10話 原作主人公視点
「……自分は、どうなってしまったの?」
気がついたときには、なにもかもを失っていた。お母さん、お父さん、そしてお友達も。声をかけても、誰も自分だと認識してくれない。
……16年間の間、つちかってきた物が無くなってしまった。交友関係だけではなく、力や技術も失っていた。
きたえ抜かれたじまんの体。ちょっぴり自慢だった高い身長。……それらは影も形も無くなっていた。
はかなげな、少女。今の自分の姿は、まさにそれだった。男として積み上げてきた人生さえも、失ってしまったようだった。
……そんな現実離れした今を受け止めきれずにいた。
死者そせいの、願い。その代償はあまりにも大きすぎた。話には聞いていたけど、ここまで失う物が多いなんて。
そんな現実から目を背けるように、ボクはこの世界をさまようことにした。
なんど説明しても、両親は自分を剣崎剣と認識してくれない。自分は剣崎剣なのに。
そんなこともあって、ボクは家に居られなくなってしまった。帰る場所を失ってしまった。
……だから、最初は死を考えた。だけど、自分自身の願いのことを思い出し、踏みとどまった。守るべき人たちは、まだここに居る。こんな状態でも、何か出来ることがあるかも知れない。
その為にも生きていく必要がある。
……この体は、小さくて弱い。だから、ほとんど何も出来ない。今のボクは普通の女の子にも劣るだろう。
……悔しかった。涙が出るくらい、悔しくて悲しかった。
今まで出来ていたことが、何も出来ない。その事実に、深く心をえぐられる。それでも、生きていくしかない。そう自分に言い聞かせるしかなかった。
……だから、ボクは色々な人に助けてもらおうと考えた。だけど、身元の分からない子供を育ててくれる人が居るほどこの世界は甘くない。
何度も断られ、何度も追い返された。……このままじゃ、生きていけない。
「……しかたが、ない。例のあそこを、頼るしか」
あの人なら、ボクの面倒を見てくれるだろう。生きていけないよりは、まし。
小さな足を動かしながら、とある研究所へと向かう。
***
「ふむふむ。君が剣崎剣君であり、死者蘇生の願いの代償で今の姿になってしまったと?」
「はい……」
「ふむ、さっぱり分からんのう」
目の前の、やたら元気のよい老人が答える。
白衣を着ており、見た目は70歳前後だろうか? ただ、老人にしては若く見える。
今、ボクは研究所内の応接間にいる。そして、この元気なお爺ちゃんが異能研究所の所長。1年前くらいからお世話になっている人だ。
「おぬしの話は、何度聞いても理解することが出来ない」
ボクの話に対して、所長は理解できていないようす。
でも、無理もないのかな? ボクだって、急にこんなこと言われても理解できないだろうし。
「……ううむ、不思議じゃ。ワシの聡明な頭脳をフル回転させても、おぬしの伝えたいことがが全く見えてこん」
所長は困ったような顔をしている。
「なにか、不思議な力によって話の理解が阻害されているようじゃ」
「不思議な力……」
所長の言葉を反復する。
願いの代償。その言葉が脳裏に浮かぶ。
「……ふむ、興味深いな。住む場所を提供してやろう。何か手がかりが見つかるまでここで働くといい。場合によってはワシの頭脳でお主を救ってやれるかもしれぬ。」
所長が優しげな顔で話しかけてくる。慈悲深そうな目でこちらを見つめる所長。
でも、安心することが出来なかった。そう、なぜならこの人は……
「うひょうひょ!!!!! 新しい実験台がやって来たのじゃっ!!」
