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ムーンライト・エンブレイス  作者: 空空 空
セカンドホームタウン
67/67

1-66

続きです。

 停滞した空気が未だ争いの匂いを保つ。

建造物の内外を問わず、乾いた空気が沈んでいった。


 リタの家。

ある程度形は残しているものの、その損壊の度合いは激しい。

近くに放置された台車があったので、きっとそれによる破壊だろう。

俺たちが到着したときこそ兵士ばかりだったが、最初はもっと色々な道具を携えていたらしい。


 天井は傾いて、どこが入り口かも分からない。

こんなところにまだ居るのか、とも思ったが、リタは居るはずだと断言している。


 崩れ去った瓦礫を排除し、見つけた隙間からなんとか潜り込む。

ところどころ残骸が邪魔になるが、ある程度の空間は保たれたままだった。


 明かりはとうに点いていないが、隙間から差し込む光で薄明るい。

見覚えのある棚の横を通り過ぎて、生徒たちの部屋が並ぶあの廊下に向かった。


 奥まっている位置は損壊が軽度なようで、邪魔な瓦礫も少ない。

その分明るさは損なわれるが、それよりは床の不安定さの方が気掛かりだった。


 語る気力もなく、俺たちは言葉を交わさない。

残されたのはリコを含めて三人。

これからどうすればいいのか・・・・・・。

そんなどうしても向き合わなければならない現実から逃避するように、今は目的地に向かった。


 リコの部屋の前にたどり着くと、リタが静かに口を開く。


「すみません、この部屋の扉を開くのはわたしにやらせてもらってもいいですか?」

「え、それは・・・・・・構わないけど・・・・・・」


 どうして、と視線で尋ねる。

それに答える義務など当然ないのだが、リタは一瞬唇をキュッと結んだ後答えた。


「万が一の・・・・・・いえ、かなり高い可能性での話です。マナトに危険が及ぶかもしれないですし・・・・・・これは、わたしが受け止めるべき現実です」


 言いながら、真っ直ぐ扉の前へ。

何かを覚悟したかのような表情で、ドアノブに手を伸ばした。


 歪んだ枠は素直に扉を開放しようとしないが、リタは躊躇わず破壊して解決する。


 取り払われた扉の向こう。

そちら側の壁は完全に崩壊しているようで、外の光が差し込んで来ている。

暗闇に慣れ始めていたところには少しばかり眩しすぎて、だからはっきりとその景色を捉えることは出来なかった。

だが、その光の中に佇む影は確かに認識する。


「・・・・・・お姉ちゃん」

「来たのね、ナイン」


 その影の正体は、間違いなくリコ・ナンバーエイトなのだった。


「いや、ちょっと・・・・・・」


 しかし、目の前で起きていることに疑問を抱かずにはいられない。

なんで・・・・・・なんで、リコにあの紫色の光が宿っているんだよ。


 ギラギラと輝く紫色の瞳。

それと同色の光が血管を浮き上がらせている。

リタと同様に巻かれていたはずの首輪は、赤黒い炎に包まれ燃えていた。


 驚く俺をよそに、リタは部屋に立ち入る。

そしてリコと向かい合った。


「・・・・・・どうして、だって・・・・・・あの時だけだろ? リコが魔法を使ったの・・・・・・」

「・・・・・・」


 リタは無言のまま、リコを見つめ続ける。

もしかしたらリタには必要な時間だったのかもしれないけど、俺の吐き出した疑問の言葉がこの沈黙を奪ってしまった。


「どうして、じゃないのよ。当然の結果が起きたまで。今まで魔法を使ってこなかったのが裏目に出たのね。・・・・・・ましてや禁術、私自身・・・・・・これが予測出来ないで使ったわけじゃないわ。結果的に、二人が間に合ってくれたしね」


