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ムーンライト・エンブレイス  作者: 空空 空
セカンドホームタウン
64/67

1-63

続きです。

 思えば、一番最初を間違えたのだと思う。

ウルルとフルルがいち早く異変に気づいた。

そのときにうちらは逃げるべきだったんだ。


 しかし、うちが選んだのは・・・・・・身を隠すこと。

そう、いつもの魔物襲来のように、息をひそめてやり過ごすことを選んだのだ。

結果として、それは失敗でしかなかった。

思いもしなかった、現れたのが人間だったなんて。


 魔物と違って、明確な意志を持ってやって来ている。

そしてその意志は・・・・・・どうやらうちらにとって都合の悪いものだったみたいだ。

目的があるから、ただ過ぎ去るのを待っているばかりでは何も変わらない。

そうして、うちらは逃げ場を失った。


 少し前に外の騒ぎは落ち着いたようだったけれど、再び再燃。

もう、ここに侵入されるのも時間の問題だった。


「ウルル、フルル」


 小声で、二人の名前を呼ぶ。

先程隠れていた場所から這い出して来たばかりの二人は、不安そうな瞳でこちらを見上げた。


 その二人に、屈んで視線を合わせる。

その瞳を真っ直ぐ覗き込んで、二人の頭を撫でた。


「いい? 二人とも、またさっきの場所に隠れて。絶対に出て来ちゃダメだからね?」


 二人はうちの言葉に静かに頷いてくれる。

こういうときはきちんと聞き分けがよくて、だからうちも安心出来た。

が・・・・・・。


「・・・・・・フォスタは?」


 何かを感じ取ったのか、ウルルが伏し目がちにつぶやく。

やっぱり、聞かれちゃうか。


「うちは大丈夫だから。ね、いい子だから」

「フォスタ・・・・・・」


 普段あまりうちの名前を呼ぶことのないフルルまで、そう呟いた。


 その愛おしい二人の姿に、目頭が熱くなる。

これで最後かもしれないから、とそう心の中で呟いて、二人を抱き寄せる。

その暖かさを全身で感じる。


 うちの家族。

うちの愛した全部。

再び失うわけにはいかない。


 どうしても、この二人には笑っていてくれないと困るんだ。

例えそこに、うちが居なくても。


「それじゃあ、行っておいで」


 出来るだけ安心させたいから、笑顔を作って二人のまだ小さな背中を押す。

隠れ場所・・・・・・奥の部屋の棚の中へ向かうように。

幸い、二人の小さな体ならそこに身を潜めることが出来るんだ。

まさかそこに誰かが居るとは思うまい。


 二人はうちの言いつけを破ってはいけないという思いからか、しっかりと言う通りに歩き出す。

しかし途中で止まって、こちらを見つめた。


 ごめんね、そう思いつつもそれを決して言葉にはしない。

うちが謝ったら、素直に隠れ場所に行ってくれないから。


 二人の視線に、黙って頷く。

早く行ってと、あなたたちは行っていいのだと。


 頷いた後、顔が上げられない。

二人の表情を見る勇気がない。

しかし、迷いを振り切るかのように走って奥に消えていく足音が、見ることをしなくても二人が言いつけを守ったことを教えてくれた。


「ほんとに・・・・・・いい子だ」


 ずっと、ずっといい子だった。

街のみんなにはちょっと問題児扱いされていたけど、とても優しい子たちなのをうちはちゃんと知っている。


 これから、あの子たちは大きくなっていく。

きっとそこには・・・・・・そうだ、マナトが居て、二人を見守っていてくれるんだ。