……ああ、やっぱり。
所長の盛大な独り言を聞いて、深くため息をつく。
この人こそが、異能研究所の所長であり、ボクの恩人。そして……
「さぁて、久しぶりに薬の実験台になってもらうとするかのう!」
……ボクの知る中で、最もマッドな人物だ。
所長が嬉々として薬の入った瓶を手に持っているのを見て、後ずさりをする。
逃げなきゃ! 慌てて部屋を出た。そして、現実逃避の散歩を始めた。
夕暮れ時。ボクは街の中をさまよっていた。
研究所から出ると、そこは見慣れた街だった。
……この街にボクは住んでいたんだ。歩きながら、色々なことを思い出していく。
家族との楽しかった思い出や、友達と遊んだ日々など。その全てがモノクロに変わる。そして、頭の中で再生されていく。
寂しさが溢れてくるが、それを受け止めようとすると、さらに心が痛くなる。
公園を通ると、子供がブランコで遊んでいるのが見えた。
楽しそうな笑い声が響きわたる。その楽しげな声を聴いていると、心臓が締め付けられるようだった。
……つらい、悲しい。そんな感情が溢れてくる。ボクはその場から早足て立ち去った。
……こんなに苦しい思いをしてまでボクが生きる理由、それは家族や友人、そしてこの世界に生きている人たちの為だ。
たとえボクのことを認識出来なくなってしまっていても、大切な人たちに変わりない。
そんなことを考えながら、ふと空を見上げて見る。夕焼け空には綺麗な月が浮かんでいた。その月はボクを励ますように輝いている。
「きれいな、月」
月をみながら、そう呟いた。あのときの戦いで壊れてしまったはずなのに、まるで何事もなかったかのように輝いていた。
心に少しだけ希望がもたらされる。月だって元に戻ったんだ。……ボクだっていつか、元に戻ることが出来るかもしれない。
元気が出てきたので、再び歩き出す。……ちょうどその時だった。
何者かに、肩を掴まれる。
誰だろう? そう思いながら後ろを見た時にはもう遅かった。
「か、体が動かない……」
ボクは、何者かに取り押さえられていた。
その男はこちらをみて、嬉しそうな顔をした。そして、にやにやしながらボクを近くの路地裏へと連れ込んだ。
必死に抵抗しようとする。しかし、体はビクともしない。以前の体なら、簡単に振りほどけたはずなのに。
男はボクの顔を見ると、より一層笑みを深めた。そして、ゆっくりと服を脱がそうと手を伸ばす。
恐怖を感じ、ボクは必死で抵抗しようとする。しかし、それでも体は動かない。
……おかしい。体が、全く動かないのだ。まるで、自分の体じゃないみたい。
「まさか、お前能力者っ……むっ、むむっ……」
男に押さえつけられながら何とか声を出そうとする。しかし、声を出すことすら出来ない。……やはり、悪い能力者っ!
「むっむむっ……むむむむむっ!」
必死に声を出そうとするが、上手く言葉にならない。
……くそっ、行動を封じるタイプの能力かっ! これでは、全く抵抗できない。ボクは抵抗できないまま、路地裏の奥まで連れていかれた。
「うーん。このまま俺の物にしてもいいが、それじゃ、ちょっと趣がたりないな。玩具は音が出ないと面白くない」
そう言いながら彼は、こちらをじっと見つめてくる。
すると、封じられた口が解放される。ボクの体の自由は、すべて彼の手の上と言うことか。
悔しい。でも、もうどうすることも出来ない。
「さぁ、お前はこれから俺と一緒に楽しいことをするんだ。今まで感じたことのない快感をお前に与えてやるよ」
男の言葉に、絶望する。………嫌だ。こんな奴に、体を好き勝手にされたくない!
