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ムーンライト・エンブレイス  作者: 空空 空
セカンドホームタウン
63/67

1-62

続きです。

 リタが街に入ってから、しばらく押し合いは続いた。

兵隊はその数を持ってして迫り、俺たちは広範囲に伝わらせた炎と意地でそれをなんとか押さえつける。

あまりにも無様な戦いだ。

お互いに。


 燃えた草葉が塵となって風に吹かれる。

そこに踊る熱は壁となって兵隊の進路を阻んでいた。


 燃え盛る炎の向こう、陽の光に兜が輝く。

前線の勢いを宥めるように、後ろから一人歩み出てきたのだ。


 そいつが纏う鎧は、他の兵士と違って汚れても凹んでもいない。

綺麗なまま、むしろ現状では浮くくらいの輝きを保っていた。


「あまりにも不毛だ。もうよそうではないか」


 歩み出てきたそいつは、炎の隔たりを越えようとはせず、あくまでその向こうでそう告げた。


「しかし隊長・・・・・・」


 前線の兵士が何か言おうとするのを、その隊長と呼ばれた男は手で制する。


「もういいんだ。こちらとしてもこれ以上死傷者を出したくない。キミたちも・・・・・・街の中が気になるだろう?」


 そしてそのまま、視線をこちらに注いで来た。

警戒は解かずに、無言のままそれを睨み返す。

リサは一旦は構えを解いて、その隊長に尋ね返した。


「どういうことだ?」

「だから、そのままの意味だよ。我々は切り上げよう。だからキミたちも街へ向かうといい」


 隊長は、しごく真面目な風に似た内容を繰り返す。

どうやら、本当にそういうつもりらしい。

しかし。


「逃すかよ」


 既に何人かの住人の身柄を確保しているのは確実だ。

あいつらの引き上げる、というのは彼らを連れて引き上げるという意味に他ならない。


 リタの身の安全も気にかかるが、だからといって彼らを諦めるわけにはいかない。

そう言った意味でも、リタは俺たちにこの場所を託したのだ。


 俺の言葉に、隊長は心底面倒そうに首を捻る。


「ふむ・・・・・・」


 そういった態度は動作には滲むが、声色には滲まない。

しばらく何かを考えるようにして、そして口を開いた。


「ならば、我々は逃げないよ」


 そしてあっさりと、先程の言葉を撤回した。


「なんなんだよ、あいつ・・・・・・」


 その様子を腹立たしく思いつつも、こちらとしても元よりそのつもりだ。

やや緩みかけていた神経を、再び引き締める。

ところが・・・・・・。


「ああ、いや・・・・・・そういう意味ではない。これ以上争うのはやめだ。だから・・・・・・そうだな、キミたちは街に向かってリタ・ナンバーナインと、それからまだ中に残っている兵どもを呼んで来てほしい。それまで我々はここで待っていよう」

「そんなの・・・・・・お前たちが行けばいいだろ・・・・・・?」


 この男、どうにも信用ならない。

いや、立場上敵でしかないのだから信用など出来るはずもない。


「いやいや、今の彼女の前に我々が姿を現そうものならわけも分からない内に殺されてしまうよ。我々としてもナンバーナインと話がしたい。つまり・・・・・・そう、取り引きだ。元より人質が居るのはこちらに限った話ではない。街にはまだ数多くの兵が残っているからな。負傷して動けない者も多いだろう。だから我々だけで逃げようなどということは・・・・・・断じてしない」

「どうにもお前が・・・・・・他のやつの命を気にかけてるとは思えないんだがな」


 おそらく俺の抱いたこの印象は、リサやリタも感じていただろう。


「それに・・・・・・これでお前たちが全ての成果を諦めて手を引くなんて言ったら・・・・・・いよいよ何をしに来たのか分からないじゃないか」


 おそらく十分ではないのだろうけど、かろうじて得られた成果。

それを手放すことなど、果たしてするだろうか。


 隊長は腕を組んで、首を縦に振る。


「ああ、もっともだ。ここで回収した人員を手放そうものなら、我々がはるばるやって来た意味がない。しかし・・・・・・だからなんだ。何も得られないとしても、それが結果だ。仕事に失敗した、ただのそれだけさ。命に比べたら、安いものだろう? それに・・・・・・だ。我々は、リタ・ナンバーナインと話・・・・・・取り引きがしたいと言っただろう?」