あの人も、うちの家族だから。


 だから、そんな家族のためにうちは盾になる。

奥の部屋に向かった二人とは逆方向、家の入り口の方へ向かう。


 やって来た人たちの目的は、はっきりとは分からない。

けど、どういうことが外で起きていたのかは分かる。

どうせいい隠れ場所なんてうちには無いんだから、ただその結末を待てばいい。

口をつぐんで、受け入れる。

そうすればやって来た人たちも満足するはずだ。


 出入り口の扉を視界に捉えて、そこで静止する。

扉を正面に、その時を待つ。

すると・・・・・・。


「・・・・・・来た」


 ついにそれは来てしまった。

扉が外側から開かれる。

現れたのは、三人の兵士。

同じ鎧に身を包んでいるから、その見分けはつかない。


 ただ重苦しい空気と威圧感を纏って彼らはやって来た。


「やっぱりまだ居ましたね」


 向かって左側の兵士が真ん中の兵士に話しかける。


「・・・・・・そうだな」


 それに答える真ん中の兵士の声は、意外にも若い女性の声だった。


 その真ん中の兵士が、こちらに一歩詰め寄る。

うちよりずっと高い身長で、こちらを見下ろす。


「娘、大人しく私についてくれば・・・・・・まぁ命だけは保証しよう」

「・・・・・・」


 何と答えるべきか迷う。

ウルルとフルルの隠れる後ろを振り向きそうになってしまうのを抑えて、少し強がってみた。


「あの・・・・・・あなたたち、一体何の目的でこんなこと!」


 街をめちゃくちゃにして、人もたくさん傷つけて、それで罪悪感の一つも湧かないのか、と睨みつける。

しかしその強がった態度も、隠しきれない恐怖に折られてしまった。


 詰め寄った兵士が少し体を動かして、鎧が少しばかり音を立てただけで、うちの体はそれに過剰に反応する。

肩が跳ね、動悸が加速し、呼吸が滞る。

そして当然、その女性の兵士はうちの言葉に答えることはなかった。


「その目・・・・・・お前もか、お前も・・・・・・抗うというのだな・・・・・・」


 だが、そこに滲むうちの意志は汲み取ったようだった。


「・・・・・・その様子だと、他に誰か居たりするんじゃない?」

「・・・・・・!?」


 うちの表情を見てか、女性兵士の左側に立つ兵士が余計なことを口走る。

そしてそれに・・・・・・うちは反応してしまった。


「・・・・・・そうか」


 女性の兵士は、それに静かに頷く。

そして再びこちらに視線を戻した。


「では問おう、娘・・・・・・他にも誰か居るのか?」

「・・・・・・」


 咄嗟に言葉を返せずに、沈黙が生まれる。

ダメだ、沈黙はダメだ。

この場合肯定にしかならない。


「嬢ちゃん、正直に話した方が身のためだぜ? どちらにせよ隈なく探すんだしさぁ・・・・・・」


 隣の兵士が再び口を開く。

親しみやすい、あるいはこちらを完全に馬鹿にした口調で。


「い、居ない! ここに居るのはうちだけ! うちだけだから!」


 咄嗟に威嚇するように叫ぶ。

けど・・・・・・。

ダメだ、こんなんじゃダメだ。

これじゃ二人が・・・・・・。


「だってさ。どうする、リーダー?」


 軽薄な口調の兵士は、真ん中の女性兵士に壁に寄りかかりながら尋ねた。

既にどういう答えが返ってくるのか分かりきっている態度だ。

そして・・・・・・。


「分かった。では居ないのだろう」

「・・・・・・え?」


 その返答は、うちの予想も、軽薄な兵士の予想も裏切るものだった。


「おいおい・・・・・・いいのかよリーダー?」

