5話:しにがみ
(何という堅牢な城壁だ。これが、英雄達が住まう王都ハイランド…)
「我等が村民のため、お前に全てを託す」
村長である兄に命じられ、冒険者ギルドに依頼をするために旅を続けていたアリーシアは、圧倒的とも言える城壁を見上げながら、呆然とする。
「流石、王都だぁ」
「国王様はこんな良いところにお住まいなんだな」
「羨ましいさね」
共に旅をして来た村の人々は口々に声を漏らす。
門兵は、ピクリと反応するが、それを咎める事はなかった。
(兄上からはある程度の資金を頂いているが、王都であれば本当にヤツを討伐できる冒険者がいるのだろうか…?)
ふっと沸いた疑問を押し込めながら城壁をくぐり、兄から伝えられていた「緑風の穂波」に向かう。
何やら貸しがあるらしく、タダ同然で泊まれると言われたからである。
準備金からは予想もできないくらい立派な宿にたどり着く。
(兄上、本当にここなのか?)
不安に思いつつも扉をくぐり、受付らしき場所にいた壮年の男性に声をかける
「すいません。ハタタ村から来たアリーシアといいます。ハタタのムジナの妹であると伝えれば、あとは全てわかる。と言われてココに訪ねて来たのですが、どなたか「おぉ!!ムジナの妹かっ!!」っ兄をご存知で?」
アリーシアは大きな声で話を遮られつつも、気になる言葉を問い返す。
「かぁ〜、あんな大男に可愛らしい妹さんが本当にいたんだなっ!!オレはドナン!!!先の対戦で、ムジナとは同じ部隊にいたんだっ!よろしくなっ。」ニカッと音が出そうなほど良い笑顔でアリーシアに声をかけるドナン。
「こちらこそよろしく頼む」
アリーシアは驚きつつも何とか返事を返す。
「んで、何があった?」
ドナンに問われ、アリーシアは更に驚く。
「いや、大戦の後に共に王都で働こうってぇ声をかけたんだが、『家族のいる村を守るために戦った。つぎは村をよくしていきたい』って帰ってったヤツが自慢の妹を寄越したってことはヤベェ状態なんだろぅ?」
驚嘆を飲み込みつつ
愛すべき村の現状を伝えるべく口を開く
「村の少し離れた場所に巨大な魔物が現れました。兄上が言うには魔王の尖兵だったレッドファングに酷似していると。王都のギルド長に伝えればそれだけで伝わると言伝を頼まれたのです。現状はまだ動き出しが無さそうという事ですが、村に被害が出る前に何とか依頼して来て欲しいとのことです。」
「レッドファングか…。巨大な体躯と恐ろしいスピードで戦場を縦走していたな。ムジナが言うなら間違いないだろぅ。ありゃあ、一介の冒険者じゃどうにもできないぞ?」
「わかっているのです!それで、こちらを頼るように兄上に言われました。」
「それなら、『居酒屋』っつう酒場に行きな。ギルドよりもそっちの方が確実だ。『モブ』ってぇ酔っ払いに『ムジナ』の名前を出せ。何とかなるだろ。とりあえず、金は気にしないでいいから、今日は泊まっていけ。」
「? わかりました。お心遣いに感謝します。」
聞いたことのない名前に疑問に思いながらも、アリーシアは答える。
その晩、『居酒屋』の前に立つアリーシアは何とも言えない雰囲気に呆けていた。
(かなりの賑わいを見せる酒場だな。名前から酒を提供する場所なのはわかるが、明らかに庶民向けのここで解決できることとは?)
「失礼する。ここに『モブ』という人物はいるだろうか?」
アリーシアは元気に注文をとりに動き回る従業員に声をかける。
「あぁ、モブさんでしたらあちらのカウンターに座ってますよ!」
(カウンター?が何かはわからないが、あそこの男性か?)
