1話
カラフルな指輪、水色のシュシュ、赤色のリボン、オレンジ色のミサンガ。様々な色と素材で出来たアクセサリーを机の上に広げ、僕は興奮しながら両手を合わせる。
「あああああっ、アクセサリー、願い。みんな、どんな思いを託して、どんな物語を? ……見たい、きになる!」
僕は日課である祈りを、誰にも届かない願いを叫ぶ。……そう、毎日だ。
『異能管理学園』と呼ばれる学校がこの世界に存在する。僕が叫んでいた彼、彼女達とはそこ(聖地)の学生たちの事である。
この世界は、異能と呼ばれる力を扱える世界。強い思いを持つ人間が、強い思いの込められたアクセサリーを身につければ、そのアクセサリーに込められた思いが異能となり、力を与えてくれるのだ。
当然、強力な力は世界の秩序にも大きな影響を与える。その為、『異能管理学園』をはじめとした、全国に五つ点在している異能者育成機構という機関が、力を持つ者に正しい使い方を教え、管理をする。
その中でも僕は『異能管理学園』が特に好きである。正確に言うならば、『異能管理学園』の生徒たちが大好きである。なので、彼らの成長を見守りながら生きていきたいと思っている。
どうして僕が『異能管理学園』に執着するのか。……それは、前世で僕が好きだったゲームの舞台だからである。
僕の名前は真壁望。ゲームの中の世界に生まれ変わった、ただのモブである。前世がどこにでもいる普通の男子大学生な、ゲームとアニメが大好きだったオタクモブなのである。この世界に生まれてから、15年。前世の記憶が薄れ始めこの世界の人間としての自覚が強くなっては来ているが、それでもゲームをしていた時の記憶、『異能管理学園』の生徒への思いは薄れるどころか、強くなるばかりだ。
ビジュアルノベルゲーム「Desire」。通称デザイアと呼ばれるこのゲームは、学園異能バトル物だ。舞台は現代日本であり、プレイヤーは学園に転校してくる転入生となってプレイをする。
主人公の名前は剣崎剣。設定年齢は16歳。彼の容姿は黒髪赤目で優しそうな雰囲気を醸し出しているが、その瞳は常にどこか退屈そうに見える。
そんな彼が、自分の思いを叶える為に戦う物語がこの「Desire」なのである。
僕は、剣崎剣の全てを知っているわけではない。だが、彼が学園一強いと言われている理由や、彼の生い立ちなど……ゲームに描写されている範囲内の全ての設定を僕は知っている。それらは非常に魅力で、彼に僕の心は揺さぶられたのだ。
残念ながら一週目のプレイでは彼の細かな情報を知る事は出来ない。彼のすべてを知るためには、「Desire」のすべてのエンディングを見る必要がある。
全攻略キャラのエンディングをコンプリートすることができれば、剣崎剣を真の意味で知る事ができるとされているのだ。 当然、僕は全てのエンディングを見ている。物語はどれも魅力的で、全てのキャラの結末に感動し涙した。
各メインキャラクターにグッドエンドとバッドエンドが一つずつ存在する。どのキャラクターにも幸せな未来、不幸な未来、……そして、悲しい別れがある事でさえある。だがどのキャラクターにも確かな思いがあり、僕はその全てを応援していた。
……だが、そんな中でも主人公である剣崎剣のエンディングは特別だった。彼の結末は大きく分けて3つある。
一つ目の結末は、彼が当初の目的を達成し、自分の人生を歩んでいくという物。彼は自らの力を使って、世界を守って行くのだ。……要するにゲームクリア条件を達成するとたどり着く結末である。
二つ目の結末は、彼が当初の目的を達成することなく終了してしまうエンドだ。何らかの理由により目的達成を諦め、学園での平和な日々を送るというもの。ゲームクリア条件未達成で期限を迎えてしまう事でこのエンドを迎えてしまう他、特定のキャラのバッドエンドルートやグッドエンドルートでもこれにたどり着いてしまうことがある。
そして三つ目の結末は、彼がとあるきっかけで悪役たちの悲しみを知り、その原因となる真の敵と戦うことになるエンドだ。最終的に主人公は勝利することになる。……ただし、大きな代償を支払ったうえでの勝利だ。