 自分の身に起こる変化、それがどういうことなのかよく分かっているはずなのに、リコは落ち着いた様子で答えてくれる。


「お姉ちゃん・・・・・・」


 だが、それもリタの視線で崩れる。

リコはその手のひらを悔しそうに握りしめて、唇を噛んで俯いた。


「分かってるわよ。これが私たちの運命。いつかは絶対来ることだって・・・・・・。でも、結局・・・・・・愛した者も全部失った」


 差し込む日の光に、リコの方を伝う涙が輝く。


「ずっと言ってた、私たちに何が残るのって・・・・・・ずっと自問自答してた。私は愛したよ。ナインと同じように、みんな愛した・・・・・・。愛して、愛して・・・・・・その度に私の運命が憎くなった」

「所詮私は怪物。どうしてもみんなの中には居られないし、実際に腫れ物だった。街の人たちはいい人だよ、みんな優しい。だから触れないように、見ないように・・・・・・そうやって一歩下がってた」

「・・・・・・けど、そんな優しさ要らない。そんな賢さはずるい。私も・・・・・・愛されたかった・・・・・・! 避けないでよ、踏み込んでよ。かわいそうだねって、同情して! 慰めて! 抱きしめて!」

「・・・・・・私は、そっちがよかった・・・・・・」


 最期の瞬間を自覚して、リコは次々と言葉を吐きだす。

ついには嗚咽すら抑えられなくなって、溢れて止まらない涙を手で拭い始めた。


 泣きじゃくるリコに、リタがゆっくりと近づく。

震える肩に、恐る恐る触れる。

そしてゆっくり、リコを抱きしめた。

その腕の中で、リコは静かに呟く。


「・・・・・・まだ・・・・・・死にたくないよ・・・・・・」


 その言葉に、リタが表情を変える。

小さな変化に過ぎないが、しかしリタの心に大きな動きがあったのには間違いない。


 リタの体が、強張る。

ぎこちなくなる。


「躊躇っちゃいけません。それが、みんなのため・・・・・・だから・・・・・・」


 リタは自分に言い聞かせる。

歯を食いしばって、何かに耐えるように、その腕を震わせる。

しかし、その逡巡、確かな迷いは・・・・・・止まらない変化に置き去りにされてしまった。


「な・・・・・・!?」

「・・・・・・ぐぅ!?」


 俺は驚愕に声を上げ、リタは壁に衝突してうめき声を上げる。

一瞬、迸った不可視のエネルギー・・・・・・おそらく魔力と呼ばれるそれが、俺たちを吹き飛ばしたのだ。


 リタも俺も、決して広くない部屋の壁に叩きつけられる。


 その部屋の中心、リコの体はまるで何かに吊り上げられるかのようにふらふらと浮遊し始めていた。

手足はだらりと垂れ下がり、既にそこにリコの意識は無いであろうことが窺える。


 やがて・・・・・・。

筋肉が震える。

内側から肉を裂いて、本来人間に無い器官が飛び出す。

リタとお揃いのローブはハラリと床に落ち、歪み始めたリコの姿を露わにした。


 紫色の光が、四肢に絡みつく。

先程俺たちを吹き飛ばした衝撃は、今度は風のようになり部屋の中を吹き荒れた。


 リコのシルエットはどんどん膨れ上がっていく。

やがてその体は、真っ黒な羽毛に覆われ、筋肉質に膨れ上がった腕は翼を生やし翼脚となった。


 コウモリ、カラス・・・・・・いや、そのどちらでもない。

長い尾が伸び、光の中で揺れる。

既に原形を留めていない頭部は、嘴のような外骨格で覆われた。


 その全体像は、あの・・・・・・瘴病の具現を彷彿とさせる。

力強い霊長類のような、あるいは猛禽類のような・・・・・・様々な生き物の要素が複雑に絡まったその姿は・・・・・・。


「まるで、ドラゴン・・・・・・」

「・・・・・・!? 避けてください! マナ・・・・・・」


 急にリタが声を上げるが、そのセリフを最後まで聞くことはない。


 風を切る翼の音、衝撃に倒壊する瓦礫の音。

それがその声をかき消したのだ。


 その速度に、痛みも意識も追いつかない。

気がつけば、建物の外に俺の体は投げ出されていた。


 リコの前脚の一振りで、俺は部屋から弾き出されてしまう。

視界に血が滲む。

そこで初めて甚大なダメージを自覚した。


 吹き飛ばされた後は、始まる自由落下。

だがそれすら許されない。

空中に居る俺に加わる不可視の力・・・・・・これは重力だ。

ただし横向きの。


「・・・・・・がッ!?」


 弾き飛ばされたとき以上の威力を持ってして、俺は向かい側の瓦礫に叩きつけられる。

位置も最悪で、左肩の辺りを飛び出た柱に貫かれた。


 前方、リコの部屋では、立ち込める砂塵の中こちらを見据える紫色の光が見える。

リコの目だ。


 来る。

