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ムーンライト・エンブレイス  作者: 空空 空
セカンドホームタウン
61/67

1-60

続きです。

 リタを中心に巻き起こる乱戦の渦。

そこに統率なんてあったもんじゃない。

一人の少女に翻弄され、群勢は徐々に冷静さを欠いていく。

それくらい、彼らの目にリタは恐ろしく写っているというわけだ。


 その乱れた戦況に、さらに切り込む。


「リサ・・・・・・!」

「おうよ!」


 その言葉を合図に、刃や魔法がきらめく戦場に一気に飛び込んで行った。


 視界の外側から兵士のそばに近寄る。

そしてその背中めがけて胸から引き抜いた刀身を振り下ろす。


「なんだ!?」


 熱が鎧を歪ませ、その衝撃に兵士が振り向いた。


 その鉄兜に拳を叩き込む。

俺の拳打は鉄を歪ませることすらないが、その衝撃は兵士の不意に上手く突き刺さったようだ。


「クソが・・・・・・なんだよ、このガキ!」


 頭を押さえてよろめく兵士が、苛立ちながら吐き捨てる。

そうして銀色に輝く剣を振り上げた。


「おっと・・・・・・」


 こちらもその剣戟を刀身で受け止める。

振り下ろされた刃は重く鋭い。

しかし俺に与えられた権能の前では決して致命的にならない。


 刀身を握る手に力を込める。

それに呼応するように高まる火力、炎の輝き。


 剣同士の接点から、まるで色が伝染するかのように相手の刀身がオレンジに染まっていく。

それが端まで到達した瞬間、振り下ろされた剣はその中ほどから溶け落ちた。


「クソが・・・・・・!」


 その様を見てもリタとは違って恐怖の対象にはならないようで、未だ忌々しそうな声で悪態をつく。

しかしこちらとしても一人相手にあまり時間をかけていられる状況ではないので、そういう舐めた態度はむしろありがたい。


 地面と水平に構えた刀身で、今度は突く。

実際問題、俺に技術がある訳ではないのでその突き自体にはあっさり対処されてしまう。

籠手による最小限の接触で軌道を逸らされる。


「く・・・・・・」


 それにバランスを崩しかけながら、なんとか踏ん張る。

そして踵を軸に上体を捻り、水平に剣を凪いだ。


 振り向きざまの闇雲な一撃。

しかしそれは偶然ながら兵士の胴を捉えた。

威力こそ乗らないが、それに多少なりとも怯む。

その隙に、さらに攻撃を詰め込んだ。


 同じ斬撃の軌道を反対側からなぞるように、刃を切り返す。

そしてその刃の往復を、バカ正直に邪魔が入るまで繰り返す。


 素人丸出しの考えなし。

技術の差を埋めるのは、この刀身が巻き起こす炎と熱だ。


 この乱雑な連撃に、兵士は対処しきれない。

勢いの乗った斬撃は多少の干渉で止まることはなく、そして俺が考えてない故に迷いなく全力が注がれている。

既に武器を失った兵士は、じりじりと後退することしか出来ない。


 だが、一人に集中するあまり・・・・・・俺は他の状況を全く頭から排除してしまっていた。

だから脇から突然飛び出した切っ先に意表を突かれる。


「うぉっ・・・・・・!?」


 剣と剣の衝突。

まぐれながら刃同士が接触してくれたことで負傷は免れる。

だがそれにしたって、二対一という状況に俺は不慣れすぎた。


 先程まで防戦一方だった兵士が、俺の鳩尾に拳を叩き込む。


「うぐ・・・・・・!」


 瞬間、その衝撃に肺の空気が全て吐き出された。


 打撃なのに、鋭い。

拳がめり込んだ腹部は血流が熱を持って暴れ、そのまま神経を焼き尽くすようだった。


「っは・・・・・・」


 患部とは対照的に、頭から首筋にかけてはサーッと冷える。

汗が吹き出し、視界が明瞭さを失った。


 だが。

だがな。


 くらくらする視界に弱々しく息を吐きながら、兵士の腕を掴む。

炎の剣も手放し、両手で掴んで引き離す。


 正味かなりしんどい。