敵の力は余りにも強大で、軽々と月を破壊するほどの強さを持つ。初めは手も足も出なかった剣崎剣達。力の差が大きすぎる相手に対し、次々とメインキャラクターたちがやられてしまう。絶望に打ちひしがれる剣崎剣。まさに絶体絶命の状況。
しかし、ここで剣崎剣の真の能力が解放される。全ての悲しみを消し去りたいという自分の本当の願いに気づき、悲しみの元凶に対する戦闘力を限界以上まで高めて逆転勝利。
……だが、当然限界を超えたパワーアップは代償なしで行えるほど甘いものではない。彼は今まで積み上げてきたもの全てを犠牲にして元凶を倒す力を手に入れたのだ。ある意味、存在そのものを犠牲にする代償と言ってもいいだろう。
異能はもちろんの事、今まで学んで身についた能力、成長して立派になった姿、そして家や財産など、様々な物を剣崎剣は失ってしまったのだ。
それらだけにとどまらず、彼の積み上げてきた人間関係も失ってしまった。みんなから剣崎剣の記憶が消え去ったわけではないが、その代わり彼と剣崎剣が結びつかなくなってしまったのだ。……つまり、彼は誰にも剣崎剣だと気づいてもらえなくなってしまったわけだ。剣崎剣が行方不明になってしまったともいえる。
当然、彼の仲間たちはいなくなってしまった剣崎剣の事を悲しみ、心に大きな穴をあけてしまう事になる。
このエンドは一週目で訪れることはない。全てのキャラのエンドをみた後に訪れる、全ての真相を知ることが出来るエンディングである。公式ではトゥルーENDとして扱われているが、ファンの間からはビターエンドだと言われている。……当然、僕も同じ意見である。
剣崎剣の、最も悲惨な結末が三つ目なのだ。
確かにこのルートは切なく、後味がすっきりしているとは言い切ることが出来ない。
けれど、彼の強い『覚悟』を感じることが出来るこのルートは剣崎剣の魅力を最大限に表現していると言っても過言ではない。悲しいけれど、彼の行為は尊重せざるを負えない。
……彼や彼の仲間達の事を思いながら、僕は自分の夢を追いかける。
真壁望、15歳。僕の夢は『異能管理学園』の先生になる事。
どうしてそんな夢を持っているのか。……それは、『異能管理学園』の生徒たちはみんなが魅力的で、そんな彼らを影ながらずっと見守っていたいと僕は思っているからだ。決して出しゃばりすぎず、陰から彼らをそっと支えたいのだ。……僕は、推し達をずっとそばで見つめ続けていたいのである!
「Desire」では様々な『思い』の力が物語に関わっていた。剣崎剣やメインキャラクターたちはもちろん、そこの学生たち一人一人の思いの力もしっかりと描写されていた。「Desire」はメインキャラクターだけではなく、彼らの周りの学生も一人一人が丁寧に描かれていたのだ。しかも、その一つ一つが僕の心を揺さぶるほど魅力的なのである。
僕は、そんな学生たちの行く末をずっと見守っていきたいと思っている。だから、どうしても先生になりたいのだ。推しである生徒達の姿を、そのそばでずっと眺めていたいのだ。
今が原作の時期とどのくらい離れているのか、それはわからない。だけど、それはあまり気にしないことにした。確かに、僕は主人公達メインキャラクターたちと交流をしてみたいという欲はある。だけど、原作の流れに『僕』と言う不純物は混ぜたくないし、原作キャラたちに認知されたくない。
原作と関わるか関わらないか、そんなの僕には選べない。だから、流れに任せることにした。
……本当は原作にがっつり関わって、剣君に代償を支払わせず元凶を撃破することを目指すのが理想的だとは思っている。
けれど、それだけの力を僕は持っていない。まだ能力に目覚めてすらいないし、そもそも僕は大した人間ではない。僕はモブのように生きていくのがふさわしい。
……様々な『思い』を持つ子達が、『異能管理学園』にやってくる。……僕は、彼らの行く末を見守り続けたいのだ。
その為にも今の内から努力しなければならない。
『異能管理学園』の先生になるために必要なこと、それは一度『異能管理学園』の生徒として入学して、学園生として過ごすことだ。能力とのかかわり方を学園の生徒として学び、その経験を生かして教師として働くのが一般的だ。なので、教師を目指すならば学園への入学は必須なのである。