俺を殺しに、来る。


 リコは翼を広げ砂塵を振り払う。

そして跳躍の予備動作として、その後肢を力をためるように曲げた。


 あーあ・・・・・・。

くそ、どうしてこんなときに・・・・・・。


 諦観。

どうしようもない、このままでは死ぬ。

しかしそのことに対する諦めではない。


 この街には、もう何も残っちゃいない。

リタにはあのローブもあるし、リタ自身の頑丈さもある。

つまり、今度こそ・・・・・・権能の制限を取り払うのだ。


 内臓が破けたのだろう、腹の中で吹き出る血液が皮下で熱を持って暴れる。

瓦礫の刺さった左肩は今にも千切れそうだ。


 最悪だ。

最初にこの力の最大出力を使うのが、その相手が・・・・・・リコだなんて。


 しかし生きるために、リコ自身の尊厳のために、掠れた声でその起句を唱える。


「・・・・・・ばっ、とう・・・・・・」


 抜刀。

授かった力の、本当の姿を喚び出す。

神の権能そのものを、この身に降ろす。


 起句を唱えるのと同時に、リコが地を蹴る。

翼を広げ、こちらにミサイルのように飛来する。

しかし・・・・・・。


 俺を包む炎の輝き。

引き抜くまでもなく、胸から噴き出す炎。

血液の如く噴出したそれは、リタを迎え撃つ。


 こちらに猛然と迫っていたその体躯を押し返し、リタの居る側に押しやった。

羽毛はその消えない炎に纏わりつかれ大炎上する。

壁に叩きつけられたリコは、無数の傷を作りながら破壊した瓦礫に飲まれた。


 俺の体には、まるで電子回路のような模様が浮き出す。

白色に発光するそれは、俺の全身に伸び神の力を行き渡らせた。


 周囲の気温が一瞬にして跳ね上がり、俺の叩きつけられた瓦礫の山は赤熱し溶解を始める。

俺を貫いていた柱も溶け落ちた。


 地面に落下する俺。

極限まで、いや・・・・・・極限を超えて高められた身体能力が先程負った傷を癒しきってしまう。

自らの炎で自らを焼きながらも、爛れた皮膚は立ち所に再生していく。

これでリコの仲間入り、俺も化け物だ。


 リコがまだ瓦礫の山から這いずり出さない内に、未だ炎の渦を迸らせ続ける胸に手を突っ込む。

そして文字通り、抜刀する。


 現れる緋色の刀身。

それは以前のような装飾過多な剣ではなく、シンプルな形状の刃を輝かせた長大な太刀だった。


 その太刀を引き抜くと、さらに温度は高まる。

出そうとも思っていない炎が衝撃と共に広がり、そして街の端から端まで行き渡った。


 全ての建造物、残骸が溶解を始め、そのオレンジ色が壁の中を反射して輝く。

そして高く聳えていた分厚い壁でさえ、バターのようにどろりと溶け始めていた。


 既に形状を維持できなくなった建物からリタが飛び出す。

その表情に滲むものは、読み取ることが出来なかった。


 すっかりドロドロに溶けた金属の中から、リコが這い出す。

リコの体も火傷と再生を繰り返しているようで、炎自体で死に至ることはなさそうだった。


 リタは黙ってこちらを見ている。

彼女は今何をどうしたいのか、その意図を確かめたかったが・・・・・・それは時間が許してくれなかった。


 炎を纏って駆け出すリコ。

それに合わせてこちらも真正面から迫る。


 振るわれる剛腕をくぐり抜け、抉れた大地の礫を焼滅させる。

そうしてリコに一太刀浴びせた。


 その刃は容易くその強靭な肉体を切り裂き、傷口から吐き出される血液を蒸発させる。

しかしリコもまた重力魔法で俺を吹き飛ばした。


 その衝撃で燃える残骸を突き抜け、一気に街の外壁まで叩きつけられる。

なのに見上げれば既にリコが迫っていた。


 リコはその巨大な手のひらで俺の体を壁に押し付け、さらにそこから多重に重力をダメ押しする。


「・・・・・・っ」


 体を押さえつける凄まじい力に声さえでない。

が、それでも俺の体が水風船のように破裂することはなかった。


 押し付けられる力に抗って、太刀を持つ右手をゆっくり持ち上げる。

そしてその切っ先をリコに向け・・・・・・。


「爆ぜろ」


 爆炎を炸裂させた。

絶大な破壊力を伴って弾ける高熱。

それにリコは大きく体をのけぞらせ、先程俺が付けた傷を広げさせた。


 そのリコの右腕を指を食い込ませて掴み、傷と同じ位置をもう一度切り付ける。

それと同時に腕を引っ張れば、傷が裂けるのと共に右腕が胴体から離れた。


 これでもう飛べない。

だが、甚大なダメージを与えたはずなのに、それでも無力化は叶わないようだった。


 右腕が無いならと左腕を振るう。

その鋭い爪を太刀で迎えながら、衝撃を受け流した。


 次はどう出る?