「居ないと言っているのだ。であれば我々はそれを信じよう」

「あーらら、また始まったよ・・・・・・。ほんとに世間知らずなのか、なんなのか・・・・・・」

「異議がある、と?」


 女性兵士は威圧的な語調で、兵士の方へ振り向く。

その視線を浴びた兵士はお手上げのポーズを取って後ろに下がった。


 そのやりとりを終えると、女性兵士は再びこちらに向く。

今度は腰に下げた剣の柄に手をかけて。


「さて・・・・・・しかし娘、君に関しては見つけてしまった以上我々も義務を果たさねばならない。もう一度聞く、大人しく我々に着いてくるか?」

「そんなの・・・・・・!」

「その目は変わらぬ、か・・・・・・」


 うちの“答え”を受け取って、女性兵士が鞘から剣を引き抜く。


「目を瞑っているといい。その方が恐怖も和らぐだろう。何より・・・・・・私が人を殺めるのを見ている瞳は少ない方がいい」


 この女性兵士の態度はなんなのだろう。

分からない・・・・・・が、少なくとも最悪の結果は回避出来たようだ。


 未練はあれど、これで安心して眠れる。

切られるのは、どれほど痛いのだろうか。


 言われた通りに、目を閉じる。

予め覚悟した結末を、受け入れるだけだ。


 大丈夫。

すぐ終わる。

すぐ・・・・・・・・・・・・。


「あ・・・・・・そんな・・・・・・」


 しかし、うちの眠りは近づく音にかき消される。

軽く、素早い、聞き慣れた足音に。

朝の訪れを告げる、大好きな足音に。


「・・・・・・ダメ!」


 なんで、なんでさ。

どうしてこういうときに・・・・・・!


「「フォスタをいじめるな!!」」


 奥から駆け出して来た小さな二人。

ウルルとフルル。

その手には短剣を握っている。


 獣人の優れた身体能力はあっという間にうちの制止の声を追い越し、そしてうちに剣を振り下ろそうとする女性兵士めがけて飛び上がる。


「・・・・・・!?」


 驚く女性兵士は剣を引くが、もう迎撃には間に合わない。

だけど・・・・・・。


 駆け出す両脇の兵士。

その二人は、慣れた手つきで躊躇なくその剣を突き出す。

空中で短剣を振り上げる二人に。


 意識ばかりが早まって、体は全然追いつかない。

手を伸ばせど、当然届かない。

その瞬間を、まざまざと眼前で見せつけられる。


「ダメ、そんなの・・・・・・やだよ! 嫌・・・・・・!!」


 うちの声が、部屋に反響する。

視界が滲み、その細部があやふやになる。

次の瞬間、飛び散った血液が鎧と、うちを濡らした。


 無理に手を伸ばしたうちは、当然の結果として転倒する。

痛い。

ぶつけた箇所の痛みが、うちの無傷を明らかにする。

これは出血を伴う痛みじゃない。


 ただ転んだだけなのに、そこから起き上がれない。

ただ誰も声を上げずに、静かにしている。

その沈黙を破ったのは兵士の一人だった。


「・・・・・・だから言ったんすよ。見逃すってことは、こういう危険性を伴う。これで・・・・・・少しは勉強になったでしょ? リーダー」


 その男は、自分の剣を振り下ろし、その剣で“貫いたもの”を床に投げ捨てた。

もう一人の兵士も、同じようにする。


 跳ねる血液、それが再びうちにかかる。

その温度は、少し前にうちが抱きしめたものだった。


 何度も撫でて来た柔らかで綺麗な毛並みは、今では赤く染まり、艶を失っている。

断末魔もなく、その小さな体は一瞬で生を手放した。

うちを一人残して。


「あ・・・・・・ああ・・・・・・」


 なんで?

どうして?


