3話 お薬
「やっとついた。ここが英雄達が住むハイランド王国か。」
巨大な城壁に囲まれた、大陸随一の国ハイランド王国の北門で、入国検査のための長蛇の列に並びながら、冒険者であるランバラルは呟いた。
ローブで隠して入るが、腰に佩た片手剣は見るものが見れば業物であり、年季の入ったライトワイバーンのレザーアーマーには小さな傷があるもののよく手入れされていることがわかる。長旅により疲労は見えるもののその双眸は油断なく周囲を警戒していることから、かなりの熟練者であることが伺える。
「次の方どうぞ。身分を示せるものはあるかな?」
北門の検査所につき、門番から声がかかる。
「これを。」
ランバラルは懐から冒険者カードを取り出して万番に手渡した。
「ブラック!?まさか、激流のランバラル様ですか?遠くアズラール帝国からようこそハイランド王国へ。」
門番は冒険者の中でも最上位ランクであるブラックカードをみて驚愕するも、すぐに気持ちを切り替えて歓迎する。
「本日はどのようなご用件でハイランド王国へ?」
「個人的な理由だが、どうにかして伝説に会えないかと思ってね。いや、国の重要人物なのはわかるが、ちと頼みたいことがある。」
「アポイントを取るのはかなり厳しいかと思われます。ブラックランクであれば、もしかしたらギルドを通して紹介してもらえるかもしれませんが、、、無理に会おうとすると、法的にも問題になるかもしれません。もちろんブラックまで上り詰めた方にこのような事をお伝えする必要はないと思われますが」
「なに、無理を通すつもりはないよ。これでも信用を積み重ねて来たからね。入国に問題がなければギルドに行きたいのだが、どこにあるか教えてもらえるかな?」
「は!現在おります北門から入り大通りを真っ直ぐ進んでいただけると、看板が見えますので迷わずたどり着くと思われます。入国も問題ありませんので、そのままお進みください。」
「ありがとう、助かったよ。」
門番に礼を言い、ランバラルは早速冒険者ギルドに向かう。
「ここか?」
見慣れた看板を掲げる巨大な建造物の手前で、ランバラルは呟く。他の国であれば魔物の侵攻からの防衛拠点にもなるこの施設は総石造りであるが、ここハイランド王国では全住人を王城に匿うことができるため、ガラスや木材をふんだんに使い明るい雰囲気の施設となっている。ランバラルは確信を持てないままに木製のドア開いた。
自国のギルドとは異なる内装に驚きつつも、見慣れた格好の冒険者がたむろすることに安心する。
カウンターに向かい冒険者カードを提示しながら受付の1人に声をかけた。
「ブラックのランバラルという。訳あってこの国に来たのだが、ギルドマスターに繋いでもらうことは可能か?」
受付の男はブラックランクのカードに驚きつつも要請に従い、ギルドマスターに確認に動く。
すぐに戻って来た男はランバラルに声をかけた。
「マスターがお会いするそうです。ついて来てください。」
ギルドマスターの部屋の前につき、扉越しに声わかるとすぐに入室の許可がおり、中まで通された。
進められるままにソファに座ったところで、ギルドマスターから声をかけられた。
「久しいな激流。大戦以来か?」
見知った顔に呆けていると、親しげに声をかけられた。
「ご無沙汰しています。あまりにも早い対応に驚いていましたが、暴壁さん、今はあなたがギルドマスターだったのですね。」
共に魔王軍と戦った日々を思い出しながら、そう返す。大戦中、何度も指名依頼を受けた中で、頻繁にteamを組んだ。彼の大きな背中から後ろには全く攻撃をそらさないことからつけられた字名に因んだタンクとしての能力には何度も助けられた。白髪が混じり、シワの刻まれた顔からは、10年という歳月を感じる。
「他にいなかったからな。それで、大戦以降故郷に篭っていたお前さんが、いきなりどうしたんだ?」
家族を守るために立ち上がり、帰っていった友を気遣い、力になろうと問いかける。
「実は、聖女様に紹介して欲しい。私の妹が病に侵された。手を尽くしたが、効果はなく、日に日に弱っている。もう他に手が浮かばなかった。」
「うむぅ、力になりたい。力にはなりたいが、それはできない。俺らにはその権限がない。どういう経緯でも、ほとんど手元には届かないだろう。」
「わずかな!・・・わずかな可能性でいいんです。手紙を試してもらえませんか?」
「・・そうだな。やってみよう。」
「感謝します。しばらくは、この国に滞在したいのですが、どこかいい店を知りませんか?」
「それなら、『居酒屋』って名前の店の近くがいいな。おまえさんの稼ぎなら余裕だろ。『緑風の穂波』ってぇ宿を使え。一部屋常に俺の名義で借りている。んで、欠かさず『居酒屋』に行って、『モブ』って呼ばれているヤツを探せ。もしかしたら、手紙よりそっちのが早ぇ。」
「?」
疑問に思いながらも、早速行動するために、感謝の言葉と挨拶を告げ、店に向かった。
「うん。いい匂いだ。人探しよりも飯が楽しみだ。」
鼻を抜ける様々な料理の香りを楽しみながら、店内に入る。1人がけらしいテーブルに案内され、食事とエールを頼む。」
「デスクラブの塩茹でとアツカン下さい。」
ふと隣の席に座る男の声が気になった。
(アツカン?いや、それよりも!!恐ろしい物を注文している。デスクラブだと!?あの毒に塗れた化け物を食べようというのか!!?)