が、この手の苦痛はビカクに蹴飛ばされ転がされ、もう覚えた。

耐えられ・・・・・・てはいないが、それでもこのまま倒れないことは出来る。


 俺が引き離した腕を、兵士は俺の手のひらから引き抜く。

そしてもう一度、その拳を力強く突き出した。


 未だ呼吸も整わないが、食らいたくない体が勝手にビビって避けてくれる。

それだけの動作で腹の中に鎮座する痛みが意識を奪おうとしてくるが、だがあえてそのラインを踏み越える。

痛みを無視して、一歩を踏み出す。


 そうして兵士の懐で、炎の剣を再発現させた。

俺の体で影になっていた鎧がオレンジに照らされる。

仕返しとばかりに、真紅に燃える切っ先を兵士の腹部に突き出す。

その一撃は恐らく上等な鎧を歪に凹ませた。


「く、ふ・・・・・・」


 俺はうめきながら尚も力を込める。

そして、遂に刃は鎧を貫通した。


「がぁぁぁあ!!」


 貫通の衝撃で刃は鎧の中で逸れる。

そのまま兵士の腹部を貫くことにならなかったのにどこか安堵してしまう弱い自分を自覚する。

だがどちらにせよ与えた苦痛は耐えがたいものだったようだ。


 刺さらずとも、熱の塊が皮膚に触れれば甚大なダメージを引き起こす。

感触こそないが、触れた刃が衣服を溶かし皮膚を焼く音がしっかり鼓膜に張り付いた。


 当然気分が良いものではないので、ほとんど反射的に剣を鎧から引き抜く。

兵士は鎧の上から患部を押さえるようにしてのたうつ。

正直、見ていられなかった。


 ともあれ無力化には成功。

あとはさっきのもう一人を・・・・・・。


「はぁ、まぁ・・・・・・そうよな」


 殴られた腹をさすりながらため息をつく。

俺に刃を向けるのは、気がつけば二人や三人どころではなくなっていた。


 リタ相手じゃないというだけで、しっかりと連携もとれている様子だ。

だが、これを捌けないようでは・・・・・・。


「ここに来た意味がないよな」


 威嚇するように炎を一振り。

お互いにそれを合図とし、突撃を始めた。


 とにかく列を成す兵隊の、その中央を目指す。

乱戦だからこそ、少しでも早く数を削りたい。

だから狙いは一人に絞るのだ。


 俺の意図は彼らには明け透けなようで、真ん中に居た一人を覆い隠すように他のが前に出る。

その出方に一瞬悩むが、これを理由にターゲットを変えていたようではいけないだろう。

それじゃ意味がない。


 両脇から水平に寝かせられた刃が迫る。

それを大袈裟なくらい姿勢を低くしてくぐり抜けた。


 妙に簡単に抜けられたと思えば・・・・・・。


「炎熱よ、我に従え・・・・・・!!」


 どうやら相手の思う壺だったようだ。

呪文とともに、ターゲットにしていた兵士が剣に炎を纏わせる。


「魔法、か・・・・・・」


 これじゃ俺のアドバンテージなんて無くなったも同然だ。

だが、それでもこれは守るための戦いだ。

あくまで権能の制限解除はしない。

全てを焼き尽くしてしまっては、元も子もないのだ。


 姿勢は低いまま、炎に刀身を包ませた兵士に飛び込む。

待ち構える兵士は頭上に剣を掲げていた。


 だから、俺は握る剣をそいつに向かって放り投げる。


「・・・・・・!?」


 予想外の挙動に兵士は慌てて、俺の投げた剣を弾き飛ばす。


 その様子に内心ガッツポーズ。

そりゃ予想外だろう。

何せ俺の握る武器は一つ。

それに頼り切りな現状、まさかそれを手放すとは思うまい。


 弾き飛ばされた剣は、そのまま空中で霧散する。

この権能はあくまで能力であり、武器の形で発現してるに過ぎない。

だからいつでも喚び出せる。


 一人目の兵士に使ったのと同じ手。

俺がノーマークだった故に、まだ使える。


 投げた剣を弾き飛ばしたその隙に懐にまで迫り、そして・・・・・・再発現。

今度は推進力も乗せて、一息で突く。


 至近距離からの刺突。

恐らく技術があったとて回避するのはほとんど不可能。

