1-59
続きです。
ただでさえ状況が良くなさそうだったというのに、とうとう俺たちの目の届く範囲でそれは起きた。
「おいおい・・・・・・いったいなんなんだよ!」
訳がわからなくて、こうして愚痴をこぼすしかない。
リタと、それから街を取り囲んでいた兵隊で戦闘が始まったのだ。
初めは向こうの火炎弾の連発から始まったが、そこから数秒の空白を経て本格的な戦いが始まった。
剣を持った兵隊はリタの元へ雪崩れ込み、後方からは魔法による光弾が降り注ぐ。
とても一人に対して注ぐ火力ではない。
にも関わらず、リタはその中で魔法も織り混ぜて獣のように躍動していた。
拮抗・・・・・・あるいはリタに軍配が上がっている。
「やれやれ、向こう様も何を考えてるんだか・・・・・・。マナト、戦えるな?」
「もちろん・・・・・・!」
リサの言葉に走りながら答える。
例え相手が人になろうと、こちらにだって譲れないものはあるのだ。
相手の生死を気遣うようなことは、恐らく出来ない。
そんなことをしていたら俺が死ぬ。
だから、あいつらと戦うことを選ぶというのは殺す覚悟をするという意味なのだ。
未だ距離はあるが、もうお互いにはっきりと視認出来る距離。
恐らくあの鎧の兵隊たちも俺たちに気づいているだろう。
いつ始まってもおかしくない。
それなのに不思議と緊張はなかった。
どちらかと言えば焦り、街の外でこうなのだ。
いったい、街の中では何が起きているのか・・・・・・。
考えたくもない。
「間に合ってくれよ・・・・・・」
恐らく俺らが去った後の街に、戦力らしい戦力は残っていない。
もしかしたらリコが力を振るってくれているかもしれないが、それも分からない。
頼むから、誰も死ぬな。
街の中。
今や俺たちを守っていた壁は、俺たちから逃げ場を奪う障害でしかない。
既に何人か連れ去られた。
おまけに・・・・・・何らかの選考基準に満たなかった者は、容赦なくその命を奪われた。
これは・・・・・・こんなものは、侵略だ。
「全く・・・・・・勘弁してくれ・・・・・・」
こんなの、ただの宿屋の親父には荷が重すぎる。
「何なんだよこの男は・・・・・・」
既に何人殴り倒して来たか分からない鎧の兵士。
またどこかから湧いて来たそいつが俺を見て呟く。
「へっ、お前らみてぇなのとは育った環境がちげぇよ! その鎧は飾りか? ヤワすぎるぜ?」
「こ、こいつ・・・・・・」
煽る、罵倒する、見下す。
こういうことをしても相手は飛びかかってくる勇気もない。
兵士の癖して意気地無しだ。
「そんなに俺が怖いか?」
いや、まぁ・・・・・・怖いんだろうな。
何せ、完全な生身で武装した集団を屠ったのだから。
それを目の当たりにしたら、若者はまぁこうなるだろう。
だから、怖いなら帰ってくれ。
「正直・・・・・・」
もう、俺の方も限界だ。
何人かの兵士を退けたとはいえ、俺も俺で無事とはいかない。
既に剣に至るところを深く抉られ、背中には折れた槍が数本刺さったままになっている。
元より生き延びるつもりでこんなことはしていないが、しかし・・・・・・まだ死ぬわけにはいかない。
満身創痍の俺に怯えていた兵士は、増援が駆けつけたことで再びその剣を握り直す。
この様子じゃ、これ以降チャンスは無さそうだ。
こちらに刃の切先を向ける兵士たちに背を向け、もはや宿屋なんて呼べない程傷つき散らかった我が家の奥へ向かう。
そこに隠れてるのは、数十年こんな世の中で共に生きて来た我が妻だ。
「行かないよ。絶対にあんたを置いてなんて」
俺がここに来た意図なんざお見通しのようで、覚悟の決まった瞳でこちらを見つめる。
共に死ぬ覚悟を決めた瞳だ。
だが、酷かもしれないが・・・・・・俺はそれを許さない。
「ダメだ。お前は・・・・・・街の子供たちを連れて逃げ伸びろ。アイツらが・・・・・・リタたちが来れば戦況は変わる。それまでは持ち堪えてみせる」
「そういう話じゃ・・・・・・!」
俺は首を横に振る。
「そういう話だ。お前に子供たちの命がかかってる。なんだかんだ癖の強い奴らだ。そんなのの面倒見続けられるのは・・・・・・お前くらいのもんだろ?」
そう、本当に変な奴らばっかりだ。
勝手に部屋に入り浸るわ、掃除を頼んだら逆に散らかしてくわで・・・・・・問題しか残していかない。
けど・・・・・・。
こんな街でも明るく育ってくれた、いい子たちだ。
そんな奴らの未来を・・・・・・。
「お前になら任せられる」
これから死ぬ、その後を考える必要の無い者の我儘だ。
卑怯だと言ってもらって構わない。
だが、だがな・・・・・・そんな卑怯者を愛したのはお前だろう?