アリーシアは聞き覚えのない言葉を何となく流しながら、厨房の見える席で何やら怪しい物を食べながら何かを飲んでいる男性にあたりをつける。
「すまないが、モブとはあなたの事かな?」
「ん?そうだね、僕が『モブさん』ことモンブランだよ。君は?」
明らかに火の通っていない魚を、虫の卵のような白い粒々に載せて食べつつ、水のような物を煽っている男性は陽気に声を返した。
「私は『風の村』から来たムジナの妹のアリーシアという。「緑風の穂波」のオーナーからここであなたに名乗れば村が救われると言われて来た。」
「へぇ!ムジナの妹さんかっ!!懐かしいな。そうか、あんたがいつも自慢していた妹さんかい。初めましてアリーシア、俺はムジナの友達のモブだ。あいつが家族を出したって事は何か困り事かい?」
「!?」
アリーシアは少し驚いた後、事情を説明すべく口を開く。
「実は私たちの村の近くにレッドファングらしき魔物が出た。ギルドに応援を頼もうと兄上に進言したが、「緑風の穂波」に行くように言われ困惑している。オーナーからは貴方を頼るように言われたのだが、どういうことなのかわからない。」
「あー、そういう事情か。まぁ折角来たんだ、とりあえず座って乾杯しよう!おねーさーん!お酒一合追加で!!この娘にっ!!」
ニカッと聞こえそうな笑顔で従業員に声をかける『モブ』なる男性。
「いや、村の一大事なのだっ!酒など飲んでいる場合ではっ!」慌てて注文を遮ろうとするが
「だいじょーぶ。もう少ししたら解決できるから。あ、こんどはタコの握り一つお願いしますー!!ほら、アリーシアさんも座って、座って!」
こちらに返事をしたと思ったら、聞いたこともないオーダーをする男性。
促されるままに席に着くと、「へい!お酒とにぎりお待ちっ!!」
という元気な声と共に小さな器に入った水?と先ほどの虫の卵のようなツブツブの上に乗った生の魔物の肉が出された。
「うひゃ〜美味そう!とりあえず乾杯ねっ!」
そう言いながら男性が小さな器を待ってこちらに出して来たので、それを真似て器を合わせる。
なにやら、芳しい香りがしてくる水?を飲んでみると「〜〜〜っ!?」なんとも言えない甘みと旨み、そして芳醇な香りが口の中を蹂躙する。
「……美味しい。」
思わず口を注いで出て来た
「だろう?勇者さんが手がけた事業がようやく身を結んだ「ぽん酒」という名の酒らしい。色んな料理に合うし単体でもいける。これがまた握りにあうんだ!」
とても美味しそうに「握り」と呼んだ料理を食べつつ酒を飲むモブという男性に釣られて笑顔になりそうな自分を諌めつつアリーシアは再び同じ言葉を繰り返す。
「いや、村の一大事なのだっ!酒など飲んでいる場合ではっ!」
「アリーシアさん運が良かったね!もうちょっとだけ待ってて?きっと何とかなるから」
というモブという男性に疑問を抱きつつ、尊敬する兄の友人という立場を考慮しつつ、待つことに決める。
「それなら、したがいます。ところで、その妙な食べ物は一体?」
「あぁこれね!大陸のさらに東の国から取り寄せた『米』という穀物を炊いて酢と砂糖で和えたものに、刺身を共に握って、この醤油につけて食べる『寿司』って料理らしい。ポン酒によくあうんだよ!アリーシアさんも食べるかい?」
『刺身』が何かは知らないが、明らかに生の肉を食している様子に引きながらも「家の教えで『生の物は食べてはいけない』というものがあるので遠慮させていただく」となんとか返事をする。
「そういや、ムジナは元気?村ではどんな風に生活してるの?」