 リコは左右のバランスが大きく崩れた体で腕を激しく振るったため、その体勢を大きく崩す。

だがただの転倒ではない。

そうして半ば倒れ込むようにして、頭部を俺めがけて振り下ろしてきた。

距離と速度からして、回避は難しい。

なら・・・・・・。


 その頭突きを、俺も頭突きで迎え撃つ。

頭部と頭部の衝突は双方に凄まじい衝撃を与える。

しかしその外骨格を砕かれるのはリコの方だった。


 そうして大きく怯んだところに、刃を振り下ろす。

引き抜き、突く。

そして・・・・・・その体内で炎を炸裂させた。


 地響きのような轟音と共に、リコの背中から炎が噴き出る。

それはリコの体組織に壊滅的な被害をもたらした。


 とはいえ、まだ油断出来ない。

斬りつけた傷は再結合しようとその筋繊維を活発に震わせ、引きちぎったはずの右腕は既に再生しはじめている。


 今はなんとか動くことが出来ない状態まで追い込めたが、それがいつまで続くか分からない。

だが・・・・・・。


 このまま、殺してしまっていいのだろうか。

リタは、これで本当に納得出来るのだろうか。

だって、姉、なんだぞ・・・・・・。


 炎は躊躇わず燃え盛るが、俺の心は小さな蝋燭の火のように揺れていた。


 俺は、この街の何もかもを燃やし尽くした。

思い出も、痛みも・・・・・・全てこのオレンジの輝きで埋め尽くした。

その炎で、リコまで飲み込んでしまっていいのだろうか。


 いや、リタは止めないだろう。

リタはこれが正しいのだ、と絶対にそう言う。

しかしそれが・・・・・・。


「どうしてこうも、悲しいかな・・・・・・」


 全てを終わらせよう。

リコを苦しませたままにしておくのも、本意ではない。


「・・・・・・」


 トドメを刺そうと、切っ先をもう一度リコに向ける。

終わりの一撃を突きいれる、覚悟を決める。

そして・・・・・・。


 そうして、その腕は何者かによって阻まれた。

いや、何者・・・・・・ではないか。

ここに他に誰か居るとすれば、後一人だけだ。


「・・・・・・リタ」


 最後の一突き、それをリタは止めた。

もちろん今の俺なら、例えリタが本気の力で腕を掴んだとて振り払うのは容易だ。

だが、俺は当然動きを止める。

そして訪ねた。


「リタは・・・・・・どうしたい? どうして欲しい?」

「・・・・・・」


 リタの腕の力が弱まる。


「・・・・・・これは、仕方ないことですから・・・・・・全て、終わらせてあげて、ください・・・・・・」


 俯く。

俺も、リタも。

結局、行き着く先はそこしかないのでさだ。


 再び太刀を握る手に力を込める。

しかしまた、リタはそれを遮るように俺の腕を引いた。


「・・・・・・リタ?」


 その表情を覗き込む。

リタは自分でも、どうしてこんなことをしているのか分からないという顔をしていた。


 相反する、言葉と行動。

リタの中の、重すぎる葛藤。


 こんなことはしたくないけど、それでも俺はリタに迫る。


「リタ、本当は・・・・・・どうしたい?」

「・・・・・・だから、それは・・・・・・殺さない、と・・・・・・。それが、正しい、から・・・・・・」