「・・・・・・リタが目当てか!」


 目の前の男の真意にたどり着く。

取り引き、すなわち交換条件。

おそらく・・・・・・今あいつらが確保している住人とリタ自身の引き換え。

最初から、それが目当てだったとでもいうのか。


 俺の言葉に、隊長はしたり顔をする。

兜で見えないはずなのに、そういう表情をしているのがありありと伝わってくる。

薄く浮かべた笑みで『全ては思惑通りだ』と。


「ふざけるなよ」


 静かに、俺の胸中に怒りが燃える。

そのうねりの抑えが効かなくなって、自らの胸を空いている左手で鷲掴みした。


「誰が・・・・・・」


 誰がそんな話に応じるか。

その交換条件なら、間違いなくリタは自分の身を差し出すだろう。

だから、だからなんだ。

リタのそういうところを利用しようという魂胆が、気に食わない。

大嫌いだ。


 感情に呼応して炎が大きくなる。

制限は解除していないはずなのに、その制御を失いかける。

しかし、俺が剥いた牙は、露わになった怒りは、腕の一振りで制止された。

俺の進路を遮るように伸ばされた・・・・・・リサの手で。


「応じよう・・・・・・」


 リサはこちらを見ない。

いや、見ることが出来ない。

自分がどういうことを言っているのかよく分かっているからだ。


「リサ・・・・・・!!」


 精神的な不意打ち。

裏切りのようにも感じられるリサの振る舞い。


 燃え盛る俺の怒りは、リサの体を飲み込んでしまいそうになる。

だが。


「・・・・・・リサ」


 だが、分かるんだ。

リサがこの道を選ぶ、その心境も。


 虚しい。

ただ虚しい。

いや、悲しい?


 リサの制止は、結果的に俺に剣を収めさせた。

先程まであったはずの熱は風の中に容易く消えてしまい、代わりに訪れるのは、脱力。


 剣を握っていた腕が、だらりと重力に従う。

半端に開いたままの手のひら。

その指先。

それは何も掴むことなく、震えていた。


「分かったよ、リサ・・・・・・」


 希望的観測など、もはや出来ない。

全てが初めからあの隊長に敷かれていたレールのままに運ばれる。

それを、俺は受け入れるのだ。


「・・・・・・」


 俺の口は、許しを乞うようにリタの名を呼ぼうとする。

だが、その資格は既に失われているのだと口をつぐんだ。


「済まない」


 リサが俺に向かって謝る。

それで、俺は誰に謝れば許してもらえる。


 リタは、きっとそもそもこの選択を咎めない。

だから許す、に至らない。

俺はずっと俺自身が許せないまま。

だけど、それはどちらを選んでも同じことだった。


 だからこそ、虚しい。

ただひたすらに無力。

俺が居ても居なくても、このシナリオの結末は変わらないのだ。

この世界でも、俺は・・・・・・。


「・・・・・・マナト、行こうか・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・ああ」


 リサの声に、ボソボソした声で相槌を打つ。

そうして、二人して隊長と列を成す兵隊に背を向けた。


「キミたちの賢明な判断に感謝するよ」


 投げかけられる、隊長のある種白々しい声。

その声は、うっすらと笑っているようだった。



 確信する。

全ては上手くいったと。


 街へとぼとぼ向かって行った少年とリザードマンの姿が見えなくなったのを確認してから、次なる指示を出す。


「さて、もう少しでこの仕事も終わりだ。街の出入り口を閉門、凍り付かせておけ。そののち・・・・・・大型魔法の準備に取りかかる」


 私の指示に、しかし一瞬兵隊どもがどよめく。


「部隊長、しかし先程の取り引きは・・・・・・!?」

「それに中にはまだ取り残された者たちが・・・・・・」


 賢くもないくせにものを考えるな。

これだからこいつらは扱いづらくてかなわない。


「いや、あのバケモノは我々の手に負えない。ならば方針も第二案に切り替えるべきだ」


 あんなのを王都にまだ連れ帰るだなんて、冗談じゃない。

どれだけ重要だろうと、こんなのはただの仕事に過ぎない。


 それに、元より与えられていた選択肢は二つ。

この街モドキに住む害虫どもの回収と“生徒たち”の回収・・・・・・あるいは殺害だ。

ならば私は最も安全で無難な終着点を選ぶ。


 リタ・ナンバーナインも取り残された兵隊どもの命もどうでもいい。

私が、だ。

私が最も安全なこと、それが重要なのだ。


 未だ躊躇している様子の兵士どものケツを蹴り飛ばす。

既に疲弊した様子のそいつは、無様に転倒した。


「何をしている、早く指示に従わないか。あいつらが戻って来てしまうじゃないか!」

「しかし仲間が・・・・・・」

「仲間がなんだと言うのだ! 元よりこの手筈は周知の上だろう! であれば奴らも名誉の死としてそれを受け入れる。大型魔法だ! やれと言ったらやれ! この煩雑な街ごとリタ・ナンバーナインを消し去るのだ!」 


 いつまでもごねるそいつの背を何度も踏みつける。

それを見てやっと周りの奴らは動き出した。


「全く・・・・・・」


 指示通り全ての門を閉じ、魔法で凍り付かせる。

そして残された魔法兵で街を囲み、大型魔法の準備を始めた。


 複数人の連携と魔導回路・・・・・・いわゆる魔法陣による大規模な魔法。

時間はかかるが、そうまでしないとあの怪物に確実な死は与えられないだろう。


 踏みつけていた兵士を蹴り転がす。

そうして私は、早々と帰投の用意に取り掛かった。

続きます。

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