「また・・・・・・またなの・・・・・・」


 どうしていつもいつもうちは・・・・・・。

なんで、こんな・・・・・・。


 奇襲に遭ってからしばらく放心状態だった女性兵士が、静かに呟く。


「・・・・・・済まない。そうだな、助かった・・・・・・」


 そう言ってガチャリと鎧を鳴らした。


 うちはもうそんな音ほとんど耳に入らないまま、ウルルとフルルを抱き寄せる。

まるで力が入っていなくて、頭もぐらぐら揺れる。

うちの体は、まだ暖かい血で濡れていくばかり。


 そんな二人を抱えて、うちは・・・・・・。

うちは、何が出来るというのか・・・・・・。


「・・・・・・君も、その様子では生きている方が辛いだろう。こんな情けのかけ方など・・・・・・あっていいものか・・・・・・。しかし・・・・・・君ももう眠るといい」


 女性兵士が歩み寄る。

うちは、その与えられる結末を受け入れる。

それしか出来ない。

いや、そうすることがうちにとって一番なのだ。


 生きていたくない。

当たり前だ。

生きていたいわけがない。

こんな世界、二人のいない世界、奪われるだけの世界なんて。


 剣が風を切る音がする。

うちを終わらせる刃。

唯一うちを救える刃。

しかし・・・・・・。


 うちの体を両断するはずだった刃は、何らかの要因でその軌道を著しく逸らす。

その切っ先はうちの腹部を深く抉るだけで、命を奪わなかった。


「なん、だと・・・・・・?」

「これはこれは・・・・・・」


 兵士たちは驚愕の言葉を力無く呟いて、地に膝をつく。

そして動かなくなる。


 うちを貫いた剣を地に落とした女兵士も、また同じように掠れた声で呟く。


「・・・・・・そうか、貴様が・・・・・・リタ・ナンバーナイン・・・・・・」


 その胸は、背後から鎧ごと鋭く尖った氷塊に貫かれている。

青白い輝きを帯びた氷の結晶に、鮮血が伝う。


 とうとう地に倒れ伏す女兵士。

その背後から姿を現したのは、女兵士の言った通りリタさんだった。


 痛む腹部を押さえて、助けてくれたリタさんを見上げる。

いつだって、うちらのために尽くしてくれた、リタさんを見上げる。


 リタさんもいくつか傷を作って、土汚れや煤、血液に塗れている。

精一杯、ここに駆けつけてくれたんだ。


 だから、お礼を言わないと。

こんなときくらい、“適切な距離”を超えてあげないと。

大丈夫、出来る。

だって彼女だってきっといっぱい苦労してここに辿り着いたんだ。

だから・・・・・・。


「・・・・・・おそ、すぎるよ・・・・・・」

「フォスタ・・・・・・」

「遅すぎるよ・・・・・・!!」


 とめどなく溢れる感情の抑えが効かない。

流血を伴って、激怒する。

憎む。


「いつもいつも、どうして! どうしてみんな奪ってくの! 今更何しに来たの! ふざけないでよ! ふざけ・・・・・・ない、でよ・・・・・・」

「・・・・・・あまり、大きな声は出さないでください。まだ何人兵士が居るか分からないですし、それにその傷・・・・・・」

「治してよ・・・・・・」

「はい・・・・・・」


 リタさんは黙ってうちのお腹に手を伸ばす。

違うよ、そうじゃないに決まってるじゃん。


「違うよ! 二人を治して! うちなんかどうでもいいから! 返してよ!」

「・・・・・・。・・・・・・この二人は、もう・・・・・・」

「知らないよ。すごいんでしょ・・・・・・。魔法でなんでも出来るんでしょ・・・・・・。取り戻してよ、全部・・・・・・」


 もうほとんど自分が何を言っているのか分からない。

何を言いたいのかも分からない。


 このまま消えてしまいたいのに、傷の痛みが意識を霧散させるのを許さない。


「・・・・・・回復魔法は、失われた生命を取り戻せるものでは・・・・・・ありません。ただ、その傷なら治すことが出来ますから・・・・・・」

「やだ」

「・・・・・・え」

「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだたやだやだやだやだやだ・・・・・・!!」


 嫌だ。

もう全部嫌だ。


 何も知らない。

何も要らない。


「消えて」


 全部消えて。

無かったことになって。


 それが叶わないなら・・・・・・。

誰か助けてよ・・・・・・。


「・・・・・・フォスタ」


 もう起き上がることの出来ないうちを見下ろして、リタさんはただそう呟いた。

続きます。

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