 リタの表情は、そうは言っていない。


「違うだろ、そうじゃない。何が正しいとかじゃなくて、リタの気持ち。本当は・・・・・・?」

「・・・・・・これが、運命だから・・・・・・」

「リタ・・・・・・!!」


 お前このままだと一緒後悔するぞ、と声を荒げる。

俺の立場がどうのこうの言うのは筋が通ってない。

だけどリタが、リタ自身の心がこの結末は違うと言っているんだ。


 俺の声に、リタは驚く。

当然の大きな声に驚いた、本当にその程度だと思う。


 けれども、それでリタの中で張り詰めていたものが切れる。

彼女自身が精一杯支えていたものが、崩れる。


「わた、し・・・・・・は・・・・・・」


 気がつけば、リタは年相応の泣き顔を浮かべていた。

喉を震わせながら、俺の腕に涙の雫を垂らし続ける。


「お姉ちゃん・・・・・・が、まだ・・・・・・やだよ。こんなの・・・・・・」


 己の運命の残酷さ、それを前にして常に理性的だったリタがぐずる。

だけどそう・・・・・・そりゃ、嫌なんだよ。

どれだけ正しさで隠して見ないようにしても、こんな風な死を受け入れていいわけがないんだよ。

みんな、みんなだ。


 ウルルもフルルもフォスタもリサも、こんな理不尽に終わっていくべきじゃなかった。


「・・・・・・殺さないで、ほしいです・・・・・・」


 リタは、そうしてやっと自分の本心を見つめ、吐露する。

ある意味では、俺はリタの心を折ってしまったのだ。


「分かった」


 リタの願いどおり、未だこの街を、リコをリタを、俺自身を痛めつけ続けていた炎を消す。

その刃を、大気に霧散させる。


 俺の体から模様は消え失せ、溶けた街も冷えていった。


 残された、リコとリタ。

リコは大きく姿を変えてしまったけど、リタは再びその姉と向き合った。

俺は、邪魔にならないように距離を置く。


 リタがどうするつもりかは分からない。

どう出来るのかも分からない。

けど、リタの歩みに迷いはなかった。


 リタはゆっくりと、死に瀕した姉に歩み寄る。

そしてその変わり果てた体躯に手を触れた。

その瞬間・・・・・・。


「・・・・・・リタ・・・・・・」


 俺たちは、耳を疑った。

死にかけの怪物。

そこにはもうリコは残っていないはずなのに、怪物は破損した口を開きその名を呼んだのだ。


「お、お姉ちゃん・・・・・・! わたしって・・・・・・分かる・・・・・・?」


 何かの間違いであってもいいからと、リタはこの奇跡とも呼べる瞬間に縋る。


「私・・・・・・あなたに触れられた瞬間、感じたの・・・・・・リタの痛み。よく見えないけど、リタ・・・・・・泣いてる。そんな顔するの、いったいいつぶり?」

「お姉ちゃん、わたし・・・・・・」


 リコが、残された左腕でリタの肩を抱く。

リコにとってもリタにとっても、お互いに触れ合ったその感触は複雑なものだろう。


「私、なんで気づかなかったんだろう。こんなにも私を愛してる人が居たのに・・・・・・。私のこの瞬間に泣いてくれる人が居たのに、それなのに・・・・・・いったい今まで何を欲しがっていたんだろう。愛しているわ、私のたった一人の・・・・・・リタ」


