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続きです。
階下に下ると、さっそく宿主のおじさんから声をかけられた。
「お、兄ちゃん! よく寝られたかい?」
「あ、はい・・・・・・おかげさまで」
軽く会釈程度に頭を下げながら返事をすると、リタが脇腹を指でつついてきた。
「え? なん・・・・・・?」
「お金のこと・・・・・・聞かなくていいんですか?」
「ああ、いや・・・・・・聞くけども・・・・・・」
リタに言われたからというわけでもないけど、まぁ疑問の解消は早いに越したことはないので素直に店主の方へ歩み寄る。
「あ、それでなんすけど・・・・・・その、俺・・・・・・結構寝過ごしたっていうか、こんな真昼までここに居たことになるわけなんすけど・・・・・・。この場合料金って二日分になるんすか?」
「ん? なんだ兄ちゃん、そんな細かいこと気にしてんのか。代金は一泊分で問題ねぇよ!」
俺の言葉を受けて、店主はガハハと豪快に笑う。
その性格からか経営方針もてきと・・・・・・豪快だ。
「・・・・・・」
そんな店主をリタはジトーっと眺める。
またなんらかの贔屓をしているのではという疑いの眼差しだ。
リタのその態度は一周回って厄介な気がした。
逆クレーマー。
しかし店主はその視線をものともせず、勝ち誇るように笑う。
「これはリタのお客人だからじゃない。誰にだってそうするさ! これが俺の商売術だからな」
「そう、ですか・・・・・・」
数秒間、リタが審議中の顔になる。
脳内会議の結果導き出された結論は・・・・・・。
「分かりました。またお世話になることもあると思うので、そのときはよろしくお願いします」
「おう!」
店主のおじさんの気持ちのいい笑顔は、この街の影の中では眩しいくらいだった。
見送ってくれるおじさんに背を向けて、宿屋を後にしようとする。
「いい人ですよね」
「ああ、ほんとに・・・・・・」
リタの表情はどこか誇らしげだった。
先行するリタが出口の戸を開こうと手を伸ばす。
その時だった。
「ああ・・・・・・お二人さん、ちょっと待って」
背後から呼び止められる。
その声は、この宿屋のおばさんのものだった。
まだ何かあったかと振り返ると、おばさんの手に紙袋が握られているのが見える。
その紙袋には見覚えがあった。
昨晩ケイドが持参した、邪神の毒林檎のものだ。
「あ、それ・・・・・・すんません、うっかりしてました」
立つ鳥跡を濁さず、ということでなんであれゴミを置きっぱはしちゃいけないだろう。
色々急だったとはいえ申し訳なくなる。
「あ、いや・・・・・・お兄さんがいいならいいんだけどね? その・・・・・・もしかしたらこれ、昨晩子どもが持ってきたんじゃないかしら?」
「え? あ・・・・・・そう、ですけど?」
ケイドのことを言っているのは明らかだ。
その俺の返答に、おばさんはため息を吐き、リタは「あー・・・・・・」となにかを悟った様子だった。
「え? え? 何・・・・・・?」
困惑して、とりあえず何か分かってそうなリタに尋ねる。
「いや・・・・・・そのですね・・・・・・。ここに人が泊まると、代金未払いのお菓子を持ち込んで半ば強制的に奢らせる悪ガキがいるんです・・・・・・」
呆れたように、ため息混じりでリタは答える。
それを聞いて、宿屋のおばさんが握る紙袋を指さす。
「え、じゃあ・・・・・・それって・・・・・・」
「はぁ・・・・・・まぁ、そういうことだね・・・・・・」
おばさんもまた、呆れた風に答えた。
「な、は・・・・・・あの・・・・・・」
昨晩のケイドとのやりとりが蘇る。
馬鹿な男同士、心が通じ合えたと思ったのに。
ハメられていた、だと?
昨晩が楽しかっただけに、この仕打ちに怒りが込み上げる。
「あんのクソガキッッッ!!」
ちゃんとクソガキ。
過不足なくクソガキ。
叫ばずにはいられなかった。
「はは・・・・・・」
隣でリタが乾いた笑い声をあげる。
おばさんはやれやれと肩をすくめていた。
「まぁまぁ、でもしっかりアイツに払わせるから大丈夫だよ。足りないようなら店の掃除をさせるし・・・・・・」
おばさんは慣れているようで、もうすっかりその先のことについて思考を巡らせている様だ。
しかし・・・・・・。
「あ、いや・・・・・・でも俺も食ったのは確かだし、その分・・・・・・いや二つぶんきっかり払いますよ」
まんまと利用されたとはいえ、相手は子どもだ。
またそのずる賢さ含めてのケイドのような気がするし・・・・・・。
「あら、そうかい? でも・・・・・・それは流石に悪い気がするねぇ・・・・・・」
「いえいえ、美味しかったですし・・・・・・まぁ後悔はないですよ。それに・・・・・・まぁ人から貰ったお金だし、あんま我が物顔で支払いを渋るのも・・・・・・」
しかしその言葉を聞いて、おばさんはさらに考え込む。
「・・・・・・そうね。リタちゃんのお金なのよね、元は・・・・・・」
その表情をリタセンサーが察知しないはずもなく、慌ててリタが口を開く。
「それについては・・・・・・」
気にしなくていいですよ。
そう続くであろう文章を遮って、また新たな声が宿屋の扉を押し開いてやって来た。
「リタは居るか?」
やって来たのは、昨日すれ違ったトカゲ男。
緑色の細かな鱗に覆われた体はぬるりとしなやかに輝き、その顔つきはどことなく柔和そうな感じがした。
「あ、リサさん・・・・・・」
突然の来客に、リタが驚くでもなく反応する。
俺はトカゲ人間をまじまじと眺めるのが初めてなわけで、もしかしたらかなり失礼かもしれないが「リサ」と呼ばれたトカゲ男から目が離せなかった。
続きます。