……どうして、ボクがこんな目に。元の体のときは、そういうのとは無縁だったのに。というか、こんなやつ一撃で倒せていたはずなのに。でも、今のボクは……。
いつの間にか涙が出てきていた。悔しくて悲しくて、胸が張り裂けそうになる。
さらに、恐怖心まで襲ってくる。体が震え、涙を流した。
……ああ、もうだめだ。
「たすけてっ!」
思わず声が出る。
「だれも来るはずがないんだよ、こんなところには」
男は軽くあざ笑うと、ボクの体に手を伸ばそうとする。
「けへへへへ。お嬢ちゃん、こんなところに一人で不用心だぜ?」
「は、はなして!」
「お? 抵抗するのか? ……へへっ、そそられるねぇ」
男に体をまさぐられる。恐怖で体中から汗が流れる。しかし、何も出来ない。嫌なのに、体が全く言う事を聞かないのだ。
そんなボクを見て男は舌なめずりをする。そして……
……と、その時だった。何者かの気配がやってきたのは。
誰かが来たのだろうか?……でも誰が? そう考えたときだった。前から足音が聞こえた。一人の女の子が立っていたのだった。
「……誰だっ! 即刻ここから立ち去れ!」
「たっ、たすけてっ!」
思わず、助けを求めてしまった。
……何をしているんだボクは。「ここから逃げて」って言わなくちゃいけないのに。危険に巻き込んでしまうだけだと言うのに。
少女の方を見てみる。ボクたちを見て驚き、そして力強い目をした彼女がそこに立っていた。
まるで、絶対に負けないと言わんばかりの力強い目つきだ。……そんな彼女にちょっとだけ期待してしまうと同時に、申し訳なくも思ってしまう。彼女に迷惑をかけることになってしまうのだから。
「なっ、歯向かうというのか!」
「困っている子がいるんでね」
男に向かって走る少女。ボクを掴んでいた男も手を離し、彼女に向かって攻撃しようとしている。
……大の大人の男に立ち向かう。それはあの少女の体にとってあまりにも無謀な行為だ。
助けを求めてしまったことを後悔する。……だが、結果は予想と違っていた。男の攻撃を軽くかわし、少女は強烈な蹴りを繰り出す。男は大きく吹っ飛び、地面に倒れる。
……すごい。あんなにあっさりと男を倒せた。あの女の子は一体……?
「ありがとう!」
「もう大丈夫だよ。怖かったね」
少女は微笑み、ボクの頭に手をのせた後、抱きしめてきた。安心してしまい、彼女の胸で大泣きした。
……って、何をしているんだ。こんな所で人に甘えちゃダメだ。……これじゃあ、まるで本当に子供みたいじゃないか。
ボクは我に返ると、彼女の体から離れる。そして、すぐに謝罪した。
「ごめんなさいっ!」
「いいよ、気にしないで」
彼女は優しく微笑むと、こちらから離れていく。その背中はとても大きく見えて、とても頼もしかった。
再びお礼を言おうとした時、彼女に向かって男が襲い掛かる。不意を突けた先ほどと違い、今度は男の能力で動きを抑えられてしまう。
「お、おねえちゃん!!!!!!」
思わず叫んでしまった。……なんだよ、お姉ちゃんって。精神まで体の影響に引っ張られているのかな。
……いや、今はそれどころじゃない。このままだと彼女が危ないっ!
動きを封じられ絶体絶命の少女。……だが、そんな彼女の様子が一変する。
彼女の姿が変貌する。まるで変身ヒーローのように……。猫っぽい姿だから、ネコヒーローかな?
可愛い! モフモフで、きれいな毛並み。尻尾もふさふさ!
……でも、やっぱりかっこいいな。
変身した彼女はとても強かった。封じられた体を強引に動かして、圧倒的な力で男を叩きのめす。
男は気を失ってしまい、地面に倒れ伏した。
……圧倒的な、願いの力。ボクを助けたいという願いが生んだ、物凄い力。
あの男の欲望もかなり凄かった。でも、彼女はそれを上回る程のボクを助けたい気持ちがあったんだ。
ボクは唖然としながら彼女を見つめる。
誰かを助けたいという、強い思い。……それは、ボクがずっと憧れていた思い。
失われた、僕の願いの力。今の僕は、何も守ることが出来ない。……でも、彼女なら可能だ。
守りたいという共通の願い。でも、その願いを叶えられるのは彼女だけ。悔しさが無いわけでもない。……でも、それ以上に憧れの気持ちが強かった。
そうだ、ボクには支えとなる存在が必要だったんだ。憧れは、新しい生きる意味。彼女は、ボクにとってのヒーローだった。
「助けてくれてありがとう!」
思わず呟いてしまう。
そんなボクを見て、変身をといた彼女は微笑む。
……格好いい。やっぱり守りたいという強い願いを持つ人は格好いい。
何もかも失ってしまったボクの支えとなる存在。この人とならやっていける。他人を助ける為の、強い願いを持つ彼女。そんな彼女に、心を惹かれた。
そんな彼女と一緒に居たい。それが、ボクの第2の願いなのかもしれない。