なんて話をしながら飲む事数十分、騒がしかった店内が妙に静かになる。
「よぉ、モブさん!相変わらず飲んだくれてますねっ!!」
陽気な声とは裏腹に、注意深く周囲を見回す目と鋭い殺気を纏った大柄な男がその身より大きな鳥を担いで店の中に入ってくる。
「おい、あれ」
「あぁ、今夜は飲むぞ」
「死神ヨイーチッ!」
「嘘だろ!?」
「ひぃ!!なんだ、あのバケモノはっ!?」
「怪鳥アルゲンっ!!Sランクの魔物じゃないかっ!」
「さ、流石だな」
「またモブさんの友達?」
店内の客は様々に声をあげる。アリーシアは聞こえて来た言葉から信じられないものを拾う。
「しっ、死神!?伝説の勇者パーティのっ!?」
「お、お嬢さん初めまして。ヨイーチっていいます。モブさんと楽しんでるところ悪いが一緒させてもらっていいかな?」
死神ヨイーチ。魔王軍との大戦において、矢が無限に生成される魔弓を用いて万を超す魔物を狩り、勇者が魔王を倒すその場所までの道を切り拓き、魔王との戦いに置いても多大な貢献を成したという伝説の狩人。魔物を悉く死に至らせた事から敵・味方問わず『死神』と呼び畏怖した人物である。
「よ、ヨイーチ。いいところに来たね!とりあえず乾杯しよう。あ、おねーさーん!お酒一号とヨイーチの獲物で唐揚げと串盛りお願いっ。」
「えっ?」
あまりの出来事に頭が追いつかないアリーシアを尻目にヨイーチはモブを挟んでアリーシアの隣に腰を下ろす。
「モブさん、今度は何があったの?」
いつもの事のようにヨイーチはモブに声をかける。
「ポン酒おまちどーさま!モブさん、串も唐揚げも時間くださいね!」
元気よく従業員が声を上げながらポン酒をおいていく。
「お、早いね!そんじゃヨイーチ、アリーシアさんも乾杯っ!!」
訳のわからないままモブの声に従い乾杯をするアリーシア。
「モブさん?その方は?いえ、聞こえてはいたのですが、え?」
困惑するアリーシアを横にモブが口を開く。
「ヨイーチ、この娘はアリーシアさん。なんとムジナの妹なんだっ!!そんで、助けがいるそうなんだけど、このお酒は奢るからなんとかなんない?」
軽い。あまりにも軽い伝説への依頼にアリーシアは思考が止まる。
「ムジナの!?懐かしい名前だ。そりゃ行くしかないですね。確か北の方の「そうそうあそこ!ほらっ、ちっちゃくて可愛らしかったあの子だよ」…あぁ、あの子か。大きくなりましたね。あそこなら2日もかからないです。ムジナからの救難ならそれも考慮に入ってるはずなんで、明日朝一で走って行きます。」
「うん、ヨーイチならそれくらいで間に合うと思う。良かったねアリーシア。何とかなるよ!」
(敬愛なる兄上。大戦にて従軍していたのはわかっておりましたが、一体何をしてこの方と知り合いに?それよりも、伝説の『死神』に敬語を使わせるモブさんは何者?私の幼い頃を知っている?病弱で家族以外に殆ど会ったことのない私を…あっあの時の?薬を持って来てくれた冒険者?)
あまりの情報量に頭が真っ白なアリーシアはお礼の言葉もなくただ呆然と…
「アリーシアさん!もう解決したも同然だっ!今日はお祝いに飲もうっ!!!おねーさーん!ムジナとアリーシアさんのお祝いでみんなにエールを一杯ずつ出したげてっ!」
「ふーー!流石モブさんっ!!」
「ごちでーす」
「あざっすー」
適当なモブに慣れた常連はいつものように狂喜乱舞する。
そして、
「そうですね!お祝いですっ!!モブさんかんぱーい。ヒャッハーーッ」と思考放棄したアリーシアも混ざり込み夜は更けていく…
2日後・某村付近
「流石モブさん。今度お礼を言いに行かなきゃな」