「塩茹でとお酒お待たせしました!」
給仕の娘が、元気よく料理と小さな容器を持ってきた。
「これこれ〜。カニの塩茹では酒に合うんだぁ」
男が心底嬉しそうに呟く。
「うんめぇ!」
そのあまりにも美味そうな様子に、しばし目を向けてしまった。
「おっさんも気になるなら食べてみるかい?」
なぜか親しげに、男が声をかけてきた。
「大丈夫だよ。この店の処理は完璧だから。」
興味はある、多少の毒なら何とかなるという自信もある。そのため、直ぐに返事をする。
「ぜひ食べてみたい。カニは好物なんだ。」
デスクラブとは思えない真っ白な身を見ながら、ゆっくりと口に運ぶ。
(旨いッ!)
普段口にするものに比べて圧倒的な味の濃度。
この味ならどんな酒も進みそうだ。
「な?」
男はニヤッと笑った。
「礼を言う、旨い物をいただいた。デスクラブが可食なだけでなく、あれほど旨いとは。私はランバラル、あなたの名前を尋ねても?」
「俺はモンブラン。モブって呼んでくれ。よろしくな、ランバラルさん。」
そう言って手を伸ばすモブという男。
ランバラルは不思議な感覚に陥りながらも、その手を取り握手する。
互いに自己紹介をしながらしばらく飲んでいくと、モブが尋ねる。
「そういや、ランバラルさんはどうして、こんな異国に?」
答えるか迷いつつも、何となく事情を説明してしまう。
「妹が不治の病にかかっていてね。何とか治療を依頼できないか訪ねて来たんだ。結果はかなり部が悪いらしく、途方に暮れてるところだよ。」
「あ〜、そんな事情か。なら、もうちょっと飲んでってよ。きっといい事あるから。」
せっかく旨い飯が出るのだ、まだまだ帰るつもりはない。気になることを言っていたが、まぁ今日は少し気を抜こう。
そうやって暫く飲み続けていた所に参入者がやってくる。
「あら、モブさん。お久しぶりっすねぇ。隣、いっすか?」
やけに親しげな女性が声をかけて来た。
「やぁファムさん、お久しぶり。もちろん歓迎するよ。あっ、オネェさんアツカンとデスクラブ追加お願いします。」
ファムのためにオーダーを入れつつモブが挨拶を返す。
(みた所、かなり高位の錬金術師。身につけている装具の殆どが魔道具なのだろう。だが、高位の錬金術師にファムという名は、、ファム?・・・神薬ファムリエラ!?)
「お隣は他所の人みたいっすね。自分はファムリエラっす。モブさんみたいにファムって下さい。」
「あぁ・・・、私はランバラルと申します。神薬とお会いできるなんて感激です。」
驚愕で返答が遅くなるも、何とか名乗ることはできた。
「お、ランバラルさん良かったね。これで全部解決だよ。ねぇ、ファムさん。ランバラルさんに2番売ってあげられない?少し負けてくれると嬉しい。」
「ん〜、モブさんが言うなら良いっすよ。それで、誰か呪われちゃったんすか?」
「うん、話を聞く感じそうだね。この店の全員に一杯奢るからさ。」
「それ、自分一杯しか貰ってないじなゃないっすか。まぁ、別に良いですけど、その代わりエール以外からも選ばせて欲しいっす。」
あまりにテンポ良く進む2人の会話に頭が追いつかず、ランバラルは困惑する。
(待て待て待て、神薬の薬だぞ!?各国の重鎮達の予約で、あと数十年は出回らないはずのシロモノだぞ!それを酒?酒奢るだけで?何がどうなっている?)
「うぉーーっ」っと店内が盛り上がったところで、ハッとなる。笑顔を向けてくるモブさんに深く感謝し、礼を言う。
「ありがとう、モブさん。改めて、私はランバラル。激流とも呼ばれています。妹の回復を待ち、必ず貴方に恩を返しに戻ります。どう感謝したら良いかもわからない。ありがとう。本当にありがとうモブさん。」
「そして、ファムリエラ様。貴方の慈悲に感謝を。」
「気にしないで良いっすよ!モブさんの友達なら当然っす。かなりの実力者みたいなんで、信頼もできるっす。」
当然と言った態度で返事をするファム。
「そんなことより早く乾杯しよう。みんなに行き渡ったからさ。」
話を強引にぶった斬って、モブが参入する。
そのまま大宴会場へと化した『居酒屋』では明け方まで笑い声が響いていった。