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11話


『箱推し』という言葉がある事を皆様はご存じだろうか?


 アイドルを応援するファンたちの間で使用されていることが確認できる言葉であり、アイドル1人を応援するのではなく、グループ全体を応援する際の表現である。そんな『箱推し』は、アイドルに留まらず、俳優や女優など、芸能人全体にも使われる。


 では何故、その様な概念が生まれたのであろうか? わざわざグループ全体を推さずとも、好きな子だけを応援した方が良いのでは? と思われても不思議ではない。確かに、自分にとって最も魅力的な子に直接的に愛を注ぐ方が効率的と言えるだろう。


 しかし、推しの対象は効率で選ぶものではない。


 自分にとって特別で応援したい存在は、全て推しの対象になり得るからだ。好きが集まる場所があるのなら、その全てを推さなければならない。それがオタクというものだ。


 ……つまり、『箱推し』が生まれたのは必然的とも言えるのである。



 



「すー、はぁ」


 辺りの空気を精一杯吸い込み、僕は一息吐いた。辺りに漂うのは、どこか懐かしさを感じさせる爽やかな空気。濃厚な教室の香りを感じるとともに、僕は改めて息を吸い込んだ。


「……どうやら緊張しているようですね。でも大丈夫ですよ。今は私がいますから」


 僕の隣で立っている先生―――新山ゆみえ先生が、優しく微笑みかけながら声をかけてくれた。



 …………今日は異能管理学園転校初日。先生に案内され教室に入った僕は、早速クラスの香りを堪能することにしたのだ。だが、どうやら緊張しているのと勘違いをされてしまったらしい。


 ああ、尊い。原作ではおどおどすることも多かった彼女だが、今の先生はまるで聖母のように優しく微笑んでいて成長を窺える。きっと、このゆみえ先生は原作後のゆみえ先生なのだろう。頑張って僕の緊張を解こうとしている様子はあまりに良い。


 突然の供給を受けた僕の胸が高鳴り、呼吸は荒くなっていく。そして、その様子を見たゆみえ先生のお顔が真っ青に染まっていく。


「あ、あわわわわ。落ちついてくださいぃぃ」


 まだまだ頼りなさを感じるところもあり、そこもまたゆみえ先生特有の魅力。そんなゆみえ先生も可愛いが、推しを困らせるわけにもいかないので僕は自分の胸に手を当てて息を整える。


 ――大丈夫、落ち着くんだ僕。モブの癖に推しに迷惑を掛けるなんて、絶対NG。それだけは避けなければならない。落ち着いて、深呼吸をして……よし。


「ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です」

「ああ、良かったです……」


 落ち着きを取り戻し、微笑みながら返事をするとゆみえ先生は安心したように胸をなでおろし、微笑み返してくれた。


 ……やっぱり、安心しているゆみえ先生のほうがいい。僕は緩みそうな表情を必死に抑えながら、そう強く思う。


「それでは、気を取り直して。この子が今日から皆さんのクラスメイトになる、真壁望さんです」


 先生が僕を紹介すると、クラスメイトの視線が僕に集まっていくのを感じる。緊張をごまかすため、再び教室の香りを肺いっぱいに吸い込んだ。そして、しっかりとみんなに顔を向けて、自己紹介。


「真壁望です。今日から皆さんと一緒に、ここで学ばせていただきたいと思い……」


 ……自己紹介を、言い切ることが出来なかった。


 目の前に浮かぶ光景により、僕の自己紹介は妨げられたのだ。


 その光景とは……





(あっちも、こっちも異能管理学園生徒さん! ……みんな、こっちを見ている!)


 そう、教壇の上の僕に視線を送る生徒さんたちの姿。それらは余りにも眩しく、興奮を抑えることなんか出来ない!


 多感な時期の少年少女が、願いと共に強い思いを持っている。彼ら彼女らの表情から、その胸の内がひしひしと伝わってくる。一人一人が、いろんな思いを持って、ここにいる。それを感じるだけで僕の胸は高鳴り、心の中で言葉が弾けた。


 教壇の上から見渡す景色が、余りにも幸せすぎる。


 彼ら彼女らの表情。そして、彼らから放たれる雰囲気。それらは僕の胸を強く、激しく貫くのだ。


 (尊い!)


 自己紹介を横に置き、思わずそう叫んでしまいそうになりながら必死にこらえる。そして、自己紹介の続きを始める。


「今日から皆さんと一緒にここで……皆さんと一緒に!?」


 ああ、ダメだ。落ち着かなきゃ。


 ……でも、こんな状況じゃ冷静でいられない。みんなが、こっちを見ている! 


 みんなに迷惑をかけないために、耐えなければいけないのに。……けど、今はちょっと無理。


「あの……真壁さん?」

「えへへ……唯一無二の、特等席ぃ。いつかは、きっと…………」

「あの、自己紹介を……って、倒れないで!」


 ゆみえ先生が何かを言っている気がするが、それは今の僕の耳には届かない。ああ、幸せ……


 多大なる供給の過多により、脳が使い物にならなくなってしまった。


 そうして僕は、抑えることの出来ない幸福な気分と共に意識を手放すのであった。


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