 リタはリコの傷だらけの体にしがみついて、その額を擦り付ける。

リコは静かにゆったりと、空を見上げた。


「酷いことを言うと、私・・・・・・今安心しているの。最後に残されるのは私だと思ってたから。一番怖かったのは、その構図だったのかもしれない。けど、そうならなかった。最後の私のお願い、リタに叶えてほしい」


 リタの背中が、ビクリと反応する。

結局、しなければいけないことは・・・・・・変わらないのだった。

この会話は、リタに何かを残しただろうか。


「・・・・・・うん、もちろん。いいよ」


 リタは、リコの声に優しく頷く。

リコもその返事に満足気に瞳を閉じた。


 リタは、そのリコを愛おしそうに抱きしめる。

そして・・・・・・。


 そして、その右腕でリコの体を貫いた。

何かの堰が外れたように、多量な血液が溢れ出す。


「・・・・・・ありがとう、最後にあなたのとびきりの愛を受け取れて、私は嬉しいよ・・・・・・」


 リコはそう言い残して、全てをリタに預けた。




 しばらくして、リコの埋葬を終えたリタが戻って来た。

備える花がここには無いこと、そしてもう恐らくこの場所には戻って来られないこと、リタはとても寂しそうにしている。


 墓標も何も無いそこで、俺も手を合わせる。


「・・・・・・なんですか、それ?」

「ああ、これは・・・・・・なんだろうな。どういう意味なのかあんまり考えたことないや。ただ、俺のいた世界で・・・・・・死者を弔うみたいな、そんな感じのやつだ」

「そうですか・・・・・・」


 リタも、俺の真似をして手を合わせる。

そして瞳を閉じた。


「・・・・・・確かに、何もしないよりは・・・・・・なんだかいい感じ、ですね」

「そうか・・・・・・」


 ならよかったと、小さく頷く。

そして、細く息を吐いた。


「俺さ・・・・・・もう、今すぐにでも、ここを発とうと思ってる」


 今はまだ整理のつかない気持ちから逃げるように。

そして・・・・・・。


「・・・・・・どうするんですか?」

「それは・・・・・・分からない。具体的にはな。けど・・・・・・」


 空を指差す。

雲の隙間に影を落とす純白の城に向かって。


「あれ、落とせるかな・・・・・・俺に。もともとそのために喚ばれたんだと思うし・・・・・・」


 それは物凄く馬鹿げた話かもしれない。

途方もないことなのかもしれない。


 だけど、こんな形で失うのは・・・・・・失われていくのを見るのは、もうこりごりだ。

だから、目下一番大きな理不尽を、討つ。

それが、この第二の故郷を発つ俺の新たな指針だ。


 リタはそんな馬鹿馬鹿しい話を、笑わずに受け止めてくれる。

というより、今はまだ笑える心境に無いだろう。


「少し待っててください・・・・・・」

「ん? なんだ・・・・・・?」


 リタは言うや否や、羽織っていたローブを脱ぎ出す。

そして、それを俺の肩にかけた。


「そんなみすぼらしい格好じゃ、どこに行っても笑われちゃいますよ。服ほとんど燃えてるじゃないですか。だから・・・・・・それはあげます」


 肩にかぶさった、そのローブの生地を撫でる。

しばらく粗悪な品質の布にばかり触れていたからか、その質感の違いがすぐに分かる。


「いいのか、こんなもの・・・・・・大切なものなんだろ?」


 リタの、先生からのもらいもの。

故人とのかけがえのない繋がりの一つだ。

流石にそれを貰うわけには・・・・・・。


「いいんですよ。わたしは・・・・・・お姉ちゃんのがありますし」

「あ、それ・・・・・・」


 いつの間に回収していたのか、言いながらリコのローブを羽織る。

そうすればリタは、すっかり見慣れた身なりだ。


「でも・・・・・・そうですね。ただ貰うのが忍びないって言うんなら、代わりにわたしも連れて行ってください」

「連れて行く・・・・・・って、どこに?」