「本当・・・・・・バカね。ふざけてんじゃないよ・・・・・・」
口ではそう言いつつ、しかしこんな我儘をその心に刻み込んでくれる。
そう、それだ・・・・・・その目、生きようとする目だ。
「俺がここに来てる奴らをまとめて押さえつける。お前はその瞬間に・・・・・・」
「逃げる」
「そうだ、出来るな?」
いや、聞くまでもない。
出来るさ。
元より無駄に出来る時間などない。
返事を待たずに、振り返る。
そして身構える兵士たちの元へ・・・・・・。
「オおぉぉぉぉぉお・・・・・・!!」
叫びながら突撃して行った。
狂ったかのような様相に、兵隊どもが竦む。
その隙をついて、構えている武器が体に突き刺さるのも気にせずに抱きつくように飛びかかった。
この時のために太らせていた・・・・・・わけではないが、俺の体重はヤワな若者どもに重くのしかかる。
腹部の異物感と冷たい刃の感触、鋭い痛みを自覚しながらも兵士の肩に腕を回し更にキツく抱きついた。
どうせ抱きつくなら、最後は・・・・・・。
「いや、邪魔しちゃいけねぇな」
何せ俺自身が託した使命がある。
そしてその使命を背負った足音が、丁度耳元を通り過ぎて行った。
兵隊に追い込まれるように通りに出る。
複雑な構造の街だ、なんとか撒けるかもしれないと思ったが・・・・・・どこに行っても待ち構えている。
「兄ちゃん・・・・・・ここもダメだ・・・・・・」
「そう、みたいだね・・・・・・」
不安そうに僕の腕を引っ張る僕の弟・・・・・・ケイド。
もう既にある種諦めている僕とは違って、とても優しい。
目の見えない僕を、こうして誰も居ない方へと精一杯誘導してくれているのだ。
そんな弟優しさに、兄なら当然優しさで応えてあげるべきなのだけど・・・・・・。
どうにも優しくしてあげられそうにない。
「ケイド。前から・・・・・・街を出たがっていたね。ここを出たら、どうしたい?」
「・・・・・・? 兄ちゃん? 今はそんなこと話してる場合じゃ・・・・・・」
「ケイド。僕はね、ケイドならどこでも、どんな場所でも上手くやっていけると思うんだ。だから、そんな前途を僕みたいな病人が邪魔するわけにはいかないよね」
ケイドの、息を呑む音が聞こえる。
あの時と同じだ。
僕らの、本当の故郷を捨てた日のことを思い出す。
あの時の、母さんの役割を今度は僕が担う番なんだ。
「兄ちゃん、何を言って・・・・・・」
「ほら、馴染みのある足音が近づいて来た。優しい足音だ」
騒々しい風の音に混じる、足音。
それは丁度僕たちを探し当ててくれた。
「ケイド・・・・・・!」
「え、その声・・・・・・おばさん・・・・・・」
当たりだ。
ケイドがいつもお世話になってる、宿屋のおばさん。
ついぞその恩返しは出来そうにない。
「ケイド、僕が居なければきっと君は逃げ切れる。おばさんと一緒に逃げるんだ」
「いや、そんな・・・・・・兄ちゃん・・・・・・」
未だ、僕の腕からケイドの手は離れない。
しかし、その腕をおばさんが力強く引ったくってくれた。
「ケイドのこと、頼みますね」
それだけ言って、おばさんに背を向ける。
「ちょっと! ダメだって! 兄ちゃん!!」
叫ぶケイドの声が徐々に遠くなっていくのを感じる。
まだ自立には早すぎる年頃だ。
一人にしてしまうのは、しのびない。