俺の体重に押されるままに、兵士は後ろ向きに倒れてしまった。

今度は俺の刃が、しっかりとその肉体に突き刺さっている。


「ぐ・・・・・・」


 被る鉄兜のせいでその表情は窺えない。

先程の兵士ほど苦しみ出すような様子はないが、明らかに決定的な一撃だったと感触が物語っていた。


 それに思わず俺が顔を顰める。

つくづく己の甘さを痛感しながら刃を引き抜いた。


 こうして二人を無力化した俺に、いいかげんそれら結果が偶然でないと兵士たちが悟りだす。

しかしリタよりは未だ現実的な範疇にとどまっているからか、そこに恐れはなかった。


 数が居れば勝てる、とそう踏んでいる。

そしてそれは実際にそうだ。


 戦場における俺の警戒度が上昇する。

さらに多くの注意を集める。


「これは流石に・・・・・・」


 マズイかもしれない。

そう思った瞬間だった。


 俺に集っていた視線の、その大部分が一瞬で生を失う。

いや、その頭部自体がぐらりと傾くようにして・・・・・・首から落下した。


「な・・・・・・」


 その光景に唖然とする。

人の首が、おもちゃを壊したみたいに簡単に切り離されたのだ。


「マナト・・・・・・!」


 その一瞬の虐殺、その実行者が俺に背後から声をかける。


「リ、リタ・・・・・・」


 リタは俺の顔色から、すぐにその光景に衝撃を受けているのを察した。


「あ、いや・・・・・・すみません・・・・・・」

「いや・・・・・・いや、悪い。謝るのは俺だ。ただ、初めてだったんだ、人がこうなるのを見るの・・・・・・」

「すみません・・・・・・」


 実際に、俺も一人は確実に殺めている。

その実感が、遅れて襲いくる。

だが、この場において場違いなのは間違いなく俺の方だった。


「いや、大丈夫だ。それより・・・・・・街の中の状況は・・・・・・?」


 今は気持ちを切り替える。

少なくともこの目標がある間は、掌に残る気持ちの悪い感触を無意識下に押し込めそうだ。


「それは・・・・・・ですね、正直なところ・・・・・・わたしにも分かりません。なにぶん多勢に無勢が過ぎるので・・・・・・。ですが、マナトたちが居るなら・・・・・・」


 リタは遠慮がちに俺の顔色を窺う。

それに俺は深く頷いた。


「ああ、分かった。ここは俺たちに任せてくれ」


 自分の発言にくらいしっかり責任を持つ。

必要なことは、成し遂げて見せる。


 俺の覚悟を受け取って、リタが神妙に頷く。


「分かりました。であれば、ここはマナトとリサさんに任せます。わたしは・・・・・・街の中へ向かいます」

「ああ、俺らも後から行けると思う」


 未だ兵士は腐るほど居る。

が、リタが居なくともなんとか対処しなければならない。


 多少無理な約束。

それはきっと俺もリタも承知の上だ。


 だけど、それ以上に俺たちは急いでいた。

多くの問題は、恐らくあの壁の中で起きているからだ。


 だから・・・・・・。


「急げ・・・・・・!」


 そう言ってリタの背を押す。

それを受けて、リタは真っ直ぐに門へと走り出した。


 リタの壁内侵入は兵士たちにとっても非常に不都合なようで、当然それを止めようと人の流れがそちらに動く。

だから、その前に立ち塞がった。


 奪い取った剣を振るいながら、リサもこちらに駆けつけてくれる。

反対側の門まで駆けていく兵士たちもいるが、それの対処は諦めて、今はリタの妨害の阻止に全力を注ぐ。


 最後に、とチラリとリタに視線を注ぐと、リタはもう街に入っていくところだった。

リタからすればほんの一瞬の足止めで十分だったわけだ。


 さて、かと言ってこの群勢を引き連れたまま俺たちも街に突入するわけにはいかない。

だから門を背に、こちらに向かってくる兵士の波に二人して身を投じた。

続きます。

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