本当は僕なんかが生徒たちの同級生になるなんて解釈違いなのだが、先生になる為には背に腹は代えられない。出来る限り出しゃばらず、壁のように邪魔をせず、ただ見守る。……うん、それだけで十分だ。
とにかく、まずは『異能管理学園』の生徒にならなければならない。当然学園は異能力者を管理するための機関であるため、誰でも簡単に入学できるわけではない。異能を身に着ける必要があるのだ。
僕が冒頭で行っていた儀式こそ、その方法の一つである。将来の推し達(異能学園の生徒)の事を妄想し、祈りをささげる。そうすることにより思いが溜まり、異能として具現化するはずなのである。異能を身に着け異能学園の先生になるという夢の為、僕は幼稚園児の頃から今に至るまで、休むことなくこの習慣を続けていた。
今はまだ能力に目覚めていないが、感覚はつかんできている。今ならいけるかもしれない。
「たぶん、もうそろそろ」
そう呟きながら僕は自分用のアクセサリーを装着する。……能力を発現させるためには強い思いと思いの込められたアクセサリーを身に着ける必要がある。
アクセサリーに願いと思いを込めて、身に着けた後に祈ることでその思いが能力として発現するのだ。つまり、能力を得るためには思いのこもったアクセサリーを身に着けている必要がある。
なので、僕は猫耳&猫の尻尾がついたアクセサリーを身に着け、それぞれにしっかりと願いを込める。
なぜ、自分のアクセサリーが猫セットなのか。……それは、推し達の尊さを感じるためだ。「Desire」内の女子生徒達、また男子生徒達は、何故かやたらと小動物を好む傾向にあった。その最たるものが、メインキャラクターの一人である剣崎剣である。
彼は可愛いものに目がなく、特に小動物に弱いのだ。そんな剣崎君から溢れ出る尊さと言ったら筆舌に尽くしがたい。もちろん彼以外の多くの生徒達も小動物に癒されており、その様子がまた尊いのだ。
……つまり、『異能管理学園』の生徒達は小動物に弱く、その様子が尊い。だからこそ、推し達が大好きな小動物を模倣したアクセサリーは最高のファンアイテムと言えるのだ。僕の願いを込めるアクセサリーとしてはこれ以上の物はない。
というわけで、僕は自分のアクセサリーに猫セットを選んだのである。幸いなことにこの世界では変わったアクセサリーを持つ人たちが多くいるため、猫耳猫尻尾でも目立つことはない。
何故、元男子大学生である僕が猫耳と猫の尻尾を身に着けるという蛮行に及んだのか。……それは、転生の際に無意味にも性別が逆になってしまったからだ。
……つまり、男でなくなってしまったという事。
そんな状態で15年生きてきたわけだが、特に何てこともなかった。前世の意識は薄れているし、年齢の割に背が小さくてあまり体が発達していない。まったくもって無駄な性別の変化だと言えるだろう。唯一意味があるとすれば、猫耳をつけてもキツイ姿にならないことくらいか。
こんなどうでもいい変化、推しの尊さに比べればちっぽけな物である。ああ、こうしている間にも僕の推し達は素敵な思いを抱きながら一生懸命生きているのかな? 推し達の尊さは世界を救う。……ああ、推し達よ、永遠であれ!
野良猫のように、推し達の事をこっそり見守りたいのだ。……僕はそんな思いを胸に抱きながら猫耳と猫の尻尾に願いを込めていく。
「……あっ、来た!」
僕の思いが通じたのか、アクセサリーから光があふれ出し、僕の体を包み込んでいく。……ああ、ついに僕も異能の力を手に入れることが出来るのだ!
「……あ、あれ?」
猫耳&猫の尻尾を装備したまま、僕は困惑する。……何も起きないのだ。
「……えっと、どういうこと?」
能力発動時の光こそ出たものの、何も起きない。本当にどういう事だろうか。思いが不十分だったからなのだろうか? それとも……
だけど、僕にとってはそれで十分だ。能力者のオーラをまとった時点で学園への入学は確定事項となった。…… 僕は学園への入学した後の事を考えながら、その喜びをかみしめていくのだった。
「ああ、『異能管理学園』! 推し達の輝く姿! 陰からそっと見守ることが出来る! 推し達から認知されてしまうのは恐れ多いけど、でも! それでも!! !! ……楽しみ」