だけど、兄だからこそ確信を持って言える。
ケイドは、絶対に一人にならない。
僕が居なくても、ケイドの周りには必ず誰か居る。
「命の使い所だよ。僕はもう十分生きた・・・・・・」
聞こえるか分からないが、小さな声量で呟く。
元より小さなその声は、兵士の「逃すかよ!」という声にかき消された。
「僕が、君たちを足止め出来る算段なくあの二人を逃したと思うかい?」
駆け出そうとした、兵士のその前に立ち塞がる。
「なんだ? 病人風情が・・・・・・」
刃が風をかき乱す音がする。
そうだ、そうやって僕を殺して二人を追えばいい。
出来るものならね。
「君・・・・・・いや、君たちからすれば、それこそ僕なんてただの田舎者の病人かもしれない。あまりにも取るに足らない存在だ。だから・・・・・・しっかり油断してくれた」
気配は・・・・・・四人、か・・・・・・。
建物の隙間を吹き抜ける風が、僕にそれを教えてくれる。
学んだことを、学んだままに。
何年振りかになる・・・・・・呪文を唱える。
「旋風よ、我に従え」
太古の精霊の言葉を元にして生み出された、魔法の起句。
呼び声に答えて、風は僕の手のひらで渦を巻き、そして槍を模した形で安定する。
「・・・・・・!? こいつ、魔術師か!?」
槍とは別に、また風を操り、その風圧で正面の兵士を吹き飛ばす。
その体は、丁度他の三人の足元の辺りまで転がった。
狭い通路だ、丁度四人近くで固まってくれている。
それはとても・・・・・・。
「好都合」
風の槍を構え、投擲姿勢をとる。
切断が主となる風魔法は、鎧を着込んだ相手にはあまり相性が良くないが、槍を模すことで貫通力を持たせることが出来る。
これで、何人仕留められるだろうか。
今まで散々甘やかして来た体躯を、今だけは激しく動かす。
痛み、痺れ、熱を帯びる。
ただの“投げる”動作が、今の僕にとっては重労働だ。
僕が槍を投げた瞬間、兵士の一人が声を荒げる。
「氷雪よ、我に従え・・・・・・!」
どうやら向こうにも魔法使いが居るようだ。
タイミングからして氷で防御壁を展開したのだろう。
風の槍との衝突で、氷の砕ける硬質な音と同時に冷気が風に乗って広がる。
「・・・・・・」
その冷気に続く、氷の礫。
それが僕の腹部に深々と突き刺さった。
いや・・・・・・背中の皮膚も突き破って貫通している。
連続の魔法使用。
こんな真似は今の僕にはもはや出来ない。
だが、それでも時間を稼ぐくらいはやってのけないと。
格好がつかないじゃないか。
氷壁との衝突で解けかけた風の槍の、その像を再び結ぶ。
千々になった風を再び捕まえる。
最初より威力は劣るが、半ば不意打ちのような形で兵士の一人にそれを撃ち込んだ。
「ぐ・・・・・・」
うめき声が命中を知らせてくれる。
だがどれほど致命的な一撃になったかはわからない。
「さ、て・・・・・・と」
後どれくらいやれるか・・・・・・。
魔力を帯びた風を、指先に絡ませる。
弱々しい僕の生命は、未だ地に二本の足で立っている。
相手の動きを感じ、それに応じる。
そうして、再び魔法をぶつけ合った。
僕の傷は徐々に増えて、より深くなっていく。
兵士の気配は、増えていくばかり。
その刃が僕の魂を貫くのは、そう遠くないだろう。
それでも、魔法を撃ち続けた。
後悔しながら死にたくはないからね。
続きます。