「どこ・・・・・・じゃなくて、マナトの旅にですよ。それに・・・・・・マナトだけじゃ、どこへ向かえばいいかとか分からないでしょう?」

「え、でも・・・・・・いいのか・・・・・・?」


 リタは吹く風のなか、真剣な表情で頷く。


「どのみち、わたしも行く当ては無いですし・・・・・・。それに、マナトがちゃんと強かったのも見たんで・・・・・・本当に、適切な支援があれば天空の城を落とせるんじゃないかって、そう思ったんです」


 これは・・・・・・もし何かの物語だとしたら、俺たちのプロローグに当たるのかもしれない。

少なくとも、今何かが始まろうとしている・・・・・・予感がした。

ちょっと格好つけてみてもいいんじゃないだろうかと、そう思えた。


 天空の城を落とす。

目指すは空。

そこへ至る道のりは・・・・・・おそらく果てしない。

けど、賽を振らねば何も変わらない。


 いけるか・・・・・・?

いけるんじゃないか・・・・・・?


 空の高い位置で照る日の光が、溶け崩れた壁の向こうに続く草原を照らす。

俺たちの、進むべき道を照らす。


「まぁ、どちらにせよ・・・・・・」


 出来るだけ、戦いたくはないけどね。

その痛みを、散々ここで味わったから。


 貰ったローブを、ちゃんとした形で着てみる。

その裾が風に揺れるのを感じて、今はその心地よい感覚に沈んで、風のなかで伸びをした。




 騒音と熱が過ぎ去って、そこには夜が訪れた。

何もかもが無くなったしまった街で、灯る明かりが一つ。

うちが縋った明かりだ。


 三人で穏やかに眠りにつくために、最後の力で引っ張り出して来たランプ。

その暖かな光は、うちの既に曖昧になりかけた意識を溶かしてくれた。


 もうほとんど視界には何も映らない。

ぼんやりとその明かりが揺らめくだけ。

すると、そこに誰かの足音が近づいてきた。


 リタさんだろうか?

やっぱりうちを治しに来たのかもしれない。

そうだとしたら・・・・・・やだな。

やっとウルルたちのところに行けそうだったのに。


 もううちの体は動かない。

機能的にはほとんど死んでいるのと変わりなく、だから差し出された手を払い除けることも出来ない。


「・・・・・・ふむ、帳のランプね。一応魔除けの効果がある・・・・・・と言われてるけど、ほとんど迷信。どっちにしたって、鏖滅の炎を退けられるような代物じゃない」


 言葉の意味はほとんど頭に入ってこないけど、その声からリタさんじゃないことは分かる。

ひとまず安堵。

でも・・・・・・じゃあこの女の人は誰なんだろう。


 現れた女の人は、うちの状況がどんなものか分かっているはずなのに、こちらに話しかける。


「・・・・・・命と感情、ね。誰かの命があなたを守ったか、それかそのランプに積もった感情が鏖滅の炎を退けた。時としてそれを人は奇跡と呼ぶけど・・・・・・きちんと世界の摂理の一部なのよ。まぁこの幸運は・・・・・・あなたにとっては望ましいものじゃなかったみたいだけど」


 何を言っているんだろう。

ほとんど独り言のようにも思える。

けど声はうちに飛んでくる。


 いったい誰で・・・・・・何者なのだろう?


「・・・・・・あなた、わたしが誰なんだろうって、そう思ってるでしょう? 何をしに来たの、とも思ってるわね。いいわ、一つずつ教えてあげる」

「わたしを端的に表す言葉があるとすれば・・・・・・それもあなたにも分かるような表現に絞るとね・・・・・・。そうね、誤解を恐れずに言うわ」

「言うなれば、わたしは・・・・・・」


「天空の魔女、よ」

これにて一章は閉幕です。

長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。

二章も大まかにはお話が決まっているので、チャンネルはそのまま!!

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