふしぎな状況の中にいます。

力のだいしょうによって

べつの姿になってしまったうえ

僕を僕だとにんちさせられなくなってしまいました。

はるかにつらい状況ですが、

望みを持って生きています。

いつか元にもどって

みんなの元へ戻れたらと思います。

今度別人として学園に入りなおしますので

その時はよろしくお願いします。



 その手紙を読み上げて、エミちゃんはうっとりとしていた。


 ……私は手紙の内容をすぐに理解できなかった。だって、それは……あまりにも異常な内容だったから。剣君が……別人の姿になって……不思議な状況にいる? そして、力を失い……別人になってしまったってどういうこと……?? わけがわからない。


 しばらくの間、私は放心していた。私は手紙の内容を頭の中で反復していた。何度読んでも理解し難い内容……。それに、漢字が少なくほとんどひらがなで書かれている上、あまりにも文字が汚い。この手紙が本当に剣君からなのか、疑いたくなるほどに……。


 ……だけど、一つだけ気になる言葉があった。


『力のだいしょう』


 どこかで聞いた覚えのある言葉だった。私はどこでこの言葉をきいたのだろうか? 思い出そうとするが、上手く思い出せなかった。


「ねえ……エミちゃん。この言葉……なんだかわかる?」


 私はエミちゃんに聞いてみた。


「ああ、その言葉。お母さんが話してくれていたやつだね」


 エミちゃんは私の質問に答えてくれた。


 ……そうだった。お母さんは私たちの特異体質を対策するために『異能力と愛の事』についてずっと調べてくれていて、ときどき私たちにその話を聞かせてくれていた。その時に信ぴょう性の低い噂話の一つとして『力の代償の伝説』について話してくれていたんだ。


 私は、力の代償の伝説について思い出した。…………あくまでも伝説ではあるけれど、もしそれが本当なら手紙の内容ともつじつまが合う。


 

 私は改めて手紙を読み直し、この手紙が本当に剣君からの手紙である可能性を感じた。


 けれど、現実離れしすぎている事も事実。伝説の内容にしてもそうだし、そして何より文章の拙さや、漢字の少なさがその疑いを補強している。


 つたない内容の手紙をもう一度読み返してみる。そしてじっくりと文章を吟味していくと、ある事に気づいた。


『僕を僕だとにんちさせられなくなってしまいました。』


 この文章から、剣君は代償によってほかの人に自分を認知させることが不可能になってしまったという事が分かる 。それは力の代償の伝説とも一致している。……でも、剣君ならそんな状況でも頑張って自分を誰かに認知させようとするんじゃないだろうか? 深い愛でつながっている私達との接触を試みた可能性もなくはないと思う。


 すでに、剣君は何らかの姿で私達と接触していたのではないか。そして、私達がそれに気付いてないだけで、剣君はすでに私たちの前に戻ってきていたのではないか。


 剣君は私達に自分の正体を伝えようとしたけれど、代償のせいで上手くいかなかった。……もしそうなら、その際に違和感が生じているはず。


 つまり、最近出会った人の中で、違和感を持つ人がいたらその人が変わり果てた剣君である可能性が高い。


 違和感のあった出会い。……一人、心当たりがある。


 真壁望ちゃん。


 私たちよりも小さな姿をした女の子。頭には剣崎家に伝わる白い髪飾りをつけていた。……その髪飾りは、間違いなく剣君の家の物。


 そして、自己紹介の時。


「真壁望です。今日から皆さんと一緒に、ここで学ばせていただきたいと思い……」


 彼女は、最後まで言葉を続けることが出来なかった。それどころか、途中で気絶してしまった。


 彼女の様子は余りにもおかしかった。普通、あんな状況で気絶などするのだろうか?


 ……あっ、そうか。


 望ちゃんはあのとき自分の事について話そうとしたんだ。……でも、代償によってそれは禁止されている。


 禁止されている行為を行ったため、その反動が来て倒れてしまったんだ。


 そう考えると辻褄が合う。剣君が望ちゃんである可能性は十分にあると思う……。


 ……ん? 望ちゃん……?


 確か、手紙にも望の文字があった気がする。


僕を僕だとにんちさせられなくなってしまいました。

はるかにつらい状況ですが、

望みを持って生きています。



 このあたりの部分。なんか、気になるんだよね。  


 ……あっ!


 そうか、そういうことだったのね!


 代償によって、直接的に自分の正体を明かすことが出来ない。自己紹介の時みたいに反動が来る危険もある。


 だから、間接的に自分の正体を明かす必要があったんだ。


 直接正体について話すのはダメ。だから、反動を緩和するために手紙として間接的に伝えることにしたんだ。


 だけど、完璧には伝えられない。だから、あんな文面になったんだと思う。代償の反動をこらえながら、なんとか私たちに伝えようとしたんだ。


 自分はまだ生きていること。代償を負ってしまった事。……そして、自分の正体についても。


 手紙という形であっても、直接自分の正体を明かすことが出来ない。……だから、剣君は工夫することによって、間接的に私たちに伝えようとしたんだ。



今までれんらく出来ずにごめんなさい

僕は今も生きています。

はなせば長くなるけれど、

まかふしぎな状況の中にいます。

力のだいしょうによって

べつの姿になってしまったうえ

僕を僕だとにんちさせられなくなってしまいました。

はるかにつらい状況ですが

望みを持って生きています。




 手紙の左の所を縦に読むと、文章が出来上がる。……これが、剣君が一番伝えたかった事。


 今僕はま力べ僕は望


 ……やっぱり、望ちゃんは剣君だった。


 反動に耐えながらもこの手紙を書くことが出来たのは、文章内では自分の正体を知らせていないから。……ただし、左の文字をつなげて読むことで正体が分かるようになっている。……工夫したね、剣君。


 剣君が今の望ちゃんであると確信した瞬間、私の目から涙がこぼれ落ちた。


 ずっと会いたかった人に、ようやく会えた。……それがとてもうれしかった。


「ああ、剣君。剣君、剣君、剣君……」


 私の口から、自然と言葉がこぼれる。それは、ずっと止まらなかった


「ああ、もう剣君のいない世界なんて考えられないよ。剣君、望ちゃん、剣君、望ちゃん、剣君、望ちゃん、剣君、望ちゃん……」

「もしかして、望ちゃんが剣君なの?」

「そうだよ、エミちゃん。剣君は望ちゃんだよ。私達の愛する大切な人、剣君なんだよ」

「ああ……ああああ。本当に、本当に剣君なんだ……」


 エミちゃんは、嬉しさのあまり泣き出してしまった。私の瞳からも、涙があふれてくる。



 ……剣君。もう、絶対に離さないよ。今度からはずっとずっと、私達と一緒にいようね。


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